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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第35話 恒星基地ガニメデ

 あれから人型のダストの捜索が行われた。クズハキも加わり学校の敷地内や、付近の住宅街を捜索したが見つかることはなかった。どうやら最近、学校がある地域のダスト発生率が大幅に減少していたようだ。人型のダストと何か関係があるのではないかと推測され、クズハキによる調査が続いている。残ったモヤモヤを置いて、今は長野県へと向かう電車に乗っている。

 窓の淵に肘をついて、だらける頬を右手で支える。頭が力なくガラスに寄り掛かる。窓からは見慣れない景色が次々と消え去って、次々にやってくる。ワクワクと共に緊張も訪れる。


 これから1ヶ月間の研修が始まる。飼っているメダカには家を出る直前に、いつもの2倍くらいご飯をあげたけど大丈夫だろうか。ネットで調べると1週間くらいなら大丈夫という記事や、2ヶ月間何もあげなくても生きているなど、様々な情報があり過ぎて、どれが正しいか判断出来なかった。もちろん僕は2ヶ月間生きると言う情報を信じて、今ここにいる。正解が分からない時は、自分が信じたい物を選べばいいだけだ。


 「大丈夫?さっきからずっと外ばっかり眺めて。電車酔いでもした?酔い止めあるよ!水なしで飲めるやつ!」


 隣からは僕を心配する声が聞こえる。2人掛けの座席の、通路側には理恵加さんが座っている。隣に座る理恵加さんは、心配そうに僕を見つめる。


 「ありがとう。でも大丈夫!酔ってるわけじゃないから。ただ緊張で胸のドキドキが止まらないだけ」


 「そんなに緊張する?」


 「そりゃするよ。だって、今日まで学校で特に何にもやってないし、ちょっとクズハキの仕事について聞いたくらいだよ。僕みたいなほぼ素人が、WSEOの基地で研修だよ。場違い過ぎない?」


 僕の訴えを聞いた理恵加さんは、きょとんとした表情を浮かべ大きな目をぱちぱちする。


 「そうかなー?別にそんなに重く考えなくてもいいと思うけど。私たちが1年生の時は、もっと早く研修が始まってたからさ」


 「え?そうなの?」


 「そうだよ。入学して1か月も経ってなかったと思うよ。今の1年生の子たちも、もう研修を済ませた後だしね」


 「入学したばっかりじゃ、何にも知らないでしょ?それなのに研修あるの?」


 「だからこそかな。1年生の研修の目的は基礎を身に着けることだからね。実戦には参加しないで、訓練にだけ参加するの。それで、その研修で無理だ―ってなったり、センスがないって、判断されたら普通科に行くか転校するか選ぶ感じ」


 「えー、厳しー」


 クズハキの世界の厳しさを知って口がポカンと開く。電車がトンネルに入り、窓ガラスには鮮明に自分が映し出される。自信のなさが伝わり、不安と緊張感が伝わる、そんな表情を浮かべていた。自分に人差し指を指して理恵加さんに訪ねる。


 「僕は大丈夫かな?センスない判定されないか、めっちゃ心配なんだけど」


 「いや葵君は大丈夫でしょ!星科にいる理由が特殊だし、まだ何も習ってないのに1人でダストも倒しちゃうし!むしろクズハキになってーってお願いされるレベルだよ!」


 「ほっ、本当?なんか自信出てきた」


 理恵加さんに励まされて、気が緩んだのかあくびが出る。目から涙がにじみ出るほどの大あくび。朝の9時に学校で待ち合わせしてから電車に乗って、もう4時間くらいが経過している。

 それなのにまだ到着しない。昨日も緊張して、なかなか寝付けなかった。理恵加さんと話していたから眠気は大人しくしていたが、それももう限界だ。


 「眠いなら寝れば?もう乗り換えないし、あと1時間ちょっとで着くから」


 時計を見ながら、理恵加さんが言う。


 「え?いいの?」


 「昨日緊張して寝れなかったんでしょ?寝不足って顔に書いてあるよ」


 「あ、バレてる。でも理恵加さんは眠くないの?僕だけ寝るなんて悪いよ」


 「私は昨日たくさん寝たから大丈夫だよ!着いたら起こすから遠慮しないで」


 「そっか、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」


 背もたれに寄り掛かり目を閉じる。電車の揺れが心地よくて、すぐに眠れそうだ。


 電車のアナウンスが頭に響く。ぼんやりとした意識で目を開ける。


 「あっ、起きた?ちょうど起こそうとしてたところだよ!次の駅で降りるからね!」


 「ああ、うん。ありがと」


 あくびをして、両目から流れる涙を手で拭う。ぼやける視界を、はっきりさせるために目をこする。1時間程度の睡眠じゃ満足できない。当然、寝ないよりはマシだ。


 「んー」


 頭が少し痛い気がする。睡眠と気絶の間くらいの時間だとよくなる。頭痛薬は常備しているため、このまま治らなかったら飲むことに決める。


 目的の駅の名を言うアナウンスが流れる。電車のスピードは徐々に遅くなり止まる。折りたたんだ足の前にある、キャリーケースを引っ張り出して立ち上がる。プシューと音を出して扉が開く。


 「ふー!やっと着いたね!長かったー!お尻と足が痛いや」


 理恵加さんは背筋を伸ばして、片目を閉じて欠伸をする。


 「遠かったね。僕はまだ眠いや」


 時計を見ると時刻は2時前。4時間以上も電車に乗っていたことになる。帰りも同じ思いをすることになるのか、という考えがもう頭によぎる。キャリーケースを引く音が、寝起きの耳によく響いた。


 改札を抜けて外に出ると、大きな建物が2つ視界にに飛び込んで来る。


 「葵君見て!あれが衛星基地のガニメデだよ」


 理恵加さんが建物に向けて指を指す。見えると言ってもそれは目の前ではなく、遠くて高い場所にある。プリンのような形の高台。坂道に沿って家が立ち並んでいる。キャラメルの部分に大きな建物が2つ、堂々と建っている。


 「おお!おぉ...遠くない?あの坂歩いて登るの?」


 「うん!頑張ろ!体力作りだと思ってさ」


 「この荷物持ったまま?ロープウェイとかない?」


 「そりゃそうだよ!ここに置いてくの?コロコロ付いてるから楽チンだよ!」


 そう言うと、理恵加さんは緑色のキャリーケースを引いて歩いて行く。重くなった足を1歩前に出して、理恵加さんの後をついていく。


 緩やかな坂道が無限と思える程ずっと続く。一体さっきから、何台の車に抜かされただろうか。両足の裏とキャリーケースを引く右手が悲鳴をあげている。登り終える頃には、悲鳴すら聞こえなくなっていそうだ。青色のクールなキャリーケースも汗をかいているに違いない。


 「やっぱり遠いね」


 隣を歩く理恵加さんがぽつりと呟く。


 「うん。もう足が限界に近い。理恵加さんは来るの2回目なんだよね?」


 「そうだよ。1年生の時は疲れたよ。電車乗り間違えたりして迷って、予定よりかなり遅れて着いたら、立派で長い坂道が待ってたからさ。坂見た時は泣いちゃうかと思った」


 「泣いた?」


 「泣いてない!私は強いからさ!」


 「おー!流石!!でも、何で去年も行った基地に研修なんだろうね?」


 「何でだろうね?生徒の研修先を決めるのは、私たちの学校の先生と研修先候補の基地だからね。何か考えがあるのかな?でも、ガニメデは衛星基地の中では1番規模が大きいし、惑星基地と比べても劣らないくらいだから。そんな立派な基地に2回も研修に行かせてもらえるのはありがたいよ」


 「へー、そんなすごいところなんだ。今から行く基地は」


 眠って忘れていた緊張感が帰ってくる。そんなすごい基地で、僕は1ヶ月間もやっていけるだろうか?足が重くなる。


 「あれ?ガニメデは惑星基地ジュピターの衛星基地なんだっけ?」


 「うん。惑星基地ジュピターは長野の群馬側にあるよ。岐阜の恒星基地サンを中心に、岐阜に面してる県はかなり基地の数が多いからね。他県から移住してくる人が多いらしいよ。まあ、お金持ちばっかりだけどね」


 「安全だもんね。デカい基地の周りは」


 立ち並ぶ民家に目を向けると、どれも立派な豪邸ばかりだ。嘘みたいに広い敷地に3階建ての家。駐車場に停まっている車からも、高級感がひしひしと伝わってくる。


 「この辺りも立派な家が多いね」


 「基地の周りはそういう傾向が強いよ。私たちの学校の周りの比じゃないでしょ?」


 「何か嫌な感じ」


 「あっ!思う?私も去年思ったもん!やっぱり誰かと一緒だと、坂道登るのも少し楽だよ。話しながらだと楽しいし」


 「ああ、優希君と鈍平君はバラバラの基地に研修だったもんね」


 「1年生の時も、5人バラバラの基地だったからね。2人が一緒の基地に研修はレアかも」


 理恵加さんの口から5人という言葉が出てくる。やっぱり、今の2年生の世代は元々5人いたのだろう。今いない2人はどうしたのだろうか。さっきの電車での話を聞くに、研修の過酷さに耐えきれずに辞めてしまったのか、センスがないと判断されて星科を後にしたのか。その可能性もある。気になるけど聞くことが出来ない。悲しい疑問は感謝に変える。


 「理恵加さんと一緒で良かったよ。1人だったら絶対電車で迷ってたし、この坂見て泣いてたよ」


 「私も葵君がいて良かったよ。話し相手がいると、足の疲れと荷物の重さ忘れられるからさ!」


 「本当なら、男である僕が理恵加さんのキャリーケースも持ってあげたいんだけど、ごめん。僕には、そんな力も体力もなかったよ」


 「葵君に余裕があったとしても、多分持ってもらわないけどね。キャリーケースを2つ引いて坂道歩いてる人の横を、手ぶらで歩きたくないもん」


 「確かに。罪悪感凄そう」


 「葵君のその思いやりの気持ちだけで少しは軽くなったよ!」


 「なら良かった」


 それから、キャリーケースが地面と奏でるガラガラ音は聞こえなかった。僕と理恵加さんの会話で、全て跡形もなくかき消された。

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