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囚われた獣に心はあるか  作者:
囚われのヒト
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(あらた)は、珍しく学会の後、午後に章夫(あきお)と待ち合わせて、大学の講堂で行われるという、研究発表会というものに出席していた。

それは学園祭の催しの一つで、お祭り気分で日常の何かに着眼していて目新しくて面白いのだが、内容はあんまりだった。

新から見たら退屈な内容で、すぐにでも席を立ちたい衝動に駆られたのだが、章夫が嬉しそうに隣りに座っているので、それもできない。

そんなわけで、最後まできちんとそこには座っていた。

「ちょっと新。」章夫が、ぞろぞろと皆の流れに乗って歩いて講堂を出て行きながら、新を睨んで言った。「せっかく来たのに、ずっと寝てたじゃないか。意見を聞きたかったのにさあ。」

新は、伸びをしながら言った。

「昨夜、五時間ほどしか寝ていなかったのでいい時間を過ごさせてもらったよ。そうでなければ無駄になるところだった。」と、章夫を軽く睨んだ。「だから言ったではないか。私には予想の付く事ばかりだったのだ。君の大学の講堂の椅子は座り心地が良かったから、文句を言わずに寝る事を選んだのだから感謝して欲しいぐらいだ。」

章夫は、むっつりと恨めし気に新を見た。

「…分かった。まあ、今回は学祭ってのを見せてやって欲しいって、紫貴さんに頼まれたから無理やり引っ張り出したんだ。彰さんも気が向いたら行くかなと言ってたんだよ?もしかしたら、どっかに居るかもしれない。」

新は、驚いた顔をした。

「え、お父さんとお母さんが?」と、キョロキョロと回りを見回して、足を速めた。「だったらご案内しないと。お母さんはいいが、お父さんはこんな所で面倒になったら歩かなくなって大変だぞ。なぜ最初にそれを言わないんだ、所員に言ってフォローしてもらったのに。」

章夫は、急いで新の後を追いながら言った。

「え、ちょっと待ってよ!そういえば、紫貴さんが学生の絵画を見たいって言ってたから、多分居るならあっちだよ!」

新は、キッと振り返った。

「案内してくれ。」

章夫は、ため息をついて仕方なく、美術部やサークルが展示している場所の方へと足を向けて、歩いたのだった。


そこは、大きな敷地内の森のような風情の庭園で、ベンチなども所々に設置してあり、別の世界に来たようだ。

人もまばらで、帰って来る人は居るが、そちらへ向かって歩いているのは新と章夫の二人だけだった。

「もうすぐ終わりだからね。」章夫は、言った。「5時までなんだよ、展示が。森の美術館ってコンセプトで作った物みたいなんだけど。」

新は、頷いた。

「お父さんが面倒がったら、こんな道にでも車を入れろと言いそうだ。お母さんが困るので、外出の際にはなるべく私がその行程を見ておくのだが。私に話してくれないからこんなことに。」

章夫は、バツが悪そうな顔をした。

「知ってると思ってたんだよ。同居してるんだから話はするだろう?」

新は、章夫を見た。

「それはそうだが、私はここのところ研究で泊まり込んでいたからな。一週間ほど帰っていないのだ。」と、遠くに見えてきた、白い石造りの、丸い建物に目をやった。「あれか?」

章夫は、頷いた。

「そうだ、あれだよ!」と、急いで足を動かした。「でも、やっぱりもう終わりかな。静かだね。」

新は、頷いた。

「…もしかしたら、もう見て回ってここには居ないかもしれないな。」と、スマホを取り出した。「居場所を探るか。」

章夫は、驚いた顔をした。

「え、分かるんなら最初から調べたら良かったのに。」

新は、顔をしかめた。

「お父さんは退所してから恐らくGPSを設定していないんだ。だが、スマホ同士の連携で、長く滞在した場所の履歴だけは送って来る。ただ、リアルタイムでないだけで。さっき確認した時には、間違いなくここに一時間滞在したと履歴があった。まだそこに居るかもとここへ来たが、更新があったら移動しているということだ。」と、スマホの画面に触れた。「…更新はないが、一時間から時間が延びていないことから、ここにはもう居ないな。」

面倒な機能だな。

章夫は、脇から画面を覗き込みながら言った。

「で?じゃあどうするの?」

新は、頷いた。

「戻ろう。あ、更新があった。」と、ため息をついた。「…屋敷に一時間。つまり、家に帰り着いてちょうど一時間経ったということで、もう帰宅している。」

章夫は、あーあ、と肩の力を抜いた。

「なんだよ、帰ってたの?じゃあさ、どっかでご飯でも食べようよ。学祭の露店のやつはどうせ食べないだろ?」

新は頷いた。

「そうだな。私の行きつけの店に予約を入れ…、」

そこまで言った時、後ろの建物から、人が出て来た。

多分もう終わりなので、後片付けのために閉館するのだろう。

教授か何かなのか、初老の男だ。

「もう閉館なんだが、見て回るかね?」

新は、答えない。

章夫は、慌てて言った。

「いえ、すみません。もう帰りますから。」

その男は、うっすら微笑んだ。

「良いじゃないか、人数が4人少ないのだ。この際二人でもいい、さあ、こちらへ。」

章夫が断ろうとすると、新が何かに気付いて言った。

「章夫!」

「え?」

目の前が真っ暗だ。

何かの衝撃と共に頬にざらざらとした感覚があり、章夫は自分が倒れたのをそれで知った。

…貧血…?

だが、章夫の隣りに何か重たいものが倒れて来るのが分かった。

…新…?

章夫は、そう思った瞬間、もう何も分からなくなったのだった。


…なんか硬い。

章夫は、ふとそう思った。

寝ていたようだが、家の布団にしては違う感じだ。

…昨日どうしたんだっけ…。

そこまで考えて、章夫はハッとした。

そうだ、新と美術館の前で…!

ガバッと起き上がると、回りにはいろいろな人が倒れていた。

そこは冷たい無機質な場所で、窓もなくただ白い壁に四方を覆われており、ドアが一枚だけあった。

床は硬いすべすべのタイルで、そこに章夫は倒れていたようだった。

…ここはどこだ?!

章夫はキョロキョロと辺りを見回して、倒れた人の中に新が居るのを見つけた。

「…新!」章夫は、慌てて駆け寄った。「おい、どうしたんだよ!」

新は、うーん、と目を開いた。

そして、ハッとして回りを見回し、そして言った。

「…藍。」新は偽名の方を言った。「やられた。あの男だ。」

え?

と章夫は困惑した顔をした。

「なんの事?あら…」

「識。」新は言った。「何を言ってるんだ、混乱してるのか?私は識だ。」

章夫は、ハッとした。

新は、偽名を使えと言っているのだ。

「…ごめん、なんか混乱してて。」章夫は言った。「識。ここはどこなんだ?どうしてここに?森の美術館に居たはずだよね?」

新は、頷いた。

「その通りだ。あの時出て来た男が、まず君に、次に私に何かの薬を噴霧した。その瞬間、意識が遠のいたので、拉致される、と思ったが遅かった。」

章夫は、ショックで目を見開いた。

拉致…?拉致されたって?

「え…どうして大学の敷地内でそんな事が。」

新は、首を振った。

「分からない。だが…」と、ふと天井の隅の方へとチラと視線をやった。「…見られている。」

小声だったが、章夫はドキとした。

つまり、誰かが自分とここに転がっている皆を拉致して、ここへ連れて来て監視しているという事なのだ。

「…みんなを起こそう。」章夫は、言った。「どちらにしろ、みんなが起きないと何も進まないんじゃないか。見たところ、気を失ってるだけみたいだ。どうしてオレ達がここに連れて来られたのか、このままじゃ分からないし。」

新は、頷いた。

「そうだな。じゃあ起こそう。」

章夫と新は、床に無造作に転がされている男女を、端から一人一人見て揺り起こして行ったのだった。

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