第23話 インディペンスデイ
振り返った先に立っていたのは、朝陽の幼馴染の光枝星
だ。僕からしても友達より、幼馴染という感覚の方が強い。立ち上がり星に声を掛ける。
「星も朝陽のお墓参り？」
「んー？半分そうかな」
半分という言葉に疑問を覚える。星がこちらに歩いてくる。朝陽のお墓の前まで来たので、僕は少し後ろに下がる。
「どうした...？」
彼女にそう聞くと、こちらを1度見てから、先ほど僕が供えた花に手を伸ばす。そして、右側の花立に供えた青色の花、1輪を右手の親指と人差し指で優しくつまむ。
「花を偶数本だけ供えるの、縁起があんまりよくないんだよ。葵はいっつもキッチリ偶数本供えていくから、私が毎回1本抜いてあげてたんだからね」
星は手につまむ青色の花を見つめながら、そう言った。
「え！そうなの？知らんかった。てか、もっと早く教えてよ～。知ってれば、ちゃんと奇数本お供えしたのにさ。今までずっと、縁起悪いことしてたってこと？」
「いやだから、私が毎回奇数にしてるから大丈夫でしょ」
「そんな時差があっても大丈夫かな？供えた瞬間は縁起が悪いってことでしょ？」
「大丈夫でしょ。みんなそんなに気にしてないよ」
星は淡々と涼しげな顔で話す。昔はもっと感情の起伏があって、顔に強く感情を出していた。明るくてよく笑っていた。今では昔の面影を思い出すのも困難なほど、クールな女性になっていた。
「まっ、細かい事は気にしなくていっか！で、いつもその花はどうしてんの？」
「持って帰って、枯れるまで面倒見てる」
「おー、サンキュー！花も喜んでるわ」
星がこちらを振り返り、心配そうに訪ねてくる。
「友達は出来た？」
毎度お馴染みの質問だ。彼女は、僕がこっちに帰ってくる度に聞いてくる。
「前から言ってるじゃん。親友が2人いるよ。それ以外は変わらないよ」
「新しい友達は？だって、星科に移るんでしょ？」
「あれ、もしかしてさっきの独り言聞いてた？」
朝陽のお墓に目を向けながら星は言う。
「独り言じゃないでしょ。朝陽も聞いてたし、私も聞いてた。あと、アンタのお母さんからも聞いてたし」
星は再び、視線を僕に戻し話す。
「立派じゃん。クズハキ目指すなんてさ」
「いや、まあ、自分から進んで選んだ訳じゃないから、あんまり胸張れないけど。でも、元々クズハキになりたくて、星科に入りたくて今の高校に転校したから結果オーライかな」
「え！？初耳なんだけど。クズハキになりたくて転校したの？」
最近の星にしては珍しく目を見開いて、いいリアクションをしている。
「うん。でも、星科に入れる条件しっかり見てなかったから、ギフトが発現してる人しか受験資格がないって知らなかったんだよね。気付いた時にはもう親に許可貰っちゃってたし、すごい応援してくれたから、やっぱりやめるとも言い出せなくて」
「なーんだ。勉強が大して好きでも得意でもない葵が、急に星玲の転入試験受けるとか言い出すから、何か大層な将来の夢でもできたのかと思ったら、そんな理由だったのね」
「でもまあ、受かってラッキーだったよ」
「受験資格の条件見落としちゃうような、おっちょこちょいがよく受かったわね。何か悪い事でもしたの？」
「いやー、勉強し始めたら分かったんだよ。僕も朝陽と同じで、割と記憶力が良い方だって。そっから全部、頭に詰め込めるもん詰め込みまくったら合格したって感じ。朝陽と一緒にいたから、僕の記憶力も育ったのかな？」
「確かに朝陽は記憶力がすごい良かったから、テストでいい点たくさん取ってたけど、葵も良かったっけ？勉強できんかったもんね？」
「そんな悲しいこと本人に確認するなよ。結果的に実力で、名門校に入れたんだからさ！星が通ってる高校と同じくらいの賢さだろ？」
「そっちの高校の方が偏差値は高いよ。でも、よかったじゃん。これで友達増えるね！」
嬉しそうに微笑む星を否定するように、僕の口が動き出す。
「いや、そんな簡単に他人と友達になれないよ。星も分かるだろ？朝陽が死んでから、僕をイジメ出した奴ら。あいつらのこと、僕は友達だと思い込んでたよ」
山でダストに襲われた後、傷が大分良くなって病院を退院して、卒業式を控えた学校に戻った。だけど、いつも通りの学校生活には戻れなかった。既にクラスのみんなは、朝陽が死んだことを知っていた。
僕はクラスの朝陽と仲が良かった、男子たちにいじめられた。周りの子も僕と関わると、そいつらにいじめられるからという理由で、目を合わすことすらなかった。
中学生になっても、いじめは終わらなかった。中学校から一緒になった他の小学校の子たちにも、変な噂が広まっていた。
人殺しだの、殺人犯だの心のない言葉を浴びせられた。そんな中でも、星だけは学校で僕と口を聞いてくれた。僕と一緒に居てくれた。
あの時のように、優しい瞳で僕の話を聞いてくれる星。それを見て僕は続ける。
「でも、本当は朝陽の友達だったんだ。僕の友達じゃなかった。あいつらにとっても僕は朝陽の...僕は朝陽の何だったんだろう」
答えを見失った僕を見て、星が口を開ける。
「何でも良いじゃん。仲良しならそれで」
そっか。別に決めなくてもいいんだ。僕と朝陽は仲良しだった。それだけで充分。関係性に名前は必要ない。
「私は葵にとっての何だった？」
「え」
急な質問に戸惑いながらも、頭をフル回転させる。
「星はイジメられている僕を庇ってくれたし、まあ、イジメって言っても軽かったと思うけど、あと朝陽が死んでからも仲良くしてくれたし、そのー、恩人だし親友？とにかく大事で大切な人だよ！」
やけくそに星の顔も見ずに、思っていることを叫ぶ。顔が熱い。というか体全体が熱いし、照れて死んじゃいそうだ。
こんなこと言われた側も照れるだろ。そう思い星に顔を向ける。照れた様子は全くなく、先程と変わらない表情をしている。すると、星が急にこちらに近づいてくる。
星は僕の真ん前まで来て、両手を僕の頬に添えた。突然のことに、驚くより先に顔が熱くなる。耳まで熱が行き届いてる。耳は今頃、太陽くらい真っ赤だろう。僕の世界の時が止まり、体に広がる熱だけが動いている。
「よかった」
星の一言で、僕の止まった世界は動き出す。星の手から逃れるように、顔を後ろに引く。星の指がすり抜けて、僕の顔に触れる手は離れる。触れられた頬に自分の手を当てる。冷えた手に、顔の熱は吸い込まれていく。
「な、何！？」
「いいじゃん。誰も見てないし。それに昔からよくやってたでしょ？」
「いや、そういうことじゃ...僕たちもう17歳だよ？恥ずかしいし、あと朝陽が見てるだろ」
「確かにそっか。さっき、軽いイジメとか言ってたけど、イジメに軽いも重いもないよ？高校でも何かあったら、私にちゃんと教えてね？」
ずいぶんと心配そうに、星は僕を見つめる。
「でも嬉しいな。葵が私のことを大切な人～、大事な人～、なんて思っててくれたなんて」
星は茶化すように、先程の僕の言葉を羅列する。よく照れもせずに、そんなこと言えるな。僕は再び体に熱が帰ってきたことを感じる。
「でも大切な人なら約束はちゃんと、すっぽかさずに守って欲しいなー」
そう言って星は顔を覗き込んでくる。星の発言には心当たりしかない。星は僕がこっちに帰った来る度に、遊びに行こうと誘ってくれる。そして、僕はそれをほぼ毎回断っている。もちろん、星のことを嫌いだからとかそんな理由ではない。ただ、帰ればいつでも会えるから、またいつかでいいかと後回しにしているだけだ。
「ごめんごめん、じゃあ夏休みとかどっか行こうよ！」
「えー、遠いよー」
「すぐだって、夏休み来るのなんて！」
「いやいや、普通に長いよ」
星は頬を膨らませて、軽いため息をつく。
「まあいっか、楽しみに待ってるね。今度こそは約束厳守ね。...死ぬ前にまた、会いに来てね」
「もちろん！てか、死ぬとか言うなよ！命懸けであることに間違いはないけどさ」
「...そっか。そうだね」
星は悲しそうに笑って見せた。日が暮れ始め、辺りは徐々に暗くなる。墓地からの帰り道、先程のランプを見ると光っていたのはひとつ。トナカイと魔女は夜の闇に溶け込んでいた。
