ミッションインクサムシリ
なんてね!ちょっとおセンチになって黄昏てみたけどね!
基本根っこが能天気だし、悩んでも仕方ない事は一先ず考えないようにしよう精神で生きてきた、そこそこイイ歳した人間なんでね。
一昨日出たばかりの新作のフラペチーノ飲みたかったとか。
季節物のスカート、セールになるまで待たずに買っとけば良かったとか。
あの漫画の続き気になる~~~とか色々思うところはあるけれども、こうなってしまってはどうしようもない。
そういう心残りは頭の片隅に追いやって、これからは此処での生活に専念していこう!と気持ちを切り替え、貸して貰えた部屋のベッドに飛び乗る。
「それにしたって、」
さっきは酷い目にあった・・・・・・・・・。
いやぁ、あの後。
いつまで経ってもお風呂から上がってこない私を心配して、様子を伺いに来たロプスさんに沈んでる所を発見されてさ。
ロプスさんがあの見た目からは想像できない絹を裂くような悲鳴を上げたもんだから、ゼニスくんまで慌てて駆けつけて来て、ちょっとした大騒ぎになった。
ロプスさん、私が浴槽の底に沈んでたから溺れ死んだんだと思ったらしい。
私はちょっと無の境地までお散歩に出かけてただけだったので、浴室内に響いた悲鳴に驚いて飛び起きた。
ザパァッと勢いよく湯を跳ね上げて上半身を起こしたら、それにまた驚いたロプスさんが更に悲鳴を上げ、それを聞いた私もつられて悲鳴を上げちゃって。
何事だと走ってきたゼニスくんに、ロプスさんが飛びついたもんだから、それを避けきれずに二人して転倒。
脱衣所に向かって勢いよく滑って行った。
残された私はポカーンだよね。
恐る恐る湯船から出て二人の様子を確認すれば、どうやら頭を強打したらしい悶絶しているゼニスくんと、触手がこんがらがって目を回すロプスさんが床に転がっていた。
で、何故か私がめっちゃ怒られた。
絡まったロプスさんの触手を解きながら、ゼニスくんに『もっと考えて行動しろ』とか『自分の見た目に責任を持て』とか理不尽な文句を言われて納得いかない。
しかもロプスさんから、
『沈むの禁止』令が出され、罰としてお風呂掃除を命じられた。なんでや。
横暴だーっと喚いたけど聞き入れて貰えなかった。
まぁ居候の身ですし?別にお風呂掃除ぐらいやってもいいけどさ。
でもここ、めっちゃ広いんだよ?!
お湯は自動で浄化されるので今日は浴槽以外でいいと言われた。
脱衣所や浴室の床、洗い場を中心に掃除しておく事と言われて渡されたデッキブラシと掃除用スポンジ。
ちくしょう!と怒りに任せて掃除しまくり、全部が終わった頃には多分夜中を回っていた。ここ、時計無くて時間分からないんだよね。
タイミングを見計らったみたいにお風呂場に現れたゼニスくんが『今日はもう休んどけ』って尊大な態度で言い放って帰って行った時は、殺意が湧いたけど。
ありがたーくその通りにさせてもらおうと、私は道具を片付けてサッサと部屋に戻った。
そうしてベッドにダイブしたのが、十数分前。
なんか怒涛の一日(って体感半日ぐらい?)だった。
自分の身に起こった事を振り返りながら、骨には勿体無いほどもっふりふかふかのベッドに身を沈めたのはいいんだけど、
「眠れん」
睡魔が、一向に襲ってこない。
よく興奮して眠れないとか、体が疲れ過ぎて逆に目が覚めちゃうとか言うけど、そんなんじゃない。
『眠い』という欲求がまっっったく訪れないのだ。
それに加えて言うと、実は『食べたい』って気持ちもまっっったく起きない。
「これって絶対この体のせいだよね・・・」
確かめようがないけど、きっと『エロい』事したいって気にもならないと思う。
それはこの体が『死んでる』から。
生きている人間が持つ三大欲求の
《食欲》《睡眠欲》《性欲》が無いんだ。
それに《疲労》も感じない。
あれだけお風呂掃除で動き回ったのに、全然疲れてない。
それが良いのか悪いのか分かんないけど、今私が確実に言える事は一つ。
「めっちゃ暇」
瞼が無いからか目も閉じられない。
眠れないから只管天井の模様を眺めていたけど、それももう飽きた。
暗視機能でも備わってるのか、私の目は明かりの無い暗闇でもハッキリと周りが見える。それこそ、天井のシミまでも。
起き上がってベッドの上に座り込んで部屋を眺めてみたけど、数分で見飽きた。
ベッドから降りて部屋の中を無駄に徘徊したけど特に変わった物も無くて、これも直ぐに興味を失ってしまう。
眠たくならないって、案外辛いな・・・。
向こうの世界でも眠れない夜はあった。
理由なんか無いし、単に眠気が来るのが遅いだけで気がついたら朝だったって事、何度もある。
でもだからって、こんなに時間を持て余すなんて事なかった。
周りには暇潰し出来る事がいっぱいあったから眠くなくても困らないし、寧ろやる事沢山で時間が足りないぐらいだった。
しょっちゅう『何で一日は二十四時間しかないんだよぉぉぉ』って嘆いていた。
ネットの海をザッパザッパ泳いだり、スマホのソシャゲで脳死周回したり。
推理小説の止めどころを見失って、結局一冊読み終わるまで逆に眠れなかったり。
突然製菓衝動に駆られて夜中にブールドネージュを大量生産してると、大体あっという間に朝が来る。(作ったお菓子は職場の皆のオヤツだ)
それでもやる事が見つからなければ、散歩と称してコンビニに行って気分転換した日もあった。
でも此処には、それが全部無い。
パソコンもスマホも漫画もコンビニも。
ワンチャン、この迷宮の外に出たら異世界産コンビニがあったりするのかもしれないケド。
でもどうやって外界に行くのか分からないから、今日のところは無理だろうし。
「外・・・」
ふと、茶畑・・・じゃなかった、薬草畑を思い出した。
あそこならちょっとは時間潰しになりそう。
そう思い立った私は、早速部屋を出て食堂に向かう。
しんっ、と静かな廊下に出て音を立てないように抜き足差し足忍び足で歩いていった。
鈴蘭ランプの灯は落ち、真っ暗な廊下が闇に続いている。
でも灯りがなくても見えるから、こういう時便利だ。
ランプ無しで足取り軽く、スイスイと真っ暗な廊下を進み食堂に辿り着く。
灯の消えた中を一応覗いて、誰も居ない事を確認してから中に入った。
これで畑への扉に鍵が掛かっていたらアウトなんだけど。
そんな私の心配は杞憂に終わり、あっさりと木製のドアは開いた。
(やった!)
まるで気分はコソ泥。いや例え悪いな。
怪盗☆キャッツなんちゃらのつもりで、スルリとドアの隙間から外へと身を滑り出す。
後ろ手に音を立てない様に気を付けながらドアを閉め、ミッションコンプリート。
「さぁて、何しよう?」
腰に手を当て、広い畑を眺める。
来たものの、目的なんてない。
てか、ここまで来るのが目的だったので既に目的達成してしまった。
青白い月光に煌々と照らされた、モッサリした薬草畑を前に考える。
「あんまり下手な事しちゃダメだよね」
例えば、薬草摘採とか。
お茶の木に似てるから、新芽っぽい若い葉を摘めばいいんだろうけど・・・・・・もしまだ摘んじゃダメな葉っぱとかを間違って摘んじゃってたら怒られる、絶対。
『勝手な事するんじゃねーよ』
ってゼニスくんに軽蔑の眼差し向けられるのが容易に想像できた。
今から朝までやったら、そこそこの量を収穫出来そうなんだけどなぁ。
という訳で、勝手に薬草狩りは止めておく。
それじゃあ何しよっか、と考えて、
「考えるまでもないか」
今の私にできる事って言えば、コレだけ。
その場にしゃがみ込んで、足元の雑草を手当り次第に引っこ抜く。
除草作業だ。これならきっと怒られない。
だってちゃんと確認したもんね。
薬草の木以外は雑草、ただの草って。
夕方に雨が降った(降らせた)からか、土が柔らかくて抜き易い。
畑の端っこから始め、雑草を抜きながら前進して行く。
普通、しゃがんだまま作業しつつ前進するなんて、腰痛持ちならクリティカルヒット!が来そうなやり方だけど、この骨の体はそんな心配もしなくて良いらしい。
それどころかどんなに根強い雑草と戦っても、指先も手のひらも、腕も足腰も痛くなかった。
その上、疲れないこの体。
「これはもしや『俺TUEEEE!』に分類されるのでは・・・?」
そんな事を考えながら、只管雑草を抜きまくった。
時折、抜いた雑草を拾いながら来た道を戻り、畑の隅っこに雑草を積み上げていく。捨てる場所が分かんなかったから。
そしてまた、除草途中の場所まで戻って再開。黙々と草を抜いていく。
段々と興が乗ってきたので鼻歌まで歌い出して、ノリノリで除草作業をしていた。
もしかしたら、除草"ハイ"に陥っていたのかもしれない。
『ヒャッハー、ここにも草が生えてやがるぜぇ!』
『見逃して貰えると思ってんのか?ハハッ、甘い甘過ぎるぜ草共!一族諸共"皆殺し"じゃあ!!』
『抵抗する気か?生意気だな、私に楯突いた事後悔させてやんよぉ!』
とか呟いていた気がする。
そんな一人小芝居をしつつ、何時間そうしていたか全然記憶に無いのだけれど、
「・・・・・・・・・ほぁ・・・?」
何だか眩しいような・・・?と思って顔を上げると、いつの間にか夜空の支配者だった星達の姿が薄れて、あれだけ濃い闇の色をしていた宙が水に溶かされた白縹色に塗り替えられている。
「おぉう、朝だぁ・・・・・・・・・」
立ち上がって、まだ地平線(?)から顔を出し始めたばかりの太陽を拝んでおく。なむなむ。
恐ろしいぐらい疲労を感じない身体だけど、朝日は目に染みるらしい。瞼が無いから余計に眩しい気がする。
ぐぐっ、と伸びをして腰を捻ってストレッチ。・・・何も変わらないし意味無いけど気分だけ。
そして作業の成果を振り返って確認する。
「一晩で全部は無理だったか」
イケると思ったんだけど、想像以上にここは広かった。
それでも薬草畑の畝がある場所の、三分の二は終わっている。
その成果として、こんもりとした雑草の山が幾つも積み上がっていた。
それを見てフンスッ、と満足気に鼻を鳴らす。
「・・・さて、今何時ぐらいなんだろうな~」
お腹も減らないので腹時計も役に立たない。
まだ夜が明けて直ぐぐらいだから四時か五時?
朝風呂って使わせてくれるだろうか?
汗はかいてないけど、土で汚れてドロドロだ。
流石にこのまんまで家(?)の中をウロウロするのはダメだろう。
手に付いた泥を払いながら、屋敷に戻る。
ドアノブに手をかけ手前に引くと、
「のわっ?!」
「おっとぉ?!」
中から茶色い埴輪が転び出てきたので、咄嗟にそれを受け止めた。
出てきたのは、ロプスさんだった。
私がドアを開けたタイミングで、ロプスさんも丁度ドアノブに手をかけようとしていたんだろう。
片手に空っぽの笊を抱え、ドアを開けようと触手を伸ばした状態で扉が開いたもんだから、前のめりの体勢だ。
「あ、おはようございます」
「なっ、なんじゃお主、こんな早朝からここで何をしておった?!」
「早朝からっていうか、昨晩からですね。草引きしてました」
「は?昨夜からじゃと?」
「はい、眠れなかったんで。暇潰しに」
「今の今までか?」
「そうですよ」
驚いた様子のロプスさんの体勢を整えて、畑の片隅を指さす。
そこに積まれた雑草の山を見て、ロプスさんはでっかいギョロ目を更に見開いていた。
「あの量を一人でか?!」
「どう見たって私一人しかいないでしょーよ」
「いや・・・然しじゃな、お主は異世界人じゃからワシらの常識の範疇外の事を平気でやりおるじゃろ?
もしかして何らかの奇妙な技でも使ったのかと・・・分身の術とかの」
「使えたらもっとイケたと思うんだけどなぁ・・・」
いいな、そのスキル。忍者じゃん。
てか狡いよね、私以外の異世界人。そんなスキル使えるの?
「ワシも異世界人の生態を詳しく知っておる訳じゃないからの?そんなスキルを使える者がおるかどうかは知らんぞぇ」
「まぁ異世界人なら分身の術ぐらい使えそうなイメージ有りますもんね。私も憧れます」
「憧れるのか・・・?」
何故かロプスさんに共感して貰えなかった。
矢張り埴輪とは分かり合えないのかもしれない。
「で、ロプスさんは何しにこちらへ?」
「ワシは魔王様の朝食の準備の為に畑に向かおうとしておったのじゃ」
「あぁ、あの萎びた家庭菜園」
「萎びておらんわ!」
ロプスさんが家庭菜園へと向かうので、私も一緒に着いていく。
噂の萎びた家庭菜園にはちょこちょこと色んな野菜が栽培されていて、ロプスさんはそこから必要な分だけ収穫していた。
トマトに似た物、ピーマンに似た物、人参に似た物・・・どれも小ぶりであんまり発育が良さそうには見えない。
ベルトで腰の後ろ側に取り付けた袋から鋏や小さなスコップを取り出して、それらをひとつひとつ丁寧に摘み取っている。
「このぐらいで良いかの・・・」
それらを持っていた笊に入れ、よっこらしょと擬音が付きそうな仕草で歩き出した。
「持ちましょうか?」
「いや、構わん。そんなに重いものでなないからの。
それにお主は一晩中除草作業をして疲れておろうが」
「いやそれが、全然疲れてないんですよね~」
「なに?」
「なんかこの骨の体のせいって言うか。睡眠欲とかの三大欲求も感じないし、疲労とかも溜まらないっぽくて」
私の言葉に、ロプスさんが足を止めて私を凝視した。
えっ、何?ギョロ目で見つめられるの怖いんですけど?!
案外フレンドリーに喋りかけてくるから少しは見慣れた気はするとはいえ、昨日の今日なのだ。
一つ目埴輪お化けにガン見されると、普通に恐怖を感じる。
「な、なんですか・・・」
「疲労を感じぬのか」
「へっ?あ、ハイ」
「・・・・・・・・・後で、魔王様に体調チェックを行って貰え」
「何で?」
「よいから、言われた通りにせい」
「分かりました、ケド」
それ以上何も言わず、ロプスさんはサッサと屋敷に戻ってしまう。
「何でバイタルチェック?」
自分の体をあちこち見回し、汚れている事以外はおかしな所(骸骨だけど)が見当たらなかった私は、首を傾げながらロプスさんの後を追うように屋敷戻ったのだった。
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