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仄明るい湯船の底から


家の中に戻ると、ゼニスくんはロプスさんに声をかけてそのまま部屋を出て行ってしまった。

先程入って来たお勝手口のような木戸とは別の、扉の無い大きな出入り口から。


えっ、あんな所にお勝手口以外の出入り口が有るのに今の今まで全っ然、気が付かなかった・・・・・・・・・。


あんなに開けっぴろげなのに。


だって此処に来たの、魔法陣でシュンッの移動方式だったよね?

(因みに移動してきた魔法陣は、出入り口とは逆の方向の部屋の隅にあった)


基本部屋から部屋への移動は、全部そういう魔法使うのかと思ってたわ・・・・・・。




「ゼニスくん、どこ行ったの?」

「魔王様はこの後湯浴みを済ませてから、管理者としての職務を熟すそうじゃ。

明日は朝から《迷宮》内を案内する。

それと薬草とポーション作りを実際に行ってもらうと仰っておったぞ」

「湯浴み・・・・・・お風呂か~」

「聞いておるのか?」




あ、私もお風呂入りたいかも。


さっきまで外を歩いていたので、裸足の足(骨)が泥塗れだった。

それとなーく自分の足の裏を見て訴えていると、ロプスさんがそれに気が付き、溜息を吐いた。




「・・・魔王様の後で、湯をやろう。少し待つがよい」

「やった。ありがとうございま~す」




一先ず足を拭いておけ、と手渡された手拭いで足の裏を拭く。

見ればロプスさんはお勝手口の近くに置いてあった洗面器っぽい桶に水を入れて、そこで足を洗っている。


ロプスさんも足(触手?)の水気を拭って、私の分の手拭いと自分が使った物をまとめて持つと、




「この屋敷を案内してやろう。着いて参れ」




そう言って、ロプスさんもゼニスくんが出て行った出入り口から出て行ってしまう。

慌ててその後ろを追うと、部屋の外はツルリと磨かれた石造りの廊下だった。

中世ヨーロッパ風のお屋敷の一角、みたいだ。


天井が高くて、横幅の広い長い廊下をキョロキョロと見回す。


さっきの部屋がある方の廊下の壁には、等間隔で鈴蘭の花の様な形のランプが下げられて、ぽわりと優しい光を灯していた。

反対に、目の前に並ぶ窓の外は不気味な程に真っ暗で、外の景色は一切見えない。


そのせいで窓ガラスが鏡の役割を果たし、暗闇の中に真っ白な私自身(ドクロ)の姿をそこそこハッキリと浮かび上がらせていて、正直ビビった。

ホラー映画かと思った。まともに見れない。怖。


慌ててそちらから視線を外して背中側の様子を見る。

部屋があるのは廊下の片側だけのよう。


今まで居た部屋は廊下の突き当たりに近い場所で、すぐ左側は重厚そうな大きな木製の扉が付いた部屋があった。




「こっちじゃ」




おいでおいでと手招きするロプスさんは、突き当たりと反対側の廊下に立っていて、ニュルニュルと進んでいった。

大股で歩いてすぐにロプスさんに追いつくと、隣に並んで歩く。




「さっきまで居た部屋で食事してるの?」

「そうじゃ。先程まで居った部屋は、(くりや)と食堂を兼ねておるからの。

ワシに食事は必要無いが、朝と夜だけ魔王様が食事をなさるでな。それを準備するのもワシの仕事じゃ。

あと一応言うておくが、先程外に出た扉からしか薬草畑には行けんからの」

「ここも迷宮の中?一部ってやつなんだよね?」

「その通り。まちごうても探索者が入り込まぬように術はかけてあるが、此処も(れっき)とした《迷宮》よ。住居区、というやつじゃな」

「なるほどね~」




厨―――確かキッチン。それとダイニングってところかな。


そこから少し歩き、キッチンの隣はバスルーム。

こちらもキッチンと同じく入り口に扉は付いてない。

その代わり入り口付近に(ラタン)っぽいパーテーションが置かれていて、中が直接見えない様目隠しされていた。


バスルーム自体は結構広くて、その入ってすぐの部屋は脱衣所。

木製のロッカーに脱衣カゴ、扉付きの背の高い棚、四角いミニテーブルにリゾートチェア。

何かよく分からない大きな金属の箱も壁側にデデンと置かれている。

脱衣所は洗面所も一緒のタイプらしく、正面に鏡の付いた細かなタイル張りの手洗い場もあった。


その奥の、引き戸タイプの扉がある部屋が浴室。

既にゼニスくんは入浴中で、中からバシャバシャと水音が聞こえていた。


パーテーションも引き戸もあるから浴室が直接見える事は無いけど、さすがにゼニスくんがお風呂に入っている場所に入るのは憚られる。


なので入り口から顔だけ覗かせて脱衣所内を観察していると、ロプスさんが謎の金属箱の上部の蓋を開けていた。


その箱に脱衣カゴの中に入っていたゼニスくんの衣類をぽいぽいと放り込み、手を伸ばして近くの棚から壺を取り出すと、中身(液体)を少量箱に投入した。


そして蓋を閉めて、箱の側面に描かれた文字のような物に触れると、その文字が淡く光りダバダバ水が流れ落ちる音がして、次にゴゥンゴゥンと回転音が響き―――




「って!洗濯機なのそれっ?!」

「そうじゃが?なんじゃ見た事無かったのかぇ?」

「バリバリ知ってますし使ってましたけど?!

じゃなくて何で異世界に洗濯機があるのかって言う疑問なんだけど?!」

「馬鹿にするでないわ。洗濯機ぐらいこの世界にもある。

・・・・・・・・・ま、元は遥か昔にこの地に呼ばれた、異世界人が(もたら)した叡智の片鱗を元に組まれ造られた代物だと聞くがな」

「やっぱりか~~~!!」




そうだと思った!

私達異世界人には有って当然の文明の利器だもんね、家電製品は!


そりゃこっちに無ければ作るよね。発明しちゃうよね。広めちゃうよね、便利な物は!




「他にも冷蔵庫とかマジックバッグとかネット通販とか味噌とか醤油とかマヨネーズとか甘味とか有るんでしょ。骨知ってる」

「その通りじゃ。なんじゃ知っておるなら何故そんなに驚く?」

「驚いたというかテンプレ過ぎて思わず叫んだだけ」

「お前さんの情緒は大丈夫かの?」




埴輪に情緒の心配される日が来るとは思いもしなかったわ。




「異世界人の知識は我々の常識を覆し、この《神露球(トレーネン)》新たな旋風を巻き起こす。魔王様はそれをこの《迷宮》にも求めておるのじゃ」

「とは言いますけどねぇ、私ってばホントのホントに一般ピープルなのよ。大した知識も無いし。

あんまり期待し過ぎないでもらいたいんですけど?」

「・・・・・・・・・先程の復興案」

「んん?」

「ワシはアレを、中々に良いと思うた」

「あれ、そうなの?」

「理解出来ん言葉も多々あったが、それでも幾つかは此処でも出来ん事は無いと思う。それが上手くいくかどうかは分からんがの」

「まぁね。異世界だもん、やってみなきゃ分かんないよ。

でも、やってみない事には何も変わらないのも事実だし」

「そうじゃの」




そんな事を喋っていると、謎の箱・・・もとい洗濯機がピロンと音を立てて止まった。

ロプスさんが中から洗濯物を取り出せば、しっかり乾燥まで終わっていて遠い目になる。こっちの方が早くて便利じゃん。


ミニテーブルの上に洗濯済みの衣類を置いて、次に私達の使った手拭いや汚れの強い物を入れてまたスイッチオン。


それが回っている間に乾いた洗濯物を綺麗に畳む。

棚から新しい下着や寝巻きらしい服を取り出して、浴室の入り口近くの籠に入れるとロプスさんは畳んだ洗濯物を持って脱衣所を後にした。


お風呂場の隣は、(かわや)。つまりトイレ。

ここはちゃんと入り口に扉が有るし、男女別では無いものの、中に三つも個室がある。

掃除の行き届いた、清潔感に溢れた洋式の水洗トイレで安心した。多分使わないけど。


トイレの横がリネン室。日用雑貨もここにしまってあるらしい。


リネン室の隣が物置。何か色々突っ込まれていた。


その隣がロプスさんが使ってる個室で、そこから空き部屋が五つあった。


一応"客室"という用途で使っている部屋なので、中は五つとも同じ構造になっていて、泊まるのに必要な家具は揃っていた。


そこそこ大きなベッドにクローゼット、机と椅子。

一人用のソファーとコーヒーテーブルが置かれていて、どれも古いけど丁寧に使われて手入れされたアンティーク家具だ。

職人さんが一緒なのか、統一されたデザインが凄い素敵だった。

一見地味に見えるけど、要所要所で花の模様が彫り込まれている。可愛い。


そして家具のデザインは同じでも、部屋ごとに使われる色が違っていてお洒落だ。

ソファーやラグ等の布製の家具がそれぞれ『臙脂色(ボルドー)』、『桑茶色(カーキ)』、『苔色(モスグリーン)』、『藍色(インディゴ)』、『駱駝色(キャメル)』の五色で揃えていて、シックな色合いで落ち着く雰囲気。


そんな客室の一つを、私が使ってもいい事になった。




「えっ、いいの?!」

「他に寝起きする場所も無いでな。

まぁお主が廊下の片隅でも構わんと言うなら、ワシはそれでもいいんじゃが」

「誰がわざわざ廊下を所望するっつーのよ」




でもまぁ実は『物置でも使え』と言われるかもって思ってたのでちょっと安心した。


何処でも構わないらしいので、私は臙脂色でまとめられた部屋を使わせて貰う。

部屋に入って中をウロウロと確認するけど荷物も何も持って来てない(寧ろ服すら着てない)から、単純に見て回っただけで数分で終わってしまった。


ロプスさんも何処かに行ってしまい、私もする事が無くなったので、しっとりとした革のソファーに腰掛けぼんやりとしているとノックも無しに扉が開く。

ガチャリと大きな音がしたので、吃驚して飛び上がった。




「うおっ?!」

「あ?風呂空いたぞ」

「あぁ、ありがとうございます・・・」




湯上りの濡れ髪をタオルで拭きながらゼニスくんが声をかけてくる。

一言そう言ってさっさとドアを閉めてしまった彼に、何とも苦い気持ちになった。


・・・・・・いやさぁ、いいよ?別に。私、骨だし。


とくに何もしてなかったから、急にドア開けられたって困る事はないけどさ。


でもね。これでも一応、心は女な訳ですよ。

向こうはそんな事、気にもしてないだろうけどね。


しっかし、仮にも女性の部屋をノック無しで開けるのはどうよ?

いや男とか女とか関係なく、常識として入室時はノックしろってーの!




「異世界に常識を求める方がおかしいのか・・・?」




彼、魔"王"様らしいしね。

王様がいちいち下々の都合なんて考えないか。


私は溜息を吐いて、ロプスさんから手渡されていたタオルを掴むとお風呂場へと向かったのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆





「ひっろ」





脱衣所で脱ぐ物が無い私は、タオルを浴室近くに置いてすぐにお風呂場の引き戸を開けた。


もうもうたる湯気に満たされた浴室内は、本気(マジ)でどっかの銭湯か?と勘違いするぐらいに広くて驚く。


思わず口をカクンと空けしばらく中をボーッと眺めていたけど、ハッと我に返って濡れた床に足を踏み入れた。




「なんか、部屋面積おかしくない?」




外から見た大きさと、脱衣所の広さはあんまり変わらない気がした。でもこの浴室部はそれよりも遥かに広い。




「ここもあの畑みたく、別空間なのかな・・・」




『大浴場』と言っても過言では無いそこは、最早個人の家のお風呂とは呼べない設備を有していた。普通に商業施設。


幾つもの洗い場にはちゃんとひとつずつシャワーが付いてるし、そこにはお風呂道具(石鹸とかスポンジとか)が用意されている。


その奥には大きな浴槽があって、透明なお湯がなみなみと(たた)えられていた。


その横にも少し小さめの浴槽が二つあって、多分お湯が違うのだろう、乳白色や少し赤味を帯びたお湯が張ってある。

浴室の一角に置いてある小屋は・・・・・・まさかサウナ?


全体的に淡いブルーと白でまとめられた浴室は明るくて清潔感に溢れ、日本の銭湯を洋風アレンジしたスパのようだった。


お風呂好きな私としては大変喜ばしい限りである。ついつい長湯してしまいそうだ。


が、




「楽しめねぇ~~~」




私は洗い場のお風呂椅子に腰掛けて、体を洗いながら悔しがっていた。


味覚と嗅覚が無い、この体。


しかし視覚と聴覚、触覚はあったのでそんなに気にしてなかったんだけど・・・・・・。




「熱感知は出来ないのか~~~!」




熱いとか冷たいとかは分からなかった。




数分前―――



お風呂のマナーとして、先に体を清めてから湯に浸かろうとワクワクしながら洗い場の蛇口を捻った。


蛇口は二つあって、どっちがお湯で水なのか分からないのでとりあえず向かって右側から。


出てきた水かお湯を一旦風呂桶に溜めて、確かめる為に指を入れた。




「あれ?」




熱くなかった。でも冷たくもなかった。


例えるなら、常温(それもドンピシャで体温と同じ温度)の液体に指を浸けた感じ。

でもまだこの時は、温い水かな?としか思わず、だったらいいかと今度は左側の蛇口を捻った。


出てきた水が湯気を立てていたので『こっちがお湯だったか!』と流れ出るお湯にちょっとだけ直接指で触れる。




「んん?」




それでも、温度を感じなかった。

蛇口から流れ出る水の勢いは分かるけど、熱さを全く感じない。


まさかと思って浴槽に駆け寄り手を突っ込む。


ここのお風呂の設定温度が何度か分からないけど、これだけ湯気が立っていて水って事はないだろう。それなのに、




「うっそぉ・・・・・・・・・」




バシャバシャとお湯を掻き回す骨の腕は、全然温度を感じなかった。

水の抵抗を受けるだけだった。




「こんなに広いお風呂なのに・・・」




とぼとぼと洗い場に戻り、置かれていたスポンジを手に取る。

温度を感じないなら水でもお湯でもどっちでもいいやとやけっぱちな気持ちで蛇口を捻って、石鹸を掴んで泡立て始めた。


石鹸からも何の匂いも嗅ぎ取れず、ただスポンジがモコモコと泡立ってるのを見て『あぁ石鹸だなぁ』と思うだけ。

その石鹸の横に置いてあった二つの瓶を見ながら『これってシャンプーかトリートメント、どっちだろう?』と疑問を抱いて必要無いのに蓋を開けたけど、中身を出しても匂いも分からないから判断つかん・・・と虚しい気持ちで骨を洗う。


てか、骨って洗い難いな?




「細いし、何か折れそうだし、隙間だらけだし・・・・・・」




初めての感覚に四苦八苦しつつ、どうにか全身を洗い終えてシャワーで泡を流す。


髪の毛も無いのでシャンプー&トリートメントは省略。全部石鹸で上等じゃい!


泡だらけの頭からシャワーを被り、顔を上げると洗い場の鏡が目に映った。

湯気で曇っていた鏡にもシャワーをかけて、手で水気を切る。


そこには、最近だとホラー画像かハロウィン仮装でしか見かけることのなかった骸骨頭が写っていて、此方をじっと見つめていた。


よくよく考えれば骸骨になってから、こうしてちゃんと自分の顔を見るのは初めてだ。

さっき窓ガラスに写ったのも怖くて見れなかったしね。


でもやっぱり"それ"が自分だと、どうしても認識出来ない。


首から下は、こっちに来てからさっきまで結構見ていたので納得出来ないものの『自分の体』なんだなって薄らと理解していた。


でも"顔"を正面からまともに見たのは、これが初めて。


確かに美人ではなかったけど愛着のあった、あの見慣れた私の顔は何処にも無い。

鏡には写るのは目も鼻も口も無い、硬質そうな白い骨のみ。


ツルリとした頭蓋骨から目の部分の空洞、鼻がある場所の空洞、上顎と歯が並び、カパっと口を開ければ下顎が動いて中を覗けば舌も無い。


首の骨は規則正しく並んでいるけど、喉も気道も食道も無く、鎖骨の下の肋骨の中身は空っぽだ。


肺も心臓も内蔵がひとっつもないのに何故か動く、この体。




「ホントに、化け物だなぁ・・・・・・」




ポツンと呟いて下を向く。


寝て起きたら、ちゃんと人間の体に戻ってたりしないかな。

異世界とか迷宮とか、夢の中での出来事だったりしないかな。




「かえりたい」




さっきまでは変に気も昂ってたし、ゼニスくんとかロプスさん相手に舐められたら困ると虚勢を張ってたけど、こうして一人になると途端に気持ちが沈んでしまう。


異世界召喚なんて、ラノベや漫画の中の話だとしか思ってなかった。

元々ゆるいオタクだし、こういうテンプレ知識もゼロじゃないから、何とか対応出来ない事も無いよ。

現にこうして、突発的な状況にも徐々に馴染んでってるつもりだしさ。


でもそれはあくまで"知識(あたま)"で理解(わか)っている事あって、"感情(こころ)"は全然納得していない。


これからどうなるのか不安で堪らないし、向こうの世界の"私"がどうなってしまうのかも心配だ。



明日からどうなるの?仕事は?生活は?

私は一生このままこの姿で、此処で生きていかなければならないんだろうか。



考えても考えても答えなんて出ない、思考の渦に飲み込まれそうになってきたので、そんな考えを流し落とすつもりで頭からシャワーを被る。



それよりもこんな事になるなら、昨日もっとお高いアイス買っとけば良かった。給料日前だから新商品だけど安い方で我慢したんだよね。


仕事、資料作ってたの途中になっちゃったけど続き誰がやってくれるんだろ。皆忙しいからなぁ・・・申し訳ない。


友達とも、もっと会っておけばよかった。

家庭持ちが多くて遠慮してたけど、時間作って遊んでもらっとくんだった。

筆無精で申し訳ない、メッセージの返信遅くてごめんね。


あ~、お母さん達も吃驚するだろうな。

ちょっと前に電話で話した娘が、不審死してるだなんて思いもしないだろう。

お葬式とか部屋の片付け、大変だろうな。

パソコンよりもスマホの中身見られる方が恥ずかしい気がするのは私だけだろうか。


でも、ペット飼ってなかったのが唯一の救いかも。

だって飼い主が死んじゃったら、エサ貰えないもんね。

私よりもペットが飢え死にするなんて事になる方が辛いわ。



今度はそんな後悔ばかりが、脳みそもない頭蓋骨の中にポコポコと泡のように浮かんでくる。


それが弾けてはベトリとヘドロみたいに思考を汚し。

また別の泡が不安で大きく膨らんで弾けて、負の感情ばかりを胸の奥に沈殿させる。


それなのに、



この伽藍堂の目からは一滴の涙も零れない。



こんな時に泣けないなんて骸骨って不便だな~って思いながら温度の分からない湯船に浸かり、背中から倒れて沈んでみる。

湯船もすごく広いので、手足を思い切り大の字に広げてみても何処にも当たらず、腹が立つほど快適だ。


浴槽の底でゴロリと寝そべり、頭蓋骨の目や鼻部分の空洞から、空気が逃げていくのを他人事のように見ていた。


てか、そんな予感はしてたけど水の中に沈んでも呼吸(いき)は普通に出来るな、この体。全然苦しくない。

・・・・・・違う、元々呼吸してないタイプだわ。肺無いもんね。


その上水中ゴーグル無しでも視界はクリアなまま。水の中でもぼやけもしない。

多分、耳も普通に音を拾ってる。

多少水の影響はあるから、水上より少し聞こえにくいけど。


ホントどうなってるんだろうね、この体。


便利なのか不便なのか、考えても仕方ない。

嫌だと言っても、じゃあチェンジで!っていう訳にもいかないだろうし。でも出来るならやる、絶対。




今の私に出来るのは、"諦める"という事だけだ。

慣れるかなぁ、この体に。いつか、この世界に。




ゆらゆらと揺れる水面(みなも)を湯船の底から見上げる。


何となくカパッと口を開ければ、中に少しだけ残っていた空気が逃げるように昇っていった。


それがまるで、泣けなくなった私の涙の亡霊のように思えて。

そしてそれが遠い世界の出来事のように感じて。


あんな少量の空気なんか、とっくに(ちゅう)へと霧散しても。

いつまでもいつまでも湯船の底から、揺蕩う水面を眺めていた。


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