勇者
荷物を満載にした幌馬車は、柵で囲まれた村の入口に到着する。
小さな農村だけど、色んな素材が取れたり魔物が出たりする山が近くて腕のいい錬金術師もいるここは冒険者が頻繁に来るから、田舎にしては潤ってる方だ。何人か住み着いて所帯を持った冒険者だっている。
キャッキャと楽しそうに寄ってくるチビ共を適当にいなし、広場で馬車を止めて幌の中に声をかける。
「お客さーん、着いたぞー」
荷物と一緒に乗って来た冒険者達が固まった体を解すように動き出した。幌馬車とはいえ乗り合い専用じゃない以上、荷物の隙間に座ってもらう事になる。と、なると、かなり狭いからな。そりゃあ体もガチガチになるってもんだ
料金は先に貰ってるから「お疲れー」って声をかけて見送るだけだ。
客が下りたら村の面々が寄ってくるので、頼まれていた荷物を下ろしていく。
「いつもありがとよディード」
「道中、魔物とか出なかったかい?」
「でかいのは特に。突進ウサギはそこそこいたのを乗り合いの冒険者が狩ってたから店に売りに来るんじゃないか? 血抜きも解体も上手かったよ」
「お、なら肉と毛皮が入るかな」
ハーフミミックなんてわけのわからん存在な俺がこんなに村に馴染めているのは、ひとえに村長が親父の親友だったことが大きい。
この村は、親父の冒険者仲間だった村長が興した村だ。
豊かな山とそこに住む魔物を討伐するには、この位置に村があった方が色々と便利だろうと考え、そのまま作ってしまったらしい。行動力の鬼だ。
そして親父がお袋を連れて村に来た時は、大爆笑して家を用意してくれたそうだ。懐が広すぎる。
子供の頃こそお袋がミミックな事とか箱が傍にないと駄目な体質とかを同年代にからかわれたりもしたけど、その辺は村長の息子が上手く間を取り持ってくれたおかげで大きな軋轢になる前に良い友達になれた。
「ああ、そうだディード。荷下ろし終わったら村長が来てくれってよ」
「ん、わかった」
全部の作業を終えて、俺は教会へ向かった。
呼び出しを無視したわけじゃない。
この村の村長は、民のために教会の援助を受けて村を起こした元冒険者の僧侶なのだ。
* * *
教会の敷地に馬車を止めて、とりあえず俺は身一つで教会に入った。いちいち箱を持ってくるのは面倒すぎる。
「村長~、来ましたよ~」
「ディード、久しぶり」
「あれ!? アッシュ、帰ってたのか!」
教会で俺を出迎えてくれたのは、幼馴染のアッシュだった。
金髪で優しそうな顔立ちの男。俺と同い年。そんで村長の息子。今は剣の腕を認められて、町の教会で聖堂騎士候補として修業中。
「俺の馬車乗ってなかったよな?」
「ディードの馬車は西の町からだろう? 僕は東側からだから馬で来たんだ」
「そっか」
東側は魔物が多い地帯だから人の行き来が少ない。よほど腕に覚えがないと通らない場所だ。そこを平気で通ってきたアッシュはさすがだ。
と、そこへなんとなくヤニ臭い空気が近寄ってきた。
「おう、来たかディーダ」
「村長。ま~た煙草吸ってましたね?」
「固ぇこと言うな。ほら二人ともこっち座れ」
「長くなるなら箱持ってきたいんですけど」
「そこまでじゃねぇ」
アッシュの父親でもある村長は、僧侶の癖に酒も煙草も(結婚前は女も)やるとんでもないオッサンだ。『賭博だけはしなかったのが家族にとっての神の祝福だな』なんて村人には笑い話にされている。なんで破門になってないんだろうな、この人。
村長はガタイの良い体を椅子に沈めると、水差しからコップに水を注いだ。アッシュは母親似で線が細いから並ぶと差がすごい。
「単刀直入に言うぞ、アッシュが勇者に選ばれた」
「ふぉう?」
不意打ち過ぎて変な声が出た。
「え、マジすか?」
「マジだよ」
「今年神託を請うって噂は知ってんだろ? それが先月あった。そんで神がうちの息子を狙い撃ちしやがった」
「父さん、仮にも僧侶がそんな物言いしちゃダメだよ」
苦々しい顔の村長とは違い、狙い撃ちされた本人はニコニコと楽しそうだ。
村長が苦い顔をする気持ちはわかる。
『勇者の神託』というのは、人類に危機が訪れた時に行われる物だからだ。
過去に実際にあったのは、とんでもない邪竜が世界を荒らしまわった時とか、大国の王が乱心してその国丸ごとアンデッド化した時とか。
そういう世界に影響を及ぼすようなヤベェ事態が発生した時、教会は神殿で神に祈りを捧げ、神託を請う。
それに神が応え、人の子が自らの力で未来を切り開くための勇者を選別し、光の塔とかいう遺跡へ勇者にしか使えない聖剣を降ろすのだそうだ。
ようするに、勇者に選ばれると過酷な戦いに身を投じる事が確定する。
名誉は天井知らずなんだろうけれど、この村長は息子への心配が勝るようだ。息子が大事な親としては当然だろう。
今回、『勇者の神託』を行うきっかけになったのは、魔界への門。
東の果ての島を支配する魔王から人族の国々へ、宣戦布告かのように通達が行われ、それを皮切りに各地で魔族による様々な被害が頻発しているらしい。
「アッシュ、何度でも言うがな、神託なんざ蹴って自由に生きていいんだぞ」
「僕も何度でも言うけど、蹴るつもりはないよ。勇者をやるのだって良い人生経験になるさ」
「ポジティブ!」
勇者を人生経験で済ますな。
昔からコイツはそうだ。底なしのポジティブさ。俺もそこに救われてる部分はあるけども、限度ってもんがあるだろ。
そんな俺の心配を余所に、アッシュはそのイケメンフェイスに満面の笑みを乗せて言い放った。
「そういうわけだからさ、ディード。僕と一緒に旅に出ようよ」
「いやちょっと待て」
限度ってもんがあるだろ。
「なんで俺だよ。勇者ってのは頼りになる魔法使いとか僧侶とかと一緒にパーティ組むんじゃないのか? 俺が親父に稽古つけられたって荒事出来るようにはならなかったの知ってるだろ?」
「ディードに戦えなんて言わないよ。お願いしたいのは僕のメンタルケアさ」
意味が分からない。
鼻白んでいるとアッシュは何が面白かったのか吹き出しながら言った。
「村を出て実感したんだけどね、野営ってしんどいじゃないか。携行食なんて美味しくないし」
「そりゃな」
「人と話すの好きだから、一人旅だと話し相手いなくて寂しいし」
「おい勇者」
「あと、僕ってけっこうホームシックになるタイプだったみたいなんだよね」
「おい勇者!」
勇気、とは。
舌を出しながらウィンクをするなんて器用な真似をするアッシュ。
「でもディードが付いて来てくれたら、その辺が全部解決するんだよ」
ここでようやく俺はアッシュの望みを察した。
つまりアッシュは、俺の馬車もといダンジョンを、移動できる家(気心の知れた幼馴染付)として使いたいって事だ。
「ハーフミミックに何を期待してんだ。俺のダンジョンコアじゃ馬車が限度だって言ったろ? 内側の空間広げるほど容量無いんだよ。ベッドなんざ入らないぞ」
「これならどう?」
そう言ってディードが取り出したのは、透き通った拳大の宝玉だ。
「おまっ……」
「僕が勇者だって神託と一緒に、これが祈りの場に出現したらしい。だから『今代の勇者のためのものだろう』って渡されたんだ。それを聞いて僕は確信したよ『ディードと一緒に行けって事だ』ってね」
「……根拠は?」
「直感」
「ポジティブ!」
頭を抱える俺と、アハハと笑うアッシュ。
溜息を吐いた村長が頭をガシガシと掻きながら言う。
「……そういうわけだディード。悪いが引き受けちゃくれねぇか? 俺もアイツの息子が一緒に行ってくれるってなりゃあ、この未熟者を勇者として送り出すのも多少安心できる。もしこいつがお前さんを見捨てて帰ってきたりしたら、俺がキッチリ殺してやるからよ」
「アハハ、父さんはもう少し自分の息子を信じてくれないかな?」
この親子のこのやりとりはいつもの事だ。
俺は深く深く息を吐く。
……断ろうと思ったのは、俺じゃ力不足だと思ったからだ。
でもまぁ、でかいコアが使えるってんなら話は違ってくる。
「……外側は馬車で、中身は家。で、いいんだな?」
「うん。移動が馬車になるのもすごく助かる」
「俺自身は戦えないぞ?」
「戦うのは僕の仕事だよ。ディードは馬車の中で箱に入っててくれていい」
「そこまではしないけどよ……」
「そう? 僕としては絶対安全圏にいてくれるなら後ろ気にしなくていいから楽なんだけど」
「……うん、戦力にカウントされなくていいってのはよくわかった」
そういうことなら……腹を決めた。
昔から、年の近いアッシュとは散々つるんできた。親友って言ってもいい。
後ろ向きな俺がハーフミミックな事を気にしてウジウジしてる時も、ガキの頃に同年代にからかわれてた時も、笑い飛ばしてあちこち連れ周ってくれた。俺こそアッシュにメンタルケアされてた側なんだ。
その恩返しが重い使命に同行して足になりつつのメンタルケアってんなら
、ちょうどいいのかもしれない。
「……それなら一緒に行く」
「やった! ありがとうディード! 僕、枕が変わると眠れなくなるタイプだって村を出てから知ったからさ、本当助かるよ」
「おい」
軽口を叩いて嬉しそうに笑うアッシュを小突きながら考える。
必要な物、必要な事……
「あ、村と街の定期便どうしよ」
「それなら教会が代わりの馬車出してくれるらしいから心配すんな」
「……そこまで話が済んでるってことは……ほとんど事後承諾じゃねぇか!」
「来てくれるって思ってたから」
「ポジティブ!」
どうなることかわからんが、まぁなるようになるだろう。