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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第一章 旧雨今雨
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第31話 自己紹介

 早起きしたスズメの会話が耳に入り目が覚める。


 「んー、もう朝?」


 朝食と支度を済ませて家を出る。最寄り駅まで自転車を走らせる。


 「ギリギリセーフ」


 座席に座って呼吸を整える。綺麗な電車だ。でもこれが当たり前だ。あんなに雨が降り込んで、窓ガラスが割れまくりの電車なんて、そうそう乗れるものではない。


 あの後、僕は病院で目を覚ました。右腕の傷は大したことはないらしく、今はもう痛くも何ともない。在籍している学校と、リュックに入っていた書類を確認されて全て把握されていた。学校と警察が連絡を取り合ってくれたおかげで、スムーズに何事もなく帰ることが出来た。全てが丸く収まって、今日も無事登校することが出来ている。


 正直言えば休みたかった。まだ疲れてるし、ダストを殺してから12時間も経っていない。でも、これが僕のこれからの当たり前になるんだ。ダストを殺しては眠って、殺しては眠ってを繰り返す。最期はダストに殺されて、永遠に眠ることになるかもしれない。


 電車が止まり目を覚ます。眠ってしまっていた。昨日の疲れのせいという訳ではない。電車では毎日寝てしまう。毎回、降りる駅の1つ手前で起きることが出来るようになった。寝ていて降り過ごしたことは1度もない。


 聞き慣れた駅名がアナウンスで流れ、学校の最寄駅に電車が止まる。扉が開いてから座席から立ち上がり後車する。ホームには同じ制服を着た同じ学校の生徒達がちらほらいる。1、2本後だと人が多いから、少し早いがこの電車に乗っている。


 改札を出る前にトイレに駆け込む。地味に腹が痛い。ここの駅のトイレは汚いからあまり使いたくないが、学校まで我慢出来そうにないから仕方ない。漏らすよりはマシだ。


 「ふー、スッキリした」


 石鹸で両手を洗ってから、ポケットのハンカチを取り出して手を拭く。改札に定期券をかざして外に出る。住宅街の道路を歩いて学校に向かう。静かな道だ。すれ違うのは、駅に向かうスーツを着たサラリーマンと犬の散歩をする人くらいだ。道路の左端を生垣に沿って歩く。


 生垣の終わりと共に目の前に道路が現れる。この時間帯だと車が多い。会社に出勤する人たちの車が次々と目の前を横切る。この道路には横断歩道がないため、渡るのに時間が掛かる時も少なくない。今日もしばらく棒立ちで待つ必要がありそうだ。横断歩道がないと、誰も止まって道を譲ってくれない。


 先を急ぐ車の風を浴びて突っ立っていると、プツンと小石が靴と道路に挟まれて弾ける音が耳に飛び込んで来た。音の方に目を向けると、トーストを食べながら歩いている坊主頭の姿があった。坊主頭は気怠そうな顔で、トーストを片手にノロノロ歩いている。

 目の前を通り過ぎる時に、トーストをかじるサクッという良い音が聞こえた。坊主頭は僕を横切り、そのまま真っすぐ歩いて行った。


 「トーストを食べながら歩く人っているんだ。遅刻しそうな奴の最期の切り札なのに。今頃、仲間の坊主頭の野球部は朝練で走ってるよ」


 坊主頭は制服を着ていた。そして、恐らくその制服は僕の通っている高校と同じものだ。しかし、坊主頭は学校からどんどんと離れていく。見間違いだろうか。ゆっくりと歩く坊主頭に向けていた視界を道路に戻すと、車がすっかり姿を消していた。


 「チャーンス」


 その間に道路をササっと渡って学校へと向かう。



 「いや~、すごいよ~。おめでとう~」


 学校に到着して、1限開始のチャイムが鳴ってから10分後。教卓の真正面の席に座った僕は、3人から拍手を浴びていた。


 「まだ何も教えてないのに~、1人でダストやっつけちゃうって~、君の才能と私の見る目すご過ぎ~」


 「別に先生がスカウトしたわけじゃないでしょ」


 教卓で誇らしげに拍手をしている清水先生に、理恵加さんが指摘する。


 「でもさ!マジで葵君はすごいよ!俺なんて初めてダストと戦った時、ビビッてただけだったからさ。マジで尊敬する。すげえ!」


 僕を絶賛してから、より一層拍手の音を大きくする彼は安藤優希あんどうゆうき。今日初めて会った星科の2年生だ。気さくで比較的喋りやすい人だ。彼を見て、ここの居心地が悪くないことに安心した。

 星科の2年生は、僕と理恵加さんと優希君。それと今はいないが、もう1人いるらしい。全員で4人しかいない。それなのに机が5台あるのは何故だろう。


 「書類も完璧だし~、んっ?空欄発見~」


 書類を確認する清水先生の手が止まる。清水先生の言う空欄には心当たりがあった。


 「空欄ってギフトの名称のとこですか?」


 「そ~う」


 「予知夢でいいのか分からなくて」


 「こんなの何でもいいよ~。適当で~」


 先生は僕の席の前まで来て、書類を机に置く。


 「今ちゃちゃっと書いちゃって~」


 「今ですか!?」


 「うん」


 筆箱からボールペンを取り出して、紙と見つめ合う。昔から名前とか考えるのは苦手だ。僕が悩んでいると、左右の席から2人が立ち上がり近づいてくる。


 「そんな悩まなくても、本当に適当でいいと思うよ。大事なのはこっちの説明欄の方だからさ」


 そう言って理恵加さんが指を指したのは、名称の欄の下にある説明欄だ。ここの欄も名称と同じで空白。ただここは空白で提出と先生から言われていた。


 「説明欄は学校が書いてくれるの。名称はギフトと全く関係がなくてもいいんだよ」


 理恵加さんが優しく教えてくれる。


 「そーそー、理恵加が正しいよ〜。犬につける名前くらい適当でいいよ~。どうせみんな忘れちゃうし~」


 教卓で頬杖をつきながら、気怠そうな声で清水先生が言う。飼い犬につける名前は、結構大事だと思ったが人によるものか。1時間くらい討論出来そうな発言が清水先生から飛び出したが、今は名前を考えるのが先だ。


 「私は何にしたっけな?確か、ぱっと見個人情報だったかな?」


 「ぱっと見個人情報?それは理恵加さんのギフトが鑑定だから?」


 「ん~、まあそうかな?そんなに悩んだ覚えがないから、愛着もないしうろ覚えだけどね」


 理恵加さんがそう答えると、僕の机を挟んで隣にいる優希君が口を挟む。


 「センスねえ〜。理恵加、お前そんなダセえ名前つけてたのかよ」


 「そうだよ。何か文句ある?」


 割り込む優希君に、理恵加さんは冷たく雑に返答する。僕を挟んで言葉を投げ合う2人。2人の会話は言葉だけ聞けば冷たいものだが、表情と声を聞けば仲の良さが伝わってくる。こんな感じの会話を、普段からしていることが容易に想像出来た。


 「せっかくの貴重なお前のギフトも泣いてるよ。そんな名前じゃな」


 貴重なギフトか。やっぱり、理恵加さんの鑑定のギフトは貴重なようだ。完全に相手のギフトを見ることが出来る人は、世界に4人と理恵加さんは言っていた。不完全でも、ぼんやりと相手のギフトが分かるなら貴重になるのも当然だ。


 「そう言う安藤は、何て名前つけてんの?」


 「俺は秒速カップラーメンだよ!」


 理恵加さんに聞かれた優希君は誇らしげに答えた。


 「ダサ。人にとやかく口出し出来る名前じゃないね」


 「センスないね〜」


 理恵加さんと清水先生が同時に言う。僕は何も声は出さない。


 「ダサくないだろ!?」


 「ダサいよ。大体アンタのギフトはお湯をすぐ作れるけど、カップラーメンを作るのには絶対分は掛かるでしょ」


 「...まあ、確かに。葵君はどう思う?かっこいいよな?秒速カップラーメン」


 正直、秒速カップラーメン嫌いではない。


 「んー、ダサくはないかな。でも名称で嘘つくのは良くないよ。せめて分速カップラーメンに変えよ」


 「そんな、葵君まで...」


 「3体1でアンタの負けだよ。葵君見たでしょ?こんなダサい名前つけてる奴が横にいるから、本当に気兼ねなく適当で良いんだからね」


 「確かにそうだね」


 「確かに!?」


 笑顔で言う理恵加さんを前にして、優希君は納得のいかない表情を浮かべている。


 理恵加さんの言う通りだ。横に変な名前の人がいるから、僕のつけた名前がダサくても目立たない。これで思う存分好きな名前をつけられる。そして、名前はもう決まっていた。ボールペンを手に取り、スラスラと書き上げていく。


 「書けた!」


 僕がそう言うと、理恵加さんが紙を覗き込む。


 「おー!どれどれ?ん?死っていう字に夢?」


 「しゆめ?葵君これは何て読むんだ?」


 興味深そうな2人に説明をする。


 「これは死夢と書いてデスドリームって読むの!理由は僕が予知夢見る時、死んでるから!かっこいいでしょ?」


 耳だけを頼りにしたら、この教室には人がいない。そう断定してもおかしくないほどの沈黙。2人は何も言わない。これはもしかしたら、評判が良くないパターンだろうか?

 言葉が無くとも表情で分かる。ダサいから何も言えない。知り合って、まだ時間が経っていないからバカにして笑うことも出来ない。そんな窮屈そうな表情。


 「優希君のよりはマシだよ...」


 誰にも聞こえないようにボソリと呟く。


 「ま〜、クソダサくても何でもいいよ〜。空欄埋めたなら〜、紙頂戴〜」


 「あ、はい!」


 椅子から立ち上がり、教壇にいる先生まで紙を渡しに行く。


 「死夢でデスドリーム〜?ネーミングセンスは残念〜。ま〜、クズハキのセンスがあるから問題ないかな〜」


 クズハキのセンスがなかったら、問題ありなのだろうか。


 「書類はこれで完璧〜」


 星科0日目は良い働きが出来たのに、1日目は恥を晒すことになるなんて。


 先生が書類を机で整えていると、教室のドアがカラカラとゆっくり開く。


 「あっ」


 思わず声を漏らす。ドアから入ってきたのが見覚えのある人物だったからだ。

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