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ジェイがガタガタと震えて来る体を抑える事もせずにそれを見守っていると、それらは人の形になって起き上がった。
そして、それにジェイがおののいていると、周囲の夜時間に入る穴からも、これまでに襲撃した者達が頭を押さえながらフラフラと出て来た。
その中には、ライアンも居た。
ライアンは、ジェイを見つけると、言った。
「…何があった…?私は、確かにあの穴に食われて…あれは怪物の口の中だったのだ。食われて初めて知った。確かに死んだ…はずだったのに。」
浮いている男は、笑った。
「そう死んだ。そこの男に殺されてな。我が戻した。永劫にゲームができるようにな。さあ、新たなゲームの幕開けだ。我が飽きるまで何度でも殺し合うがいい。そして、飽きたら…まあ、その時に考える。十分に楽しませる事ができた奴は、我の慈悲を乞えば生き永らえるやも知れぬぞ?」
男の高笑いが響き渡る。
ジェイは、その場にへたり込んで身動きとることもできず、ただ震える体をどうすることもできないままに、かつて死んだ、自分が殺した仲間達が、生きてそこに居るのを見た。
ライアンは、ジェイを睨んだ。
「お前が人狼だったのか。よくも殺してくれたな。あの地獄のような痛みと絶望を、お前も味わってみるがいい。オレ達のようにな。どうせ逃げられないのなら、何度でもお前を殺してやる。」
ライアンは、妙に落ち着いた淡々とした言い方でそう言った。
全員の視線が、ジェイに対して恨みを持っているような感じだ。
ジェイが、絶望したような顔をしていると、浮いている男が言った。
「そうだ、その顔だ。」皆が、ギクとしてその男を見ると、その男は笑った。「絶望と苦悩の顔だ。それが見たかったのだ。さあ、お前達の殺し合う様を見せてくれ。そちらの男よ、お前も死ぬのだ。何度でもな。だが安心しろ。何度でも復活させてやろう。また死ぬためにな。そして最後は、永劫の闇と絶望に沈むが良い。」
ライアンは、ハッとした。
どうやら、ジェイへの怨嗟の気持ちで理解できていなかったようだったが、またゲームをするという事は、人狼を排除したり、自分が人狼なら村人を排除しないと自分は死ぬ。
また、あの激痛と絶望を体験しなければならないのだ。
「ま、待ってくれ!」ライアンは叫んだ。「私達は一度死んで絶望を体験したのだ!こいつだけ殺したらいいじゃないか!」
その男は、蔑むような視線をライアンに落として、ニタリと笑った。
「ほう?皆が平等に苦しむ事を望むか。ならば我が殺してやろう!」と手を上げた。「皆で仲良く死ね。そしてまた蘇り、死というものが真に平穏で、生きるのが何より無慈悲であるのだと、そう簡単に許されるものではない事を知れ。お前達はお前達が楽しんだのと同じだけ、我を楽しませるのだ。さあ、お前達の心から垂れ流される、絶望と銷魂の甘露な色を我に見せよ!」
途端に、あの触手がこれでもかと真ん中の穴から溢れて出て来た。
これまでは、追放される者だけを追っていたそれが、一気に回り一帯へと流れ出て来て全員の足を掴み、穴へと引きずり込むのではなく、その醜悪な本体をずるりと穴からせり出して来て、そのまま足からバリバリと音を立てて食み始めた。
ジェイも例外ではなく、一瞬にして自分の脚が音を立てて崩れていく様を、激痛と共に見る事になった。
「うあああああ!!」
ジェイは、声を上げた。
あちこちで悲鳴が上がり、皆は二度目となったその残酷な経験を、更に新たな苦痛をもって経験することになってしまった。
そんな様を、男は一人宙に浮いて高笑いをしながら眺めている。
その顔は真に楽しげで、これほどに惨たらしく四肢を引き千切られて血飛沫が上がり、肉塊が飛び交い骨が裂けて行くというのに、まるで子供の遊戯でも見ているような穏やかさで見下ろしていた。
…ああ、死ぬ。
ジェイは、触手に胸の辺りまで飲まれて行きながら 思った。
自分が殺して来たもの達も、同じように思ったのだろうか。
同じ絶望と諦めの中で、抗えずに虫けらのように殺されて行く己を嘆き憐れんで、そして自分と同じようにそんな運命を与えた誰かを恨んで死んだのだろうか。
取るに足りないヒトだと簡単に殺して来た多くの人達も、今の自分と同じ事を思いながら死んだのだ。
そして、同じ事を今、己を神だと称する男に味わわされているのだ…ただ、あの男が楽しむだけのために。
何と虚しい人生だったことか。
ジェイは、走馬灯のように自分の人生を省みながら思った。
どこで道を間違えたのだろう。
ただ、己が追い付きたい男を追って、それでも追い付けない焦りから、どうあっても敵わないのだと認めるのが嫌で、遂に狂っていたのかもしれない。
意識が遠くなり、ジェイは目を閉じる事もなく何も見えなくなった。
『…どうします?』アーロンの声が骨伝導イヤフォンから聴こえる。アーロンは続けた。『起こします?』
彰は、足元の白い床に重なる、映像の中に倒れる13人の男達を見下ろした。
死んだと思っているだろうが、これらは死ぬことはない。
思い込むことで稀に心臓が拍動を止める事があるが、そんなものも腕に巻いている腕輪から幾らでも薬品を注入して復帰させることができた。
血の一滴も流れていないのに、そこにあると認識することで痛みまで感じるのだから脳とは面白い。
しかし、これらが殺して来たもの達の事を考えると、こんなことであっさり許す気持ちにもならなかった。
…ヒトを生かすための研究をしているはずなのに。
彰は、思った。
この本郷という男の事は今のゲーム中に調べ上げた。
最初は真面目に医学部を目指し、その後優秀だと自負して海外へ渡り、そこで一つの壁にぶち当たった。
世界には、多くの天才達が居るのだ。
努力だけでは、太刀打ちできない事も多かっただろうと思われた。
それからは研究機関に所属したが、思っていた研究をさせてもらえず、それはもっぱらもっと優秀な者に振り分けられて本郷は裏方のような雑用ばかりをさせられた。
それでもいつかはと努めたが、10年経って後輩に追い抜かれたのを機に、そこを退所していろいろな場所を転々とし、行方不明となっていた。
この、地下に潜って己でやることを選んだのだろう。
「…もう良いだろう。」彰は、言った。「撤収だ。夜が明ける。縛り上げて指令室に転がしておけ。犠牲者達の容態は?」
新の声が答えた。
『はい、皆安定しています。傷は数日掛かるでしょうが、このままでも三日もあれば意識を取り戻すでしょう。』
彰は、頷いた。
「ならばここに置いて行こう。我々は戻る。撤収が終わったら警察に連絡を。回収させよう。」
ジョアンの声が頷いた。
『分かりました。』
彰は、床へと降りたって足からホバーを外した。
そして、ジェイの脇腹を足で突いた。
「…私が手を下さずでもいずれ死刑となるだろう。多くの人命を奪った責はそれで負え。私は犠牲者達の心地が、これで少しは和らぐのを望む。失った命は戻らないがな。」
ううん、とジェイは唸った。
わらわらと工作班が入って来て全員の手足を縛り上げるのを後目に、彰はそこを後にした。
ジェイは、うっすらと意識を取り戻したその目で、男の後ろ姿を見た。
…あの後ろ姿…どこかで…。
だが、自分の手足を拘束しようとする何かに殴り付けられて、再び意識を失った。
もう自分が死んでいるのか生きているのか、そんなことももう、分からなかった。




