ミサ姉
「だいぶ遅くなっちゃったね、彼女さん、大丈夫?」
たぶん大丈夫、どうせ寝てるだろうし
「そか、じゃあついでに送ってってよ、ホテルまで」
「大丈夫、今日はそんなに酔ってないから」
大丈夫じゃなくていいのに、と喉元まで出かかったけど、なんとか飲み込んだ。
気まぐれに繋いだ手は随分と細く感じた。
……ミサ姉はいま幸せ?
少し間が空いた。
「うーん、概ね?
客観的にみたら、とっても幸せそうだと思うよ」
なんか含みのある言い方だね
「まあね」
「子供はかわいいし、彼の収入は安定して高いし、貯蓄はあるし、
彼、家事全般できるから、私が至らない部分は自発的にやってくれるし……」
いい旦那さんじゃん
「うん、まあ、そうなんだけど
娘の前で普通に『クソ』とか『死ね』とか言うし、
聞こえるように舌打ちするし、そういうのやめてって言うとあからさまに不機嫌になるし、
洗濯物の畳み方が気に入らないって、毎回小言言ってくるし、
自分の中で勝手に理由作って約束を反故にするし、
自分が思う常識を押し付けてくるし、
不機嫌で他人を操作しようとするし、
謝ると死ぬし、お願いしないとありがとうって言わないし
私の趣味を笑ってバカにするし、
心情理解とかする気もない、『✕万円と苦虫女』とか、『ボ✕イズオンザラン』とか観てもなにが面白いのかわかんないタイプで、
限界きて精神科行こうかなって言ったら、『いやいや大丈夫だよ。そういうのやめた方がいいよ』って無責任に言うし、
それでも
別に暴力振るうわけでもタバコ吸うわけでもギャンブルするわけでもないから
基本は優しいし医者だし料理上手だから
そんな夫がいて、私、幸せだと思うよ」
堰を切ったように吐露されたミサ姉の苦しみに呑まれそうになる
「でも君なら、私にこんな思いさせなかっただろうね」
……それは、そう思う
「まあ付き合ったとしても他にもっと嫌なことがあったかもしれないし、結局いまの状態に落ち着いてたかもしれない、」
でも、多分、俺らならうまくいってたと思う
「よね……ははは…………」
ミサ姉は俯いて、かすれた声を出す。
「なんで今更、一緒に居たかったとか言うの?」
「なんであの頃私に声かけてくれなかったの
なんであの時私を連れ去ってくれなかったの
今更君の気持ちなんて知りたくなかった」
ミサ姉、
「私ね、旦那と結婚するために諦めた夢があるんだ
でも多分、君と一緒になってたら諦める必要なんてなかった」
ミサ姉……
「結婚して子供もいて、これからどうこうなんて私にはできないよ」
今更
もっと幸せになれていたかもしれない。たらればなんて言っても仕方ない。
俺だって知りたくなかったよ。
でも、俺のせいだな。俺がもっと早く気付いて手を伸ばしていればよかった。
ねえミサ姉、抱きしめてもいい?