第10話 査定
玄関で靴を脱いで、スリッパに履き替える。星科の校舎だからといって、特別変わったところはない。僕が普段いる方の、校舎と同じ構造だ。思っていた校舎とは違った。
近未来感やサイバー感が、溢れていると勝手に想像を膨らませていた。ただ廊下や窓、教室の扉などは新築同様に綺麗だ。この校舎は、出入りする人が少ないからだろう。
階段を登って2階の廊下を進む。ある教室の前で、先生が足を止める。先生がドアを開ける。
教室に入る先生に続いて中に入ると、1人の女の子が窓に顔を向けて、机に寝そべっていた。自分の二の腕を枕のようにして、頭を包み込むように腕を添えていた。退屈そうな右手は、長い黒髪の毛先をくるくると回している。
女の子は教室に入って来た僕たちに気づいて、顔をこちらに向ける。
「あっ!やっと来た!遅いよ先生!せっかくの休校だったのにさ」
「ごめんね~。電車通学の子の家が、思ってたより遠くてさ~」
手を合わせて、女の子に謝罪する先生。先生はその手を、そのまま僕の方に向ける。
「この人が?」
「そうそう~。今日の休校の原因~」
女の子は、僕の顔を観察するように、じっと見て目を丸くする。
「ふ~ん。じゃっ!早速見ますか!この椅子座ってー」
この教室には机が5台しかない。前列に三台、後列に二台。女の子は前列の窓側の席に座っていた。女の子が僕に座れと言ったのは前列の真ん中の席。先生の方に顔を向けると軽く頷く。真ん中の席に座ると、女の子が座っていた椅子を引きずりながら近づいてくる。
「何君?」
「津江月葵です」
「葵君ね、体の力抜いてね」
彼女はそう言うと、僕の頬に両手を優しく添える。僕の頬に、彼女の手の熱が直接伝わる。顔が見る見る、赤くなっていくのが分かる。耳も熱い。初対面の女の子の手が、頬に当てられるだけでも発火寸前なのに、彼女は顔を近づけてくる。
誰かが後ろから頭を押せば、キスになるくらいの距離まで近づいてきてピタリと止まった。目のやり場がない、息をすることも出来ない。
「目、閉じて」
「え、あっ、はい」
彼女に言われるがままに、僕は目を閉じる。
「ふむふむ。目開けていいよ」
恐る恐る目を開けると、彼女の顔は元の距離に戻っていた。
「先生分かったよ!まだ確定の色ではないけど、今のところは予知夢って感じかな」
「おお~、よかった~。ギフト持ちで~、しかも予知夢とか~、理想過ぎ~」
笑顔で安心したように先生は話す。
予知夢という言葉を聞いて驚く。予知夢は、僕が自分のギフトだと予想したものだ。しかも、先生はギフト持ちと言っている。僕が、予知夢のギフトを持っていた、ということだろうか?
「よ~し。なら早速~、学科変更届とか~、色々資料持ってくる~」
先生は喋り方に似合わないダッシュで、教室を飛び出す。気になるワードを残して、先生は目の前から消えた。
ピシャリと閉められたドア。初対面の女の子との2人きりに、気まずさを覚えつつも、聞かなければならないことが山程ある。
「2人っきりだね?えへっ」
先に口を開いたのは彼女だった。
「あっ、ああ、はい」
女の子は、無邪気な笑顔を僕に見せた。微塵も緊張や気まずさを感じていなさそうな、彼女のセリフを聞いて余計に緊張が膨らむ。
「君の名前は聞いたけど、私の自己紹介はまだだったね。私は双葉理恵加!葵君って何年だっけ?」
「僕は2年生です」
「同い年じゃん!私も2年だよー。てことで、タメ語でいいよ。聞きたいこととか、気になることあったら何でも聞いてね!これからよろしく!」
弾けるような笑顔で言う理恵加さんを見て、何だか安心した。
「あのさ、さっきの顔近づけたのは一体何をしたの?」
「あれはねー、私は他人のギフトを見ることが出来るんだ。これは鑑定って分類のギフトなんだ」
「鑑定のギフト...それで、僕のギフトは予知夢だったってこと?」
「そう言うこと!」
僕の予想は的中していた。本当に予知夢のギフトを持っていたようだ。
「確定の色じゃないとか、言ってたけどあれは?」
僕が聞くと、理恵加さんは待ってましたと言わんばかりに、ペラペラと得意げに話し始める。
「私のギフトは、鑑定の中でも特別なんだよね。通常ギフトを見ることが出来る鑑定は、相手のギフトが本当に正しいものかどうか分からないんだよ。鑑定で確認できるギフトは、その人が自覚しているものなんだ。分かりやすく言うと、本来は空を飛ぶギフトだけど、本人はそれを使いこなせずに、ジャンプ力が高くなるだけのギフトって勘違いしていると、鑑定結果はジャンプの方になる。つまり、君の場合は予知夢と自覚しているけど、本当は別のギフトが隠されてる」
「本当のギフトは、まだ分からないんだね。というか、鑑定って言ってる割には結構不便というか、不確定なものなんだね」
「そうそう、そのうち分かるさ。本来のギフトがね。まあ、ギフトは不完全なものが多いからさ。相手のギフトの内容を、百パーセント正確に完全に見ることができる鑑定持ちは、今のところ世界に4人しかいないからね。因みに、4人の内1人は日本人らしいよ!」
四人という多いのか少ないのか分からない人数。でも、百パーセント完全にギフトを見ることが出来る人が存在するだけでも超貴重か。
「僕は何で、今までこの予知夢のギフトに気付けなかったのかな?」
「それは、ギフトが発現する期間は5歳から10歳って言われてるでしょ?そんな幼い時期に予知夢を見ても、それが自分の未来を示す夢なんて気が付かないし、思わないでしょ!それに、いくら予知夢でも夢の内容なんてすぐ忘れちゃうよ」
「確かにそうかも。今回の夢はインパクト強かったから鮮明に覚えてただけだね」
「私が思うに葵君のギフトは、自分の身が危険に晒される時に、それを知らせる予知夢を見る!みたいな感じかな。ギフトを使うには、複雑な条件がある場合が多いからね。それのせいで、自分に秘められたギフトを使えない人が多いんだよね」
自分の身が危険に晒される時に、それを知らせる夢を見るか。なら、僕のギフトはポンコツだ。今までの人生でも、僕に見せるべき予知夢があったはずだ。
いや、それこそ理恵加さんの言った通りだ。夢なんて、すぐに忘れてしまうものだ。
「葵君は、そんな予知夢を見ることが無いくらい、平和に安全に生きてきたってことだよ」
「はは、そうかもね。ギフトの発動には条件があるって言ってたけど、理恵加さんのギフトにもあるの?さっき、顔とかめっちゃ近づけてたからさ」
「私のは、鑑定対象を視界に入れるくらいかな。顔を近づけたのは、距離近い方が見やすいから。そんだけ!」
「じゃあ、目を瞑る必要もなかったってことか」
「いや、あれはいるよ。だってさ、あんな近くで目開けてたら、見つめ合ってるみたいで恥ずかしいじゃん!」
全く恥ずかしげもなく、理恵加さんは笑う。
「先生遅いね」
時計を眺めながら、理恵加さんが言う。
「さっきさ、先生が学科変更届とか言ってたけど、あれどういうこと?」
「え?」
ガラガラと教室のドアが開く。先生が資料を抱えて戻って来た。
「お待たせ〜」
理恵加さんは、先生を呆れたような目で出迎える。




