ダンジョン馬車
旅立つことが決まって、俺とアッシュは長旅の準備を各自することになった。
俺が最初に手を付けたのは、貰った宝玉をダンジョンコアに加工する事。
信託と一緒に現れたっていう宝玉は、既にダンジョンコアだった……なんてことはもちろんなかった。
ということは、まずこれをダンジョンコアにしないと話にならない。こいつをコアにしてどのくらいの事ができるのかを確認しないと、持てる荷物の量だってわかりゃしないのだ。
そもそもダンジョンコアとは何か。
これは昔々に栄えた古代文明で発展した高度な魔道具の一種で、系統としてはアイテムバッグと似た物らしい。
見た目は小さな袋でも、中に大量の物資を詰め込める。それがアイテムバッグだ。
ダンジョンコアってのはそれを建築に対応させてたくさんの機能をつけた物で、見た目と中の空間が一致しない他、内側の素材や環境を好きにできたり、罠を仕掛けたり、守衛の魔物を生み出して配置したり、そういうたくさんの機能を付けられる。
ただ、中の広さや出来る事の幅はコアの性質に依存する。
わかりやすいのは大きさだ。コアにする結晶が小さいと、魔法を書き込むスペースも小さいから機能が増やせない。無理矢理書き込んでも今度は魔法が回るスペースが無いから処理落ちしてダンジョンが崩落するしな。
このダンジョンコアの技術。古代文明が滅びた後、人族には伝わらなかったらしい。
どういう経緯があったのかはわからないが、魔族や魔物にだけ伝わった事でそいつらの巣や縄張りとして人間に害を成すダンジョンが各地に生まれた。だから『ダンジョン』って呼ばれるようになったわけだ。
元は何て呼ばれていた魔道具だったのか。今はもう誰にもわからない。
長い年月、作り方を知ろうとした人間はいなかったのか? って思うけど……魔族はそれ以外の種族と常識が違いすぎてあちこちでドンパチやってるからそんな交流しないだろうし、ダンジョンコアのために魔物と交流しようって奴もいなかったみたいだ。
じゃあ魔族や魔物なら誰でもできるのかっていうと、そんなことはない。
普通の魔法は一文唱えたら発動して終わりだけど、ダンジョンコアはそうはいかないからだ。
まず最初に、屈折の1ページ目を展開して、『これはダンジョンコアだ』って意味の文言を書く。
そこからコアの領域のどれくらいを記述にしてどれくらいを処理領域にするかを書き込む。
あとはもうひたすら自分との戦いだ。
自分が使いやすいようにダンジョンの情報の表示の仕方を指定する記述を入れたり、コアの性能に合わせてどこまでの事をさせるか考えながらそれを実行するための魔法を書き込んだり、誤字とかで動かなくなってないか確かめたり、ページが埋まったら次の屈折を開いて続きを書いて……この作業が一番大事だってのはわかってるんだが、一番めんどくさい。
ただただ根気のいる作業だから、この時点でまず得意不得意が出るだろう。
しかも魔法を書き込むわけだから、当然インク代わりに魔力を使う。アホみたいに持ってかれる。あげくにこの時使った魔力が建築や環境整備向きの魔力じゃないとコアが動かないっていうクソ仕様。
そしてダメ押しみたいに、コアによって出来る事と出来ない事の違いが出てくる。例えば、同じような見た目の結晶なのに、片方は魔物を大量に出せるけど罠が少ししか配置できなかったり、逆にもう片方は魔物をあんまり配置できないけどバカみたいな規模の罠を張れたりする。
熟練者になるとコアを見るだけでわかるらしいけど、俺はお袋に教わってる間ではそこまで到達できなかった。
ダンジョンコアさえ出来てしまえば、あとは楽なんだけどな……
一部の魔物や魔族はダンジョンコアを次の世代に継いだりしてるから、この書き込み技術を持っていないダンジョンマイスターも多いらしい。でも不具合が起きた時に自分で修理できないと詰むから、やっぱり覚えておいた方がいい、というのはお袋談。
ちなみに、お袋の持っていたダンジョンコアは、遺言通りお袋と親父の墓に砕いて収めた。お袋の癖が強すぎて俺の手には余ったからな。もったいないって言う人もいたけど、若輩の俺には家と小さなコアの馬車があれば十分だったんだ。
まあつまり、勇者の足になる事を決めた俺は、ただひたすらトライアンドエラーを繰り返すしかないってことだ。
そんなわけで、俺の同行の了承を得たアッシュがその旨を所属してた教会に伝えて諸々の準備をしてくる間、俺はひたすらダンジョンコアをガリガリと作り続け……アッシュが帰って来た時、俺は精も根も尽き果てて自分の箱に引きこもっていた。
「ただいま、ディード。お疲れ様」
「バグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダバグハイヤダ……」
「う~ん、久しぶりに見たね。この状態のディード」
俺も今使ってる馬車を作った時よりは成長したわけだから、その時よりマシだろと思っていた。
甘かった。
むしろ単純な馬車機能だけのアレがどれだけ簡単だったのか思い知らされた。やってる俺が言うのもなんだけど、コアを自分で作れるタイプのダンジョンマイスターは総じてドが付くマゾだと思う。俺は違うけど。
この技術を暇つぶしで習得したお袋は頭がどうかしている。ミミックだから頭無かったけど。
「それで、新しいダンジョン馬車できたの? 外にあったのは今までのやつだよね?」
「いや、まだだ……内側はかなり色々作れそうだから、お前の希望を聞いときたかった」
「あ、待っててくれたの? ありがとう」
俺は箱からでろんと上半身だけ出してアッシュと打ち合わせをした。
どれだけ箱が付属品に見えるくらい見た目が人間に近くても、俺はやっぱりハーフミミックなんだ。自分の箱に入ってるとものすごく落ち着くし、疲労と魔力の回復が早い。
俺はとりあえず完成したダンジョンコアに意識を向けて、マスター登録を行い、カスタムボードを呼び出す。
目の前に、魔法陣が回り、その上に青い半透明の光の板のような物が浮かび上がる。その板には白い光で文字が書かれている。
開いたトップページに表示されるのは、現在のダンジョンの状態(まだ作ってないから空っぽだ)と、ダンジョンを改造するための各種ツールメニュー。
ダンジョンは本来広いものだからな。ダンジョンコアから離れた所でも色々確認しながら調整ができるように、こういうカスタムボードで色々いじれるようにしておくのが一般的。
俺が今まで使っていた馬車は、コアが小さすぎてこの機能ですら入らなかっただけだ。幸いにもこの宝玉は、ダンジョンコアとしての適性は申し分なかったから、大きさも相まってものすごく自由度が高い。
「うわっ、すごい! それがコアが小さいから無理って言ってたカスタムボード?」
「よく覚えてたな……そう、これでダンジョンの設定をするんだ」
トライアンドエラーの間に散々テストしたからもう新鮮味が薄れつつある俺は、さくさく操作して外観を決める機能を呼び出した。
「とりあえず馬車……でいいよな? 中に家を作るなら箱馬車でもいいかと思ったんだが」
「う~ん……箱馬車はお金持ちが乗ってるイメージが強いから、見た目は今まで通りの幌馬車の方が良いかな。盗賊はもうしょうがないとしても、貴族に間違われたりしたら面倒じゃない?」
「それもそうか」
俺はボードの上で外側を仮組していく。そうすると、必要な魔力がいくつ必要なのかが試算されていく。
魔石でなくても結晶は屈折の内側に大量に魔力を貯めこんでいるもので、それを使っているらしい。さすが拳大の結晶ともなれば、俺が今まで使っていた小さいコアとは比べ物にならない魔力が蓄積されていた。
とはいえ、ガワはそんなにかからないからな……慣れ親しんだ幌馬車の形状をベースに改造を加えていく。
アッシュの希望通り、御者台の後ろに数名がゆったり座ってくつろげるスペースを残し、その後ろは木の壁で塞いで中に入る扉をつける。
後ろ側も人が立てるくらいのスペースだけ残して壁で塞いで扉をつけた。
後ろが見えなくなるが、見張りに魔物を置こうと思う、これは後で決める。容量が多いって素晴らしいな。
まずは絶対に必要な、馬車を牽引する魔物だ。
これも前と同じでいいだろ。馬型の魔物。選択肢は相変わらずウッドホースしか……あ、いや、違うのもいるな。アイアンゴーレム(馬)タイプ、か……鉄製の体の馬。戦闘の事考えたらこっちの方がよさそうだな。
この魔物の選択肢は不思議な事に、俺が書き込んだデータじゃない。
ダンジョンコアを作ると、コアがなんかよくわからん所から魔物の情報を引っ張ってくるらしい。これはお袋もよくわかってなかったから、『データアドレス:アカシックレコード』っていう文言を何も考えずに入れろって教わった。
まぁ俺は魔物の事なんて全然知らないからな。古代文明万歳ってことにしておく。
ただ不思議なのは、必要な魔力がウッドホースと同じ1って事。前の馬車も個体数制限こそあったけど、消費魔力は1だったんだよな。部屋の内装とかをいじると何百って魔力がポンと飛ぶのに。
とはいえ、わからない事はどうしようもない。
アイアンゴーレム(馬)と馬車を繋げて……これでガワが完成。
「構築」
設計を実行すると、ダンジョンコアは即座にそれを物質化する。
設置位置は、とりあえず家の庭。今までの馬車の横。
二人で外に出てみると、大きさはほぼ一緒な馬車が一台、馬付きで増えていた。
「アハハ、そっくりだね」
「壁とか馬とかは違うけど、それくらいだな。まぁどっちも俺が作ったから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど」
「前の馬車はどうするの?」
「コアだけの状態に戻して、持っていこうかなって。予備はあった方が良いだろ?」
「そうだね」
長く一緒だったウッドホースに礼を言って、古いダンジョン馬車を撤去する。
殺されたわけじゃないから、死んではいない。コアの中に戻っただけだ。
……って、わかっていても、寂しい気持ちにはなるもんだな。
「……これから、よろしくな」
新しいアイアンゴーレムの黒く輝く体を撫でながらそう言うと、力強いいななきで応えてくれた。
感傷に浸ってばかりもいられない。次は中だ。
馬車の扉を開けると、中はだだっ広い真っ暗な空間だ。既に異空間。
「馬車とはいえダンジョンだからな。入ってすぐの所は番犬代わりの魔物でも置こうかと思うんだが、いいか?」
「もちろん。その方が休んでる時も安心だしね」
御者台の方の扉が正面扉。
ここから中に入ったら、石造りのちょっとしたスペースに出るようにした。ここに見張りの魔物を置く。
扉を二つ開けないといけなくなったが、そのくらいの不便は勘弁してもらおう。ここで汚れを軽く落とせるだろうし、玄関としてはちょうどいい。
で、二つ目の扉を開いたら、居間とキッチンだ。
ここからは居住空間だから板張りの温かみのある空間に整える。火を使うところは危ないから石張りで。
居間には簡単なテーブルと椅子を用意すればいいだろ。
「……キッチンってどのくらいの広さにしたらいい? 何人旅になるんだ?」
「さぁ? ……後から変更はできるの?」
「できる、一瞬で」
「じゃあ最初はディードの家くらいでいいんじゃない? 手狭になったら拡張しようよ」
「そうか」
俺の家は、普通の田舎の一軒家だ。
なお、アッシュの所は修行僧が滞在することを見越して広めなので参考にはならない。
煮炊きに困らない程度の調理場を作る。
横に小さめの井戸も用意した。
ダンジョンってすげーよな、地面に接してないはずなのに井戸から水が汲めるんだぜ。ただ、消費するとコアの魔力から補充されるからな。
そうだ、トイレも近い方がいいな。
居間から繋がる小部屋にトイレを作る。
水場周りを考えていたら風呂の事も思い出した。
使うのは金じゃなく魔力だから、思い切って話に聞いた事のある町の共同浴場を想像で真似た浴槽付きの風呂にした。でかい浴槽があって、壁と床がタイル貼りなんだったな。魔道具のシャワーも付けて……土間じゃないから水の流れる穴は隅に開けておくか。
それから洗濯場な。
これは風呂の脱衣所と一緒にすればいいだろ。
汚水はダンジョンに処理されて魔力に還元される、らしい。なんかコアに記述した魔法でどうこうされてるんだろう。俺もお袋に教わっただけだからよくわからん。
「これで最低限暮らす事はできるよな?」
「最低どころじゃないよ、最高だよ。もうこれ一台あったらどこにでも住めるじゃないか。水回りなんて貴族のそれだよ」
確かに。水の心配もいらないからな。
遠い高原にいるっていう遊牧民とか喜びそうだ。
「まぁ、水は一応魔力使ってるからな。減りすぎてヤバくなったら補充は協力してくれ」
「任せてよ。昔から魔力量に関しては見た人みんなに『バカじゃないのか』って言われてたからね」
そうだな、お前の魔力量は昔から底無しだったな。
次は居間から廊下を伸ばして、左右に俺とアッシュの個室をそれぞれ作った。
お貴族様みたいな広さはいらないだろう。ベッドとクローゼット、あとは机と椅子か。それらを置いて、もう少し余裕があるくらいの広さにしておく。
「枕は自分の持って来るんだろ?」
「うん」
アッシュは嬉しそうだ。
廊下の突き当りには倉庫を作る。
倉庫には階段をつけて、地下室(馬車の地下室ってなんだ)を作り、そこは氷室みたいに寒い部屋にした。
魔力にかなり余裕があるから、それなりに広めの倉庫を作っておく。
「全部埋まるくらい食料積んだら1年くらい籠城できそうだね」
「遭難するかもしれないから一応な」
倉庫の突き当りは馬車の後ろの扉に繋がるようにした。荷物の積み下ろしは後ろからするからな。大きな物も出し入れしやすいように、扉は大きめに作ってある。折り畳み式の階段も用意した。
「でも泥棒が入りやすいんじゃない?」
「そこはほら、ダンジョンらしくトラップでも仕掛けておこうかと」
そう言いながら、俺は倉庫にセットしてあったトラップを作動させる。
──ガシャン!
派手な音を立てて、パカッと開いた天井から鉄格子の檻が降ってくる仕掛けだ。
「俺が設定した乗員以外が勝手に侵入したらコレが作動する。檻が出入口も塞ぐからそれ以上の出入りもとりあえず止めておける」
「なるほどね。とりあえずいいんじゃないかな。実際に泥棒が入ったら改善点が出るかもしれないけど」
「だろうな、俺も泥棒対策は詳しくないし……とりあえず、貴重品とか大事な物は自室に置くようにしようぜ」
「うん」
あとはここに必要物資を積み込めばとりあえず旅には出られるだろう。
とはいえ、ここが全部埋まるほどの食料を村で調達すると、村が飢え死にする。大量に補給するのは町にした方がいいだろうな。