scene.02
「じゃ、オレ用事あるからお先っ」
始業式ともあり昼過ぎで学校は終わる。
オレはチャイムと共に唯と久志を置いて一人足早に教室を出て行く。
「いってらっしゃい」
事情を知る唯の声が微かに訊こえたような気がしたが、脚を止めることなく歩みを進めた。
学校を出ると小走りでリク電に飛び乗り藤ノ井駅の隣の駅、鐘音寺で降りる。
駅を出て道の反対側にある花屋でいつものように菊と金盞花の花束を購入すると、目的地へと向かう。
毎月、欠かすことなく通る並木道。
春には桜を咲かせ、夏には緑に色付く。
秋には紅葉に色を変え、冬には雪の結晶を付ける。
その並木道を抜けると駅の名前にもある鐘音寺に辿り着いた。
オレは鐘音寺の門をくぐると慣れた足取りで水汲み場で水桶に水を汲み柄杓をひとつ突っ込むと墓場へと向かう。
いくつものお墓を通り過ぎるとひとつの墓の前で止まると水桶を置いた。
「一ヶ月ぶりだな花桜梨っ」
八重家と彫られた墓。
『八重花桜梨』
オレの幼馴染で恋人であった女の子。
しかし、二年前の秋に死んだ。
今日は花桜梨の月命日。
彼女の命を奪ったのはオレ自身。
そうオレが花桜梨を殺した。
オレは墓を磨き、花を入れ替え再び花桜梨と向かい合う。
不意に、オレの頬に一筋の涙が流れると、すぐに拭い取る。
「オレに泣く権利なんてない!オレが殺したんだからっ。責められ罵倒はされたとしても泣いちゃいけない。なのにどうしてっ」
突然、オレが来た方から訊き覚えのある複数の声が訊こえた。
声で花桜梨の両親と妹の桜だと解った。
オレは枯れた花を水桶へと突っ込み来た方とは反対側へ退避。
失礼だと解っているが他人のお墓の物陰へと身を隠した。
オレはよくよく考えて呟いた。
「隠れる必要ないよな?」
そう隠れる必要はないのに条件反射で隠れてしまっていた。
恐らく花桜梨を殺した事への罪悪感だ。
訊き耳立てていたわけではないが、三人の会話が訊こえてきた。
「パパママ、新しい花があります」
「今日も彼が来てたんだなっ」
桜の声におじさんが答える。
「そのようですね。いつものようにお墓の掃除もしてくれたのですね。これでは、私達のやる事がお参りくらいしかありません」
おばさんが小言を漏らす。
「優也くんは相変わらずだな。ワタシ達を避けているようにしか感じられない」
おじさんが悲しそうな声で呟く。
「桜、お姉ちゃんに挨拶をしましょう」
三人は手を合わせ数秒間の黙祷。
その間、オレはそっと覗き込み三人を視界に入れる。
花桜梨、みんな元気そうだなっ。
三人の黙祷が終わるとオレは再び姿を隠す。
「またね、お姉ちゃん」
先に桜とおばさんは歩き出す。
「優也くんはお前に囚われているんだ。花桜梨、お前はどうしたい?それを望むか?……解っている望まぬ形で死別してしまって彼の心は停まったままだと、なぁ、花桜梨、ワタシ達は彼に何がしてやれるんだろうなっ」
当たり前だがおじさんの問いに返事はない。
「すまない、年甲斐なく愚痴ってしまったな。また来るよ」
そう言っておじさん達は墓を後にした。
オレは三人が居なくなったことを確認するとふたたび、花桜梨の眠る墓に戻る。
「妹さんの着てたあの制服。オレと同じ藤ノ井高だな」
いっぱい話したいことがあったはずなのに言葉が出てこない。
「それじゃ、またな花桜梨っ」
挨拶をしてオレは花桜梨の元を去って行った。