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結局、15人の男女が目を覚ました。
新と章夫は、一人一人を揺り起こすと、特に問題なくスッと目を覚ましたので、強い薬を使われたわけではないらしい。
皆、ワケが分からないという顔をしていて、全員が新と章夫と同じように、失神させられてこちらへ運ばれてらしかった。
がっしりとした体つきの、20代ぐらいの男性が言った。
「…オレ、トイレに入ったのは覚えてるんだが。」と、床に座り込んで、頭に手を置いた。「…そこで、電気が消えたみたいに思ったんだが、そこから記憶がない。」
新は、言った。
「恐らくその時点で気を失ったんだろう。目の前が暗くなっただけで、照明が消えたわけでは無かったんだな。」
その男は、新を見上げた。
「君達も、あの美術館に?」
新は、頷いた。
「そう。美術館の前へ行って、閉館前だったので帰ろうとしたら、出て来た男に顔目掛けて何かを噴霧された瞬間、気を失った。何かの薬品だったと思う。」
すると、脇で座り込んでいた男が言った。
「えー?やめて欲しいな、薬品なんか。副作用とか出ないだろうな。」
章夫は、ハッとしてその男を見た。
見た事がある…交流会で、別の医学部に在学中の男だ。
とはいえ、あちらは章夫の事を覚えてもいないようだったし、章夫は何も言わない事にした。
泣きそうな顔をした、女子が言った。
「ここはどこっ?私も、お手洗いに行っただけなの!真矢と一緒に…。」
と、隣りに座り込んでいる、女子を見た。
その女子は、不安そうに頷いた。
「そう。私も茉奈と一緒にお手洗いに行ったの。だから、そっちの男の人と一緒で、多分お手洗いで…。」
二人は、震えながら身を寄せ合っている。
その時、壁のどこからか低い男性の声が聴こえて来た。
『ようこそ。君達は今、籠の鳥だ。我々の言う通りにしていれば、殺しはしない。床に座り込んでいる者達、そんなに残る薬は使っていない。甘えた動きをしていたら、処分するぞ。全員、立ち上がって扉の対面の壁際に一列に並べ。』
床に座っていた者達は、途端に飛び上がって立った。
処分、という言葉が突き刺さる。
新と章夫は顔を見合わせて、頷き合って言われた通りに壁際に立った。
全員が、急いでそれに従って壁際に並んで立ち、硬い表情だった。
女子の中には、涙を流している人も居た。
これまでは章夫だって、新の治験に付き合ってこんな風に人を集めて、強制的に人狼ゲームをさせられる会にも参加して来たが、こうやっていざ拉致される側になると、何をされるか分からないだけに心底怖い。
新が主催のものでは、絶対に人の命を奪ったりはしないし、一見死んでいるように見えても絶対に死んではいなかったし、それを章夫は知っていた。
だが、今はどうなるのか全く分からない。
自分達を拉致した誰かが、どんな目的をもってこんなことをしてるのか、全く分からないのだ。
珍しく新も、険しい顔で緊張しているような気配を感じた。
壁から聴こえて来る声は、言った。
『では、扉から見て右側の端から、番号を付ける。1、名前を言え。ファーストネームだけでいい。』
一番端に立っている、先ほど話した体格のいい男が言った。
「…オレは、竜彦。」
声は続けた。
『そこから横へ。2、3、と続けて名前を言って行け。』
「2、丞。」
「3、平太。」
「4、一明。」
隣りの、新の番になる。
新は、前に倣って言った。
「…5、識。」
偽名で通すらしい。
よく考えたら、前の三人も本名かはどうか分からない。
章夫は、言った。
「6、藍。」
隣りの男が、緊張でガチガチになりながら言った。
「な、7、秀幸。」
「8、総二。」
「9、隆司。」
「10、広武。」
そこで、弱々しい女子の声がした。
「11、沙月…。」
「12、ヒック、茉奈。」
茉奈は、泣いている。
隣りの、さっき真矢と聞いた子も泣いていた。
「13、真矢…。」
「14、恭介。」
男性だ。
「15、幸次郎。」
「16、杏奈。」
気の強そうな女子の声だ。
「17、絵美里。」
こちらも、しっかりとした声だった。
これで、端まで全部、総勢17人が拉致されていることになる。
男の声が、言った。
『…登録した。では、お前達には気を失っている間に、足輪をつけてある。確認しろ。』
言われて、新も急いで自分のズボンの裾を上げた。
章夫は、それを隣りに感じながら、そっとズボンの裾を上げてみると、左足の足首に、ぴったりとくっついた状態で、確かに足輪が付けられてあった。
金属で、何やら緑色の小さな光が見える。
どうやら、何かの機械のようで、作動中のようだった。
皆がそれを確認したのを見ているだろう男の声が、続けた。
『それは、君達の監視をする機械だ。逃げ出そうとすれば一瞬で体内に薬が注入され、長い間苦しんで死に至る。言う通りにした方が身のためだぞ。それから、お前達の持ち物は、全て没収した。スマートフォンは手元に残してやってあるが、ここは電波が完全に遮断されていて外へ漏れない。ネットに繋いだり、電話を掛けることは不可能だ。私達は君達がどこの誰であろうと関係ない。なので、身元も何も知らないし、死んだところで帰してやるとは言えない。生き残って自分の足で帰るより他、家に帰る方法はないと思ってもらいたい。』
誰も、何も言わない。
何かを言って、怒らせてはと考えて居るようであった。
新も黙っているので、章夫もそれに倣ってじっと黙ってそれを聞いていた。
男の声は、続けた。
『…皆、素直に聞いてくれて嬉しいよ。では、扉を開く。この部屋から出て、次の部屋へ移ってくれ。説明を続ける。』
一枚しかない白い扉が、スッと音も立てずに横へと滑って開いた。
つまり、ここは何でも自動になっているらしい。
皆が恐る恐ると言う風にゆっくりと、皆の顔を見ながら動きを合わせてその扉を抜けて隣りへと入ると、そこにはとても広い、円形の部屋があった。
中央にはパイプ椅子が並べて置いてあり、それぞれの椅子の背には番号が油性マジックで手書きにしてあった。
壁はぐるりと丸くなっているのだが、そこには多くの扉が並んでいて、それぞれの扉には番号が大きく書いてあった。
1から、20までの扉があるようだった。
『まず、君達にはこれから、数時間ここで生活してもらう。生活の全てはモニターされている。扉の番号は、先ほど君達に登録された番号と同じだ。その番号の部屋へ入り、生活してもらう。』
章夫は、もしかしてこれは、人狼ゲームなのでは、と直感的に思った。
だが、新が主催する人狼ゲームとは、明らかに違う。
あまりにも相手が高圧的で、しかも扱いが悪い。
こんな何もない場所で、しかも窓一つない場所で、閉じ込められてやるなんてことは、これまでだって一度も無かったからだ。
本当に無機質で、真っ白な壁が続いて気が滅入りそうだ。
あの、ガタイの良い竜彦という男が思い切ったように言った。
「…食い物は?ここで数日過ごすんだろ?」
皆がぎょっとした顔をしたが、聞きたいことだった。
男の声が、答えた。
『食事は毎食、部屋の中のユニットの中に支給される。それだけだ。水だけは、部屋の冷蔵庫にたくさん入っているのでそれを飲んでくれ。では、ここでの生活の流れを話す。』
こんな、どこの誰が作ったか分からないような食事は口にしたくない。
章夫は思った。
食事の中に、何が入っているのか分からないからだ。
だが、声は一方的に続けた。
『君達はこれから、人狼ゲームをしてもらう。知らない人も居るだろうが、運が悪かったと諦めろ。君達は、最初にあの壁に並んだ時点で、その番号で自分の役職を決めた。部屋へ入ったら、自分の役職のカードが置いてある。それを見て、その役職としてしっかり戦って欲しい。』
やっぱり人狼ゲームか。
章夫は、丸く置かれたパイプ椅子をまたちらりと見ながら、そう思った。




