居候
ある日、雨に濡れ、行き倒れていた若い女性を僕は目にした。年は自分と同じ位で、シックな色のトレンチコートが似合っていた。僕は彼女を腕で抱えて病院まで連れて行こうとした。しかし彼女はお金がないからと言って病院に行くことを強く拒んだため、僕は仕方なく彼女を自分の住む古い貸しアパートに連れて行った。
酷く体が震えていたため、風邪薬を飲ませたりしながら看病をしたが、不思議な事に体調はその日のうちにみるみる回復し、当初あった微熱もすぐ治まった。ところが彼女は色々と言い訳をして、まだうまく歩けないからとか気分が悪いからと言って出て行くのを渋り始める。タクシーで家まで送ると言っても、最寄り駅を尋ねても答えようとしない。
それでも出て行かせようとした僕は彼女を抱きかかえて扉を開けようとした。一瞬、振り返ると彼女の泣き出しそうな顔が触れそうなほどの距離にあった。すると彼女は、突然僕の肩を引き寄せて顔を近づけていった。久方ぶりの口づけをこんな形で迎えるとは思わなかった。
彼女が居候するようになって一週間程したある日、朝目覚めた僕は、彼女がいないことと、テーブルにある短い置手紙の二つに気づいた。
「ごめんね。パパもママも家出した私の事を心配してると思うから、またね」
嫌な予感がした。久しくニュースを見ていなかったが、その日は何となくスマートフォンのニュースを見てみた。すると家出した女子高生が保護された事が書いてあった。その女子高生の顔はまぎれもなく僕の部屋にいたあの娘だった。
仕事から帰った後の重く冷たい夜に、黒に染まった空は外の景色をすでに包み、薄いすりガラスが格子に差し込まれている窓は、ピュウピュウと音をしている夜風に吹かれてカタカタと虚しい音色を刻んでいた。
「ふざけやがって、この野郎」
僕は思わず呟くと、灰色の部屋の壁に拳をぶつけた状態のまま、半身を壁に寄りかからせてため息をついた。