第38話 好奇心に呑まれる悪意①
「って、2人に聞く前に、まず私の自己紹介しないとね!私は荒冷比左江。普段は岐阜の恒星基地サンでギフトの研究してるけど、今は用があって半年くらい前からこっちにいるよ!あっ、因みにこのボサボサの頭は実験失敗の印でもなければ、オシャレでもないよ!ただの寝癖!ここ最近寝てないから、いつの寝癖か分からないけどね」
博士は頭上に目線を上げて、膨れ上がった髪の毛をポンポンと優しく触る。
「それでね!聞きたいのは2人のギフト!2人とも良いギフトを持っているよね。理恵加ちゃんは鑑定!この世界に欠かせないギフトだよ。そして、葵君は予知夢!世界の未来を見通すギフト!2人とも素晴らしい!私はギフトの研究をしていてね、2人にギフトのことを聞きたいんだ!良いかな?」
「ギフトですか?全然大丈夫ですよ!」
気持ちの良い返事をしてから、胸をそっと撫で下ろす。意外とまともな質問で良かった。もっとやばい質問が飛んでくるのかと構えていた。それに、世界の未来を見通すギフトって褒められて気分が良い。
「理恵加ちゃんは?大丈夫?」
横に目を向けると、理恵加さんが目を閉じてウトウト揺れている。そういえば電車では、僕は寝させてもらってたんだ。理恵加さんも相当疲れているようだ。申し訳ない気持ちと同時に、こんなヤバそうな人が目の前にいても、眠れるメンタルの強さに対する尊敬の念が生まれる。カクンカクンと頭を揺らす、理恵加さんの肩にそっと触れる。
「理恵加さん?荒冷さんがギフトについて聞いても良いか?だって。大丈夫?」
「ああ、すみません!大丈夫ですよ!」
目を急激に開いて答える理恵加さん。眠たそうな目をこすった後、ほっぺを掌で軽く叩く。
「おお!ありがとう!じゃあ、理恵加ちゃんから聞いてもいいかな?」
荒冷さんは体をルンルン気分で揺らしながら、引出しから取り出したパソコンを膝の上に乗せる。
「まず理恵加ちゃんの、鑑定のギフトってどうやって使ってるの?ギフトを使える人が視界に入ったら、その人のギフトの情報が勝手に見える感じ?」
「...えーと、相手をじっと見て長い間視界に入れ続けると、ギフトの情報が文字として浮かび上がってきます。当人の自身のギフトに対しての理解度が、文字になるって感じですね。あと、なるべく近い方が良いです。遠くだと文字も小さくて、分かりずらいんですよね」
初めて会った時に、理恵加さんが妙に顔を近づけて来た理由がようやく分かった。それにしても、あれは今思い出しても顔が赤くなるくらい近かった。
「ふむふむふむ」
荒冷さんはすごい速度でタイピングをして、パソコンにメモをする。テンションも統一されて、表情は落ち着いている。研究者らしい知的な雰囲気を纏っている。
「理恵加ちゃんのギフトはレアで、相手のギフトが本当に正しいかを見極めることが出来るらしいけど、その判別はどうやってるの?」
「...んー、浮かび上がる文字の色で判別しています。...その人が、自分のギフトを理解して使いこなしているなら赤色。青色なら、まだ理解が足りずに使いこなせてない判定です」
「ほうほう。因みに、何歳から鑑定のギフトが使えるようになったか覚えてる?」
「...すみません。覚えてないです」
「覚えてないっと。じゃあ最後の質問!ご両親は理恵加ちゃんの鑑定のギフト、もしくは似たようなギフトを持っている?」
「...すみません。両親いないんですよね。...私が小さい時に死んじゃったらしいんで」
親がいないと言う理恵加さんの発言に驚く。荒冷さんも驚いて、膝の上のパソコンが滑り落ちそうになる。
「...ごめん。ごめんね!私の好奇心が不快な思いさせちゃって」
荒冷さんはタイピング止めて、手を合わせて頭を下げる。
「そんな!大丈夫ですよ!もう何とも思ってないので」
「理恵加ちゃん、ありがとね!最後は本当にごめんなさい」
荒冷さんは最後にもう1度、理恵加さんに頭を下げる。顔を上げた荒冷さんと目が合う。次は僕の番のようだ。
「次は葵君!良いかな?」
「はい!」
「葵君のギフトはまだ確定してないと。正確な効果は分かっていないんだよね」
「そうですね」
答えながら理恵加さんにチラッと視線を向ける。
「まあ、今は予知夢と仮定して話すとしよう。少し前に初めて予知夢を見たらしいけど、今思えばアレも予知夢だったなぁって経験はある?」
「えー?多分、ないです」
「予知夢は今日までに何回見た?1回?」
「2回見たと思います。多分!」
「予知夢は自由自在に見れる訳じゃないよね?」
「そうです」
「2回予知夢を見て来て、何か気付いたことはある?」
思い当たりを必死に探る。
「最初に理恵加さんにギフト見てもらった時に言われたんですけど、僕の身に危険が迫った時に予知夢を見るって。確かに2回とも命の危険が迫ってました。というか、死んでたと思います。夢の中で」
僕の受け答えを荒冷さんはパソコンに打ち込む。パソコンにメモをし終えると、荒冷さんがすごい勢いで顔を上げる。
「もし、その考えが的中してたらすごい便利なギフトだよ!」
「えっ?本当ですか?ありがとうございます!」
「最後の質問、葵君のご両親のギフトはどうかな?持ってる?持っていたら、そのギフトは君のと似てる?」
「あー、すみません。僕も両親いないんですよ。僕が10歳の時に死んじゃって」
「...ごめん。さっきから私最悪過ぎるね。本当にごめんね」
「いやいや、仕方ないですよ!研究者は疑問をぶつけて、その返答を生かすのが仕事ですから!だから僕は全然気にしないですよ!荒冷さんの役に立てていたら嬉しいです!」
僕の言葉に荒冷さんは目を点にする。その後、水浸しになった犬のように体を震わせて、爆発している髪の毛を両手で頭に押し付ける。
「葵君。神だーーー。神ーーーー。神様だーーー。神様。神様。ありがとうございます。神ーー!ありがとうぅ!うう!」
荒冷さんは小川のような穏やかさで、滝のような豪快さのある言葉を連呼する。怖い。僕に向けられた言葉なのか分からない。荒冷さんの瞳に映っているのは誰だ?何が神だ?僕なのか?僕の方に指を向けて、今にも涙を流しそうな表情で、重い言葉を軽く放ちまくっている。
「うおっ!?」
荒冷さんに気を取られて、肩に加わる衝撃に過剰な反応をする。横を見ると、眠った理恵加さんが寄り掛かって来ていた。理恵加さんは気持ち良さそうに目を閉じている。
「理恵加さ〜ん?」
睡眠を阻害しないくらいの声で名前を呼ぶ。
「ありゃ〜。さっきからウトウトしてたけど、お疲れのようだね」
急に通常運転に戻った荒冷さんが言う。
「電車に4時間くらい乗ってたし、その間1回も寝てないから疲れてるんですよ。僕に寝させてくれて、理恵加さんはずっと起きてたから」
「おお!そうだったのかぁ。三重から来るには、ここ遠いもんね」
僕の肩で眠る理恵加さんに、小声の域を出ない大声で呼ぶ。
「理恵加さん!」
「はっ!はい!」
目を覚ました理恵加さんの頭が、僕の肩からものすごいスピードで離れる。
「理恵加ちゃん。今日は部屋に戻って、ゆっくり休んでね。また今度お話してくれると嬉しい!疲れてるところ、ありがとうね」
「すみません。ありがとうございます」
理恵加さんは、よろけながら立ち上がる。
「大丈夫?」
「うん。それじゃあ、失礼します」
今にも沈みそうなお辞儀をしてから、理恵加さんはフラフラと歩いて研究室から出て行く。
「律儀で良い子だね!」
「ですね」
荒冷さんはパソコンに何かを打ち込んで、引き出しにしまった。




