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囚われた獣に心はあるか  作者:
囚われのヒト
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救護班のテントは、外の出入口のすぐ脇に立ててあった。

本当に間に合わせの物で、投げたら自立するタイプの最大の物であるのが分かる。

それが五つほど、そこに並んでいて、そのうちの一つから、父の彰が手袋を手から鬱陶しそうに外しながら出て来たのが見えた。

「お父さん!」

新が駆け寄ると、彰はこちらを向いた。

「…新。無事で良かったが、五人はとっくに手遅れだった。一人は嫌な薬の成分が体内から検出された。一気にではなく、徐々に窒息したのではないか?」

新は、むっつりと頷いた。

「はい。ジョアンが中で調べていますが、パソコンから部下の一人が見つけたところによりますと、A77という薬と、X1という薬であったようです。そのどちらかでしょう。」

彰は、苦々しい顔で言った。

「何のためにこんなことを。快楽殺人か?」

新は、首を振った。

「いえ。薬品の治験に、身寄りのない人達を誘拐して来てゲームをさせたりと使っていたようです。カルテが残っていますが、皆死んでいる。兵器にでもするつもりだったのでしょうか。」

彰は、首を振った。

「実力もないのにあり得ないほど高い目標を設定して無理な治験をしていたのだろう。詳しい事はジョアンから聞くとして、夜が明ける前に全員を中に移そうと考えている。恐らく治療には時間が掛かるし、明るくなると報道のヘリが上空を飛び回るからな。誘拐事件として世間では大騒ぎになっているのだ。最後まで無傷だった四人は記憶の処理が終わり次第隣りの市にでも解放してくるが、問題は傷が深いもの達だ。数日掛かる。」

章夫が、言った。

「亡くなった人達もですよね。あのまま置いておけないでしょう。」

彰は、頷いた。

「とりあえずここの見取り図から地下の最下層にモルグがあるようなので、そこに安置して腐敗を防ぐつもりだ。最終的には犯人達と共にこちらを発見させて、警察の手に引き渡すつもりだが、それでは私の気が済まない。よくも罪もない人類の命をお遊びに使ってくれたものだ。実力もないのに、いたずらに薬品を使いおって。」

新は、それに何度も頷いた。

「お父さん、それなのです。アーロンにハリーのAS502を使う事を指示したようですが、アーロンはそれを改善してAS502αを作りました。どうせならその治験をしたいのですが。」

彰は、興味を持った顔をした。

「ほう?あれを凌ぐ薬を作ったのか。ならばよりリアルに思い込めるということだな。面白い。ならばあれらには、恐ろしい魔物達に見張られながら人狼ゲームをしてもらおうではないか。実際には傷一つついていないのに、残虐に殺される未来を見ながら恐れおののいている様をみたい。ハリーがTRPGをしていた頃の画像が多く残っているだろう。それを使おう。ジョアンに小道具を急いで揃えさせよう。」

彰はフッとその整った顔に暗い笑みを浮かべた。

そして、地下へと続く出入口の方へと歩いて行ったのだった。


新と章夫がとって返したその地下の建物は、天然の洞窟を上手く利用して建てられた場所で、おかしな造りはそのせいなようだった。

見取り図を見ると、自分達が籠められていた場所はメインの実験室で、他にも部屋は、まるで蟻の巣のような形に点在してた。

最下層のモルグは、確かに存在していた。

死体置場(モルグ)の名前の通り、ゴツゴツとした岩場はそのままに、そこはひんやりとしていて、そして古い遺体が奥に乱雑に積み重ねられてあった。

死体袋からはみ出た手足は、もう萎びて鶏ガラのようになり、皮膚は骨に辛うじてついている程度の酷い有り様だ。

そんな場所なので臭いはするが、それでも気温が低い分腐敗の速度はいくらかマシだろうと思われた。

そんな所に、殺された人達を置くのは気がひけたが、それでもしばらくは我慢してもらうしかない。

新は仕方がないと言ったが、章夫はソッとその背後で五人と他の犠牲者に手を合わせて、必ず仇は取ると心に誓った。


厨房なども上階にはあったが、新も章夫も何も食べる気持ちにはならなかった。

あんな惨状を目の当たりにして、ガツガツ食事が取れる方がおかしい。

章夫は、なので仕方なく、治療が続けられている人達の居る部屋へと足を向けた。


そこでは、助かった絵美里、茉奈、秀幸、恭介、竜彦、真矢が横になって眠っていた。

驚くべき事に、6人はきちんと呼吸をしていて、胸がゆっくり上下している。

脇にある計器が示すのは、安定した様子で、とてもあれだけ酷い傷を受けていたとは思えない様だった。

新が、言った。

「…全てお父さんの代に治験を繰り返して開発した薬のお陰で。」新は、竜彦の上着をめくった。「見ろ。この縫い目を。ほとんど傷が残らないのだ。お父さんが縫合したのだと聞いた。あの人の腕は本物なのだ。」

確かに、それは丁寧に縫い合わされている。

盛り上がる皮膚もなく、まるで引っ掻き傷が大きめにできたぐらいにしか見えなかった。

「凄い!器具も優秀だって聞いてるけど、こんなに大きな傷をこの精度なんて、ヒトには無理だ!」

新は、苦笑した。

「だが、父はヒトだよ。」と、竜彦の上着を元に戻した。「あの人に追い付かねばと思うのに、私にはまだまだだ。開発する薬も、結局お父さんが作ったもののバージョンアップした物ぐらいで。私なりの目標はあるが、それは完成にはほど遠い。」

新が暗い顔になるのに、章夫は言った。

「不老不死なんか、ヒトが医学を志した太古の昔からの願いじゃないか。簡単には無理だよ。見た目はとにかく若くできるようになっただけでも凄いと思う。彰さんはもう73なんでしょ?とてもそうは見えない。まるで新のお兄さんみたいな見た目だ。」

新は、苦笑した。

「見た目がなんだ。中身が若くならねばただの美容整形の延長でしかない。あのままでは父も母も死ぬ。若い見た目のまま、老衰でな。どうあっても成したいのに…。」

新が、両親の中年期最後に生まれたのは知っている。

だからこそ、長く側に居たいと願っていることも。

父を尊敬し、その知識をいつまでも欲しいと願い、母を愛していつまでも癒して欲しいと願う。

だが、ヒトは死ぬ。

新はそれに抗おうとしているのだ。

章夫は、精一杯明るく振る舞って言った。

「そんなことより!みんなの仇を取るんでしょ?オレ、徹底的にやって欲しい!あいつらだけは許せないから。五人も殺したんだよ?しかも、これまでもたくさん殺してる。彰さんも言ってたじゃないか、皆の恨みは必ず晴らす、狂いたくても狂えないように薬で調整して最後まで究極の恐怖を味わわせてやろうって。オレも協力する!ゲームさせるんでしょ?手伝うよ。TRPG?」

新は、首を振った。

「いいや、人狼ゲームだ。」と、暗い笑みを浮かべた。「画像は今皆で確認している。何もかもがリアルに見えて、臭いまでも感じるあのAS502の進化版のαを使う。面白い事になるぞ?あいつらはこの世ではない場所に行くのだ。そしてそこが地獄というものなのだと思わずにはいられないほど、過酷な思いをさせてやろう。父も言っていた通り、我々には薬品という武器がある。狂いたくても狂えないのだ。全てを感じて逃げる事などできない。虫けらのように成す術なく死んでいった人達のためにも、私はあれらを冒涜的な世界へ叩き落としてやろう。」

章夫は、その顔を見てゾッと背中に冷たい何かが通り過ぎるのを感じた。

とんでもなく頭の良いもの達が、本気で苦しめようと技術を駆使して向かって来るのだ。

悪い事はしないでおこう、と章夫はその顔を見て思っていた。

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