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「人狼ゲームって…映画とかでもあった、アレ?」
茉奈が、震えながら小さな声で隣りの真矢に言っている。
「まさか、本当に殺し合いとかじゃ、無いよね。」
真矢が、同じように震えながら言っていた。
章夫が、この相手だと分からないぞと思いながら黙っていると、男の声が続けた。
『…流れを話す。まず、昼時間に6時間。そして、夜時間に6時間。つまり、12時間で一日だ。役職行動は、部屋へ帰った夜時間の間にやる。夜時間に入って一時間が、役職行使の時間だ。完全防音になっているから、部屋の中で何番を占いたい、何番を護衛したい、などこの一時間の間に決めろ。ちなみに、この時間以内にできなければ、その日は役職行使は無かったことになる。人狼陣営は、一時間後からだ。人狼は誰を襲撃するか指定してください、という音声が流れるので、それを決めて言ってくれ。ちなみに狼同士は、この時に繋がって部屋と部屋で音声だけでやり取りができる。役職行使は一時間。その間に決められなかった場合、人狼の誰かが死ぬ。生きて帰りたければ、必ず誰かを襲撃しろ。昼と夜の間には、アナウンスが入る。音声に従って必ず部屋へと入るように。外に居た場合、処分される。従わない駒など要らないからな。』
駒…。
章夫は、チラと新を見る。
新は、じっと男の話に聞き入っていて、何を考えているのか分からなかった。
『…ま、基本的にこちらの言う通りに進めていれば、ゲーム以外で命を落とす事は無い。だが、ゲームでは殺し合いだ。この中には、人狼3、狂人1、占い師2、霊能者1、狩人1、猫又1、共有者2、村人4、妖狐1、背徳者1存在する。人狼は村人と同じ人数になったら勝利、狐は村人か狼が勝利条件を満たした時に生き残っていたら勝利、村人は狐と人狼を全て排除したら勝利だ。自分の役職の事は、部屋へ帰ったらカードにしっかり書いてあるので見ておくように。知らなかったでは済まされない。命が懸かっている。ゲームが終わった時に、生き残っていた勝利陣営がここを出て帰ることができる。勝利陣営でも、それまでに命を落としたヤツは帰れない。まあ死んでるんだからな。残念ながら、命が無いと何もできないということだ。』
…これが嘘なのか、それとも本当なのか分からない。
章夫は、不安になった。
最初は、新が居るから何とかなる、と思っていた。
だが、新だってこんな所に閉じ込められたらどうしようもない。
まして、足に輪を付けられていて身動きが取れないのだ。
何を考えているのか、本当なら知りたい所だったが恐らく何もかも聞いているだろう誰かに、聞かれるわけにはいかない。
新が、とんでもない天才だと知ったら、何をされるか分からないのだ。
…自分が学祭なんかに誘わなければ。
章夫は、心から後悔していた。
新が、そもそも外へと出て来るのも稀だ。
それなのに、たまたま出て来たその時に、こんなことに巻き込まれてしまうなんて。
顔を上げた新が、言った。
「…バスルームや、トイレにも監視カメラが?」
それには、女子達が慄いた顔をする。
確かに、そんな所にまでそんなものがあったら安心して使うことができないだろう。
男の声は、クックと笑った。
『こちらはそんな音や映像を見たいなどという、悪趣味ではないからな。安心して使ってくれたらいい。』
それには、皆がホッとした顔をした。
新は、頷いた。
男の声は、急かせるように言った。
『では、もう時間だ。これから夜時間になる。部屋へと入って自分の役職を見て、役職行使の必要がある奴らはそれをしろ。占いは初日から人狼や狐に当たる可能性があるぞ。人狼の襲撃もある。狩人も護衛指定できる。ちなみに、連続で同じ人を守ることができる。じゃあさっさと入れ。』
皆が、お互いに顔を見合わせる。
章夫が、新の顔を見ると、新は黙って頷いた。
従うしかない。
章夫は、言われた通りに自分の番号、6の部屋へと入って行ったのだった。
中は、こじんまりとした、これまた白い壁の部屋だった。
造り付けのベッドが入って右側の壁と奥の壁にぴったりとくっついてあり、どう見てもシングルだ。
扉のすぐ横には、扉が一枚あってそこを開くと、これまた小さなユニットバスだった。
狭いが、便器、洗面所、シャワーブースの三つがそこに収まっていて、とりあえず清潔にはできそうだった。
反対側の壁には、これまた小さなクローゼットがあり、そこには一組だけジャージが入っていた。
その他、下着も何もない。
つまり、このまま過ごせということなのだろう。
…扱いが悪い。
章夫は、もう一度思った。
どう考えても、これは家畜以下の扱いの気がする。
奥へと足を進めると、ベッドの横に申し訳程度にある通路を挟んで反対側には、小さな机があった。
その机の上には、カードが一枚、置いてあった。
『村人 何の力も持たないが、力を合わせて敵陣営を推理して追放することができる』
そう、書いてあった。
…村人か…。
役に立てない。
章夫は、脇のベッドの方の壁を見た。
この壁の向こうに、新が居るはずだった。
恐らく、今新もカードを見て自分の役職を知っているはず。
どうか同じ陣営でありますように、と、章夫は思っていた。
回りを見回すと、冷蔵庫もあって、その上には壁からヌッと突き出た箱のような物があった。
それを開いて見ると、中には定食のような食事が、ひんやりとした中入っていた。
食器は、まるで病院などで出て来る病院食のような、プラスティックだ。
その箱には、『あたため』というボタンがあって、なるほど、今は冷えているが、これを押したら温まるということらしかった。
…何か食べておかないとな。
章夫は、腹を押さえた。
あれから、どれぐらい時間が経ったのか分からないが、とても空腹な気がするのだ。
こんな場所で出された食事を口にして大丈夫なのかと思ったが、食べずに力が出ないで、結局死ぬことになったら本末転倒だ。
なので、迷わずあたためボタンを押して、その食事を摂ることにした。
それを咀嚼する音だけが響くぐらい、静かな中で、章夫はハッとした。
そういえば、スマホは取り上げられていないのだった。
慌ててポケットを探ると、確かに自分のスマートフォンが出て来た。
電池は問題ないが、あの声が言っていた通り、完全に圏外だった。
そして、日付を見ると、あれから数時間経っているのが分かった。
「…げ。今、次の日の夜中の0時だ。」
腹が減るはずだよ。
章夫は、ため息をついた。
新とあの美術館の前に到着したのが午後5時前だったので、あれからもう、7時間だ。
夕飯を食べる話をしていた時に捕まったので、空腹なのも道理なのだ。
食べ終わった食器をまた箱に戻すと、箱の奥がパカと開いて、ベルトコンベアのように、食器がその中へと吸い込まれて行くのが見えた。
…自動か。
あくまでも相手の顔は見えないまま、章夫はとにかく休んでおかねばと、クローゼットで見つけたジャージに着替えた。
そして、隣りの新を気にしながら、ゴロンと小さなベッドに横になる。
…硬い。
章夫は、ため息をついた。
囚人でも、こんな硬いベッドで寝ていないように思う。
ふと思い立って扉の方へと歩き、そこの横へと開く板を見て見たが、掴み所もなくどうやったら開くのかも分からない。
…ほんとに監獄だな。
章夫は、ため息をついてまた硬いベッドへと戻り、明日からの事に不安になりながらも、眠りについたのだった。