13~15
13.
高校に入学の初日にそんな夢を見た。
目を覚ますと、顔が濡れていた。
寝ている間に涙を流していたようだ。
リアルな夢だと思った。リアルすぎて、夢のような気がしなかった。
夢の中で、俺は大人で、妻もいた。起きてもまだ彼女の顔を覚えている。
名前だって!
花蓮…
そう! 花蓮だ!
彼女は誰なんだろう?
夢の中だけの人物なのか?
そうだとしたら悲しすぎる。
彼女はまさに俺の理想の相手だ!
ボーっとした頭で高校へ向かった。
昇降口にクラスと名前が張り出されていた。
自分のクラスを確認して、そのクラスに向かおうとした時、横に見たことがある愛おしくてたまらない横顔があった。
彼女だ! 花蓮だ!
心臓がバクバクした。
本当に彼女なのか?
その時、彼女の友達が声をかけた。
「花蓮! 何組だった?」
花蓮だって?
やはり彼女だったんだ!
実在していたんだ!
これはもう運命としかいいようがない!
彼女はチラリと俺の方を振り返ったが、俺は固まってしまって話しかけるどころか、身動きすらできなかった。
びっくりしたのと嬉しいのと、いや、あり得ないだろ! と、いろんな感情が混ざり合って涙が出そうになった。
何も知らない周りの人間が見たら、さぞかし気持ち悪いだろうな…。
14.
ピンクの薄もやの中に浮かんでいた。
「私…私じゃないみたいでしょ?」
振り向くと花蓮がいた。
俺の妻だ。
「ほら、見てよ! あの表情。」
妻は遥か下に見える高校の校舎を指さしてフフフと笑った。
目を凝らすと、高校時代の花蓮がいた。
友達と話している。
その表情は俺の妻のものとはかなり違ってぎこちない。
どこか投げやりで、自分をおざなりにしている雰囲気だった。
「あなたの知っている妻は、昔は別人のようだったのよ。」
「そうなの? 同じ人間なのに?」
「そう。あなたと会わない時間に今の私は作られたの。」
「なんだか…微妙だな。俺といない方が、君は成長できるのか…。」
「あなたも私といない間に今のあなたになるのよ。」
妻はまたフフフと笑った。
「放課後、葵とカフェにいる。ここにあなたも来るのよ。」
しばらくしたら俺と小田がやってきた。
「覚えてる。小田と来たんだ。そしたら君がいた。見ろよ、高校時代の俺。」
俺は遥か真下の自分を指さした。
「君をずっと目で追っている。」
「あなた、アイス抹茶ラテを頼んだのよね。このころからもう好きだったのね。」
「子供のころからね…。」
俺は照れて笑った。
「君の好きなドリンクって…」
「ヘーゼルナッツカフェ! 覚えておいて!」
「わかった。覚えとく。」
「俺…小田といるのに、君の方よそ見ばかりしてるな。今にも告白してしまいそうな勢いだ。」
妻は困ったような顔をした。
「よく…とてもよく覚えていて欲しいの…。あなたが私に関わっていいのは…三度だけ。」
「えっ? たった三度? 冗談だろ! その間に君を他の男にとられてしまうじゃないか!」
妻は俺の反論に耳を貸さず、真剣な顔をして俺に告げた。
「一度目は…、大学入学の為に上京した時、あなたは駅前のコンビニで私を見かける。そのあと必ず私を追いかけて! 私は変質者に乱暴されそうになるの。」
「は? なんだって!」
「それから!」
妻はまた俺を遮り続けた。
「二度目は…私の先輩が私を陥れるの。飲み会の幹事をさせられて、ドタキャンされる。あなたはその時、私を助けてくれた。そしてその晩ずっと一緒にいるの。」
「一晩一緒って…、それじゃその時、俺たちは結ばれるんだろ?」
「ううん、まだお互いその時じゃない。」
「なんだそれ!」
「三度目は…就職してから何年かして、私たちはスポーツジムで再会するの。それから私たちは付き合い始める…。」
「やっとかよ! 俺、何年待ちゃいいんだ!」
妻はわかってほしいという表情で俺を見つめていた。
「それまで俺たち別の人間と付き合ったりするんだよな…。俺、花蓮が他の男と付き合うなんて考えたくもないよ。」
「でもそれが将来の私たちを作っていくのよ。そしてあなたもそれまで自分の人生を味わいつくさないと、私の大好きな夫にはなれない。」
俺はイライラしてどうにかなりそうだった。
だけど…未来の俺の妻が言っていることは…受け入れがたい事ではあるが、その通りなんだろうと思った。
心の中の未来の俺も、必死に今の俺を説得しているような気がした。
「私…、もう行かなくちゃ。弘人、がんばってね。」
「絶対に…俺たちまた会えるよな?」
「うん。」
俺は未来の妻を思いっきり抱きしめた。
15.
朝起きると、また涙で枕が濡れていた。
はっきり覚えている。
花蓮の夢だ。正確に言うと、未来の俺の妻の夢だ。
その日、放課後小田に誘われた。
相談したい事があるから帰りにカフェに寄って行かないかと。
カフェの扉を開けると、花蓮がいるのに気付いた。
一気に血圧が上昇していくのがわかった。
胸がドキドキ音をたてている。
頭がボーっとする。
思わず話しかけたい衝動に駆られた。
「…あなたが私に関わっていいのは…三度だけ…」
突然花蓮の、未来の俺の妻の声が蘇った。
クソッ
俺は諦めて小田と少し離れた席に座った。
「隣に行かなくていいのか? おまえ、斎藤さんのこと気になってんだろ?」
小田が俺の耳元で囁いた。
「…。いや…いいんだ。」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「何か知らねーけど、屈折してんな。」
小田は納得いかないような顔をしながら俺を見た。
「俺、何にしようかな~。弘人何にする?」
その時店員が注文を聞きに来た。
「ベリーのパンケーキセットお願いします。ドリンクは…カフェモカで…」
小田が注文した。
それから店員は注文を促すように俺の方を見た。
「俺、アイス抹茶ラテ。」
そう注文してふと目を花蓮の方にやると、花蓮がこっちを見ていた。
そしてすぐまた友達の方を向いて何事もなかったかのように会話を始めた。
その時、夕べの夢を思い出した。
そうだ! 夢の中で花蓮はヘーゼルナッツカフェが好きだと言っていた。
「すみませーん!」
花蓮の友達が店員を呼んだ。
「ストロベリーパフェお願いします。…花蓮は?」
「私は… ヘーゼルナッツカフェ。」
ヘーゼルナッツカフェ!
…君の好きなドリンクって
ヘーゼルナッツカフェ! 覚えておいて…
確信した!
あの夢は本物だ!
夢に出てきた花蓮は本当に未来の彼女で、そして…
未来の俺の妻だ!
俺は溢れてきそうな涙を必死に堪えた。
俺たちは
いろんな困難を乗り越えて
たくさんの感動や喜びを体験して
お互い自分の人生を生きる
俺は友達といる花蓮を見つめた。
お互いがんばろうな
そして俺たちはそれぞれふさわしい自分になって
未来で
君と再会する!
そう心の中で語りかけた。
おわり
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。^^
今回は久しぶりのシリアスなお話を書かせていただきました。
次回作はまだ執筆し始めたばかりなのですが、またコメディーでいく予定です。
もしかすると先にタヌキ女将が割り込むかもしれませんが…^^;
また連載が始まりましたらよろしくお願いいたします。