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囚われた獣に心はあるか  作者:
獣の悪夢
18/27

18

ジェイは、鳥の鳴き声の中で目を覚ました。

ここは、どこかの森の中のようだ。

下草はふわふわとしていて心地良く、そのふんわりとした寝心地のお蔭で深く寝入ってしまっていたように思う。

体を起こして回りを見回すと、そこは森の中に、ぽっかりと丸く開いた空間のようだった。

回りには背の高い木々が取り囲んでいて、空の木々の葉の間からは、明るい温かい光が漏れていて、夢のような場所だった。

その美しい風景の中に、一人の男が立っていた。

足元まである黒髪に、黒い瞳の長身のその男は、白い着物を身に付けていて、その着物の袖口や、裾や襟元には金糸で刺繍が施されていて、見るからに質の良い物に見えた。

そして何より、その男の顔は東洋人のようでいて、そうではないような、それは美しく整った顔立ちだった。

「…あなたは…?」

ジェイが思わず言うと、相手はそれは美しく微笑んで、言った。

「我が誰かなど、関係はあるまいな。それより、お前の回りにお前の仲間が居る。皆を起こさずで良いのか。」

ハッとして見ると、ふわふわとした草の間に、ライアンや部下達が、点々と倒れていて、皆起き上がろうと顔をしかめて身を動かしていた。

「ライアン!」

そうだ、私は検体達にゲームをさせていて。

ジェイは、思い出した。

ライアンは、ジェイの声に煩そうに目を開いた。

「ジェイか…?なんだ、いったい何が…」と、目を開いて回りを見て、驚いた顔をした。「え、ここはどこだ?」

ジェイは、首を振った。

「分からない。私も今目が覚めたところで。」

回りでは、部下達が次々に目を開いて起き上がって来ていた。

頭を振って、意識をしっかりさせようとしている者も居る。

数えたところ、全員が居るのは間違いないようだった。

「…全部で、13人。」中央の、美しい男が言った。皆が、ハッとしたようにそちらを見る。男は続けた。「人類は不吉だと言う数字ではないかね?お前達は、いったいあそこで何をしていたのだ。」

ジェイは、黙り込む。

ライアンが、言った。

「…見ず知らずの者に言えるような事ではない。私達は、研究者だ。」

その男はフッと笑った。

「…知っている。」ライアンが驚いた顔をすると、その男はクックと笑った。「そう、我は知っているのだ。我に知らぬ事などない。なかなか面白い事をしていたようではないか。我は興味を持ったのだ。ヒトが嘆き絶望し苦しむ様を。その断末魔の叫びを。何度も聞いておるうちに、その冒涜的な行いに興味を持った。なので来た。我も仲間に入れてもらおうと思うてな。共に楽しもう。お前達は殊の外そのような事を好むようであるからな。」

その顔には、笑みが浮かんでいたが、その目はうっすらと赤く光っているように見えて、狂気が溢れていた。

言葉には澱みもなく、冗談のような色もなく、ただ本心からそう思ってそんな言葉を口にしているようだった。

美しい顔からは、思いもしない言葉と、そして考えられないほど残酷な、嘲るような笑みに、本能的に皆は、背筋が寒くなった。

これほどに美しい場所で、美しい男が言っているにも関わらず、一気に気温が下がったような気がした。

「どういうことだ。」ジェイは、恐怖が自分の中に生まれそうになっているのを、慌てて圧し潰して言った。「お前が私達を拉致したと?何の冗談だ。」

相手は、クックと笑った。

そして、スッと音もなく浮き上がった。

「冗談?我はそんな無駄な事は言わぬわ。わざわざ、お前達に相応しい場所で相応しい最期を与えてやろうと思うてここへ連れて来てやったというのに。お前達が好むやり方で、お前達が他のヒトに与えていた通りの最期を我が与えてやろう。安心するが良い、我の力は果てが無い。思う存分楽しむが良いぞ。ああ、そうよ。」と、茫然と見上げている皆を見下ろして、クックと笑って手を振った。「ここでは雰囲気も出ぬわなあ。」

途端に、回りは一気に小鳥が鳴くあの天国のような森の風景から、真っ暗で苔むした、いや、苔ではない、黒い何かに覆われた地面に、緑のような黒い藻のような物が垂れ下がる、真っ黒い木々に囲まれ、背後には無数の穴が開いている地獄のような森の中に、様変わりした。

そして、中央の男が浮いている地面には、大きな底の見えない真っ暗な穴が開いて、その中からは低い獣の唸り声のようなものが聴こえて来ていた。

「う、うわあ!!」

部下の数人が、声を上げる。

その男は、いつの間にか真っ黒い着物を着てその穴の上に浮いて笑い声を上げた。

「ハッハ、どうだお前達に相応しいだろう?我に従え。我を楽しませよ。我は黒き神、這い寄る混沌と称される全能の神ぞ。我を楽しませたなら、その虫けらのような命も僅かばかりでも永らえる事を許してやるやもしれぬぞ?絶望の叫びを、恐怖で歪む顔を見せよ。その最期の時も我を楽しませよ。お前達が好む遊びを準備した。ヒトに紛れた狼を探すのだろう?さあやるが良い。見事他を淘汰して己の生に汚らしく貪欲に生き残れば、次の邂逅まで生かしてやろう。」

人狼ゲームをしろと言うのか。

ジェイはその男を睨みつけていたが、その男は蔑むような笑みを残したまま、スーッとその場から消えて行った。

「!!」

ジェイも、ライアンもさすがに目の前で人が消えた事には驚いた。

だが、11人の部下達は腰を抜かしている者も居て、ガクガクと震えて男が消えた辺りを見ていた。

そして、そのうちの一人が唱えるように言った。

「ニャ、ニャルラトホテプだ…。あれは、ニャルラトホテプなんだ…。お、オレ達が、あんなことばかりしていたから、目を付けられてしまったんだ…。」

ライアンが、その男を睨んで言った。

「何を言ってる、松下!わけの分からない事を!」

松下と呼ばれた男は、震えたままこちらを見た。

「邪神ですよ!知らないんですか?!這い寄る混沌、暗黒の男、無貌の神、邪神の中でも人類と会話する数少ない神で、残虐で真の姿は見ただけで発狂すると言われています。でも、気まぐれでまだ楽しめると考えたら生きて帰す事もある。交渉の余地のある、唯一の邪神だと言われています。何しろ、あちらから見たら私達など虫けら同然で、気が変わったらあっさり殺されてしまう。最も残虐な方法で。」

ライアンは、怒鳴るように言った。

「そんなもの、非科学的な!」

「だったらあれをどう説明するんです?!」他の男が叫んだ。「この回りの景色は?!さっきまで、綺麗な森の中に居たのに!あの男は消えた。私達にゲームをしろって言って!」

そこまで言った時、目の前の穴から、スーッと桃色の甲殻類のような姿で、渦巻き状の楕円形の頭にはアンテナのような突起物が幾つか生えている上、鉤爪のついた手足を多数持つ1.5メートルほどの大きさの蝙蝠のような翼を持つ生物が三体、浮いて出て来た。

「うわ!ミ=ゴだ!」

松下が叫ぶ。

ジェイもライアンも、それが昆虫のように見えるのにそうではなくて、しかもあまりにも巨大なのに尻餅をついた。

…なんて醜悪なんだ…見た事もない…!!

松下は、頭を抱えて地面に突っ伏している。

地面は何やらべったりと湿気ていて、生理的に嫌悪感を感じるような触感だ。

その生物からは、直接脳に語り掛けるような、おかしな声が聴こえて来た。

《では、我が君がお望みですので、あなた方には人狼ゲームという遊びをしてもらいます。後ろの穴に入って、我らの仲間と話してください。あなた方が、なんという役職であるのか、説明します。我が君の御為に、さあ、行ってください。》

穴…?

振り返ると、そこには確かに穴があった。

ここに居る、13人のためにあるのか、きっちり13個の中が見通せない真っ暗な穴が口を開いているのが見える。

…食われてしまいそうだ。

ジェイは思ったが、ライアンが言った。

「どこへ行ってもいいのか。決まりはあるのか。」

松下が、ミ=ゴと呼んだその化け物のような生物は言う。

《どちらでも大丈夫です。さあ我が君をお待たせしてはご機嫌を損ねてしまいます。》

我が君とは、恐らくあの男だ。

あれが、親玉なのだろう。

それが、松下が言う通り邪神であるのか、それとも狂った人なのかは分からなかったが、どちらにしてもこちらの命を握られているのは確か。

どんなトリックを使ったのか分からないが、あんなに簡単に消えたり出たりすることができるのなら、命を奪うなどお手の物だろう。

そして、現実としか思えないこの回りの様子…。

ジェイは仕方がなく、皆に頷き掛けて、そうして後ろにぽっかりと開く、穴の方へと歩いて行ったのだった。

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