句会
ひと月半ぶりの自宅はお袋の匂いがした。
当分は自宅療養。松葉杖で左足を地面につけるようになり、移動は自分の意思で出来る様になってのこの退院である。左足にかける荷重の割合は、骨の治癒度に応じて充てがわれる。退院までに2/3程度の荷重を左足にかけられるように、退院後は3/4程度、通院しながら術後六十日ほどで全荷重をかけられるのが今の俺の理想である。
橋上先生の言ではないが、俺は元々体育会系。つい無理をして頑張ってしまいがちなのは素直に認めよう。光子が退院後に車で(我が家の!)自宅に送ってくれた後、お袋に
「だからね、おばちゃん。コイツに絶対無理させないでね。松葉杖使わないで歩こうとしたらド突いて! そんですぐアタシに連絡して。締めるからさ!」
お袋はちょっと困った表情で、
「ハイハイ。でもねえみっちゃん。私も結構忙しいのよねえ、この子にあんまり構ってやれないのよ〜 だから、みっちゃんしばらくウチに居なさいよっ それでこの子の面倒を…」
光子は飛び上がって驚きながら、
「ムリムリムリー そ、そんな、は、恥ずかしいって…」
「でもねえ、みっちゃん。この子が入院してる間にね…」
「え… な、何?」
ニヤリと笑いながら。
「色んな女性から電話あったのよー」
「え…え、え、え、」
「お見舞い行きたいから病院教えてください、とか〜」
「な、な、な…」
「介護のお手伝いしたいから、お邪魔してもいいですか〜 とか〜」
それは嘘だな。お袋、盛り過ぎだぞ。
「ひ、ひ、ひ〜〜〜」
「みっちゃんウチに来れないなら〜 誰だっけか、あの人にお任せしちゃおうかしら〜♫」
「や、や、やめ…」
「ふふふ。じゃあ、明日から宜しくね〜 この子の面倒♬」
流石だよ。お袋…
天上天下唯我独尊、向所敵無敵逃為恐。そんな光子の(俺の知るところの)天下唯一の頭が上がらない人物が、意外にも俺のお袋なのがいまだに信じられない。
まだ中学生の頃、光子が駅近のスーパーマーケットに討入放火未遂事件を起こした時、そのスーパーで働いていたお袋が彼女の人性を見抜き、自分を大切に、自分の為に生きなさい、と諭して以来、こんな関係が続いているらしい。
そう言えば、光子の両親のことを俺は全く知らない。
「お前、ご両親は?」
「小学校の時、親父は事故で。母親はアタシが三十の頃かな、病気で」
「そうか… 」
「アンタ、親父さんは?」
「十年前かな、病気で」
「そっか。」
「うん。」
「…」
「……」
「でよお、」「それでさ、」
「何だよ」「何?」
互いに顔を見合わせ、そして、吹く。
「アンタん家で… こうしてるとさ… なんかマジ夫婦みてえっつうか…」
「こんなガラ悪い金髪の嫁もらった覚えない。」
「ハア? アタシだって、こんななんちゃってインテリみてえなスカした…」
リビングの扉がバタリと開き、今地域注目度ナンバーワンの若夫婦が入ってくる。
「ねえねえ、夫婦喧嘩の途中に悪いんだけどおー」
「退院、おめでとうございます。元気そうで良かった!」
「これからどうするの? 食事とかお風呂とか〜 ウチ絶対ヤダよ、お風呂入れるのとか〜」
「僕が手伝いますよ。背中流したり…」
「ダメっ 翔くん優し過ぎー」
光子かギョロリと葵を睨め付け、
「ハーン。てめえの父親の介護を拒否るとか、ありえねーわ、近頃の小娘ときたらよ。」
すると葵は片眉を顰め、斜に構えながら
「ハア? 愛人作るわ、左遷されるわ、巨乳好きだわ、若いオンナ好きだわ、そんな父親を介護する気になれます? 器の大きなお祖母様♫」
光子は思わず下を向き、
「んぐっ く、くそ… 確かにオマエはあの人の孫だ… 何も言えねえ…」
「ですので。このしょーもない父の世話はシモの世話まで含めて、お祖母様、お願いしますわ。ねー、翔くん♡」
「あ、そゆこと… そうか、そうだね、うん。お婆ちゃん、金光さんの事、頼むねっ」
何だかな〜 翔、まだお前十五だろ… 何尻に引かれてんだよ。お前の十年後の姿、丸見えだぞ。手を引くなら早めがいいぞ。今度ゆっくり話でもするかな。
* * * * * *
両家族の総意の下、俺と光子の半同棲生活が始まる。朝御飯が終わる頃、彼女は我が家にやってくる。掃除洗濯などこなした後、俺のリハビリを兼ねて一緒に近所に買い物に行く。夕ご飯を作ってくれた後、『しまだ』へ。入院時よりもより濃密な時間を共に過ごす日々。
共に過ごして初めて知るのだが、相当ズボラな性格と思いきや、意外にも几帳面な所を随所に発見する。先ずは食事の片付け。お袋もそうだし里子もそうだったが、食器の片付けは食後しばらくしてから、下手打つと翌朝まで残していることもしばしばだ。ところが光子は…
「遺恨は後に残しちゃいけねえからな。即カタ付けねえとな〜」
遺恨? 何だそりゃ?
風呂に関しても、我が家は二日に一回湯を替えるのだが…
「世俗の垢は毎日流さにゃあ心まで汚れちまうだろうが」
来月の水道代、ガス代が…
さらに、家の掃除、特に玄関…
「玄関っつうのは、そいつん家の顔だろうが。アンタ顔毎日洗うだろう。家だって毎日綺麗に磨かにゃあ。お袋さんの顔汚しちゃいけねえよ」
この辺りから、嫁小姑あるある紛争が勃発する。
「お祖母様。ウチの部屋、勝手に入らないでくれません?」
「オメエの部屋の汚さはよお、オメエの育ちに関わんだろうが。何だオメエ、翔と住み始めたら翔に掃除させんのか。人の孫にテメエの汚れ綺麗にさすんかコラッ」
「んぐ… 今後は自分で掃除するんで。だから部屋には入らないでっ」
「ったり前だろうが。そん歳でテメエのことも出来ねえ小娘にウチの孫はやれねえっつんだよ」
本当に葵は地団駄を踏みながら(こんなの実生活で初めて見た!)、
「キーーーーーーーーーーーーーーーーッ パパッ!」
俺は首を振りながら、
「葵。お前の負けだ。父さん前から言ってたろう。部屋とか自分の洗濯物とか、ちゃんと自分で片付けなさいって。」
「もうイヤっ 今夜翔くんの所に泊まるっ」
「そーしろそーしろ。アイツの部屋、綺麗だもんなあー ウシシシ」
「クソババッ オニババッ 貧乳垂れ乳ババアッ」
「んだとコルラーーーーーーーッ」
「クモの巣張ってんじゃねーよ、閉経ババアが!」
ここまで口が悪くなるなんて… 里子に何と詫びればよいやら…
「葵っ! いい加減にしろっ」「まだ閉経してねえよボケ」
「えっ?」「あっ…」
「もーいや。マジウザ。お邪魔しましたー、行ってきまーす」
三年前にこの実家に戻るまで、葵は言葉遣いの綺麗な優しい子だった。大手銀行の支店長の娘に相応しい、育ちの良い娘だった。他人と喧嘩なんて生まれてから一度もしなかった。他人をしかも目上の者を口汚く罵るなど、考えられない子であった…
なにがいけなかったのだろうか。それはこの土地柄であろう、間違いなく。葵の生まれ育った杉並には、光子や健太のような人種は存在しなかった。
きっと学校の級友も相当荒んでいるのだろう。いつの間にか葵の髪の毛は黒で無くなっていた、校則には従いなさいと叱ると、そんな校則ねえし、と返される。あそっか、昔から有名無実な校則だったわ。
そんな荒んだ学校、転校してしまえと言えないのが母校の辛さだ。娘をどんなに堕落させようと、己の母校故に文句の一つも言いに行けない。精々『居酒屋 しまだ』で愚痴ることしかできないのだ。
「ハアー。どうしたものだか」
俺が溜め息をつきながら光子に愚痴ると、意外や意外、
「へ? いい子じゃん。言う事キッチリ言うし、やる時はやるし」
「え… そうなの?」
「ったく。親が信じてやらなくて、誰が信じんだっつうの。しっかりしろや、父親っ」
背中をバシッと叩かれる。大黒柱。彼女を見て不意にこの言葉が浮かんでくる。
* * * * * *
時はゆっくりゆっくりと流れていく。少しずつ俺の足がいうことをきくようになって来た頃、ふと街路樹を見ると黄色く染まりつつある。夜は半袖では寒くなり、カーディガンが必要となっている。
松葉杖をつきながらも、左足に全荷重がかけられるようになった頃、リハビリの橋上先生と相談する。
「そろそろ会社に出社したいのですが。どうですかね?」
「そうねー。満員電車はフツーにキツいから、電車空いている時間帯に出社しては?」
「成る程。重役出勤ってヤツですな、それ案外得意なんですよ」
「金光さんフツーに重役じゃん、ウケるー」
今まで、メールとテレビ電話… もとい、ZOOMによって業務を家のちゃぶ台でこなして来たのだが、そろそろいい加減業務に支障をきたし始めているので、丁度いいタイミングであった。
来週から出社する旨を企画部に伝え、一月後に迫った間宮由子とのイベントの企画書をまとめておくようにと指示を出す。慌てふためく彼らの姿を思い浮かべ、何故かニヤリと意地悪な笑顔が溢れてしまった。
そんな訳で、十月の中旬、約二ヶ月ぶりに俺は有楽町にある旅行代理店『鳥の羽』に出社する。社員数五十名ほど。平均年齢三十歳ほど。年間売上高五十億ほど。実に若々しい、これからの会社だ。
「金光さん。お帰りなさい」
エレベータを降りると社長が立っていた。弱冠三十八歳。自身学生時代はバックパッカーで世界中を旅して周り、自分の理想を成就すべくこの会社を立ち上げた。らしい。確か。
「迷惑かけました。ただ今帰りました」
俺は頭を深々と下げる。鳥羽は社長にも関わらず、幾度となく俺の見舞いに来てくれ、いつもニコニコと笑顔を絶やさずに「ゆっくり治してください」と言ってくれた。十以上年下だが、実に尊敬すべき人格と人間性を兼ね備えた優秀な経営者だ。
奥から山本くんが小走りでやって来る。
「専務! あとひと月しかありませんっ 全員てんてこ舞いの忙しさですっ 初めての規模なので見当がっ… 待ってましたよ。お帰りなさい。早速なんですがー」
二ヶ月ぶりの出社なので、社長や他の役員と軽く話しでもして社員に軽く挨拶でもして昼前にはお暇… なんて俺の目論見は瞬殺され、気がつくとフツーに定時を超えている。
「よし。これで先方に出す企画書、纏まったな。しかし、ギリギリだぞ、ひと月前って!」
「だから早く復帰して欲しかったんですよ。遅いっす…」
山本くんの先輩の吉田が言う。あれ、こんな馴れ馴れしい奴だったか…
「専務が間宮先生担当ですので、開催要領とか宙に浮いていたのですが何か」
山本くんの後輩の、今年入社の庄司さんが言う。新人ながら恐ろしい程できる女子であり、こんなしょぼい旅行代理店に勤務しているのが謎だ。そして、この会社で唯一俺に普通に話しかけてくれる女子社員でもある。
「じゃ、行きましょうか専務」
「は? 何処?」
「は? 専務の復帰会ですが何か?」
「何で…?」
「何でって。企画部全員参加ですが何か?」
曰く付きで去年この会社に来て以来、会社の飲み会に参加した事はない。この四月までは社長、常務、各担当部長ら以外の社員と親しく話した事は無かった。あるキッカケでこの企画部の若手の山本くんと親しくなったが、特に社員の半数を占める女子社員はこちらが話しかけてもスルー、まるで性犯罪者を見る目で俺を睨みつけていたものだった。
会社の入っているビルのほど近くの居酒屋へと、山本くんの介護の下トボトボ歩いて行くと、二十名弱の企画部のメンバーが本当に全員揃っていた。当然、俺を害虫視している女子社員らも皆揃って座っている。
まあこうなったら丁度いい機会だ、当たって砕けて微塵になろう。
「ぶっちゃけちゃいますけど。数々の散々な噂聞かされてましたから。もし本当なら死んでください」
おっと、いきなり死刑宣告かよ…
「私は今でも疑っています。ねえ専務。ホントに部下の妻を性奴隷にしたんですかっ」
おい…
「別れを渋る妊娠した浮気相手の腹部を蹴り飛ばしたのは本当ですか?」
おいおい…
「秘書に業務中に○○させたり○○させたのは本当ですかっ?」
クリントンかよ…
「契約社員を性奴隷にして正社員に上げたってホントですかっ」
…… お前、好きだな性奴隷ネタ
「奥様が倒れた時…」
ドキリ
「隠し子の運動会で借り物競走出ていたのは本当ですか?」
何じゃそれ…
あまりにくだらな過ぎて腰が砕ける。この子達、本当にこんなくだらん噂を信じていたの?
乾杯の前に、俺は長々と己の所業を語り尽くす。愛人は皆若くて巨乳だったこと(は隠しておこう)、土日に仕事と偽ってホテルで密会していたこと。妻の死を知ったのもそんな最中だったこと。その際に愛人につい手を挙げてしまったこと、そして訴えられー
「…… という訳。偉そうに言えないけれど、これが真相。真実。確かに浮気していたし。妻、娘には本当に悪い事をしたと反省している。以上。」
彼女達は何故か不満げな表情で、
「はあ?」
「何それ?」
「マジ?」
と囁き合っている。まあ、愛人との密会を公言するような役員を信用し信頼する女子社員なんていないわな、
「うん。キミ達が俺を厭うのは仕方がない。嫌ってもらって構わない。ただ会社の業務上…」
「たった、そんだけ?」
「全然、フツーじゃん。」
「ヤバくないじゃん、ってかアリじゃん。」
突如、彼女達が色めきだす。俺への視線が汚物や危険物のそれではなくなり、何か別の…
「へ? いや、だから仕事だけは俺の指示に従って… くださいませんか…?」
「キンピカ、ありじゃん!」
「えー、ちょ、わたし化粧ヤバッ」
「キンピ… 専務〜 カラオケとか行かないんですかあ?」
数人の女子社員が俺の席に押し寄せてくる。
「いや、だからっ 旅行業の事とかまだ俺よく知らないから、教えて…」
「ハアハア、フリーですよねっ 専務、今、独身ですよねっ?」
「ああん、キンちゃーん、私料理プチやりますの〜」
「いやーん、私今度、出張プラチナお供させて頂きますわっ」
「ちょっ 理絵ズルくねっ?」
「今日花先輩、近っ あ、手、ズルいー」
気付くと女子社員達に囲まれしがみつかれている。
男性社員の視線が痛い。山本くんの顔はこう語っている『この、裏切り者っ』
「ハアー 何この掌返し。アホくさ」
発情女子社員とは距離をおいている庄司さんの横にそれこそ這って行き、その途中での男性社員数名の肘鉄などの暴行を不問にし、
「なあ、どういう事? この豹変ぶりを説明してくれると助かるのだが…」
「思っていたより、鬼畜じゃなかったって事ですかね。私は興味ありませんでしたけど」
「鬼畜って… しかしあんな風に思われていたとは… 恐ろしい」
「恐ろしかったのはこちらですので。こんな鬼畜をこんな小さな会社に放り投げる銀行の横暴さ… あ、失礼しました」
「いや。まあ、身から出た錆だから…」
「なので、今後はフツーに金光専務は愛人志望の女子社員の的になる事でしょうが何か。どうぞお大事に…」
「何だそれ… いや、俺には彼女が…」
庄司さんは大袈裟なそぶりで、
「その方って、『金色夜叉』さんですよね、山本先輩が恐れている〜 何でしたっけ、伝説の警官殺し、でしたっけ? 誰も信じてませんから」
殺してねえし。何だよ金色夜叉って…
この夜以降、企画部女子が中心となって社内で公然と俺を
「キンちゃん」
「キン様」
「キンキン」
と呼ぶようになる。一方男性社員も
「キンさん」
ちょっとカッコいい。有楽町だけにな。
「ピカチュー」
誰だおいっ
とまれ、若い女子社員が専務取締役をあだ名で呼ぶような会社に明日はあるのだろうか。誰かフツーの会社員に相談してみたいのだが、生憎今俺の周りにマトモな会社員は存在しない。
先日、鬼怒川以来久しぶりに「出来のいい」健太が『居酒屋 しまだ』に来たので、その件を愚痴りながら尋ねると、
「金光。俺なんて中学生、高校生からなんて呼ばれてると思う?」
彼は川崎フロントなんちゃらと言うJリーグのユースチームのコーチをしている。
「おい「ケンタ」だぞ。一体どうなってんだ今のガキどもは!」
と逆にキレ始めるのを、
「ちょっと、永野サン、飲み過ぎじゃね? てか、それうちのバカ息子なんす、てへぺろ」
連れのモデルばりの美人の彼女、あゆみさんと言う、が宥めながら何だか複雑な関係を話しだす。は? あなた子供いるの、それも高校生の? とてもそうは見えない若さに驚いていると、
「いやいや、深川のクイーンには敵わないっす。アタイらの永遠の愛奴流っす」
どうやら彼女、元レディースの総長で、伝説の深川のクイーンを大昔から尊敬していたそうな。そんな彼女がジョッキを空けながら、
「下に慕われるのと舐められるのって、大違いすから。タメ口だろーが何だろーが、笑って話しかけてくるのは慕われてるっす。もし舐められてたら、そいつらは目が笑ってないし話しかけても来ませんし」
おおお… さすが、大勢の人を束ねて来ただけのことはある…
「大丈夫っすよ、えーと、金光さん? 話聞くっ限り、その子らアンタのこと慕ってますって」
「ほ、本当かい?」
当然だろ、とばかりに流し目でウインク。これがまた、光子とも由子とも異なる色気というか妖艶さ? あの体育会系熱血ケンタが舞い上がり夢中になるのも納得できる。
彼女の言葉を胸に秘め、明日からの業務、彼女達に大いに期待してしまう。
* * * * * *
女子社員の呪い、ではなく誤解が解け、俺を中心とした企画『間宮由子 あおばの歌花』は飛躍的な進捗を示す。 リハビリで通院する為、出社はどうしても午後からになるのだが、前日に指示しておいた業務は次の日の午前にほぼほぼ片付けられており、彼らのポテンシャルの高さに相当驚いている。
「いやー。僕ら所詮Fランっすからー」
「私なんて専門出なのでー」
「それに比べてキン様〜 一橋ですから〜」
「東京三葉の支店長様ですから〜きゃっ」
「それより〜 キン様〜 キン様〜〜」
女子社員の誤解は解けたが、手の返しぶりにウンザリだ。社内では四六時中誰かが付き纏い、意味不明の夢物語をキャッキャ言っている。俺はジロリと睨み付け、
「…… 何?」
彼女達は目を爛々と輝かせ、
「あの間宮由子さんと〜 昔付き合っていたってホントですかっ?」
「隠し子がいるって〜 マジですかっ?」
「間宮さんの、アツシー、メツシーだったってホントですかっ で、何ですか、アツシーって?」
…… 出来のいいケンタのあゆみさん。俺、本当に慕われてるの?
一々話すのが面倒臭いので、開催が二週間後の迫ったある夜、『居酒屋 しまだ』に企画部員を全員連れて行く。勿論、その場に由子も招待する。
「あの… 大ファンなのです。心からファンです…」
何故か、そしてどうやって聞きつけたのか、鳥羽社長が俺たちと一緒にやってきて、今由子に跪いている…
「由子ちゃん。社長の鳥羽さん。夏からずっと俳句教室通ってて〜」
社長を紹介すると、妖艶な笑みを浮かべ、
「鳥羽社長。間宮です。この度は本当によろしくお願いします。私もこんなに大きな句会は初めてで、ちょっと不安で〜 あの、頼ってしまっていいですか…」
あこらいかん、また一人、被害者の会会員が増えてしまいそうだ。
「オマ、オマ、お任せくだしゃい、この僕に!」
あーあ。やっちゃった。年の差二十だぞ…って、下手したら社長の方が年上に見えるし。
そんな社長を突き飛ばし、企画部女子が由子に突撃インタビューだ。
「間宮先生っ キン様とはどういう関係なのですかっ?」
「えーと。私の 初戀の せ・ん・ぱ・い」
ちょっと切なげなえっちな表情で言うものだから、中小企業のO L如きは即舞い上がる。
「きゃ〜〜〜〜〜」
「きゃーーーーー」
「す、スッゲーーー 流石キンさん…」
「やっぱ、凄え人なんだ、このオッさん…」
由子は女子社員に取り囲まれ、スマホで自撮りされ、社長はサインを直訴し、男子社員全員と握手アンドハグし、何となく句会の方向性が互いに共有出来たと覚えしとき…
「おー、ゆーこ。飲んでっかー。おー、オメエ、ウチの人の舎弟じゃねえか。ちゃんとやってっかコラ」
久し振りにグラスの自由落下音が店内に響く。それも複数個…
「ヒーーーーーーーーーーーー で、出たーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「んだとコルア。おうっ オメエら。コイツの事よろしくなっ カリシウム不足でひ弱なヤツでよ。よし、今日はお前ら、アタシの奢りだ、好きなだけ飲んでけこのヤロウっ」
山本くんが死後硬直する、生きてるけど。社長が由子の陰に隠れて震えている。女子連中が一斉に壁際に後ずさる。
皆、突如奥から現れた反社会性溢れる中年女性に恐れ慄いている。特に、山本くんから噂を聞いていた女子連中は、今にもおしっこをちびりそうな顔で震えている。
「嘘、でしょ…」
「山本の… いう通り…」
「殺してるよね、絶対…」
光子は壁際で泣きそうになっている女子連にゆっくりと近付きながら、
「おっ女子社員。いいかオメエら。コイツに手え出したら…」
物凄い迫力で一人一人を舐め回すように睨み付けながら、
「ゴクリ…」
「埋める」
「ヒッ…」
「沈める」
「イヤっ」
「ぶっ刺す」
「ギャッ」
後日聞くところによると、三名ほど本当にちびったとのこと。慰謝料とえっちな下着を請求されるも、光子に聞いてみると言うと訴状を取り下げてくれた。
「なんてな〜 ま、ヨロシクな、ショボいヤツだけどー」
「よ、よせ… ドン引きしてるだろ。ゴメンなー 怖いけど悪いヤツじゃないんだ…」
「でも… なんか〜」
「超カッケー よく見ると、メチャ美人?」
「ノーメークで… ありえない… あれで、化粧したら…」
貸切の『しまだ』の夜は、ゆっくりと濃密に過ぎて行く…
* * * * * *
松葉杖とれてから行けばいいのに、とブツクサ言いながら毎朝光子が俺を家から駅まで車で送ってくれる。リハビリの日は病院まで。会社帰りはちょっと遠回りだが『しまだ』に寄って夕飯を食べ、翔と勉強?に勤しむ葵を強引に引っぺがして家までの杖代わりにする。
「パパ。もう面倒臭いからさ、こうしない?」
「何?」
「パパがババアのとこに住み込む。そんで、翔くんがウチに住み込む。どうこれ?」
「…… オレは… 十五の母の父になりたくない…」
「ハア? 変態! エロオヤジ! 翔くんの爪の垢煎じて飲めっつうの。」
「ほお。そんな言い回し出来るようになるとは。あのな… 避妊はちゃんと、しろよ…」
「ハアア? アンタに言われたくない言葉ランキング1位なんですがっ って、はあー」
「…お、おい、何だその溜息… ちょ、ま、まさかお前…」
「来ないんだ。先月から…」
「えええええええええええええええええええええええええええええ」
「って言ったらビビる? てへっ え、危ないっ ちょっ、大丈夫パパっ 足平気?」
コンクリートに尻を激しく打ち付け、しばらく息が出来ない俺に葵が語り出す。
「あのババアの孫じゃん、翔くん。すっごく堅いの。アレに関して… 私は『いいよ』って言ってるのに…」
「おいっ…」
「そういうのはダメって。ちゃんと責任取れるようになるまで、したくないって。」
「おおお…」
「あのババアも、でしょ? 見た目はヤリマン色エロババアじゃん。でも違うんでしょ?」
「そう。全然違う。」
「凄いよね。それで、今まで三人好きになってそれぞれ一回ずつって…」
「それな…」
「どんだけ真っ直ぐで誠実なのよ。ねえパパ、しんどくない? 疲れちゃわない? あの人といると。パパ本当に幸せ?」
「お前、しんどいか? 今?」
「全然。一緒にいれるだけで幸せ。」
「俺も。一緒にいて、同じ空気吸って、同じもの見て笑って、喧嘩して、いつの間にか仲直りして。お前には本当にすまないけど、里子といるより今がーそのー」
「やっとわかったよ。パパの気持ち、最近ね。でもあの頃も浮気相手とそうだったの?」
「それは違う。彼女たちにはこんな気持ち全く持たなかった。」
「そっか。それ聞いて、ちょっとホッとしたよ。でもママ天国で怒ってるだろうなー」
「だよなー」
* * * * * *
句会の準備は着々と進んでいく。マスコミの間でもかなり話題になりつつある。開催日は文化の日の夕刻。企画部の面々の奮闘により、何とか開催にこげつけそうである。
俺は光子、由子と共に前日に修善寺に入る。俺はとても運転できる状態ではないので、光子が俺の車で途中由子を拾い、前回と同じルートで修善寺にやってくるー
…… ただ。前回と大きく異なるのがー所要時間だー コイツは法定速度の概念が全くなく、常にバックミラーを睨みながら追い越し車線をかっ飛ばしていく。
助手席の由子はそれを諫める事はなく、一緒になって「もっと飛ばせー」などと光子を煽る。先行く車は光子の煽り運転に瞬く間に車線を空け、前回の半分の時間で修善寺に到着したのだった…
「私も車欲しくなって来ちゃいました、真っ白なメルセデスがいいなあ」
と言って俺に流し目をするので、
「うちの社長なら買ってくれるかもよ」
と言うと、申し訳なさそうなつまらなそうな表情でそっと首を振る。あれ、うちの社長って妻帯者だったっけ?
修善寺の名旅館、『あおば』。梅雨明けに来た頃は瑞々しい緑に囲まれ清々しさを堪能したものだ。今は赤く色づいた木々に照らされ言葉に出来ない美しさに目を奪われ、『和の美』の奥深さにただ圧倒されている。
「女将さん。この度はどうか宜しくお願いします。」
「金光専務。こちらこそよろしくお願いします。私達も間宮先生の句会を開いて頂き、本当に感謝しております」
「明日、マスコミがかなり入ります。その辺りの打ち合わせを後程」
「はい。是非に。でも、まずはゆっくり汗を流してくださいませ。奥様も。さあ」
「えへ。宜しくな。アタシ、ここ大好きなんだっ」
「嬉しいお言葉頂きました〜 日本酒用意しますね、露天の方に!」
「うあー ゆーこー あたしゃ生きてて良かったわー なー」
「先輩ったら〜 もう涎拭いて〜」
「オホホホ。奥様と先生の為に、よーく冷やしておきましたよ」
「お、女将… 殺す気かアタシらを〜」
「オホホホ。キンキンですよ、キンキン〜」
「ヒーーーーー」
「で、先生の挨拶が終わったら、この企画書通りに句会を進めていきます。投句される参加者に変更ありますか?」
「いいえ。皆様本当に楽しみにされています。投句用紙はお一人様に三枚で宜しかったでしょうか」
「はい。会場となる能楽堂の入り口にて渡していきます」
「お天気も良さそうで。素晴らしい秋の夜長となりそうですね」
「これも皆さんのご協力のお陰です。あとは恙無く進行することを。他に何かご不明な点は?」
「御社の企画書が大層立派で分かりやすく。特にございません」
「それは良かった。明日、その場で何でも仰ってください。すぐに対応しますので」
「分かりました。それにしても… 奥様は不思議な方です」
俺はニガリ顔で、
「あの… 妻ではなく、『彼女』というか、『パートナー』と言うか…」
女将はクスリと微笑み、
「ええ、ええ。私共もそれこそ星の数程のご夫婦、パートナーを見てまいりましたので」
「そうですよね…」
「あの方ほど陰陽のはっきりした方、それも人智を超えた強さと弱さが露わにされている方は初めてです」
「はあ…?」
「しっかりと側に居てあげてください。そうすればー」
「そうすれば?」
「きっと専務にもー お喋りが過ぎました、失礼しました。」
「はは、精々頑張ります。」
* * * * * *
秋晴れの太陽が沈みかけ、庭園の紅葉を真紅に染める頃、厳かに句会が始まる。生中継のTVは入らないが、多くのカメラマン、記者が句会の舞台である能楽堂を取り囲み、主宰である間宮由子の登場を待っている。
参加者は既に投句を終え、同じく先生の登壇を待っている。日が沈み辺りが暗くなると同時に松明に火が灯され、幻想的な光景が醸し出されると参加者もマスコミ諸氏も『おおー』と声を上げ、暫しその光景に魅入られている。
程なく着物姿の間宮由子が現れる。優しく揺れ動く松明に照らされながら歩く姿、その美しさはこの世のものとは思えない。軽く笑みを浮かべながらすれ違う人々に軽く会釈をして行く。男女を問わず、まるで魂を抜かれたような表情で彼女の跡を目で追う。
開会の挨拶が終わると選句、披講と続き場の雰囲気が急に賑やかになる。参加者に我が社の鳥羽社長がいるのはご愛嬌だ。顔を紅潮させ必死に清記用紙に書き込んでいる姿が嬉しそうだ。
社長を除く参加者は皆、地元周辺の方に限定した。普段俳句なぞ詠まない方にも参加して貰っている。よって、然程堅苦しい会ではなく、和気藹々とした雰囲気を楽しんでもらいたい我々の思惑が行き届いているのが嬉しい。
時折鳴り響く雷のような鼾も、何となく暖かく見過ごされているのでホッとする。だから部屋で寝とけとあれ程… クソ。
主宰である由子の選評は爆笑の連続だった。TVでもおなじみの天然ボケを遺憾なく振り翳し、『お笑い俳句道場』化している。
『わが妹』と詠んだ参加者に『この季節なら里芋を…』と強引に変換を促すわ、季語を勘違いした句に対し、秋の季語を各句に一つずつ無理やり入れてみるわ…あれ、それって…
予定の時間を大幅に過ぎ、然し乍ら予想以上の大盛況の中、間宮由子主宰の句会は無事に終了する。閉会の挨拶を終え、降壇する彼女は来た時と同じように笑顔を振りまきながら下がっていく。
途中、一瞬ギョッとした表情を見せるがすぐに元の表情に戻り、ゆっくりと控えの間に下がって行った。
「専務… 金光さん… 僕は、僕は最高の時間を過ごせましたっ」
「ははは、社長、落ち着いて…」
「今日が、僕が会社を興して、一番の日です。有難う、本当に有難うございます!」
「社長。これからですよ、これから。我が社はこんな事もやってのける、目の離せない会社であるって、ガンガンアピールしていかなくちゃ。」
「ええ、ええ。それはもう。やりましょう、やって行きましょう!」
鳥羽社長は由子から贈呈されたサイン入り句集をしっかりと胸に抱き、何度も頷くのであった。
* * * * * *
静かな興奮の醒めやらぬ翌朝。思いもよらぬ来訪を受ける。
「金光。久しぶりだな。元気そうで何よりだよ。怪我は大分良くなったのか?」
俺は目を擦り、そして間違いなく三十数年ぶりにその男の姿を確認する。
「…… 青木、なのか?」
「すまんな朝早くから。しかも出先にお邪魔して」
「いや… ついこの間お前の話をして…」
「ああ、その話は後で。それより間宮由子さんは居るな?」
「……」
「あ、これ。俺今ここに」
青木が差し出した名刺を見ると、
「静岡県警… 刑事部… 捜査二課… 課長…」
「間宮さんと話がしたい。これ、令状」
「ま、待ってくれ… 何が何だかさっぱり…」
「…… 成る程。では間宮さんを呼んできてくれるか。その間に宿の責任者とも話があるから。おい、行くぞ」
「ハイ」
朝一人早起きをし、リハビリがてらの秋の修善寺の朝の散歩を楽しみ、宿の庭の一角で今後の会社の発展に思考を巡らせていると、男性従業員が俺に近づき、お客様がいらしていると言うので玄関に出る。つい先月、大学時代の仲間内で話題となった青木が、複数の目の鋭いスーツ姿の男達、あ、女性もいた、を従え俺の前に立った。
三十年ぶりの邂逅だと言うのに、まるでつい最近会ったかのような言動に、昔の彼を思い出すと同時に、何故警察官の彼がわざわざ俺の所に来たのか全くわからなかった。そして、由子に話があると聞いた瞬間、完全に頭が真っ白になった。
フラフラと光子と由子の部屋に行き、扉をノックする。由子は既に起きており、眠そうな顔でどうかしましたか、ひょっとして朝這いですか、などと宣う。が、俺の蒼ざめた表情をすぐに詠み取り、そう、俳人だけに詠み取る。で、何かありましたか、と真顔で言う。
警察が、しかも俺の学友だった捜査二課の刑事がキミを呼んでいる、と言うと彼女は怪訝な顔をして刑事? 私に? と俺に問う。
俺は軽く頷き、外で待っているから着替えて出て来て欲しい、と言うと彼女も軽く頷き、すぐに行きますと言う。
ロビーに出ると青木が女将と話をしている。女将は真っ青な顔をして青木の話を聞いている。
「青木。何があったんだ。教えてくれ」
「間宮由子は?」
「…… 彼女が何をした?」
「少し待ってくれ。では女将、今言ったことをすぐに確認して欲しい」
「…… わかりました。少々お待ちください…」
「金光、庭に出ようか」
後からついて来ようとした刑事を青木は片手でいなし、俺たちは二人で日が昇りたての庭園に歩を進める。
「匿名でな、情報が入った」
「情報…どんな情報だ?」
「間宮由子がこの宿の、ある有名な画伯の絵画をすり替えた、と」
「…… 全く意味がわからない…」
「そうか。お前、間宮とはどんな間柄だ?」
「間宮、間宮って。もう容疑者扱いなのかっ?」
「間宮との関係は?」
変わってない。何一つ変わっていない。己に厳しく他人にも厳かったあの頃と。練習をサボった時の俺の嘘を瞬時に見抜いたあの頃と。
「どうせ、もう調べてあるんだろう。お前のことだ」
「ふっ お前は変わってないな。あの頃と」
まじまじと青木の顔を見てしまう。お前も同じ事考えていたのか… この時この場でなかったら声を上げて笑っていただろう…
「で。それは本当なのか、絵がすり替わったってのは?」
「今女将が確認している。お前も心当たりがあるだろう、間宮の絵画趣味に関して」
「まさか… その絵って、」
「知っているようだな。」
「小倉遊亀、じゃないだろうな?」
ガラス戸がガラガラと引かれる音がする
「課長、確認取れました。やはりあの部屋の掛け軸は小倉遊亀の絵に間違いありません」
「よし。金光、間宮はまだか?」
白のカシミアのセーターにキャメルのパンツ姿の由子、がこちらにやって来る。
「せんぱい… 一体何が…」
「間宮由子さんですね」
「はい」
「こちらが捜査令状です。お部屋を調べさせていただきます」
「はい?」
「金光、部屋に案内してくれ!」
「課長、金光も一応…」
黒スーツ姿の若い男が青木に抗議するが、
「構わない。金光、連れていけ」
「ちょ、ちょっと。貴方達こんな早朝から、どういう事ですかっ?」
珍しく、というより初めて、気色ばむ由子を見た。
「貴女も一緒に。部屋は二階だな?」
「ですから、何事ですか一体。ちゃんと説明してくださいっ」
「貴女の部屋で説明しますから。ここを右だな。楓の間は?」
「あ… ちょ、ちょっと…」
「ここですね。おい時間っ」
「七時丁度です」
「待って、ちょっと待って!」
由子が部屋の前に立ち塞がる。
「ハイ、捜査妨害になりますよ、どいてください!」
女性刑事が由子を押さえ付け… ようとした瞬間、女性刑事は一瞬のうちに腹這いになり、
「待てっつってんだろうが、コラ!」
若手の刑事が彼女に飛び掛かろうとするが、由子は左手で女性刑事の髪を握り、右手の人差し指と中指を床に這いつくばった彼女の目に押し当て、
「近づいたらコイツの目玉、抉りとんぞ!」
まだ朝起きて一時間も経っていないのに、俺は本日二度目の頭真っ白である。
「ゆ、由子ちゃん…」
由子は今まで見たことのない鬼の形相で俺を睨み付ける。一瞬で漏らしそうになる。
「アンタも動くなっ で。タレ込んだんはオメエかコラ。光子さんはオメエのラヴじゃなかったのかよ?」
「ラヴ!」「ラヴ?」「らゔ…」
俺を含めた刑事達の頭上にハテナマークが浮かぶ。
「それを… 何マッポのダチに売ってんだよ。ああ? 何とか言えやコラ!」
「なあ金光。ひょっとして間宮は…」
「課長… この人本気で…」
「カチョー、私は平気ですっ 今のうちに中に… ヒイー」
「テメエは黙ってろクソ娘があー」
俺は自分を落ち着かせながら、ゆっくりとした口調で、
「由子ちゃん。俺の話を聞いてくれ」
「イヤだね。その前に。何で光子先輩をサツに売ったんだよ?」
天然過ぎるぞ後輩。
「由子ちゃん。この捜査令状、光子に対してじゃない…」
「あああ? え?」
「あのさ、由子ちゃん。落ち着いて聞いてくれるかな…」
「光子先輩じゃねえって… じゃあ、何なんだよ?」
俺と青木達刑事組は何度もアイコンタクトをしながら、
「キミに対しての、令状なんだ…」
「え…? ハア…? 私に…? なーんだ、そっか、そうだよね。せんぱいが先輩を売るなんて… ないない! やだー勘違いしちゃって、取り乱しちゃったー もー」
由子は瞬時に般若の形相からいつもの愛らしい美魔女ルックに変貌し、きゃははと声を出して笑い出す。
「……K、か、かね、金光…」
「おう、どうした、青木?」
「プッ… クッ… く、苦しい…」
「そうか、そうだろう。それは苦しかろう。ははは。皆さんも、ちょっと辛そうですね」
「か、課長… トイレに行ってきます…」
「わ、私はしょ、所轄呼んで来ます…」
「間宮さんっ もう離してください… プッ プッ キャハハハ〜」
「コラっ 笑うなっ 腹這い海老反りで笑うn… ギャハハハハ〜」
「ああああ、トイレ、間に合わな… ブハハハハハ〜」
もはや堪えきれず。皆、腹を抱えて笑い出してしまった。
「やだなあ、皆さん人を笑い者にして〜 あー、せんぱいまで〜 ひどーい」
「ハアハア… なんてこった… よし。間宮さん、改めてお部屋を拝見させて…」
「んーーー、やめといた方がいいかもですよおー」
「ハア? 金光… ちょっと… おい、何なんだこの人。俺らをおちょくってんのか?」
「んーー、フィフティフィフティかな。でも、まあ、令状あるし。いいんじゃね部屋入って」
「そ、そうか。そうだな… って。いやいやいや、捜査令状ですからっ 部屋に入りますからっ 田中っ 俺間違ってるか?」
「課長、間違っておりません」
「よし。踏み込むぞ。来いっ」
「あーーーーー、やっぱダメえー」
「間宮さん。立場悪くしますよっ これ以上捜査妨害すると」
「知ーらないっ 刑事さん達の立場、もっと悪くなっても。」
「何言ってんだこの人は… よし、入れっ」
「ハイ。入ります。… うわー」
「どうした田中あー 何か… ワーオー」
「おいっ 山岸、ブツがあったのk… ヒューーーー」
「お前達。何やってんだ一体… ………こ、これは………」
硬直する四人の刑事達。特に男性刑事は顔を真っ赤にし、背中を丸め股間を両手で隠す。ザックリと何が起きたのかわかるのだが敢えて聞いてみる…
「由子ちゃん、光子浴衣ちゃんと着て…?」
「ませんねえー メチャ肌蹴てましたねえ。え? もちろん下着は着けてませんねえ〜」
「オマエらっ 何見てんだっ ふざけんなーーーーーーー」
生まれて初めて、警察に本物の殺意を感じた。