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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第一章 旧雨今雨
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第5話 夢からの生還

 また何も見えなくなる。すぐそこまで、ダストが来てる。僕が行動を起こす前に、ダストの足音は通り過ぎて行った。やはりダストは、何かから逃げていたようだ。追っていたのは、この暗闇の主だろうか。


 ホッとしている暇はない。考えることは、止められない。考える内容が変わっただけだ。それもサイズアップした。このまま、廊下の真ん中にいるのはまずいだろう。

 履いているスリッパの音を立てないように、ゆっくりと足を浮かして後ろに下がる。それを数回繰り返して、廊下の壁に背中をピッタリと合わせる。頭がガラスに当たらないように、背筋を伸ばして直立不動。


 目を閉じて、口を大きく開けて、音を出さないように静かに息を吸う。吸い込んだ息を、鼻からゆっくり出す。目を閉じたのは見慣れない黒よりも、見慣れた黒の方が落ち着くからだ。硬く握りしめた拳からは、汗がスルリと零れ落ちる。


 何も聞こえない。恐怖が上限なく膨れ上がっていく。さっきは運良く殺されなかったが、今回はどうだろう。もう駄目な気がする。

 足も疲れたし、まぶたもピクピクしてきて限界だ。作っていた握り拳も、チョキを出されたら負ける状態になっている。ピクピクと疲労を訴えるまぶたに押し負け、目を開けると闇はもう引いていた。


 代わりに視界の八割が、白で埋め尽くされていた。ダストだ。ダストの顔が、僕の顔の真正面にある。少しでも前に歩こうものなら、鼻と鼻が触れる距離だ。


 足がすくんで動かせない。頭をガラスに押し当てて、少しでもダストから離れる。ダストの全体がうっすらと見える。人のように腕が2本、足も2本ある。身長、いやサイズは人間より遥かにデカい。デカいと言っても、廊下の天井にギリギリ頭をぶつけずに歩けるくらいの大きさだ。

 大人が子どもと話す時のように、膝を曲げて僕に視線を合わせている。左手には、僕が重くて持つことが出来なかった、星科の生徒の刀を持っている。ダストが持つ刀は短く小さく、まるでおもちゃのように見えた。


 人型のダストなんて、見たことも聞いたこともない。ただ、ダストの顔には口と鼻しかなかった。本来なら目があるべき部分は、以前まで目がちゃんと二つ付いていたようなくぼみがある。耳があるべき場所は平だ。

 ダストはまるで時が止まっているかのように、一切身動きをしない。僕も恐怖に縛り付けられて、体を動かすことが出来ない。いつもより多く提供される、唾を飲み込むのに必死だ。体が徐々に、寒気を感じ始める。流した汗が一気に冷えた。


 「    」


 ダストが何か音を出す。大きな口を動かして、何かを必死に訴えているように見えた。歯はとても大きく、無駄に整った歯並びが、何とも言えない奇妙さを醸し出す。


 「ごめーん、なんて言ったか分かんなかったあ」


 僕は今にも泣きだしそうな声を、ダストに向けて出す。だが、生きることを諦めたわけではない。このダスト、多少は賢そうだ。目の前に人がいるのに、すぐに襲ってこないのが証拠。

 このまま、だらだらと何か喋って、誰かが助けに来るまでの時間を稼ぐ。ただ、助けに来てくれるような誰かが、生き残っているかどうかは分からない。


 「もう一回、もう一回言って?」


 耳のないダストに語り掛け、目のないダストに人差し指を立ててジェスチャーをする。するとダストは顔を動かして、更に僕の顔に近づける。目のないダストに、見つめられている気がした。


 ダストの左肩が一瞬動いた気がした。それに気づいた時にはもう遅かった。ダストの左手に刀は無かった。刀は僕の左胸に突き刺さっていた。


 「へ、へへ、はぁ、あはぁ」


 針に糸を通した時のように、静かに音もなく刺さった刀。それを1番最初に察知したのは、痛覚ではなく視覚だった。見るまで気づかなかった。痛みは今のところ感じない。僕を刺したダストは、歯を見せて笑っているようだった。それ以降は何もしてこない。目の前にいるだけ。


 突き刺さった刀の柄を握り、引き抜こうとするが全く動かない。恐らく僕の胸を貫通して、後ろの壁に突き刺さっている。胸からは、蛇口を軽く捻ったくらいの勢いで、血が滴り落ちている。足元を見ると、血の水溜りが出来ていた。血に負けじと、目から涙も流れ出す。この涙は悲しさや悔しさから、流れているものではない。


 「これ、全部が...僕の...僕から出た血か」


 体を構成する細胞のひとつひとつが、弱っていくような感覚。視界が白くなったり、赤くなったり。これが何十回と、短い間隔で繰り返される。頭がこのまま浮かび上がって、どこかに飛んでいってしまいそうなくらいに軽くなる。全身が血液になっていくような感覚を味わい、このまま地面に沈んでいく気がした。何かよく分からないものが、つま先からつむじまで、つむじからつま先まで行き来している。


 「僕の人生をこんな序盤で終わらせるなんて...見る目のない世界だな...」


 手足に力が入らなくなり、意識がだんだんと遠のいていく。


 次に視界に入って来たのは、見慣れた天井だった。慌てて上半身を起こす。今日は月曜日の朝だ。スズメの会話が聞こえて、部屋には朝を知らせる暖かい太陽の光が差し込んでいる。間違いなく月曜日の朝だ。気絶から目覚めたとかではない。


 「全部夢...だったのか?そりゃそっか!僕がこうして目覚めて起きてるんだから!夢だー!僕は生きて起きた!」


 部屋のカーテンを開けて、電線に止まっているスズメと目が合う。


 「でも丁寧な夢だったな~。朝起きるところから始まるなんて」


 カーテンを全て開け終えると、右手でそっと夢の中で突き刺された左胸に触れる。当然痛くないし、血も出ていない。


 「今日は学校行くの楽しみだ!生きてるみんなに会える!」


 右の拳で左胸を、ドアをノックするくらいの強さで軽く叩く。


 「痛くない痛くない!あははは!」


 それにしてもリアルな夢だった。恐怖だけは本物だった。あの夢の最後に、僕は死んだのだろうか。人間は、経験したことのない内容の夢は見れないって、どこかで聞いた事がある。


 「朝ごはんの準備するかー」


 夜寝てる間に怖い体験をした分、朝の訪れを知らせる光はいつもより眩しく、優しく見えた。

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