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3話 失われた青春

 誰かの話し声に満ちた空間の中、ルシルさんは話しを切り出します。私は隣でホットココアの甘さを楽しみながら耳を傾けます。

「まずはお名前と職業をどうぞ」

「葛城誠、40歳。高校の教師をやってる」


「学校の先生! 憧れます! 学校は楽しい所でしょうか?」


 思わず大きな声を上げてしまいました。

「青春の場所なんですよね! 友人と勉強したり、部活に汗を流し、誰かに恋をしたり。あぁ羨ましい……」

 この国に来てから大好きになった、少女漫画のキャラクター達はみんな、青春を楽しんでいました。


 青い春と書いて青春。その響にウットリします。この言葉を考えた人は実にロマン溢れた人だったのでしょう。

 

「楽しくは無いかな。君……学校行ってないの?」

おじさま――誠先生は目を丸くしました。そうでした。この世界の常識は学校に必ず行くという決まりを思い出しました。

「イチゴちゃんはちょっと特殊な家庭環境でしてね。ただ家庭教師が付き添っていたので、学力は問題ない、むしろ優秀なくらいです」

 珍しくルシルさんがストレートに褒めてくれます。

「えへへ、久しぶりに褒められるのは嬉しいですね」

「……学力以外が問題なんだけどね」

 むぅ。せっかくいい気分になったのに。ルシルさんはいつも一言余計です。


「そうか……今の時代、教師なんていらないのかもしれないね」

誠先生は悲しそうに呟きました。彼はため息に似た言葉を吐き出します。

「毎日ストレスが貯まる一方さ。サービス残業に授業をまじめに聞かない子供達。やったこともないのにバスケ部の顧問嫌味な上司とモンスターペアレント。そんな人達に頭を下げ続ける日々。……ほんと、頭がどうにかなりそうだ」


「そんな、先生は青春を見守る素敵な大人の人では……」

「……夢を壊して悪いね。僕の口からはとてもじゃないが良い所とは言えないな」

「そうですか……」 

 少しショックです。私は幻想という夢を見ていたのでしょうか?

 現実は残酷だからこそ、誠先生の様に、人は夢を望むのかも知れません。

「この国の人達はどうも疲れてる訳ですね。それで……見たい夢とは?」


 ルシルさんは指を組んで誠さんの目をじっと見つめます。まるで何かを見極めるように。

「あの頃……青春時代に、戻りたい。そして清水夕梨花に告白したい」

 先生の声が少し強くなります。

「なるほど。ーーそれは実に良い夢になりそうですね」

 夢魔の王様は頬笑みます。

「夕梨花は幼馴染だった。……あの日々は夢の様だったよ。好きな人とずっと一緒にいられるなんてね」


「ただ、その夢を望むと言う事は、奥様との幸せな日々は消えてしまったと――」

 誠先生は俯き、苦しそうに言葉を吐き始めます。

「……そうだ、20年前、事故で亡くなった。告白しようと思ったのに……あの時、僕はとても途方に暮れて、今までなんとか彼女の分まで生きてきたけど……もう、そろそろ疲れたんだ。ただただ楽しかったあの頃に、戻りたい。」


 もう二度と会えない、初恋の人にもう一度会いたい。

 その純粋な願いはとても切ない響きで、私は少し泣きたい気持ちになりました。大丈夫ですよ、私とルシルさんがその夢をきっと叶えます。そう心の中で呟きました。


「よく分かりました、ありがとう。……では明日、駅前のペンギン像の前で会いましょう。――今夜は良き夜を」

 ルシルさんは立ち上がり深くお辞儀をし、歩き始めました。私も先生に頭を下げ、後を追いました。

 誠先生は思い詰めたように、机を見つめていました。


 外は既に深夜だというのに霧夜のビル街はカフェに入る前と変わらずピカピカ輝いています。ずっと眠れないのは嫌だなぁ……。

 そんな事をぼぅっと考えていると、ルシルさんは振り返りニコリと笑います。


「いちごちゃん、何はともあれご苦労だったね。今日は初仕事のお祝いにご馳走を食べに行こうか」


「えっ本当ですか!?」

私は最近楽しみが出来ました。

それはご飯を食べる事。

ルシルさんに会う前は、果物、野菜がほとんどでした。

【あの人】の好みの身体になるように。完璧なバランスを配合された食事ばかりでした。

だけど知ってしまったのです。

この世には、沢山の美食があり、それは悪魔的な魅力がある事を。

「うん。人間の最も偉大な発明は料理だからね。さぁ、思い切り堪能しに行こうか」

「はい!」

 私は嬉しくなって、前にいるルシルさんの元へ駆けだしたのです。


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