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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第一章 旧雨今雨
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第32話 可愛い先輩

 「おはようございま〜す」


 教室に入ってきたのは今朝見た坊主頭だった。気怠そうな表情を浮かべて、あくびをして解放されていく口に手を添える。手にはまだ食パンが握られていた。朝よりは小さくなっている。時計の針は遅刻を刺す。


 「その挨拶の受付は終了してるの〜。とっくの昔にちーこーく」


 「あはは。すみませ〜ん」


 坊主頭は清水先生に言葉だけの謝罪をして、手に持つ食パンを口に放り込む。もぐもぐと口を動かしながら席まで歩き出す。


 「アンタ何回遅刻すれば気が済むの?」


 「人間としてアウトだな」


 理恵加さんと優希君が呆れた表情を浮かべる。2人から指摘された坊主頭は、足を止めて2人に駆け寄る。


 「へへっ!何だぁお前らー?そんなに俺が恋しいのかー?ははっ」


 優希君の肩に腕を回して、薄ら笑いを浮かべる坊主頭と目が合う。


 「おっ!彼が新しい仲間ですね!爆弾電話の!」


 坊主頭は僕に手を向けながら、清水先生の方を振り返る。


 「そうだよ〜」


 「俺は遅越鈍平!みんなからはドンちゃんって呼ばれてるよ!よろしくな!」


 「僕は津江月葵。よろしくね」


 お手本のような眩しい笑顔で、鈍平君が右手を差し出す。僕たちは握手を交わした。キリッとした目つきで自己紹介をする様は、とても遅刻常習犯の姿とは思えなかった。


 「誰がお前のことをドンちゃんって呼んでるんだよ。聞いたことないぞ。寝ぼ助野郎」


 優希君が先程までの会話との温度差で、風邪をひいてしまうくらいの冷たい声で言う。


 「そうだよ。ノロマ男」


 「万年遅刻のトロ草男〜」


 優希君に続いて理恵加さんと清水先生も、ほぼイジメのあだ名を発表していく。


 「いや〜、葵君の爆弾電話には感謝してるんだよ。休暇のプレゼントありがとね!」


 「こら〜。余計な話してないで席に座る〜」


 「は〜い」


 僕の席の周りに立っていた理恵加さんと優希君も席に戻る。


 「よ〜し!葵君を迎えて4人〜。これで全員だね〜」


 全員揃った?五つある席の一つが余っている。この席は何なのだろうか。


 「トータルじゃ〜、1人減っちゃったけど〜、これからもみんな仲良くね〜」


 教室にはピリついた空気が漂っている気がした。清水先生はトータルで1人減ったと言った。机の数と同じで、生徒は元々5人いたのだろうか?何故この場に居ないのかと、誰かに聞ける空気ではない。

 後ろの席に座る鈍平君の表情を見る事はもちろん、両隣の席に座る理恵加さんと優希君の方を向くことすら出来なかった。


 「まあ〜、仲良くって言っても〜、あとちょっとしたら研修が始まるから〜、あんま関係ないか〜」


 

 どうやら1週間後に研修が始まるようだ。WSEOの基地に行って、その基地に所属するクズハキ達と一緒に仕事をする。1ヶ月間は基地で寝泊まりをして過ごすことになる。


 正直気が乗らない。1ヶ月も基地で寝泊まりは厳しい。自分の家のベッドで眠りたい。まあ、慣れているから問題はない。


 そんな事を考えながら普通科の校舎の廊下を歩く。星科も普通教科の授業があるため、教室の引き出しに入れたままだった教科書を取りに来ていた。今は教科書を両手で抱き抱えて、星科の校舎に戻る途中だ。


 今は授業と授業の間の休み時間だ。廊下には人が大勢いて賑やかだ。みんな楽しそうに会話をしている。星科の校舎は人が少ないから、こういう景色を見ることも減ると思うと少し悲しい。


 廊下の景色を目に焼き付けるように眺めていると、正面からショートカットの美少女が歩いてくる。焼き付ける対象を景色から美少女に変更して気付く。美少女はスカートではなく、男子生徒と同じようにズボンを履いている。ズボンを凝視していると、その足がこちらに向かって来た。


 「ねえねえ、君もしかして星科に新しく来た子?津江月葵君だっけ?」


 突然話し掛けられて驚いたが、笑顔で明るい声で話しかけて来た美少女に、照れながらもどもった口調で返答をする。

 

 「えっ、あー、そうです。...あなたは?」


 「私は星科の3年生の松岡琴奈!琴ちゃんって呼んでも良いよー!」


 どう呼ぶかを考えて少し間が開く。田中の言っていた可愛い先輩は、恐らくこの人のことだろう。


 「...琴奈先輩は何で僕が分かったんですか?」


 「もー、琴ちゃんで良いのにー」


 琴奈先輩は頬を膨らませる。もちろん可愛い。


 「まあ、いっか!何で葵君って分かったかって?それはね、りーちゃんから新しく来た子がカッコいいって聞いてたからだよ!前からカッコいい子が歩いて来たからもしかして?って思って話しかけたら正解だったってわけ!」


 「...りーちゃんって、理恵加さんの事ですか?」


 「そうそう!仲良しなの!私たち」


 理恵加さんが僕をカッコいいって言ってた。それを聞いた瞬間、猛烈にテンションが上がる。可愛い女の子にカッコいいって思われている。それは最高に嬉しい事だ。


 「因みに、今のは冗談ね。普通に葵君を、前に見かけて顔知ってただけでしたー」


 「そ、そうですか」


 無邪気な笑顔で話す琴奈さんと、真逆の感情を抱く。それが露骨に表情に出たのか、琴奈さんが励ましの言葉をくれる。


 「りーちゃんがカッコいいって言ってたのは嘘だけど、私はカッコいいと思うよ!葵君!」


 「あー、ありがとうございます」


 だんだん恥ずかしくなり、赤くなった顔を横に向ける。こういう時に会話上手な奴は、相手のことも褒めるんだろうなと思いながら、体を冷やす方法を考える。


 「耳真っ赤!照れてるのー?キュートだね」


 笑いながら僕の耳を指さす琴奈さんを見て、少し平常心を取り戻す。取り戻した平常心が疑問を連れ戻す。


 「そういえば、何で琴奈先輩はズボン履いてるんですか?」


 「あー、これ?」


 琴奈先輩は自分の履いているズボンを見下ろした後、どんどんと顔がニヤけていく。


 「えー?スカート姿が見たかったの?私の」


 からかう琴奈先輩はニヤけながら聞いてくる。スゴイ可愛い。


 「まあ、見れるもんなら、見てみたいなー、なんて」


 「えっち」


 先程まで笑顔だった琴奈先輩の表情に、僅かに恥じらいが加わっているような気がした。小さな囁きが耳に到達すると同時に、限界まで口が開いた。開いた口を両手で抑える。琴奈先輩が発した単語の意味なんてどうでもいい。


 「えーと、スカート履いてない理由ね。普通にズボンの方が動きやすいからだよ。私たちクズハキにとって、俊敏性は命取りになるからね」


 「なるほど。でも、理恵加さんは普通にスカート履いてましたよ?」


 「りーちゃんはスカートが好きらしいから。星科にいる1年生の女の子もズボンだし、基本的にズボンかな。りーちゃんは優秀だし特別だよ」


 理由を聞いて頷いていると、授業開始のチャイムが鳴る。辺りを見渡すと、僕たち以外は誰も廊下にはいない。


 「走れー!遅れる遅れる」


 琴奈先輩と小走りで階段まで向かう。


 「でも、普通の学校の日までズボン履く必要ありますかね?」


 「そんなに私のスカート姿が見たいの?相変わらずえっちだなー」


 再び頬を赤らめる琴奈先輩に目を奪われる。


 「いや、相変わらずって。そーゆー訳じゃないですよ。女の子はスカートの方が好きなのかなーって」


 「スカートが好きなのは男の子の方でしょ?それに分からないと思うけど、スカートって結構不便だよ?今だって、スカートだったら歩いてるよ?」


 階段を走って下りる。その度に、両手で抱える教科書が揺れる。3段くらい階段を飛ばして踊り場に飛び降りと、抱えていた教科書が着地の衝撃で飛び散る。


 「あっ、やべ」


 しゃがんで踊り場に散乱する教科書をかき集める。


 「も〜、ジャンプなんてするから」


 琴奈先輩が階段を1段ずつ、飛ばすことなく下りてくる。琴奈先輩も落ちた教科書を拾うのを手伝ってくれる。


 「すいません。ありがとうございます」


 「そんな急がなくても大丈夫だよ。ちょっと遅れたくらいじゃ、清水先生怒らないだろうし。星科には遅刻くらいで叱る教師はいないからね!」


 そう言われて教科書を拾う手のスピードを落とす。頭の中には大胆に遅刻してきた鈍平君が浮かび上がる。あんなに大遅刻なのに、清水先生はそこまで怒っているようには見えなかった。まあ、あれほどの遅刻は強く叱る必要があると思う。常習犯っぽいし。


 「それなら、何でさっき走ったんですか?」


 「葵君が走ってたから、つられて走っただけだよ」


 「えー、言ってくれれば歩いたのに」


 「確かにそっか。あはは」


 琴奈先輩のお茶目な笑顔が眩い。


 教科書を全てまとめて立ち上がる。座り込んでいる琴奈先輩に声を掛ける。


 「ありがとうございました。行きましょう」


 踊り場から1階に下りようと足を1本踏み出すと、聞き慣れた音が耳に入る。


 ピンポンパンポーン


 『ただいま校内へのダストの侵入を確認しました。星科の生徒、教員が駆除にあたります。生徒の皆さまは教室に待機してください』


 琴奈先輩がスッと立ち上がる。


 「ねっ!ズボンで正解だったでしょ」


 琴奈先輩の笑顔はギラついている。超カッコいい。

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