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皆が議論を戦わせていると、不意にあの機械的な女声が割り込んだ。
『投票、10分前です。投票は全員一斉に番号を叫んでください。認識します。』
音声認識か。
「まずい。」新が言った。「総二、占い先を指定しろ。早く!」
総二は、怒鳴るように言われて、慌てて言った。
「ええっと、じゃあ識さんは…」
章夫が、言った。
「二人だよ!二人指定して!噛み合わせを避けないと!」
総二は、顔をしかめて手を振った。
「分かってる!」と、言った。「識さんは、杏奈さんか…平太!一明さんは…竜彦さんか丞!恭介さんは…藍か、ええっと、広武で!」
混乱していても、とりあえず他の占い師の白先と、グレーを目についたところから指定したらしい。
「今夜はどうする?どこから吊るんだ。」
竜彦が叫ぶ。
どんどん時間が減っている。
総二は、皆の顔を見回した。
ここまで、グレー達の話を聞いて来たが、白い所は白かったが、他は皆どんぐりの背比べだ。
総二が迷うのも、分かった。
「…指定した方がいい。」新が、落ち着いて言った。「自由投票になるとどうしても村人に投票が集まりがちになる。二人だ。二択にしろ。」
こんなギリギリで。
章夫は思ったが、ここまで初日に出せる情報は出し切ったはずだった。
総二は、苦悶の表情を浮かべる。
額からは、冷や汗が流れて落ちた。
残り時間が減って行く中、急かすように女声が言った。
『投票、1分前です。時計が0を表示したら、遅れず投票してください。10秒以上遅れた場合、処分されます。』
「総二!」
竜彦が叫ぶ。
総二は、もう破れかぶれで叫んだ。
「最初決めた通り、沙月さんか、茉奈さんで!」
すると、茉奈が叫んだ。
「私は村に勝って欲しい!」どういう事かと目を丸くしていると、茉奈は続けた。「私は狩人よ!」
「ええ?!」
『投票してください。』
考えている暇はない。
章夫は、無我夢中で叫んだ。
「11!」
沙月だ。
他の皆も一斉に叫んでいたので、誰が何を言ったのか全く分からない。
だが、消えたデジタル表示の所に、パッパッと表示が1から流れ始めた。
1竜彦→12
2丞→12
3平太→11
4一明→11
5識→11
6藍→11
7秀幸→12
8総二→11
10広武→12
11沙月→12
12茉奈→11
13真矢→11
14恭介→11
15幸次郎→12
16杏奈→11
え…結構割れた…?
章夫は、呆然とした。
狩人COしているのに、吊ろうというのか。
だが、ハッキリ言って、吊り回避のための嘘だと咄嗟に考えてもおかしくはない。
混乱していると、声が言った。
『No.11は、追放されます。』
「いやよ!死にたくない!」と、沙月は、足の輪の辺りに手をやった。「イタ!何…ぐうううう!!」
いきなり、沙月は床に転がった。
「きゃあああ!」
杏奈が悲鳴を上げる。
沙月は、床に仰向けに転がってもがいた。
「ウウウウ!」
みるみる顔が真っ赤になり、沙月は胸を掻きむしる動きをした。
「…薬だ。」
新が、ポツリと言う。
沙月は口から泡を吹いて白目を剥き、足をバタバタさせていたが、そのうちに顔が土気色になって来て、そして、動かなくなった。
皆、ガクガクと震えている。
女声が、無情に告げた。
『No.11は追放されました。夜時間です、部屋へ入ってください。』
閉じていた隣りの部屋への扉も、そこで開いた。
もはやこの世の物とは思えない匂いが流れて来て皆口を押さえたが、そこにはまだ、絵美里が倒れたままだった。
チラとそちらを見た新は、自分の部屋へと足を向けた。
「…行こう。歯向かったら、同じ事になる。」と、茉奈を見た。「君は狩人か?」
茉奈は、真っ青な顔で頷いた。
「ええ。もう少しで無駄死にするところだった…私は真矢だけは助けたいの。自分が死んでも。」
真矢は、涙ぐんで言った。
「茉奈…。」
皆が、ふらふらと自分の部屋へと足を向けた。
章夫は、吐き気が込み上げて来るのを堪える事ができなくて、新の動きを見る余裕もなく、部屋へ戻ってすぐにトイレへと駆け込み、しこたま吐いた。
部屋へ入った直後に背後で扉が閉じたのを感じたが、今はそれどころではなかった。
夜とは言っても、まだ真っ昼間だ。
外では、まだ正午を過ぎた辺りだろう。
だが、窓も何もないここでは、今が夜だと言われたら夜だった。
正午を過ぎたのは、スマホの時計表示でなんとか分かる。
充電はまだ3分の2残っていた。
今は何も食べる気になれなくて、章夫はベッドに座って項垂れた。
今夜は、誰が襲撃されるのだろう。
普通に考えたら護衛の入っていなさそうな役職か、狩人COした茉奈だ。
だが、茉奈が人外だったら噛まれずに残る。
狼からしたら、狩人はまず排除したいと考える。
そうしたら、噛み放題になるからだ。
頭が切れて真だと言われている新は、真っ先に襲撃されるだろう。
なので、狩人には生き残って欲しかった。
そういえば、茉奈は部屋へ帰る前に無駄死にするところだった、と言っていた。
章夫は、顔をしかめた。
確かに狩人が吊り消費に使われてしまったら、縄が無駄にはなるが、今夜襲撃されて結局無駄死にではないか。
そもそも、迷ってはいたが、あからさまに真矢とラインが繋がっているように見える茉奈より、今回は沙月を吊ろうと章夫は何となく考えていたのだ。
わざわざ、狩人COなどする必要がなかった。
それこそ、村利が無い行動だと思えた。
章夫は、むっつりと考え込んでいたが、そろそろ時計が人狼の役職行使の時間へと突入する。
…そうだ、薬。
章夫は、どこかで見られているのを意識して、何でもないようにポケットへと手を突っ込むと、錠剤を握り締めた。
…もし、壁や天井に動きがあったらこれを飲む。
章夫は、極度に緊張しながらその時をじっと待った。
まるで、一分一分が永遠のような気がする時間だった。
つい、ウトウトしてしまい、ポケットに手を入れたままベッドで転がっていた章夫は、また大音量の声で起こされた。
『朝です。昼時間になりました。行動してください。』
びっくりした章夫は、思わず手の中の錠剤を握りつぶしそうになったが、必死に耐えて起き上がった。
扉が開いていて、パイプ椅子が向こうに見えている。
変な寝方をして思い体を起こして立ち上がると、新がまた覗き込んで来た。
「…無事だな。」
章夫は、ホッとした顔をした。
「うん。識も無事でよかった。」
章夫は、心からそう思った。
新は頷いて、スマホを差し出した。
「昨日預かっていたスマホの、メモ機能を復活させておいた。使うといい。」
また、何か録音してくれたんだな。
章夫は思って、頷いた。
「うん、ありがとう。」
すると、女子の悲鳴が聞こえた。
「あああああ!!」
見ると、真矢が叫び声を上げている。
「どこだ?!」
総二が、出て来て見る。
真矢が叫んでいるのは、12の部屋の前だった。
…やっぱり。
章夫は、がっくりと力が抜けるのを感じた。
思った通り、人狼は狩人を襲撃したのだ。
12は、茉奈の部屋だった。
出て来ていた皆が12の部屋の前に集まると、新はそちらへ向かって歩いて、言った。
「…もうここからでも分かるな。それにしても、今日は血の匂いが凄い。」と、振り返った。「あちらの部屋は、もう絵美里さんも居ないし掃除もされているようなのに。」
言われて、皆がそちらを見た。
確かに、隣りの部屋は最初から何事もなかったかのように綺麗に真っ白だった。
最後尾の、総二が言った。
「待て、人数はこれだけか?」と、回りを見た。「1、2、…10人しか居ないぞ?」
昨日の時点で、15人で沙月が吊られて14人で部屋へと入ったはずだ。
寝ているなど、昨日も思ったがあの大音量で考えられなかった。
「…まさか…」と、総二は、新を見た。「識さん、どこを占いました?!」
新は、答えた。
「私は、16番杏奈さんだ。白だった。あまり発言も無く何やら潜伏臭がするし、囲われている可能性があると思ったんだが。」
総二は、急いで16の部屋へと駆け込んで行った。