第27話 蔓延る孤独
乗務員の話はこうだった。現在の駅に停車中に、進行方向の線路にダストを確認。ダストは線路からホームに飛び乗り、そこにいた人間たちを追いかけ回したそうだ。
その途中でダストは興味を失い、追いかけるのをやめた。そして、僕の乗っていた最後尾の車両のガラスを割って侵入した。
既に通報済みで、数分もすればクズハキが到着すると言うことだ。
説明の際に、この電車の窓ガラスやドアは頑丈で、ダストに破壊されることはないと話していたが、僕は破壊されるところを、がっつり目撃していた。乗客を安心させるための嘘だ。
まあ、この状況で乗客にパニック状態に陥られた困るので、正しい判断だろう。僕に口封じのアイコンタクトを送って来たのも、正しい判断と言える。
この嘘のおかげで、子どもを連れた女性の顔からは、多少の不安が取り除かれた。顔色の悪かった男性も、落ち着きを取り戻し座っている。高齢の女性は変わらず、椅子に座って微動だにしない。
乗務員の2人は、この車両の貫通扉の前に立ち、向こうの様子を伺っている。
虚偽の説明をされた乗客は安心しているが、今の僕たちの状況は危険そのものだ。実際ダストには、窓もドアも楽々と破壊される。唯一、貫通扉が破壊されるところは見ていないが、ドアを破壊するようなダストだ。貫通扉も楽々と破壊するだろう。
頑丈な檻に守られているように感じるが、その檻にはダストが1番自由に出入り出来ることを、忘れてはいけない。僕たちが出来ることは、ダストがこちらに来ないことを祈るくらいだ。全てがダストの気分次第。
それでも、下手に行動するよりはクズハキの到着を待っている方が、安全なのだろう。それが乗務員の下した判断だ。
こんな状況でも、雨は遠慮なしに降り続ける。雨が電車に打ち付ける音に、この場の誰もが飽きて来た時、その音はやって来た。
ガゴン!
僅かだが電車が揺れた。考えられるのはダストのみ。音は紛れもなく車内からした。
全員が固まった。乗務員は貫通扉に張り付いて、向こうの様子を確認している。もう1人の乗務員が振り返り、乗客を安心させるための嘘をつく。
「皆様ご安心下さい!この電車は頑丈です!決してダストに破られることなどありません!」
言い切った乗務員を嘲笑うかのようなタイミングで、明らかに扉が外れる音が響く。
その音は消え、再び雨の音に支配される。そして、次は心臓の音に悩まされることになる。
心臓と重なる部分の、服と皮膚をまとめて強く握りしめる。その時、すっかり忘れていた物が目に入る。
自分が首からぶら下げているペンダント。それを目にした瞬間、自分が何者なのかを思い出す。ペンダントを強く握り締め、何の躊躇いもなくスムーズに立ち上がり、乗務員の元まで歩く。
「どうかなさいましたか?」
近づく僕に乗務員は尋ねる。
「あのー、実は僕、星科の生徒なんですけど、よろしければダストの駆除をさせていただくんですけど」
「え?本当ですか!?ありがとうございます!是非!これでお客さんも僕たちも助かりますよ!」
僕の提案を聞いた若い乗務員は、硬直から解き放たれた安堵の表情を浮かべる。
「いや、待て。勝手に話進めるな」
喜びをあらわにしてはしゃぐ若い乗務員を、初老の乗務員が宥める。初老の乗務員は振り返り、疑うような視線で僕の目をじっと見る。
「君が星科の生徒であることを、疑う訳ではないのですが、何か証明出来るものとかありますかね?学生証とか」
「ありますよ」
ポケットの財布から学生証を取り出して、乗務員に渡す。
「ありがとうございます」
学生証が返却され、なくす前に財布に入れる。
「確かに、その学校に星科があることは、存じ上げております。しかし、学生証にはあなたが普通科の生徒だと、そう書かれている」
「あー、これから星科に移る予定なんですけど、ダメですかね?」
「気持ちはありがたいですが、許可することは出来ません。こういった事態の場合、星科の生徒さんの力をお借りすることがありますが、その時は必ず星科の生徒だと、証明出来るものが必要となります。お互い、後から面倒なことにならないように」
「あっ!じゃあ、あっちに置いて来ちゃったリュックに、証明出来そうな書類とかあるんですけど、取りに行っていいですか?」
僕の発言に、初老の乗務員は首を横に振る。
「気持ちは嬉しいですが、あなたが危険を犯す必要はありません。ここでクズハキの到着を待っていれば、誰も傷付くことなく助かります」
「クズハキが来る前に、ダストが来ますよ?」
他の乗客の耳を気にして小声で話す。
「さっきだって、バリバリに嘘ついてたじゃないですか?この電車は頑丈だって。あっちの方じゃ、ガラスはバリバリに割れてるし、ドアもベコンベコンに凹んでますよ」
「...それはそうだが」
「安心させるための嘘バレたなら、他の安心させる方法見つけないと。今なら僕がそれになってあげますよ」
どれだけ語り掛けても、納得の表情を頑なに見せない初老の乗務員。僕は後ろに立つ、若い乗務員に視線を送る。説得するのに手伝ってくれと、そんな思いを乗せた視線だ。
「せっかくこの子が名乗り出てくれたんですから、お願いしたらどうですか?」
僕の視線に答えてくれた若い乗務員は、初老の乗務員に意見する。
「1人の子どもに全てを委ねるようなことは、あってはならない」
若い乗務員の加勢があっても、初老の乗務員は首を縦に振らない。
「じゃあ、ダストがこっちに来たらどうするんですか?」
「何が起きても、全ての責任は私が取ります」
「それは無理です。失われた命の責任を取ることが出来る人なんて、この世に存在しませんよ」
2人の乗務員を見た後に、自分以外の乗客を見る。
「ここにいる人、全員の顔覚えました。もし誰かダストに殺されでもしたら、毎日夢に出て来ちゃいますよ。名前も知らない人が夢に出てくるの嫌ですよね?」
「それは私も同じだ!...君が死んだら、君が夢に出てくる」
「同じじゃないですよ。僕には、この場にいる全員を助けられる可能性が秘められているんだ。まあ、自分で言うのもアレですけど」
再びダストが電車を破壊する音が鳴り響き、車内が軽く揺れる。
「お願いですから、僕に後悔させないでください」
僕の言葉を聞いた初老の乗務員は、目を閉じて顔をシワクチャにして、一世一代の決断をするような、難しい表情を浮かべている。しばらく黙り込んでいた初老の乗務員が、ようやくその重い口を開いた。
「...分かりました。お願いします。ただ、無茶はしないでください」
「あー、はい!まあ、頑張ります!」
期待と不安を含んだ表情を見せる、2人の乗務員が僕を見送る。貫通扉を開けて隣の車両に移動する。
「僕だって無茶とかしたくないけど、そんなに強くないからなぁ」
そう呟いて、音のする方に足早に向かう。




