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その少し前、研究所から彰の屋敷に、博正と真司、それに今の新の部下の一人の、アーロンがやって来て、深刻な顔をして報告していた。
彰は、険しい顔をしてそれを聞いてたが、紫貴は目に涙を浮かべていた。
「…つまり、新は誰かに拉致されている、と?」
アーロンは、頷いた。
「はい。もう長い時間同じ場所で微かな反応が返って来ている状況です。恐らく、電波を遮断する場所に居るようで、完全に位置が特定できませんが、大体の場所は。ジョナサンが、そんな場所に長く滞在するなどあり得ない場所での反応です。」
博正が、言った。
「今ジョアンが必死に範囲を狭めようとしているが、あの辺りには何もない。大学の敷地を出た裏手の山の一帯の反応でな。章夫の所在も調べたが、あいつはそんな特殊なGPSなんか装着されてねぇから分からねぇ。寮の部屋には、帰ってない。恐らく一緒だろう。」
彰は、眉を寄せたまま言った。
「…最近の情報戦の様子は?」
アーロンは、首を振った。
「そんな片鱗もありませんでした。とにかく、ジョナサンはあちこちの研究の助言を快く受けていたし、一々獲得しなくても研究が進むわけです。あなたの頃のやり方に沿っているので、研究所同士の何某かは全くありません。恐らくは、それがジョナサンだと知らずに別の事で拉致された可能性があります。警察の方にも、行方不明者の届け出が数件出ておるようで、皆学祭に出掛けて、その後居なくなったということらしく。まだ数時間ですので、これから段々に増える可能性もありますな。」
という事は、一般人に紛れて拉致された可能性がある。
彰は、言った。
「私が行く。あれを拉致するなど、許されることではないからな。こちらは、警察に届け出ることもできない。そもそもが我々は、影で人類を補佐するため、いろいろな攻撃も受けて来たのだ。それを秘密裏に処理して来たのだから、今更その存在を知らしめるわけにも行かない。」
真司が、言った。
「だが、警察も動き出して大学に規制線を張って調べ始めている。場所がその裏山なので、派手に動くと気取られるぞ。警察の山狩りでは恐らく見つかるような場所には無いだろうし、それが終わるのを待たないことには、オレ達は動けない。」
博正が、言った。
「そんなこと言ってる間に、何をされるか分からんぞ。とにかく、ハイキングのふりをして、オレ達が山へ登ろう。臭いを追う。山には規制線はまだないだろう。行って来よう。」
紫貴が、涙を流しながら言った。
「お願い、博正さん。新が命を落としてしまったら…。」
紫貴が言葉を続けられずに下を向いたので、彰はその肩を抱いて、言った。
「だったら、私も行く。」え、と皆が顔を上げると、彰は言った。「じっとしていられない。何か見つかっても、私なら恐らく判断が早い。手遅れになる前に、動きを指示できる。国に連絡を入れろ。君達は忘れて居るかもしれないが、あそこは国営なのだぞ。知っている者達は知っている。あの場所の所長が同じ場所に拉致されているとしたら、あれらも命に関わって来るから必ずこちらに手を貸す。規制はジョアンが絞り込んだ範囲外までにさせるんだ。我々は、ジョアンが特定した範囲を追う。私が作り出した人狼の君達なら、それができるだろう。」
博正は、ため息をついた。
「分かった。とにかく、一度研究所へ帰ってジョアンの作業の進み具合を見て来る。その中であいつの匂いを見つけたら、それを追って行く。」
「私も行く。」と、紫貴を見た。「紫貴、私が行くから安心していいぞ。ジョアンが難航しているなら、私が手を貸して来るから。安心して待っていろ。」
紫貴は頷いたが、ボロボロと涙を流している。
そんな紫貴を置いて行くのは気がかりだったが、今は新のことだ。
彰は、博正と真司、そしてアーロンと共に、ヘリで久しぶりに研究所へと向かったのだった。
その頃、新は皆と向き合って議論していた。
スマホの時計は今午前9時、だが、ここでの昼時間が終わるまではあと3時間だ。
そうなると、眠くもないのに夜時間がやって来て、皆強制的に部屋へと入って6時間缶詰めにされる予定だった。
次の昼時間は、夕方18時から、夜中の0時までの予定だった。
完全に体内時計が狂う形になってしまうのだが、強制的にそうされているので、仕方が無かった。
目の前では、グレーが意見を言っている。
だが、同じような事ばかりで、新しいことは何もなかった。
新は、ため息をついて、言った。
「…一時間聞いていたが、君達の議論は意味がない。お互いを怪しむ人を怪しんで、相手を負かそうとしているだけだ。もっと、相手の視点に立って考えないか。そうして、どうして怪しいと思うのか、理論づけて説明してくれないか。村人ならば、相手が本当に人外なのか考えろ。村人を吊ってしまったら、結局は自分の首を絞める事になるのだぞ。もっと感情ではなく頭で考えろ。時間の無駄だ。」
吐き捨てるように言われて、皆が凍り付いたように黙った。
総二が、一気に冷え切った空気の中で、おずおずと口を開いた。
「ええっと…じゃあ、まず茉奈さんと沙月さんの争いだな。君達の意見は、最初は沙月さんが、誰も出て来ないのを見て出て来た狼ではないか、と真矢さんに言った。茉奈さんが、それをあからさまに庇った。その時は沙月さん本人は何も茉奈さんに言っていなかったが、今は激論を交わしていたよな。でも、確かに識さんが言うように、君達の意見は相手を倒そうって感じの罵倒にも近い感じになってた。冷静に考えて、どうだ?まず、沙月さん。本当に真矢さんが狼だと思うか?」
沙月は、言った。
「私は最初、一つの意見としてそれを村に落としただけなの。それなのに、凄く食いついて来た茉奈さんが、とっても怪しいと感じた。何しろ、茉奈さん視点でも、まだ絵美里さんの役職は分かっていないし、真矢さんの役職だって分かっていない。まるで、役職が透けて見えてる人外な気がしたの。そんなに強く、真霊能者だって言い切れる根拠は何って思う。」
総二は、頷いて茉奈を見た。
「それで、茉奈さんは?一つの意見だって言ってるけど、どうしてそんなに強く真矢さんを庇うのか知りたい。」
茉奈は、言った。
「確かに私には、絵美里さんの役職も、真矢の役職もハッキリ分からないわ。でも、たった一人しか出ていないし、今日は吊り位置ではない真矢を黒塗りするのは、仲間が吊られて黒結果を出された時に、やっぱり偽だったって言うための、伏線のように思えたの。私は真矢とは付き合いが長いし、嘘を言っていないのが分かるわ。でも、それじゃあ理由にならないでしょ?真の真矢を黒塗りするのはなぜかって考えた時に、どうしても沙月さんが人外で、そういう風に考えてるって感じてならなかったの。」
どちらも、言っていることは本人からしたら正論のように見えた。
だが、どちらの意見も、村人からすると選べない。
共感できる方に意見は寄るが、今のところ半々のような感じだった。
新は、息をついた。
「…では、この二人の意見はここまで。時間がないのだ。他にグレーはまだ五人居る。ええっと、私は敬称を付けないぞ。女性には敬意を払って考慮する。では、丞、平太、秀幸、広武、幸次郎。沙月さんと茉奈さんの議論を聞いて、君達の意見はどうなっているのか聞かせてもらっていいか。」
すると、広武が言った。
「みんな忘れてるかもしれないけど、沙月さんはオレの、絵美里さんが狂人だったんじゃないかって意見を聞いて、オレを狂人じゃないかって言った。オレ目線じゃオレは狂人じゃないし、そうやってオレを怪しむ上に、真矢さんとか茉奈さんまで怪しんであちこち黒っぽく見せようとしているところが、人外じゃないかって思った。識さんが真占い師の一人だと今は思ってるけど、その識さんに占われないためには、少しでも黒っぽいところが多くなった方が狼に占いが飛ぶのを避けられると考えてるんじゃないかな。だから、あちこち黒塗りしているって考えるから、狐じゃなくて狼じゃないかって思う。」
相変わらず広武は、面白い考え方をする。
広武目線では、そうだろうと思われた。
総二が、言った。
「確かに君の事も人外塗りしてたよな。その後真矢さん、茉奈さんと言い合いになったから、そっちに意識が行って忘れてたけど。言われてみたらそうだけど…。」
丞が、言った。
「あまりにもあからさまだよ。そんなにあちこち敵を作ったら、人外だったらまずいだろう。だから、オレはみんなが沙月さんを怪しむのが、逆におかしいって思ったんだ。だって、投票が入ったら吊られるんだよ?敵を作ってる場合じゃないから、オレとしては、黙って成り行きを見ているだけで、最初の占い師の精査ぐらいしか発言してない、平太さんと秀幸さんの方が怪しいかな。」
だが、章夫は言った。
「でも、平太さんと秀幸さんは似てるけど違うよ。平太さんはきちんと識を白いという理由も付けて話してた。でも、秀幸さんは平太の便乗だった。だから、怪しいって言うなら便乗してた秀幸さんの方じゃない?」
平太が、ホッとした顔をした。
秀幸は、顔をしかめた。
「オレだって、同じ事を思ってたけど先に言われたから仕方がない。ま、今思うのは、オレは丞とは違って、やっぱり沙月さんが怪しいと思うかな。オレ目線では広武は白いと感じたし、狂人じゃないだろう。狂人なら、そんな事をわざわざ口にして言わないと思うんだ。言ってしまうと、みんなが狂人はどこだって探すかもしれないだろ?狂人は、さっきも言ったように狼陣営なのに狼が分からないから、孤独なんだよ。仮に絵美里さんじゃなくて他に生き残っていても、自分から狂人のことに言及しないと思う。狂人アピールするぐらいなら、霊能者か占い師に出てるだろうしね。潜伏したい狂人の、意見じゃないとオレは思う。」
秀幸は、あれで結構考えていたのだ。
章夫は、その意見を聞いてそう思った。
幸次郎が、言った。
「…うーん、今聞いた限り、丞と秀幸は違う陣営にも見えるけど、わざと切ってるようにも見えるし複雑だな。平太は、まだ勘なんだが識さんを真だと思った考え方が村っぽいと感じたから、今は白置きしてる。沙月さんと茉奈さんは、あからさまに敵対してるけど…案外、村同士で戦ってる感じもしないでもない。オレの意見はさっきと変わらず、とにかく一度吊って見て、色を見て進めるしかない。真矢さんが真かどうかも、色を出してくれたら透けて来るだろう。」
識は、うーんと皆の顔を見比べた。
「私もそのように。この中には、もしかしたら狩人と猫又もまだ混じっているかもしれない。本来猫又には潜伏してもらって、狼を道連れにしてもらいたいが、命が懸かっているからな。吊り対象になったら、COしてくれないか。複数になったら、仕方がないので偽だと思うところを吊るしかないが…ここでも絵美里さんの役職が何だったのか気に掛かるな。」
茉奈が、言った。
「猫又はその命でしか証明できないものね。いいと思う、猫又が複数になったら、偽だと思うところを吊って真猫又を確定させるっていうの。」
真矢も、うんうんと頷いている。
識は、ため息をついた。
「…じゃあ、時間が段々押して来ている。あと2時間30分だ。吊り先指定をしないと、占い先の指定ができない。少なくても一時間前には吊り先を指定してくれないか、総二。そうして、三人の占い師の占い先を指定してくれ。ちなみに残り15人、縄は7、人外はまだ全員残っているとして6。縄に余裕があまりないぞ。狐を呪殺したら、今の時点では背徳者も居るだろうから、一気に減るのを覚悟して吊っていかないとな。大丈夫か。」
言われて、総二は顔をしかめた。
大丈夫かと聞かれて、大丈夫だとは言えない状況だろう。
だが、何とか総二は頷いて、そうしてホワイトボードを見つめて、考えに沈んだのだった。