008,「人間以上死神未満」
身体が軽い。
打撃から鎌を振り回すようなものまで、死神から繰り出される攻撃を、俺は全てかわしている。これが心優莉がくれた力なのだろうか。
「好翔の本当の力だよ」
「俺の、力?」
「うん!」
俺の力。
心優莉が俺に、死神にも通ずる力を与えてくれたのではないのだろうか?授けてくれたのではないのだろうか?
「気づいていないのか?さっきも言ったろ?彼女は人を導く天使。つまり、道を作り出す存在さ」
攻撃しながら、死神は俺に問いかけている。器用な奴だ。
「君の本来持つ死神性を導いた。引き出したって所だろう。いくら天使だって元からない力は与えられないさ」
空を飛びたいといくら願っても、人間に翼が生えるわけない。だから人類は飛行機を発明したように、与えられるのではない。自らの能力で、切り開かなければならない。
導く天使は、そんな人間の内なる可能性を引き出す、そういう存在なのだとか。
「そもそも心優莉が俺のそばにいてくれたのは、俺が死神だったからなのか?」
「それは、違うな。君自身、言ってたろ?君達は二人して、自分の中にあるものを自覚していなかったと」
だったら心優莉はどうして俺に
「死神の言うことが本当なら、私は多分、一人ぼっちだった好翔を何とかしてあげたかったんじゃないかな」
自業自得とはいえ、クラスでは、誰からも避けられ、話しかけられやしない。次第に自分からも人と距離を置くようになった。
だから、心優莉にも最初はあんなにもキツく当たってしまった。
母親も死んで、父親も亡くしていた俺は、完全に孤独だった。
そんな俺を、心優莉は良い将来、未来へと導こうとしたのだろうか。
だから、寄り添ってくれたのだろうか。あの日から、今までずっと。
いつだって隣で笑ってくれた。明るくいてくれた。俺の人生は、心優莉なしじゃまわらなかった。
「でもね、私は天使じゃなくっても、好翔と一緒にいることを選んだと思う。でしょ?好翔」
この声だ。
俺の名前を呼んでくれる。
子供みたいに無邪気で、母親のような温もりに溢れている。友達や信頼出来る人のいなかった俺には唯一の居場所だった。母親も父親もいない俺にとって、俺はこの子に、何度救われたのだろうか。
数えきれないな。
「……心優莉」
俺は、横で笑う彼女の顔に、見惚れていた。安心していた。
安心してしまっていた。
すなわち、油断していた。
——▽▽▼008
強い衝撃が体を走った。
「余所見はよくないなぁ。天使も、余所見させるような言動は、関心しないぞ」
ふいに入ったのは重い一撃だった。
スキップのように軽い身のこなしの上で、回し蹴りを繰り出した死神。
俺の脇腹に入りこんだその脚は勢いのままに、俺を吹き飛ばした。教室の壁を抜けて、二クラスもまたいで、俺は多目的室の地面へと倒れた。
「好翔——」
すぐに俺が飛ばされた教室まで向かおうと体を走らせようとした心優莉だったが
「回復はさせないよ」
死神は、心優莉の背中にまわり、俺にしたような身軽な動きで、彼女を思い切り蹴り飛ばした。
「心優莉っ‼︎」
心優莉は、廊下側の教室の壁を抜けて、そのまま暗く静まり返った廊下へと飛び出し、教室前の壁に強く叩きつけられた。
その衝撃で、廊下に沿って伸びる窓は一列、綺麗に割れた。
「少し、勢いが足りなかったか。天使とはいえ、戦闘タイプじゃなければ、所詮はそんなものって所。それでも先導者なんだかねぇ」
「よし……と……」
心優莉。
マズい、心優莉が、殺される……。
彼女に次はない。
どうする。どうすればいい⁈
考えてる暇なんか
俺は足に力を込めた。バネをイメージして、思い切り、死神目掛けて飛びかかる。
開いた壁を上手くすり抜けて、死神の横顔に、右頬に、俺は拳を——
「無駄だよ」
「——?‼︎‼︎」
またしても、俺の腹を貫くものだった。
しかし、今度は拳ではなく、死神の持つその凶々しいほどに鋭利な鎌の刃先、それが腹を貫通していた。
「がはっ⁈」
自ら勢いよく突っ込んだせいで、傷口は余計に深かった。意図せずとも口から血が吹き出し、腹からも同じものが静かに流れる。
もはや体は薄皮一枚で繋がっている。
「終わりだね。天使に力を引き出して貰ったにも関わらず……、呆気なかったね」
死ぬ。死がすぐそこまで足音を響かせている。
せっかく心優莉がくれたチャンスを俺は、何一つ活かせずに死ぬのか?
死ぬ。死ぬ。死ぬ——
死にたくない。俺は死にたくない。
まだ、死にたくない。
まだ、死ねない。
死ぬわけに行かない。
心優莉が隣で笑ってくれる、あんな日常を取り戻すまでは、
まだ——
「——まだ、死ねねぇっ」
「何?」
「よ、好翔……」
痛みなんか意識しなければ、痛くも痒くもない。そう言い聞かせるように、誤魔化すように、俺はただ叫んだ。
まだ死ねない。心優莉を残して死ねない。俺にはまだ、彼女にしてやることがある。恩返ししなければいけないことが沢山あるんだ。
だから
「まだ、これからだぜ……。」
「ふふ、粘るねぇそんな身体で、天使のおかげかなんなのか、最早、痛みも傷みも気にならないって?」
死神を倒すまでは、死ねない。
心優莉を殺させない。
俺は、死ねない。
俺は、死なない。
「ゴメンね、好翔、役立たずで……」
心優莉は、教室の向かい壁に、座り込んだままだった。
「そんなこと、ねぇよ……。お前のおかげで、俺はまだ戦えんだ」
足元も覚束ないはずなのに、俺の意識は、それだけはハッキリと、死神という標的をしっかり、睨みつけていた。
「⁈」
その時だった。右手の指先に何かが、集まってくるような、そんな感覚を覚えた。
熱い血が全部、右手に集中していくような、そんな気さえする。
これは一体——
指先に集中し、集合し、形を形成した。見覚えのある、見覚えしかないそのものは、確かに俺が作り出したようだった。
「へぇ。すごいねー。この短時間でまさか、鎌をも実体化出来るようになるだなんて」
どうやったかは分からない。けれど、俺の右手には、確かに死神と同じような大鎌が形作られていた。
「死神の持つ鎌は、自身の霊力と意志に関係していてね。霊力が弱ければ大きさもそれに影響するし、或いは実体化にまでは至らない。そして、強い意志がその鎌の能力を大きく左右すると言ってもいい」
「霊力と、強い意志?」
「そうさ。君の場合、元々持ち合わせていた死神の霊力と、プラス、天使によって鎌を実体化出来るほどに霊力が向上したのだろう。そして、その霊力に君の強い意志が加わった。」
「俺の強い意志……」
俺の、強い意志って?
「そう、君の強ーい意志だよ」
俺は、気が付けば彼女のことばかりだった。
心優莉。そうだ、俺の意志は
「心優莉とまた、一緒にいたい」
これが、多分、俺の強い意志。
瞬間、死神は、その不気味な笑みを更に深くした。
心優莉は、力を振り絞って起き上がり、「私もだよ」と、彼女の顔こそ見えなかったが、俺の後ろで優しく笑っていた。
「全く、これだから人間と来たら。絆なんて馬鹿馬鹿しい。友情なんて阿呆らしい。愛情なんて」
「お前にはわからねぇよ」
「ふふふ。そうとも限らないさ。」
ふと、死神の眼差しが虚ろいだ気がした。
しかし、死神も、それ以上深く掘り下げようとはしなかったし、俺も訊かなかった。
「ちなみに、僕がこの鎌を創り出す時の意志、知りたくないかい?」
「んなこと、どうだっていいよ。俺はお前を知りたいとも思わない」
「まぁまぁ、そう言わずにさ♬」
死神の意志なんて
「僕の強い意志はね」
どうだっていいはずなのに
「殺したい。それだけさ」
毒でも盛ってやったように嗤うその顔、言葉に思わず全身から血の気が引いてしまった。そんな感覚を覚えた。
「そんなの、意志でも何でもねぇよ……」
「確かに君の言う通りかもしれないね。けれどそんなに枝葉末節でもないさ。その人が貫く何か、それこそが、強い意志、違うか?」
確かに、死神の言っていることは、強ち間違いではなかった。
「面白れぇじゃねぇかよ……。だったら、受けてやらぁ……。テメェの意志をぶっ潰してやるよ」
「全く、言わんとしていたけれど、君は口の利き方を教わらなかったのかい?」
「生憎、母親も父親も幼い頃に逝っちまったもんでね」
俺には、母親も父親も、もういないはずだった。
それなのに
虚ろな影。胸騒ぎだけが、何処かで黒い足音を鳴らしながら、歩いていた。




