10
「う…!」
総二は、入ってすぐに足を止めた。
杏奈は、床で血の海の中、事切れていたのだ。
「…という事は、全部部屋を確認しなければ。そっちから見てくれ。私はこちらから見る。」
新が言う。
皆が、手分けして外から部屋の中を覗き込み、そうして何やら、う!とか、ひ!とか悲鳴を上げているのが聴こえて来た。
章夫は、新について出て来ていない、占い師の一人の、一明の部屋を覗いた。
そこには、一明が天井を見据えたままでベッドの上に横になり、何かに胸を一突きにされた状態で、見つかった。
「…恐らくは、背徳者。」新は、淡々と言った。「私が狐である杏奈さんを呪殺したので、一緒に殺されたのだろう。私目線ではそうなるな。何しろ、狩人を自称している茉奈さんは、恐らく人狼の襲撃だろうからだ。」
章夫は、頷いた。
恐らくそうだろうが、昨日14人も居たのに10人になっているのはおかしい。
誰か、夜時間の間に違反でもしたのだろうか。
総二が、ホワイトボードの所へと出て来て、疲れたように言った。
「…結果だけ言う。死んでいたのは、杏奈さん、茉奈さん、丞さん、それに一明さんだ。」
新は、頷いて総二を見た。
「私に考えがあるが、まずは結果だ。」と、恭介を見た。「君は?誰を占った。」
恭介は、おずおずと言った。
「6番、藍。白だった。別に識さんを疑ってたわけじゃないんだが、怖いから一応占っておいたんだ。そしたら、白だし生きているから狐じゃない。」
新は、頷いて涙に濡れて茫然としている、真矢を見た。
「君は?真霊能者ならしっかりしないか。君を守ろうと真矢さんは死んだのだぞ。」
真矢は、ハッとして新を見た。
「は、はい…沙月さんは、黒。人狼でした。でも、どうして4人?みんな、同じ死に方でした。」
竜彦が、言った。
「呪殺と襲撃で違ったら村にヒントを与えるからだろう。」竜彦は、苦々し気に言った。「オレは、役職に出て吊り回避したんだと思って、昨日は茉奈さんに入れたのに。襲撃されたってことは、村人だったんだな。だが、丞はなんでだ?待てよ、一明が仮に襲撃されたとして、丞を占って呪殺が出ていて…?でも杏奈さんも死んでるな。」
「落ち着け。」新が、言った。そして、ホワイトボードにスラスラと書いた。「今日の結果、私が杏奈さん白、恭介が藍白、霊能結果沙月さん黒。犠牲になったのは四人、茉奈さん、丞、杏奈さん、一明。呪殺が起きて襲撃されただけなら、最大背徳者も合わせて犠牲者は三人。だが、四人出ている。この状況を説明できるのは、もう一つの村役職、猫又だ。」
言われて、皆がハッとした。
そうだ、この村には猫又が居た。
この中の誰かが猫又で、それを噛んだ狼が道連れになったのだ。
幸次郎が、言った。
「ってことは、この中で占い指定に入ってたのは二人、丞と杏奈さんだ。一明が丞を呪殺していて人狼の襲撃が一明に入っていたらこの状況にはならないな。猫又がどこだとなる。一明が仮に村騙りで猫又だったら呪殺はできないしな。そう考えたら識さんが杏奈さんを呪殺して、背徳者の…そうか、一明だ。前日に一明が杏奈さんに白を出しているから、この二人が狐陣営で、猫又は、茉奈さんか丞のどっちかって事になる!」
総二が、何度も頷いた。
「そうだ、それしかない!でも、昨日茉奈さんとあれだけ争った沙月さんが黒だったことから、それが本当なら沙月さんを庇ってた丞が狼、茉奈さんが狩人と間違えられて襲撃された、猫又だ!そうだ、なんで気付かなかったんだろう。茉奈さんは、村に勝たせたいって叫んだ。自分が誰かを道連れにしようと分かっていて狩人COしたんだ!」
自分を襲撃させようとした。
章夫は、なぜか涙が浮かんで来る気がした。
真矢を助けたいと言っていた。
あの時、茉奈は死ぬ覚悟で狩人COしていたのだ。
だから、無駄死にするところだったと言った。
猫又なので、襲撃されないと意味はないと思ったのだ。
「…茉奈さん…」広武が、涙ぐんだ。「オレ、茉奈さんが吊り回避だと思って。昨日投票してしまったんだよ…村のために言ってくれたのに。」
竜彦が、そんな広武の肩に手を置いた。
「オレもだ。悪かった、もう礼も言えない。」
仮に真矢が偽で、結果が違ったとしても、狼はあと二匹。
もし真矢が真だったら、狼はあと一匹で、狐も処理できたことになる。
識は、真で確定し、そして恭介も、占い師は二人居て、一人が背徳者だと確定したので、真占い師という事になる。
村には、真役職しか、居ない事になるのだ。
「…真矢さんの結果を信じるなら、後一人。」新が言った。「早ければ六時間後にこのゲームは終わる。そうでなくとも占い師が二人真確定したので、グレーが絞られて来るだろう。グレーは後四人。一人を吊って二人で手分けして占えば、明日には狼が確定する。もう終わる、早く終わらせねば。」
章夫は、ホッとした。
終わる…だが、この自分達を捕らえている誰かが、それで解放してくれるのだろうか。
それよりも、新の父の彰は、新を探して今、どこまで来ているのだろう。
章夫は、早く解放されたいと、ため息をついていた。
その頃、彰は狼となった真司と博正を連れて、山の中を歩いていた。
ジョアンが研究所から通告した結果、規制線は綺麗に指定した場所を避けて向こう側に張られていて、この辺りには人っ子一人居ない。
この山の持ち主は遥か昔に継ぐ者がいなくなって国となっており、ここは国有地だった。
だが、定期的に手入れが必要になればやる、という程度で、普段は人の立ち入りは禁止しているものの、放置されている場所だった。
潜んで何かを作るには、もってこいの場所だろう。
彰のSPがべったりと側については居るが、他の警備員たちは遠巻きに後ろからついて来ている状態だ。
博正が、言った。
「新の匂いがこの辺り強くなってる。」博正は、遠くを見て行った。「こっちの方向に流れてる感じ。」
真司も、頷いた。
「そうだな。他にも大勢の匂いが混じってるんだが、章夫の匂いもある。間違いなくあの、不自然に大きな岩が転がってる辺りだろう。」
目を凝らしてみると、確かに木々の間にぽっかりと抜けたように空白の部分があり、その辺りだけやけに大きな岩がゴロゴロしていた。
入り口を隠しているとしたら、恐らくあの影になるだろう。
彰は、自分のSPを振り返った。
「阪上。どうだ。」
阪上と呼ばれた男は、頷いた。
「はい。金属の反応があります。ここら一帯の地下です。電波は一か所だけ、あの岩の辺りから出ているのみなので、恐らくあの辺りに妨害電波の穴があるんでしょうな。後はケーブルではないでしょうか。下の電柱の方向へ伸びるケーブルを探して掘り出しましょう。中の何かをハッキングすることができたら、様子を確かめることができるかもしれません。」
彰は、頷いた。
「監視カメラをハッキングできたら良いのだが。こんなことをする輩で、新が出て来られないぐらいだから恐らく監視カメラがそこらじゅうに設置されている場所なのではないか。早くやれ。手遅れになる。」
阪上は頷いて、脇の誰かに頷気掛けた。
その男は頷き返してサッと背後に潜んで来ている、警備員達のほうへ走って行った。
「…急がねば。」彰は、言った。「まだ己の研究のためなら検体をあっさり殺す輩は居る。見張りも居ない所を見ると、そう人数は大きくないし、組織的な事では無いにしろ、だからこそ厄介だ。組織ならまだ手を回せるが、個人ではそれができない。単独で処理するしかない。」
博正が、言った。
「でもさ、今回一般人が混じってるだろ?死んでるとしたらまずいぞ。闇に葬るわけにゃいかねぇ。新はあの薬を携帯してるから何とかなるだろうが、他はどうだ?24時間の余裕がない。」
真司が言う。
「仮に最初に新が手を掛けられてたら、まずい事になるぞ。あれから何時間だ?少なくとも明日までには、つまり今夜中には助け出さないと間に合わない。」
彰は、分かっている、と内心焦っていた。
だが、これ以上近付いてあちらの監視カメラに捉えられるわけにも行かず、それでさらに新を危険に晒す可能性まであるのだ。
「…新は、そんなヘマはしない。だが、長くなるとさすがにまずいのだ。だからこそ急がねば。あれを失うわけにはいかない。」
彰の頭脳を継いでいる、唯一の男。
それの損失は計り知れなかった。
博正と真司は顔を見合わせて、そうして工作班が山を降りてケーブルの位置を特定しに静かに動くのを、遠く感じていた。