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章夫は、その背を見送りながら、ホッと肩の力を抜いた。
「…疲れた。なんだか時間感覚がおかしい。あれからどれぐらい?」
「一時間半ほど。」章夫が目を丸くすると、新は説明した。「0時に第二ゲームが始まって、昼時間30分、夜時間10分。そして次の日昼時間20分、夜時間10分。さっきが昼時間10分で工作班が突入したからな。夜中の2時前ぐらいじゃないか?」
ということは、外は真っ暗だ。
章夫は、首を傾げた。
「じゃあ、第一ゲームが終わったのは始まってから何時間ぐらいだったんだろう。」
それにも、新は答えた。
「初日はいきなり夜時間から始まって6時間だっただろう。その後、昼時間6時間。そして夜時間、次の昼に猫又の道連れと呪殺が同時に起きたので、前日に狼を吊っていたのもあってラストウルフの秀幸がそこで自滅した。第一ゲームが終わったのは、なので始まってから僅かに20時間ほどのことだったのだ。体感ではもっとあったように思うかもしれないがね。そこから、夜中の0時まで待ってまた第二ゲームが始まったのだ。ちなみに絵美里さんが処刑されたのは最初の昼時間の始めだったので、そこからこれまで、だいたい20時間。あの薬は24時間がリミットなので、だからギリギリだ。急いで終わらせなければ、最初に薬品を投与した絵美里さんの命は無かった。だから、私は狂人だったがさっさと終わらせようと狼を吊り押した。初日に竜彦が狼だろうと当たりをつけていたので、そこを怪しんだ章夫の事は真占い師だと思っていたよ。次の日、広武が竜彦に黒と出したことから、私の中では確信に変わった。私が噛まれた事でも、幸次郎が怪しいと思っていた。君を殺させるわけにはいかない。だから、私は自分の勝利は望んでいなかった。」
章夫は、え、と驚いたように新を見た。
「え、狂人だったの?!駄目じゃないか、お父さんが間に合ってなかったら君まで処刑されてたかもしれないんだよ!狼陣営なんだから!」
新は、首を振った。
「私は、私の体の事はよく知っているからな。薬が確実にどの時間で効くのかも知っていた。だが、他はまだ治験が出来ていなかったので分からなかった。どうせ死ぬなら、私の方が良かったのだ。君が薬反が鈍くて死んだら一生後悔するからな。なので、他の者達だって完璧に効くかはまだ分からないのだ。皆には助かると言ったが、効かない人も居たかもしれない。救護班が今頃見ているところだと思うが。」
ということは、薬を飲んでいても死んでしまう人も居るかもしれないのか。
章夫が暗くなっていると、新は言った。
「…とにかく、結果は後で分かるだろう。指令室へ行こう。あの男がどこの誰で何を考えて何をしていたのか、調べたら出て来るだろう。どちらにしろ、一生後悔させてやるつもりではいるがね。」
章夫は頷いて、まだあちこち調べている工作班を後目に、新について20の部屋の中にある、通路を通って歩いて行ったのだった。
そこは、四角い箱のような場所だった。
多くのパソコンが置かれてる机が並んでいて、モニターが並んでいる。
その後ろに椅子が乱雑に置かれてあって、なぜか天井に穴が開いていた。
章夫がキョロキョロ見回していると、ジョアンが言った。
「ジョン!良かった、始めに何者かに拉致されたのではと一報を受けた時は背筋が凍る思いでした。それから必死に位置を特定して…何とか見つけ出せましたが、5人は残念なことに。」
新は、ジョアンを見た。
「…やはり駄目だっただろうな。」
ジョアンは、ため息をついた。
「あれだけ時間が経過してしまってはね。一目見てもう駄目だとは分かりましたが、とりあえず父上のジョンにご相談を。あちらのジョンも駄目だとおっしゃいました。薬品で殺されたらしい一人は少し計器に掛けてみましたが、全く駄目でした。i630054の投与が間に合っていた人達は、順次復活させていきます。怪我の治療もありますし、救護用のテントで皆総がかりでやってます。薬効は期待したレベルであり、安定していますので、思いもかけない所で経口用i630054の治験になりましたね。」
新は、ため息をついた。
「…望んでいた形ではなかった。もっと監視が緩かったら、ヤバそうなところに薬を配って何とかしのいだのだが、見張られていたからな。あの薬の存在自体を知られるわけにはいかないと考えて、少しでも気取られないようにと動いたら犠牲者があんなに出てしまった。私は、薬無しでは無力だ。」
新が、本当に後悔しているように力を落としているのを見て、章夫は言った。
「君は頑張っていたよ。一度目の時は完全に皆で同時に動かされていたし、なかなか会話もできなかったじゃないか。そんな中でも茉奈さんに薬を渡していたり、絵美里さんに薬を飲ませていたり頑張っていたと思う。まさか拉致されるなんて思ってもなかったんだから。仕方がないよ。どうせ、全員分は薬は無かったんだしね。」
新は頷いたが、まだ暗い顔をしている。
章夫は、傍のパソコンの中を確認している人の背後から、その画面を見た。
そこには、ゲームの管理をしていた記録が残っていた。
「あ」章夫は、言った。「ちょっと見せてもらっていいですか?」
章夫は、じっと画面を見つめた。
そこには、役職が書いてあったのだ。
1狩人 タツヒコ
2人狼 ジョウ
3村人 ヘイタ
4背徳者 カズアキ
5占い師 アイ
6村人 シキ
7人狼 ヒデユキ
8共有者 ソウジ
9共有者 タカシ
10村人 ヒロム
11人狼 サツキ
12猫又 マナ
13霊能者 マヤ
14占い師 キョウスケ
15村人 コウジロウ
16妖狐 アンナ
17狂人 エミリ
最初に役職が決めてあったのは本当だろう、とそれを見て章夫は、思った。
番号と役職の後に名前がカタカナで書かれてあったからだ。
…絵美里さんが狂人だったんだ。
それを見て、章夫はやっと思った。
そして、竜彦が狩人だった。
なので、狩人COした茉奈が怪しいと思い、竜彦は初日に茉奈に投票したのだろう。
次のゲームの役職も、表示されてあった。
1タツヒコ 人狼
3ヘイタ 村人
5シキ 狂人
6アイ 占い師
8ソウジ 村人
10ヒロム 霊能者
13マヤ 狩人
14キョウスケ 村人
15コウジロウ 人狼
こちらは、名前が先にあって後から役職を振り分けた感じだった。
「ここから、足輪からどの薬品を投与するのか選んで指示を送っていたようですね。」章夫を関係者だと思ったのか、そのパソコンの前に座っている、男が言った。「X1という薬と、A77という薬の2種類が投与されるようになっていました。」
新が、言った。
「足輪を回収させてその中身の成分を分析させろ。一つは、かなり苦しんで窒息して行くように見えた。もう一つは知らない。そもそも、そのコードを持つ薬品に心当たりがない。」
「独自のコードでしょうね。」男は、パンパンとキーを叩いた。「これまでも、あらゆる人を拉致して来て治験を繰り返していました。ほとんどが、行方不明になったことすら誰も気付かない境遇の人達ばかりで、カルテを見ると全員死んでいます。見ると、毎回ゲームをさせたり、ただ監禁したりと様々な様子ですが、全員が怪し気な薬の治験に使われては殺されていたようです。今回は、そういった人々にも飽きたのか、一般の人に手を出した模様です。」
新は、あからさまに嫌悪感をむき出しにした顔をした。
「私としては殺したいぐらいだが…そんなことをしていた輩をあっさり楽にするのは癪に障る。お父さんに意見を聞こう。それで、そいつらは?」
それには、ジョアンが答えた。
「全員RD65の影響で昏倒したまま拘束されて隣りの部屋に詰め込んでいます。父上のジョンがアーロンにAS502を使わせようとしていたので、何かお考えがあるのではないでしょうか。」
新は、ポンと手を打った。
「そうか、AS502αだ。」と、ジョアンを見た。「お父さんはハリーが作ったAS502しかご存知ないが、つい最近アーロンがそれの進化系を開発しただろう。AS502α。あれの治験をしよう。」
ジョアンは、頷いた。
「では、父上に連絡を。」
新は、頷いて足を出口の方へと向けた。
「私が行く。お父さんは救護班の所か?」
ジョアンは、頷いた。
「はい。ご案内します。」
そうして、新と章夫はジョアンの後について、長い階段を上がってやっと地上へ、建物の外へと出て行ったのだった。