表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第一章 旧雨今雨
37/80

第25話 可愛い子だから旅をしよう

 朝になって目を覚ます。口からはみ出た、雀の涙くらいのヨダレを手で拭う。上半身だけ起こして、ぼやけた視界でブラインドを開ける。


 「あー!よく寝た〜!家のベッドは落ち着くな」


 ベッドから降りて、他のブラインドも全て開ける。部屋には日が差し込む。


 「今日は天気良いな〜」


 1階に降りて驚く。父が起きている。いつもは、昼くらいまで寝てるのに。コーヒーを飲みながら、机に広げた新聞を読んでいる。


 「あれ、父さんこんなに早起きだったっけ?」


 「んー?そうだな」


 そう言って、コーヒーの入ったコップを口に運ぶ。


 「今日は雪が降るわね」

 

 それを見ていた母が、笑いながら言う。どうやら僕のことが心配で、生活リズムが崩れてしまったようだ。崩れたと言っても、健全なリズムになっている。


 昼ご飯を食べ終わり、リビングでくつろいでいると雨がが降って来た。1階にいても音が伝わるくらいの豪雨だ。


 「父さん。駅まで送ってくれない?」


 リビングの窓に張り付いて外を見ながら、父にお願いする。


 「いいぞ。元々、送ってくつもりだったし」


 ソファに座り、テレビを見たまま父は答える。


 「あ、ほんと?ありがとー」


 「帰りは歩きでもつらくないが、行きは歩くの気も体も重いだろ?」


 「葵に行きも帰りもないでしょ?あっちも家なんだから」


 洗い物をしている母さんの声が飛んでくる。


 「あー、確かに。でも、まだこっちの方が僕にとったら帰り感あるけどな~」


 「そうか」


 「そっか」


 2人が同時につぶやく。父がテレビの電源を落とし、立ち上がる。


 「もう行くか?雨強くなる前に」


 「うん!まあ、既に雨強いけどね」


 荷物をまとめていると、後ろから母の声が聞こえる。


 「ちゃんと書類とか持った?」


 「大丈夫大丈夫」


 「雨だから、水に濡れないようにしっかりね」


 「おーい。まだかー?」


 玄関にいる父から、催促の声が聞こえる。荷物を持ち玄関に小走りする。


 「ごめんごめん、そんな急かさないでよ」

 

 靴を履き終えて、玄関に立っている父さんは言う。


 「いや、急かしたつもりはないけど」


 そう言いつつ、父は玄関のドアを開けて1人先に車に向かって行った。


 「じゃ、気を付けてね。迷惑掛けちゃだめよ」


 玄関まで見送りに来た母が言う。


 「大丈夫だよ。誰にも迷惑は掛けないって」


 靴を履きながらそう言うと、母から言葉が返ってくる。


 「私たちには、いくらでも迷惑は掛けていいわよ!まあ、心配はあんまりさせて欲しくないけどね」


 「うん」


 靴を履き終えて立ち上がり、玄関の傘を手に取る。


 「今度帰ってくる時に返すね」


 「別に傘の1本くらい、気にしなくてもいいわよ」


 「そっか」


 「じゃ!行ってきます!」


 「いってらっしゃい」


 玄関のドアを開けて外に出る。


 「思ったより降ってんなー」


 玄関の小さい屋根の下にまで、強風で雨粒が飛ばされてくる。傘をさすか悩むが、カーポートはすぐそこなので、傘をささずにダッシュする。助手席に乗り込むと、運転席には頭と服が少し濡れた父がいた。


 「じゃあ、行くか」


 「うん。お願いしまーす」


 雨の中、車が出発する。カーポートから出るとより一層、雨の音が強くなる。窓の外に視線を向けるが、へばりたく水滴、弾かれる水滴しか見えない。


 あっという間に駅の前まで到着する。駅の近くで車が停止する。傘を手に取り、車のドアノブに手をかける。


 「ありがと。行ってくるね!」


 「気を付けてな」


 ハンドルに手を添えたまま、こちらを見ずに雨粒が叩きつけられるフロントガラスを、ぼけーと眺めた父が答える。


 母は父が僕のことを、ものすごい心配していると言っていた。それは当然だろう。自分の息子が命を落として救った者が、命をおろそかにする職業に近づいている。

 それでも、反対することはなかった。今もこうして駅まで送ってくれた。生き続けることがせめてもの恩返し。


 「夏休み、釣り行くの楽しみにしてるから!行ってきます!」


 車のドアを開けて外に出る。ドアを閉めようとすると、父がこちらに視線を向けている。


 「葵!俺も楽しみにしてるよ。いってらっしゃい」


 優しい父の顔を見てから、ドアを静かに閉める。駅の屋根まで走る。


 電車が雨の中を走る。流れ落ちる雨粒のせいで、外の景色は隠されている。ガタンゴトンガタンゴトンと聞きなれた音、走る列車に打ち付けられる雨粒の音。この音の組み合わせに妙な心地よさを感じる。

 ハンモックに寝転がり髪が優しくそよいで、読んでいる本の数ページをめくっていく、そんな風に揺られているような心地よさ。膝の上に置いたリュックに腕を回して、顎を乗せて目を閉じる。


 ハンモックで本を読んでいると、どんどんページがペラペラとめくれられる。強い風が吹いてきた。本を持つ手に力を入れる前に、本は僕の手から風に攫われた。強風を浴びて、機嫌の悪くなったハンモックから振り落とされる。


 ガクンと、乗せていたリュックから顎が落ちる。


 「んあっ」


 気持ちのいい夢は終わった。ボヤける視界で周りを見ると、さっきまで、チラホラいた他の乗客が1人も見当たらない。今はどこの駅か確認するため、外を見ると電車は止まっていた。

 雨は変わらず降り続けている。電車が止まっているからか、車内にはより一層強く雨音が響いている。


 「あれ?もしかして寝過ごしたー?」


 正面の窓から外の景色を確認しようとするが、雨粒が付着したガラスは外を全く見せようとしない。寝起きで、ぼやけている目のせいにして、目を擦っていると電車が大きく揺れた。


 電車が出発する時の、揺れでは無いことは確かだった。今の揺れはもの凄い轟音も伴った。何かが電車にぶつかったような、突進しているような。ホーム側から音は聞こえた。


 1回目の音が聞こえてからすぐ、座っている席の真正面のガラスが割れる。


 「うおっ!」


 飛び散るガラスの破片と共に、車内に白くてデカい塊が凄い勢いで飛び込んでくる。立ち上がり逃げることなど出来ず、座ったまま僕はそいつに腹を突き上げられて、後ろの窓ガラスを割って電車の外へ放り出される。


 雨でぐちゃぐちゃになった、泥の水たまりベッドに落とされる。横たわる僕の耳に、フェンスをぶち破る音が響く。僕を外へ放り出した犯人は、こちらに興味も示さずにどこかに行ってしまったのだろうか。


 「痛ってぇ...」


 泥の水溜まりベッドと背中の間には、一緒に飛び出したガラスの破片が挟まれている。緩衝材になるはずはなく、背中の各地に鋭い痛みを広げて行く。

 落ちた時、線路に頭を思い切りぶつけたせいか、クラクラしてくる。今にも意識を失いそうだ。


 当たりどころが悪かったのか、頭の中で考えられることが、だんだんと少なくなってくる。


 「冷た...」


 泥水に浸かっている体は、だんだんと冷えて行く。空から降り落ちる綺麗な水だけが僕の癒し。服と髪が地面の泥水と、空から注がれる雨水を少しずつ飲み込む。背中の傷が飲めるのは、泥と混じった水だけだ。 背中の痛みに慣れると、今度は突き上げられた腹からも痛みが呼び掛けてくる。右手で腹をさすると、いつもと違う感触が伝わる。


 「なんだ?」


 どうなっているか確認しようにも、どうやら頭を動かす余力もないようだ。視線だけ腹に向けることも、腹に触れた手を目の前に運ぶことすらできない。

 半開きになった目と口で、雨雲からやってくる雨を受け止めるだけで精一杯だ。顔に雨が触れる度に、思考が少しずつ奪われていく。


 何を考えればいいのかも分からないし、何も考えられない。目を開く力も失われ、目の前が暗くなる。目を閉じる前よりも、地面に打ち付けられる雨の音がより強く聞こえた。

 

 痛みも雨が触れる感覚も、だんだんと弱くなっていく。眠りにつく前のような気持ちよさが訪れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ