8-3
花蓮が中学に入るころには、妻の気持ちも折れかけていた。
どんなにがんばっても報われることが無い。
妻は報われない自分の心が娘の花蓮にのしかかってしまいそうで怖かった。
しかしそれは現実となり、いつしか花蓮の人生で自分の人生の仇を討っていた。
ある日、花蓮の学校のカバンの中に、小さく折られた小さなメモを発見した。
それは花蓮の同級生の男子からの物で、中にはデートの約束らしきものが書いてあった。
その同級生の名前を見て母親は頭が熱くなった。それは成績も素行もよくない生徒だった。
花蓮はそのことをいっこうに母親に話す風では無かった。
自分に隠し事をするようになった娘にイライラした。
そしてそのメモに書いてあった日の朝、花蓮は早くから起きて鏡の前でコーディネートに頭を悩ませていた。
「…どこに行くの? 誰と?」
「ん、ちょっと友達と遊んでくる。」
「早田君と会うんでしょ?」
花蓮はビックリして母親を見た。
「…どうして…知ってるの?」
「あなたのカバンの中にメモをを見つけた。」
母親は鬼の首をとったように言った。
「勝手に見たの? 酷い…」
「酷いのはどっち? どうしてママに隠し事をするの? しかも早田君なんて! あんな子と付き合ったらあなたまでバカになる!」
「そんなことないよ! 早田君、優しい子だよ! 家がいろいろ問題あって大変なのに、それでもがんばってるよ。」
「そんな問題のあるような家庭の子となんか付き合わないで! ママ、花蓮にはちゃんとした人生を送ってほしいの!」
母親は気が狂ったように泣き叫んだ。
そして花蓮の服やカバンを壁に叩きつけたり投げたりした。
花蓮はそんな母親を驚きの目で見ていた。
そして花蓮の目からも涙がポロポロこぼれていた。
母親は数日、ほとんど家から出ずにふさぎ込んだ。
これ以上ないというほど自己嫌悪に苛まれた。
一番大事で、愛してやまない娘を傷つけた。
幼いころから子供には差別や偏見の目で人を見てはいけないなどと言っておきながら、いざ娘が好ましくないタイプと付き合ったら今迄の意見など180度変えてしまう。
なんて愚かな母親なんだろう。
謝ろう。
花蓮が許しくくれなくても、謝ろう。
今、花蓮に謝らなかったら、一生後悔する。
そして自分が一番嫌っている大人になってしまう。
そして母親は心の底から花蓮に謝った。
幼い花蓮も、本来大好きな母親が首を垂れているのを受け入れない筈はなかった。
母親は真剣に思った。
私は恐ろしい過ちを犯すところだった。
花蓮を壊しかねなかった。
弱い人間だ、私は…。
それ以来、母親は、花蓮に対して過剰に干渉してくることはなかった。
しかし心に大きく開いた穴は、いまだに埋まることは無く、むしろより大きく広がってきていた。