第1話 夢
今日の僕を起こすのは、優しい母親でもなく、しっかり者の目覚まし時計でもなく、誰よりも早起きしたスズメたちの会話だ。
月曜日の朝。カーテンを突き抜ける、太陽の眩しい光が部屋に朝が来たことを知らせる。その太陽の光が、彼の心に影を作る。
「今日も学校かー」
眠い目を擦りながら起き上がる。僕は学校が嫌いぁ。クラスメイトが嫌いだとか、友達がいないだとか、そういう理由ではない。学校に、特にいい思い出がないからだ。学校という存在自体が嫌いだった。
朝食の準備を済ませて、机の端に置いてあるリモコンに手を伸ばす。テレビをつけると、朝っぱらから縁起の悪いニュースが耳に入ってきた。
高校にダストが侵入して死傷者多数。
「近いなぁ」
インスタントの味噌汁を飲み干す。ニュースでやっている高校は、僕の通っている高校の近くだ。僕の住んでいるアパートからは距離があるが、それでも少し恐怖を感じる。
ダストの正式名称はスターダスト。漢字にすると星の不純物。長いから、大体みんなダストと呼ぶ。たまに、漢字の方の読み方をしている人がいるが、そんな呼び方してるのは、周りから変人って思われたい常識人くらいだ。
ダストは、隕石と一緒に地球に来ると言われている。ダストに人が襲われて死ぬ事件は、よくニュースで耳にするが、隕石が落ちたことを伝える内容のニュースはあまり見ない。明らかにダストの数と、隕石の数が釣り合っていない。
「そろそろ行くか」
自分でも聞き取れないくらいの呟き。リュックを背負って玄関に向かう。靴を履きドアノブを軽く握って、メダカ達に朝ごはんをあげていないことを思い出す。僕にとって、このメダカたちは大切な4匹の家族だ。「いってきます」と「ただいま」を言う、大切な存在でもある。
教室に入って自分の席に着くと、無駄に明るい声が聞こえる。
「おっはよー!!!」
この声がでかくて、身長が控えめな男は田中。田中は、僕がこの学校に転校して来た時から、親切にしてくれた。簡単に説明するといい奴だ。
「おはよ。朝から元気だな」
田中に挨拶を返し、リュックの中の教科書を引出しに入れている途中に気が付く。
「あれタケちゃんは?いつも、このくらいの時間にはもう教室にいるよな?」
タケちゃんは田中と同じで、僕がこの学校に転校した時、親切にしてくれて今も仲がいい。僕の質問に、田中は口をぽかんと開けて眉をひそめた。
「お前寝ぼけてんのか?タケちゃん金曜日に言ってたろ?今日休むって」
「あれ、そうだったっけ?全然覚えてないや。何で?」
「んー?いつも通り、家の用事とかだろ?大丈夫かよー?ニワトリでもそんくらい忘れないぞ」
馬鹿にしたような声で、笑いながら言う田中。しかし、そこに不快感はない。
「病弱で寝たきりか、引きこもりのニワトリだったらそうかもしれないけど、僕はアクティブなニワトリだからさ。仕方ないよ。そもそも、ニワトリだったら金曜日の帰り道で全部忘れてるよ」
「じゃあ、そのアクティブなニワトリは、この土日で何してたんだ?」
「土日か...何やってたっけ?」
土日を振り返るが、何も思い出せない。土曜日と日曜日の二日間の貴重な休み、僕は一体何に時間を割いていたのだろう。
「どーせ、家でゴロゴロしてただけだろ~?だから、特に思い出すこともないんだよ」
「まあ、そうかもね。あっ、それより、今朝のニュース見たか?近くの高校に、ダストが出て人が死んだって」
僕がそう言うと、田中は再び呆れた顔に戻る。
「それも金曜日の話だろ?金土日で、散々ニュースで騒いでただろ?今朝ニュースでやってたのは、学校常駐のクズハキが戦いもせずに、一目散に逃げたのが理由で逮捕されたって内容だ」
田中からそう伝えられて驚く。確かに金曜日に起きた事件なら、その日のうちにニュースなどで広まる。僕たち高校生と違って、報道に土日休みはない。
土日もばっちり、ニュースでやっていたはずだ。なのに、何で僕は知らなかったんだ?テレビもスマホも、一切見ていなかったのだろうか。
「最低な野郎だ!仕事を放棄して逃げるなんて、クズハキ失格だよ。それにしても、この学校の近くってのが怖いよな。そのダストがどうなったのか、報道されてないしさ」
田中は真剣な表情から一転、ニヤニヤした顔つきになりながら話す。
「でもこの高校なら、よっぽど大丈夫じゃない?にしても、怖いって言ってる割には随分ニコニコしてるじゃん」
「いやー!もし、高校にダストが来てクラスメイトがピンチに陥る!その時、俺の中に秘められた“ギフト“が目覚めて救う!みたいなの考えちゃうだろ!」
人の命が失われてるのに、呑気なことを言う田中。でも、ダストに人が殺されることは、別に珍しいことではない。学校にいる時の雷雨、ゴキブリの出現と同列くらいのイベント。
人が車に轢かれて死んだとしても、明日から外に出ることを、誰も怖がらないのと同じだ。
実際に僕も、自分がダストに殺されることなんて、1ミリも考えていない。全員が、きっとそう思ってる。当たり前のことだ。そして、僕も田中と同じような妄想はよくしていた。男の夢でありロマンだ。
「でも、ギフトって5歳から10歳までしか発現しないだろ?僕たちもう遅いよ」
「そう!それだ!非常に残念だよ!マジで!」
「今日はいつにも増して元気でうるさいな。何かいいことでもあった?」
「いや特にない。でも、何か今日は良いことがありそうな気がする!」
「僕は、逆に嫌な予感がするよ。最近ダストの事件多いし」
「ったくー!お前は相変わらず暗いなー!もっとパーっと、明るく考えて生きようぜ!」
田中は、僕の背中をバシバシの叩く。後ろ向きな発言をした後、田中の意見も一理あると認める。確かに、明るく考えて生きた方が楽しいだろう。
辺りがどんどん暗くなっていく。何やら、クラスが騒がしい。みんな窓の外を見て話している。
「おおい!外見てみろ!!」
田中に言われて外を見ると、暗いなんて言葉では言い表せないくらい暗かった。『夜』じゃなくて『黒』って感じだ。その黒に見初められて、僕の視線は固定される。




