ハーフミミック
俺の名前はディード。18歳の男だ。
突然だが、ミミックと聞いて思い浮かぶのはどんな存在だろうか。
ダンジョンなんかにいる、宝箱に擬態したモンスター。箱の中身は不定形のナニカ。
人間側の視点では、そんなところじゃないだろうか。
俺は、そんなミミックのお袋(箱だけど)と、人間の親父の間に生まれた……世にも珍しいハーフミミックなのだ。
息子の俺でも思う。
親父、あんたの性癖はおかしい、ってな。
ミミックの箱の中身が実は美女だったとかじゃない。ガチの不定形、もっと言えば肉の触手だ。
冒険者だった親父は、なんか知らんが仲良くなったミミックのお袋と田舎の村で同棲を初めてそのままゴールイン。なんでだよ、おかしいだろ。
そして親父がお袋の箱の中に入って大量の触手とあんなことやこんなことしてできたのが、俺だ。
ハーフミミックである俺は、当然自分の宝箱を持っている。これは俺の体の一部扱いで、ミミックで言う中身に該当する俺に合わせて成長する。でも痛覚は無いし、体から完全に離しても平気だ。でもあんまり長い時間遠く離れていると体の調子が悪くなる。
で、中身の体は人間の男と特に違いは無い。
そしてもう一つ、俺がお袋から受け継いだ特技がある。
それはダンジョンマイスター。
魔族や魔物の中には、稀にダンジョン作りに精を出す者が現れる。
魔力が建築や環境整備に向いてたとか、単にダンジョン作るのが好きだからとか、魔王を目指す者が理想の城を作ろうとして凝り始めたりと、きっかけは様々。
ダンジョンを作るのに必要なのはダンジョンコア。透明度のある宝石を使った魔道具の一種。
ダンジョンコアを作るなり手に入れるなりしてダンジョンを作る者。これがダンジョンマイスターだ。
これが出来れば、ダンジョンマイスターであることに魔物魔族の種類制限は無い。
俺の場合は、お袋がダンジョンマイスターで、お袋に育てられる間そのノウハウを子守唄代わりに教わって育った。
きっとお袋は、ハーフミミックとして生まれた俺に、生きる術を教えてくれたんだと思う。
何度も言うが、俺はハーフミミックだ。
ミミックの常套手段と言えば、宝箱を見つけて油断している冒険者が箱の口を開けて覗き込んだ所を齧り付いて捕食。
だがハーフミミックの俺はその手段が取れない。
蓋を開けたら人間の男が「やぁ」って出てくるビックリ箱にしかならんのだ。
つまりハーフミミックは、擬態用の宝箱を持った人間でしかない。
親父も武器を手に戦う方法を教えてくれたけど、俺はいまいちピンとこなかったし才能も無かった。だからお袋はダンジョンマイスターの技術を教えてくれたんだろう。
だから、親父とお袋が死んでからは、両親に貰った小さな小さなダンジョンコアを使って、生まれ育った村で仕事を貰って生きていた。
* * *
ゴトゴトと車輪が田舎道を転がる振動。
村へと帰る荷馬車の揺れもすっかり慣れた。
俺の仕事。
それは荷馬車の形にしたダンジョンで運送の手伝いをする……ようは馬車屋だ。
ダンジョンコアを使ったダンジョン制作っていうのはかなり特殊な魔法で、ダンジョンの内側も外側も相当自由が効く。
俺が小さい頃に親父から貰った宝石で作ったダンジョンコアはかなり小さいから、洞窟タイプのダンジョンにするなら村の氷室になる程度の大きさにしかならないし、魔物も一体しか生み出せない。
だからもういっそ開き直って、ダンジョンをまるっと幌馬車の形にした。
唯一の魔物を馬型の魔物にすればそこそこ高級な馬車の出来上がりだ。
あとは外敵侵入防止用の迷彩を外側にかければ道中も安全。
馬車だけどダンジョンだから、修理もメンテもコアが自動でやってくれるんで楽なもの。
これで小さいコアの容量も魔力もちょうどピッタリ。慎ましく暮らすなら、十分だ。
そんなわけで、今日も俺は御者として故郷の村へ向かってゴトゴトと馬車を進ませていた。
ハーフミミックなんて面倒なもんで、体の一部である宝箱と長時間離れていると具合が悪くなるから、何をしてる時も傍にでかい箱を置いておかなきゃならない。
だから俺は御者台に俺の箱を置いて、中に布団をぎゅうぎゅうに詰め込んで、蓋が背もたれの椅子のようにして座っていた。さすがに宝箱が露出してたら目立つから適当な布はかけてある。
普通のミミックなら箱は亀にとっての甲羅みたいなもんなんだろうけど、ハーフミミックの俺にとっては『無駄にでかい防具』だ。
ハーフとはいえミミックの外殻なだけあって頑丈さは折り紙付きなんだが、親父譲りでそれなりに身長が伸びた俺が入れる箱ってんだからそれなりにでかい。
体質のせいでどこへ行くにもこいつを持ち歩くとなると、ただひたすらに、邪魔。俺はハーフで中身の体が完全に箱と分離できるから、逆に箱に入ったまま移動ってことができないんだ。
そういうわけで、ダンジョンを馬車にしたのは箱の移動に楽だからってのもある。迷彩のおかげで普通の馬車より安全だから、村にも町にも行き来したい人達にもそこそこ重宝してもらっていると思う。
穏やかな生活を望むくせに、部屋で箱に引きこもってるのは好きじゃないんだ。外に出て、色んな物を見るのが好きだ。田舎な村への行き来だけでも、季節の移り変わりを体で感じられてすごく楽しい。これはきっと冒険者だった親父譲り。
結果として、俺はこの生活が気に入っている。
お袋がダンジョンマイスターで本当によかった。