プロローグ
私は愛でられる為に生まれました。
どんな女性よりも美しく、愛らしく、艶めかしく。
只々、男性の全ての欲望を満たす、それだけの為の存在です。
今思うと、私は最初から人間では無かったのです。
例えるならーー。羊さん、でしょうか?
羊さんは大切に育てられて、その白い体毛は剃られて素敵なお洋服に、その身体は焼かれて美味しく食べられる。
私も、あの子達と同じです。
私はそれで構わない、むしろ誇らしいとすら感じていました。
そんな私を奪い、だけども、決して食べてはくれない人が現れました。
彼は私と同じ人間ではありませんでした。彼は悪魔だったのです。
背中には聖書で読んだ様な、漆黒の翼。その翼は月光を吸収し、美しく輝いていました。
悪魔らしく意地悪だけど、そのあとすぐに優しく微笑みを見せる彼は、夢魔と呼ばれる風変わりな悪魔の王様だったのです。
彼に奪われ、供物では無くなった私は戸惑い、困りました。
他に生き方を、知らないから。
まだ生きようとは、思っていなかったから。
途方に暮れる私に、それならこうしようと悪魔はふわりと言います。
「それなら――共に夢を見ようか。果実の少女」
果実。そんなに食べられたいのなら、ただその時を待つ羊では無く、自ら紅く色付く果実になれ。そう、悪魔は微笑みながら告げました。
その言葉に頷いた私は、彼の好物の苺の名を与えられました。
こうして私は夢を見ない街、霧谷の中で、ルシルさんと夢を見せているという訳なのです。