12
章夫は、部屋へと入ってすぐに、背後で扉が閉じるのを感じた。
やっと終わったと思っていた…だが、そんなに簡単ではないのではないか、とも思っていた。
なので、想定していたことであったし、そこまで驚きもなかった。
それでも、やはりと思うとやりきれなかった。
次のゲームで、生き残れる保証はないのだ。
もしかしたら、自分達を拉致した誰かは、全員が死ぬまで続けるつもりなのかもしれない。
だが、それでも、今はやるしかない。
新の父の彰が、もうそこまで来ているのだと信じて、少しでも時間を稼いで生き残るしか道は残されていないのだ。
机の上には、あの男が言っていた通りタブレットが置かれてあった。
そこには、『占い師』と大きな文字で書かれてあって、初日のお告げ、と小さく書いてある下には、№5は人狼ではない、と記されてあった。
5…新だ!
章夫は、ホッと胸を撫で下した。
つまり、新は敵ではないのだ。
また一緒に生き残ればいいだけだとホッとしたが、よく考えたらこの村には狂人も隠れているのだ。
もし、新が狂人で、占い師の対抗に出て来たらどうしたらいいんだろう。
章夫は不安になったが、今はそんな事は考えずにおこう、と思った。
それしか、方法はないからだ。
今はスマホの表示では20時半、0時までまだ四時間以上ある。
章夫はため息をついて、また白い箱から食事を引っ張り出すと、それを冷たいまま掻き込んで、不安を忘れようとしたのだった。
やることもないのでベッドで横になっているうちにまた、眠ってしまったようだ。
いつもの如く、大音量の声が聴こえて来て、章夫は叩き起こされた。
『朝です。ゲーム開始時間です。タブレットを持って、部屋から出てください。』
…毎回これでは、体に悪い。
章夫は、思いながらぼりぼりと頭を掻いて、タブレットを手にして外へと出た。
新も、他の七人も一緒に出て来て、さっきまでそこで倒れて居た秀幸が居ないのに気付いた。
あれだけ広がっていた血溜まりも、そこにはもうない。
だが、皆はもう、無感動になっていて、誰もそれには言及しなかった。
隣りのタブレットが見えないようにしてあるのか、これまであった17の椅子が、9つの椅子になっていて、椅子と椅子との間隔がとても広い。
そこへと座ると、また声が言った。
『それでは、議論時間は30分です。どうぞ。』
タブレット上では、30:00から29:59となり、どんどんと減り始める。
真っ先に、新が言った。
「…まず、提案がある。」皆が緊張気味に新を見ると、新は続けた。「皆、椅子にタブレットを置いて、集まってくれ。」
何事か、と皆が顔をしかめたが、もう何かに疑問を感じてもそれを口に出すより従う方が良いという感覚になっている皆は、特に文句も言うこともなく、それに従った。
新が、言った。
「じゃあ、生き残るためにも、やる気を出して行こう。さあ、スクラムを組んで。」
ええ?!
章夫は、ぼうっと聞いていたが、驚いた。
新は、そういうのが特に嫌いなはずだったのだ。
竜彦が、面倒そうな顔をしたが、言った。
「ま、そうだな。再戦って聞いて、もうすっかりやる気も失せてたもんな。」と、隣りの広武の肩を、ポンと叩いた。「ほら。組むぞ。」
章夫は、そんなキャラじゃなかったはずなのに、と、新の精神状態を案じた。
だが、皆が皆肩を組んでいる状態の中、新はすっぽりと章夫と総二の間に嵌まってしまって、新自身は誰とも肩を組んでいない状態になっていた。
が、外から見たらスクラムに組み込まれているようには見える。
「さてーじゃあいっちょ気合い入れて叫ぶかー。」
と竜彦が言った時、新が真剣な顔で、皆を見て囁くように言った。
「そのまま。」皆の表情が固まる。新は小さな声で早口に言った。「ここに錠剤がある。藍と私はもう持ってる。外から見えてない。ここに置く。これから、襲撃の前、追放の前、殺されそうになったら、これを飲め。一瞬で意識が無くなるが、それによって傷を受けても後で治療ができる。私が保証する。死ぬ事は無い。ここにあるだけしかない。声を上げてから、床に深く沈むふりをして、各々これを分からないように手に取れ。分かったな。」
皆は、信じられないという顔をしたが、今は希望も何も無かったので、それに縋るよりない。
ゴクリと唾を飲み込んだ竜彦が、不必要に大きな声で言った。
「さあーやるぞ!」
「「おお!!」」
皆が応える時に、深く沈み込み、新と章夫以外の皆がそれを上手く掴んだ。
そして、各々自分のタブレットを置いた椅子へと、引き揚げて行く。
…ちょうど8つあったけど、新は幾つあれを持っていたんだろう。
章夫は、思ってチラと新を見た。
新は、もうタブレットを持って、真顔になっていた。
「…じゃあ、どうする?役職が出るのは任せる。だが、占い師は初日の結果を持ってるだろうし出て欲しい。」
章夫は、手を上げた。
「はい。オレが占い師。初日のお告げ先が、識だ。白だった。」
幸次郎が、言った。
「オレが占い師だ。初日のお告げ先、真矢さんが白だ。」
占い師が二人。
総二が、言った。
「もう、霊能者も出していいんじゃないか。狩人以外はフルオープンでグレーを詰めて行く方が早い。誰が霊能者だ?」
広武が、控えめに手を上げた。
「はい。オレが、霊能者。」
竜彦が、首を傾げた。
「他には?」
章夫は、回りを見回す。
誰も、手を上げなかった。
「…霊能一確だ。」平太が言った。「ってことは、グレー詰め?」
新が、頷く。
「そうだな。ってことは、狂人が潜伏してるのか、それとも占い師に狂人が出たから狼は潜伏してるのか。どちらにしろ、人外が囲われていない限りグレーに居る事になるから、今日はグレー吊りだな。」
総二が、ふうとため息をついた。
「霊媒ローラーが安泰だったのに。一確霊能かあ。」
新は、言った。
「では、ここは霊能を守って占い師の片方が噛まれたら必ず残りの占い師は吊る方向で。今日吊る人の色は見ておきたいからな。恐らく役職は、長生きできないからここはグレーを詰めて行こう。」
総二が、頷いた。
「じゃあ、グレーはオレを含めて四人。竜彦、平太、恭介、オレだな。意見を出して行くか。まず、オレから話す。」総二は、疲れているようだったが、淡々と続けた。「前のゲームをまだ引きずってるが、とにかく頭を一度リセットして考えるな。占い師は、まだどっちが真だか分からないが、お告げ先なのに藍が識さんに白を出してるのが気になるな。仲間で囲ったのか、それとも識さんを味方につけた方が良いからなのかは分からないが、白先に関してはちょっと不信感がある。とはいえ、霊能者が一人しか出ていない事から、占い師には狂人が出ている可能性が高いので、囲いは難しいかなとも思う。以上だ。」
次に、竜彦が口を開いた。
「オレは総二に言いたい事を大体言われたな。だが、占い師の事に関してはまだフラットに考えている。ちょっと藍の方がどうだろうなと思うぐらいだ。」
平太が言った。
「オレは藍が先にCOしたから迷いもないって感じて真っぽく思ったけどな。幸次郎さんはお告げ先を言う時、視線を探すように見回したから、誰にしようか迷ってるようにも見えた。どちらにしろ、だから占い師が狼なら囲ってないかなとも思う。狂人なら、囲いたいから探したようにも見えてる。」
章夫は、やっぱり人によって感じ方が違うんだなとそれを聞いて思った。
同じ様子を見ているはずなのに、それぞれなのだ。
恭介が言った。
「オレはまだハッキリ分からない。みんなよく考えてるなって感心してたぐらいだ。話を聞いたらなるほどなって感心して、それを信じたくなるから困る。でも、確かに印象だけだが藍が真っぽく感じたよ。オレ、メタだと言われるかもだけど、その人の視線とかで結構分かることが多くて。最初に出たから驚いて藍をガン見してたけど、視線に迷いがなかったし、嘘をついてる人特有の変な目の動きがなかったんだ。だから今のところ、藍が真で識さんは白なんだなって思ってる。」
そんな視点もあるのか。
章夫は、新鮮に感じた。
真矢が、言った。
「これって今日は、識さんが言う通り霊能者守りなの?私はもし狼が占い師に出ていたら、詰むかもしれないから占い師を噛んで来るんじゃないかって思うんだけどな。グレーの狼を探す運ゲーになる方が、狼には有利なんじゃ。」
識は、首を振った。
「普通のゲームならその選択肢もあるだろうが、もし占い師に狼が出ていると真占い師を噛んだ時点で残りも確定で吊られる。つまり、殺されるんだ。狼がその選択肢を取るとは思えない。仮に狂人だとしても、この人数だしできたら残してパワープレイに持っていきたいんじゃないか。まあ、狂人に囲われていたら、白を確定させようとわざと狂人を噛んで来る可能性もあるがな。狩人の判断に任せるがね。」
総二が、言った。
「ここは連続護衛できないから面倒な一確霊能者を連噛みして来るのが一番考えられることだよな。ワンチャン噛めたら色が分からなくなるし。まだ分からないから、狩人の腕の見せどころだよな。」
恭介が言った。
「占い師は初日は噛んで来ないんじゃないか?占い師は結果と発言で真取れる可能性だってあるし、噛んだら終わりだ。別に黒を打たれても、偽物の方も黒を打てばいいわけだし。」
平太が言った。
「これタブレットのチャット欄だけど、村人も書けるよな。ここに朝になったらすぐに書き込んでもらったらどうだ?そうしたら偽物に黒打ちさせるのを避けられるんじゃ。遅れたらその動きで怪しめる。」
広武が、頷いた。
「いい考えだ!そうしよう。オレも朝になったらここに結果を入れるよ。でも、死んだら無理だろうけど。」
皆がタブレットに視線を落として、残り時間が目に入った。
「…あと10分。」新が言った。「もっとグレーの話が聞きたい。今夜はここから吊るんだろう。4人はもっと話してくれ。」
竜彦が、顔をしかめた。
「話すったってなあ。同じことしか見えてないわけだし。」
新は、竜彦を見た。
「何でもいい。発言を控える方がボロを出したくない人外だと判断できるし、村人が積極的に発言してくれたら分かりやすくなる。だから村人なら話してくれ。」
難しいことを。
章夫は思ったが、それしかこちらには情報がないのだ。
平太が言った。
「そうなってくると総二と恭介は結構しゃべってるから白く見えて来るな。オレは…そうだなあ、オレはとりあえずだけど、初日は幸次郎さん偽で置いて考えるから、識さんが白で、真矢さんは分からない。ただ、霊能者から護衛を外して噛みたい人外にも見えてるなあ。つまり、囲われてるってこと。それか、狂人って線もあるよな。白を出されたからCOしなかったんじゃないかって。」
恭介は、頷いた。
「それある!オレも考えた。でも狂人だったらまだ、どっちがご主人様か分かってないからどっちを庇えばいいか分からないよな。」
真矢は、むっつりと言った。
「私は狂人じゃないわ。それよりグレーなんでしょ?私は今日は投票対象じゃないわよ。話を反らせる人外達に見えて来るけど。」
総二は、頷いた。
「だよな。オレと視点の置き所が違うから共感できない。そもそもオレは、藍の方を偽だとなんとなく思ってるからな。囲いが発生しているのなら、識さんの方だと思うんだけど。ただ、まだどっちが偽か分からないし、白先の話はいい。それより、グレーなんだよ。」
自分もそのグレーなのに、話を元に戻す総二が白く見える。
章夫は、どんどん減っていく手の中のタブレットの時間に、誰に入れたら良いんだと迷っていた。