case03 / patternR ある放課後の教室の一幕
広い心でお読み下さい。
スマホを取り出してメッセージアプリを起動。
そこに並んでいる連絡先から、伝えたい相手を選び個別チャットを開く。
ここ数日のやり取り、その最下段に真新しいメッセージを送る。
『悪いけど少し遅れる。待っててもらえるかな』
そのまま少し待っていると『既読』が付き、ややあって軽快な着信音と共に返信が表示された。
『わかりました。図書室で待っています』
まだ硬さの残る返信は、こういったやり取りになれていないせいだろうか。
苦笑しながらアヒルが敬礼しているスタンプを送り、スマホを仕舞う。
―― 少々気が重くはあるけれど、これも一種の通過儀礼だと思えば……。
そんな事を考えながら教室のドアを開ける。
終業式後という事で日はまだ高いが,、教室の中には誰も居ない。
いや、一人だけ居るか。
明日から夏休みという事で、誰もが浮かれている今日この日、一人誰も居ない教室で机に俯せて暗澹たる空気を漂わせている男。
その男に向かって、俺は声をかける。
「何やってんだお前」
俺の言葉が届いたのか、一瞬背中をビクつかせると僅かに顔を上げる。
だが、直ぐに元の体勢に戻ってしまった。
仕方が無いので、前の席に腰掛けてて再度声をかける。
「明日から夏休みだってのに、そんな時化た面してどうした」
「……」
―― へんじがない、ただのしかばねのようだ。
暫く待ってはみたが、何の反応も無いので諦めて席を立つことにする。
「ま、話したくないなら別に良いさ。じゃあな」
そう言って席を立ったその時、
「彩ちゃんが……」
伏せた顔からくぐもった声が聞こえて来た。
「あん?」
―― なんて言うんだっけ、こういうの。
話を聞いて欲しいくせに自分からは切り出さないで、こっちをチロチロ見てくる奴。
で、いざ無視されそうになると慌てて喋り出す。
―― 時間の無駄なんだよなぁ。
何事か喋り出した物体の声を聞くべく、仕方なしに再度席へ腰掛ける。
我ながら人の良い事だ。
「で、彩佳がどうかしたのかよ」
「……」
一言発しただけで黙り込んでしまったコイツは『九重勇気』。
今となっては不本意ではあるが、俺の幼馴染と言うやつである。
一昔前であれば『女の腐ったような』とでも評されるであろう態度ではあるが、今時そんな事を言ったら面倒な団体さんが五月蠅いので口にはしない。
―― あ、『手首切るブス』か
唐突に先程の疑問の解答が浮かぶ。
そして、先程このリスカブスの口の端に上った『彩』とは、『西山彩佳』の事で、こちらも同じく幼馴染。
元々、彩佳と勇気が幼稚園からの幼馴染で、小学校二年の時に、俺が近所に引っ越してきて合流した次第。
再び黙り込んだ勇気のつむじを眺めてから溜息を一つ。
「まぁ、喋りたくないならもう良いわ。俺も、いつまでもお前に構ってやれる程暇じゃないんでな」
そう言って再び席を立とうとする。
「彩ちゃんが……好きな人が出来たから、もう僕とは一緒に居られないって……」
―― ほーら喋り出した。
俺が席を立つ気配を察したのか、慌てたように口を開くリスカブス。
「へぇ、それで?」
ようやっと顔を上げた勇気の顔を見ながら、さも気の無い風を装って言葉を返す。
「『それで』って……」
俺の気の無い返事に、驚いたように目を見開く。
「別に驚くような事か? 彩佳だって俺らと同い年なんだぜ? 周りを見渡しゃ、やれ好いた惚れた。フったフられたの話に事欠かない学生生活の中で、彩佳だけそれと無縁で居ろってのもおかしな話だろ」
―― そう、別に驚くような事じゃ無い。少なくとも、お前以外にとってはな。
「で、でも! 僕はずっと彩ちゃんを好きだったのに!」
俺の言葉に納得出来ないのだろう勇気は声をあげる。最初からこんだけ喋れば良いものを。
「それで? お前が彩佳を好きだったからなんだってんだよ。彩佳の事を『好きで居るだけ』の奴なら、このクラスの中にだって何人か居るだろうさ。わざわざそんな連中一を一人々々確認してやらなきゃいけねーの? それこそ何の為に?」
最初っから遠慮も容赦もするつもりは無いので単刀直入に言ってあげる。こいつの性格からして、どうせうだうだ言って来るであろうことはある程度予測できる。
まぁ、予定調和ってやつだね。
「だ、だって……僕と彩ちゃんはただのクラスメイトじゃない! ずっと一緒に居た幼馴染なんだよ?」
「だからなんだよ。幼馴染なんて、言ってしまえばただ付き合いの長いだけの存在だ。そこに恋愛感情の有無なんて関係ねーよ。幼馴染以外の人間と付き合ってる人間なんざ世の中に掃いて捨てる程居るわ。他の連中より時間の利は有るかもしれないが、それが生かせなかったのならそこまででしかない。ついてでに言っておくと、俺もお前達の幼馴染にカテゴライズされるからな」
―― お前が拠り所にしてるのはあと一つか二つか? 全部潰してやるから吐き出しちまえよ。
「それに……それに、彩ちゃんとは結婚の約束だってしてた!」
泣きそうな顔で声をあげる勇気。いや、既に半泣きか?
「それ、いつの話だよ」
―― 言うとは思っていたけれど、実際言われるとちょっと引くわ。
「それは……幼稚園の頃だけど」
流石に気まずいのか声のトーンが少々下がる。
「お前さぁ、幼稚園の頃の約束をこの年まで後生大事に抱えて、しかもそれを本気にしてるって頭大丈夫か? 今日日どんだけの幼稚園児が先生と結婚の約束してると思ってんだよ。その全員が約束通りに結婚してたら、幼稚園の先生はショタ逆ハーレムだらけだなぁおい」
「そ、そんな……事……」
幼馴染の俺の口から、これほど自分を否定する言葉が出て来るとは思っていなかったのか、少々唖然としたような顔で固まっている勇気。
―― いい加減、今日はいつもみたいに優しく慰めてやるつもりなんて無いんだよ。
「大体さ、『ずっと彩佳が好きだった』ってお前は言うけどさ、それを彩佳に伝えた事あんのかよ」
三度席に腰掛け、勇気と視線を合わせる。
「それは……無いけど」
―― だよな。だからこそお前は、今こんな事態になってる訳だ。
「だろうな。それで? なんで伝える事もしなかった人間が被害者面していじけてんの?」
机に片肘を着いて、不真面目に事情聴取の構え。
「僕だって伝えようとしたさ! でも、彩ちゃんは昔よりずっと綺麗になってて、僕なんかじゃ釣り合わないんじゃないかと思って……。それに、ずっと傍に居るんだからきっと僕の気持ちにも気付いてくれているって思ってて……」
俺の態度に気分を害しているのか、口調が若干きつくなる。が、
―― 口にしてるのは責任転嫁なんだよなぁ。
「釣り合わないと思ったんだったら潔く納得してそこで諦めとけ、未練がましく縋ってんじゃねぇよ。そんで? 『気付いてくれてると思ってた』って、自分じゃ何もしなかった人間が、なんで他人には配慮を求めるわけ?」
―― ホント、こういう輩の思考は理解不能だわ。
「ぼ、僕だって彩ちゃんに釣り合うような男に変わろうと思った!」
拳を握りしめての力強い宣言。
―― 宣言だけな。まぁ、言うだけなら無料ですわ。
「で? 『思った』結果は? なんか変わったのかよ」
―― 取り敢えず確認はしないとね。結果は知ってるけど。
「そ、それは……」
途端に言葉に詰まり、気まずそうに視線が下がる。
「『思うだけ』なら誰にだって出来んだよ。いくら思ってようが、実際変わってなきゃそれは何もしてないのと同じだろ? まぁ、実際『思ってるだけ』で何もしてないんだろうけどな」
―― そう、少しでも変わっていたのなら、少しでも大事な事に気付けていたのなら……。
「そんな事……」
先程宣言した時の様な力強さは鳴りを潜める。
「『結果よりも過程が大事』なんて言葉は、その時結果が出せなくても、その経験を元に『別のところで結果を出す』事を前提とした言葉なんだよ。まぁ、お前にはその過程そのものが存在してないんだけどな」
「そこまで言わなくても良いだろ!」
―― 流石に言われっぱなしは腹が立つか。
「だったら教えてくれよ。お前は変わろうと思ってから何をした? 何を努力した? その努力によって何を得た?」
「そ……れは……」
それだけ言うと下を向いて押し黙ってしまう。
―― 都合が悪くなると黙り込むのは相変わらずだな。まぁ、そうしていれば助けてくれたもんな。今まではな。
「結局、お前は口では『変わりたい』とか言っておきながら、なんら変わる努力なんてして来なかったって事だ。そうやって何もして来なかった結果がコレなんだよ。恨むんなら今までの自分を――」
「もう良いよ!」
勇気が立ち上がり、大声で俺の言葉を遮る。
「僕を見放したもう彩ちゃんなんて知らない! どうせ彼氏って言ったってその辺のチャラチャラした男に騙されてるだけだろ? 後になって騙されたのに気付いて、僕を捨てた事を後悔すれば良いんだ!」
―― これが逆切れってやつかね。とんでもない事言ってんな。
「その間に、僕は彩ちゃんより可愛い子と、こ、恋人になって、彩ちゃんを『ざまぁ』って見返してやるんだ!」
勇気の妄言は止まらない。
「それで、後から泣いて縋って来たって、『もう遅い』って言ってやるんだ!」
―― 何コイツ。頭悪いとは思っていたけれど、ここまで馬鹿だったんか。
「黙れよ」
自分で思っていたよりも冷たい声が出た。
「なっ?」
俺の声に勇気の妄言行進曲が鳴りを潜める。
つくづく我ながら冷たい声が出たもんだと思う。
が、コイツは言うに事欠いて……。
―― 言って良い事と悪い事があるわな。
「お前さ……」
勇気の目を見据える。
「頭の中にラノベでも詰まってんのか?」
ゆっくりと、コイツの耳に、脳味噌に届くように言ってやる
「は?」
俺の言った言葉の意味が理解出来なかったのか、目を白黒させる勇気。
「さっきも言ったけどさ、なんでお前が被害者面してんの?」
心底不思議だ。自分では何もしなかったくせに、自分の思い通りにならないと他人のせいにして自分は被害者だと喚き立て、殻にこもる。
そして慰めてもらえなければ、それはそれでまた被害者面するのだ。
「だ、だってそれは――」
「お前は、今までどれだけ彩佳がお前の為に親身になって居てくれていたか理解してんのか?」
―― 俺は、今どれだけ冷たい目で勇気を見ているのだろうか。
「毎朝お前を起こしに行って一緒に通学して、自分の用事も後回しにしてお前と一緒に家に帰って、親がいなけりゃお前の飯の準備までしてくれて、休日だって何処にも出かけないお前の為に態々家まで行ってお前を構ってやって。それだけの事をしてくれた彩佳に、お前は何か返したのか? 幼馴染ってのはお前の奴隷じゃねぇぞ」
「そ、そんなの別に僕が頼んだわけじゃ……」
―― 出た、必殺『自分が頼んだわけじゃない』
「彩佳はさ、水族館に行きたいんだってさ」
「えっ……?」
脈絡のない話を始めたとでも思ったのだろうか、勇気が虚をつかれたかのような声をあげる。
「子供の頃に両親に連れて行って貰って、凄く楽しかったんだって。また行きたいと思ってるけど、中々行く機会が無いんだってさ」
そう語っていた彼女の顔が思い浮かぶ。
「……」
「本が好きでさ、放課後に図書室で時間を気にせず本を読んだり、古本屋巡りとかしてみたいんだって。知ってたか?」
そう言っていた彼女の声が耳に蘇る。
「だから、別にそんな事頼んで無いじゃないか! 行きたいなら勝手に行けば良かったんだよ! それに、言ってくれなきゃわかる訳無いだろ!」
勇気が何かに耐えきれなくなったかのように、声を荒げ喚き立てる。
―― 自分の事は棚に上げてな。
「お前さ、ただの幼馴染がそんな事してくれると本気で思ってんのか?」
―― 教えて欲しい。今までどんな気持ちで彼女の好意をたた受け取っていたのか。そこに在る彼女の気持ちに思いを馳せた事が一度でもあったのかと。
「そ……れは……」
少し突っ込まれただけで言葉に詰まる。少しは自己主張って奴をして欲しいもんだが。
―― だからお前は甘ったれだって言うんだよ。
「で? そんな彩佳に、お前は一体何をどれだけ返した? 彩佳の好意に何か一つでも答えた事あんのかよ。報いた事は? 無いよな? 無いから今そうやって逆切れしてんだろ?」
問いかけではなく確認。だって知っているから。
―― 咲かない花壇に水を与え続ける彼女の姿を……。
「だ、だって僕じゃ彩佳ちゃんには釣り合わないと思ってたから……」
―― ほらそうやって、また人のせいにする
「だったら釣り合う様に変われよ、変わる努力をしろよ。それが出来ないなら潔く諦めろ。自分の事棚に上げてみっともなく縋ってんじゃねぇよ。他人には『言ってくれなきゃわかる訳無い』なんて言いながら、お前自身は察してちゃんかよ」
「あ、彩ちゃんに相応しい男になったら、告白を……『好きだ』って言おうと思ってたんだ!」
「なんの努力もしないくせにな」
―― ただ甘やかせて欲しかったんだろ?
「『変わりたい』とか『相応しくなりたい』とか口では言っておきながら、結果なんの努力もせずに居たんだろ? ただ蹲って、『お似合いだよ』『相応しくないなんて事ないよ』って声かけてくれるのをただ待ってたんだろ? そうやっていじけていれば、今までは彩佳が手を差し伸べてくれてたもんな」
「ぐ……」
―― 『ぐぅの音も出ない』とはこの事かね。
「大体さ、彩佳より可愛い彼女作るとか言ってたけどよ、そんなあてあんのかよ」
これ以上突っ込んだところで建設的な意見なんて出る筈も無し。話題を移そう。
「それは……」
「ある訳ねぇよな? お前みたいな人間に好意を持ってくれる酔狂な人間が、彩佳以外に居るとは思えねぇもんな」
―― 勇気には是非、現実って奴を直視して頂きたい。
「ぼ、僕だってその気になれば彼女の一人ぐらい!」
「なら言ってみろよ。お前は、自分のどこを以て恋人が出来るような魅力のある人間だと思ってんだよ」
「や、優しいって皆言ってくれる!」
少し逡巡した後に声を張り上げる。
―― そうだな、それ位しか思いつかないもんな。
「『優しい』なんて言葉は、褒める所が無い人間を褒めなきゃいけない時に無理くり捻り出してお茶を濁す為の言葉だろ。大体、彩佳に何一つ返さずにだんまり決め込んでた人間が優しいとか臍で茶が沸くレベルなんだが?」
「ぼ、僕はやればできる子だって……」
―― どこまで御花畑だお前は。
「『やれば出来る』ってのは、裏を返せば『何も出来てない』人間の事だろ? 実際お前は今まで何も出来てなかったじゃないか。そんな人間が今更『やれば出来る』なんて、臍で沸かしたお茶でカクテル作って一気飲みするレベルだわ。あぁ、ちなみに『何が』出来るのか具体的に説明してくんねぇか?」
「い、イメチェンとかすれば僕だって……」
『具体的に』の部分には答えずに次の句を語る。
―― そういうところやぞ、勇気。
「見た目変えただけで寄って来る連中なんて、お前の言ってた『チャラチャラした男』とどう違うんだよ。自分で言っておきながら自分で騙されに行くスタイルとか、レベル高過ぎて見てる方が悲しくなるわ。泣いて縋ってきたら『もう遅い』ってこっちのセリフだ阿呆」
「人間は見た目で無くて中身だって!」
最早やけくそ気味に言葉を紡ぐ。
―― これもう訳わかってないな。
「言ってる事変わってるけど大丈夫か? 大体、中身にしたってさっき言った通りじゃねーか。差し出されれば全部受け取って、返す事なんて片隅にも無い甘ったれ。そのくせ、言及されれば『頼んでない』なんて抜かして逆切れする恥知らず。人のせいにしては自分から動く事もしないヘタレ。男女問わず、そんな人間を好きになる要素が何処にある? お前だったらそんな人間を恋人にしたいと思うか?」
「……」
言える事が無くなったのか、言えば反論されると思ったのか、ついに黙り込んでしまう。
「で、お前の事だから、頭ン中で『何もしなくても彩佳より可愛い女の子が告白して来てくれる』とか気味の悪い妄想垂れ流してたんだろ?」
―― 今までだってそうだったもんな?
「そんな事……」
「もうさ、別にお前がどこで醜態晒そうが勝手だけど、みっともなく彩佳に縋り付いて迷惑かけるのだけは止めてくれ。さっき『彩佳なんてもう知らない』って自分で言ったんだし、せめて自分の発言位責任持とうぜ」
「そんな……」
結局のところ、彩佳だけが拠り所だと、気付いたのか思い出したのか、俯いてしまった勇気の顔色は悪かった。
「文句あるなら、今後は俺が話を聞いてやるから」
その言葉に、勇気が何かに気付いたように顔をあげる。
が、俺はそんな勇気に構わず背を向ける。
「じゃあな」
そう言い残し、勇気の視線を背中に感じながら教室を出る。
そして、昼間とは言え日当たりの悪く、少し薄暗い廊下を図書室に向かって歩く。
思ったより時間を食った気がするけれど、彼女は退屈しないで待っていてくれているだろうか……。
§
終業式当日ではあるが、図書室にはまばらに人影が有った。
―― 図書委員の皆さんもお疲れ様なこって。
自分だったら絶対に今日の担当とかなりたくないよな。とっとと帰りたいし。
「彩佳、悪い。待たせたか?」
図書室へ入り、お目当ての人物の姿を見つけると、その隣へ腰を下ろし小さめの声をかける。
「あ……」
彩佳の、本から上げた視線が俺を捕らえる。
「ううん。いっぱい本もあったし、そんなに退屈しなかったよ」
言いながら、読んでいた本の背表紙を俺に見せて来る。
「そっか、どうする? キリが悪ければ、もう少し読んでから帰るか?」
俺の言葉に、彩佳は本に視線を落とし、少しだけ考えるような素振りを見せたが、直ぐに顔を上げる。
「ううん。また今度来た時の楽しみにする」
柔らかく微笑みながら彼女は答える。
「そっか、そんじゃ帰るとするか」
そう言って俺は席から腰を上げる。
「うん」
返事をして、持っていた本を書架へと返却に行く彩佳の後を、彼女の鞄をぶら下げて追いかける。
「有難う」
鞄を俺から受け取り、嬉しそうに微笑む彼女と連れ立って図書室を出る。
「なんかね、不思議だった」
日当たりの悪い廊下を歩きていると、彩佳がポツリと漏らす。
「何が?」
彼女の言葉に耳を傾ける。
「図書室に本がいっぱいあるって事は見ていたし知っていたけど、実際にその本を読んだ事は無かったなぁって」
彩佳が感慨深げに溜息を一つ。
「そっか。まぁ、図書室でも図書館でも古本屋でも、行きたくなったら声かけてくれ。俺も付き合うから。なんなら待ち合わせ場所にしても良いな。『いつもどおり図書館に居るからとっとと来い』って言ってくれれば即行で行く」
少しだけ大袈裟に、おどけて言って見せる。
「来てくれるのは良いけど、廊下は走っちゃ駄目だよ」
そう言って彩佳はクスクス笑う.。
「ま、少なくとも先生に怒られる様な事は無いようにするさ」
「うん」
他愛のない事を語りながら、昇降口で靴を履き替える。
「なぁ、今日ってこの後時間ある?」
校門へ向かう道すがら、なんて事の無い様な調子で声をかける。
「あるけど、どうかした?」
俺の言葉に、彩佳が首を傾げる。
「その、なんだ。明日から夏休みじゃん? 良かったらその辺の喫茶店かファミレスで、夏休みの計画についてでもお話し合いでも出来ませんかねぇと」
―― 横を歩いている彩佳からは、赤くなっているであろう俺の顔は見えていない筈だ。……多分。
そう思いながら、ちらっと隣を横目で見ると、そこに居る筈の彩佳の姿が見当たらない。
「彩佳?」
名前を呼びながら振り返って見れば、そこには驚いた様な顔をして立ち尽くしている彩佳の姿があった。
「あっ……」
俺の声が届いたのか、我に返った彩佳が小走りに追いついてくる。
「どうかした?」
俺の質問に、少し照れたような顔で
「えっとね、ちょっと憧れてたんだぁ。その、ね? 学校帰りに、か、彼氏と放課後デート? ファミレスデートかな? って言うのに……」
そこまで言って、少しだけ困ったような顔をして俯いてしまう。
急かす事無く次の言葉を待っていると、
「でもね? 今まで私にそんな機会は無いんだろうなぁって思ってたから、ちょっと驚いちゃって」
そう言って、髪の毛をいじりながら彼女は『えへへ』と照れ臭そうに笑う。
―― なんですか? 俺の彼女可愛い過ぎかよ。
そんな彼女の手を取って歩き出す。
「わわっ!?」
慌てて握られた手にもう片方の手を添えて両手で俺の手を握って来る彩佳。
「と、とりあえずその辺のファミレスに行くぞ!」
多少強引とは思うものの、そのまま手を引いて速足で歩く。
―― 『きっと勇君には伝わってると思うから』
そう笑った彼女の顔が、少し悲し気というか、違和感がある気がした。
始まりは幼馴染同士の何気ない会話。
二人がそれで良いなら良いんじゃないか。
最初はそう思っていた。
だが、一度気になってしまえば、その歪みは嫌でも目に付くようになる。
―― 腹が立った。
あれだけのものを与えられておきながら、それをさも当然の事として享受し続ける勇気の態度に。
そして、
当然の事の様に自分を後回しにしながら、返る事の無い好意を与え続ける、砂漠に如雨露で水を撒き続けるかの様な彩佳の姿に。
「まずは水族館だな! あとは古本屋巡りでもクレープでもタピオカミルクティーでも、とりあえずやりたい事を全部吐き出すんだ!」
そろそろ日は西に傾くだろうか。それでも時間はまだまだある。
「うん、うん!」
隣を見れば、俺の手を握って嬉しそうに笑う恋人の姿。
―― 守りたい、この笑顔。
お互い初めての放課後デートを執り行う今日この日、西へ傾く太陽の巡りが、少しでもゆっくりになれば良いのに。
そう思った。
BSS野郎に『ざまぁ』する資格なんてねーから!(挨拶)
相変わらず、作者の独断と偏見と主義主張を垂れ流すシリーズです。
今回は現実世界(恋愛)でジャンルあってるはず……(多分)
演出の為に少々大袈裟に書いてはいますが、正直BSS系の主人公って皆こんな感じだと思ってます。
あと、『幼馴染を寝取られた』とか良く書かれますが、取られてないからね?
そもそも恋人関係が成立してないんだから『お前のもの』じゃねーから。
『取られた』という表現は当て嵌まらないからね?
恋愛事に限らず、人間関係は長さではなく深さです。
そして恋愛は戦争であり早い者勝ちです。
亀が兎に勝てたのは、兎が休んでいたからです。
兎が休んでいなかったら、勝てる道理なんて有る訳無い。
そんなお話。
『彩はんかて自分から好きとか言うておまへんやん』等々
思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは作者権限で『無罪』としています。
可愛いは正義だから。彩ちゃん可愛いよ彩ちゃん。
ちなみに、彩ちゃんは普通の女の子です。
学園一やクラス一の美少女でも無いし、
歩くだけで揺れるような巨乳でも無いし、
白髪でも無ければ銀髪でも無く、
世界的企業の社長令嬢でも無ければロシア人でも無いです。
主人公も普通の男の子です。
隠れて人気配信者もしていないし、
実は売れっ子ラノベ作家と言う事も無いし、
取り立てて高スペック陽キャでもないし、
顔も知らない祖父の遺産もありません。
※ついでに言うなら名前考えてない。
そんな普通の女の子が、普通の男の子と幸せになるお話。
の、つもり。