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追憶の天使   作者: 小河 太郎
其ノ壱「みゆり≒天使」
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006,「走馬灯」


死神は、倒れ込んだ俺の方へとゆっくりと歩み寄る。


「不甲斐ないなぁ、全く。それでも死神なんだか。人間と死神のハーフは、純血にも勝る能力を持ち合わせるとも聞いたことがあるのだけれど、とんだでまかせなようだ。」


俺の前で立ち止まると、俺の髪をガシッと掴み、死神と同じ目線の所まで、持ち上げた。


「たったのひと蹴りで、そのザマとは、とんだ期待外れも甚だしい」


哀れみを含んだその顔は、しかし狂気。


「俺は、お前を許さ……ねぇ……」


「鼻血たらたらで、そんなカッコつけた台詞吐かれてもねぇ。吐くのは」


強烈な衝撃が、死神の膝蹴りが腹を貫く痛みになり、死神の言葉と行動が一致する。


「血だけにしとけ」


死神の真っ赤な眼には俺の口から吐き出されていく真っ赤な血が映っている。

俺の意識は殆ど遠くの方へと飛んでいっていた。

死神が手を離すと、そのまま地面に人形のように落ちる。


「さて、物足りなさは凄〜くあるけれど、僕も忙しいもんでね。」


死神は、大きな鎌の刃先を俺の顔の前へと、向けた。


「約束通り、死んでもらうよ」


「……」


声なんか、もう出なかった。


あぁ、俺は死ぬんだな。誰がこんな死に方を想像出来ただろうか。


いきなり俺の前に現れて、俺は人間じゃないと告げられ、死の宣告をされ、心優莉は殺され、俺も殺される。 結局、俺の人生なんてこれっぽっちも良かったことなんてなかったんだ。


ごめんな、心優莉……。

こんな俺のために、いつも隣で笑っていてくれたのに……。

俺のせいで、俺がこんなだったせいで、お前は、死ぬことになっちまって……。


「言い残したことはあるかい?ふふ、遺言ってやつさ」


焦らすのが本当に好きな奴だ。


「さっさと、殺れよ」


もう、何かも吹っ切れていた。


「潔いことで」


死神はその命を刈り取る鎌を大きく振るった。


走馬灯、というものだろうか。人が死を目前にして見ると言われているアレだ。俺は走馬灯を見た。まだ七歳になったばかりの俺だ。



()()()だった。


『お前のその顔が、ムカつくんだよ!何も言い返せないくせして、反抗的なその目がよ!』


『……』


『何か、言い返してみろよ?ほらよー』


あぁ、こいつは、馬鹿なんだ。自分が強いとさぞも思い込んでいる。弱い犬ほど良く吠えるとは、このことなんだろうな。

言い返せないのではない。

言い返さないだけ。


『人間なんて、こんなにも脆いんだ。』


この時、初めて人間という生き物の弱さを知った。たった一発、顔面を殴っただけで、さっきまで胸を張って俺のことを見下していたそいつのことを、俺は見下していた。


人を殺した。


この日を境に俺は、誰からも話しかけられることはなくなった。

しかし自分が蒔いた種だというのに、人に無視され続け、蔑まれ、非難される。そんな日常が徐々に精神的に俺を追い込んでいたのは言うまでもない。

そもそも、俺は一人が好きなわけではなかったことを思い出した。

本当は、皆んなと仲良くしたかったことを思い出した。

本当は、俺をいじめていた奴とも仲良くしたかったことを思い出した。

俺は、人が好きだったことを思い出した。


けれど、あの時、俺は暴力という手に出てしまった。あまりにそいつが威張りちらすものだから、感情的になってしまった。

そもそも一発、拳を顔にぶつけたくらいで人が死ぬだなんて思わなかったのだ。


自分のことを、この時の俺は全く知らなかった。

人殺しを誰が相手にするだろうか。

人殺しと誰が仲良くなりたいと思うだろうか。

人殺しを誰が人として見るだろうか。

七歳という子供じゃなかったら、とっくに牢屋に閉じ込められているような人間を。誰が。


丁度この時期に、母親も死んだ。俺に追い打ちをかけるように。死んだ。

事故死だった。

俺の唯一の心の拠り所になっていた存在は、突然消えてなくなった。

物心ついた時から、何げなく視ていたドクロの意味も初めて知った。

俺は、多分、人間じゃない。

人殺しの化け物なんだ。

こんな俺は、この世に存在しているべきなんだろうか。

俺は自分を見失いかけていた。


『ゆうき よしとくん、だよね?』


ふと俺の横で、元気に笑う顔がそこにはあった。


『わたし、みすず みゆり! 今日から隣の席同士、仲良くしようね!』


それが彼女、深鈴 心優莉との出会いだった。


彼女は俺のことなんかなんとも思っていないように、いつも無邪気に話しかけてくれた。

いつも、楽しそうだった。笑ってる顔しか見たことないくらいで、クラスでも人気者で、俺とは正反対の人間だった。


『ねね!今日の給食はね〜、なんと!プリンが出るんだってよ〜!』


『お前は、俺が怖くねぇのかよ。』


『うん?』


『知ってんだろ。俺が、このクラスの男子を殺しちまったの』


彼女はただ、黙っていた。


『ほら、怖いんだろ?なんでそんな相手にそんな風に話しかけられんだよ』


彼女は黙ってから俺に渡す言葉を選んでいたのだろう。


『あなたが、寂しそうな顔していたから』


彼女の目は、温もりそのものだった。人殺しに向けるにはあまりにも優しいものだった。


『あなたが、故意だったのも、わたしには分かってる。そんなことするような人じゃないことくらい、わたしにだって分かるよ』


俺の目を真っ直ぐに見て、語りかけるように微笑んでいる。

今更向けられたこの優しさに胸が締め付けられたのを良く覚えている。罪悪感だけが、俺の頭の中を搔きまわす。


『だから、わたしは、あなたと仲良くなりたいし、仲良くしてあげたい。これからもたくさ——』


しかし彼女の言葉が綺麗事にしか聴こえなくて、同情にしか聴こえなくて、俺は彼女の言葉を全て聴く前に取り乱してしまう。


『お前に俺の何が分かんだよっ⁈ ほっといてくれよ!』


俺は勢いよく立ち上がった。

授業中だった為に、クラスの注目は、一瞬で俺に向いた。先生も教科書を読むのをやめ、黙って俺の方を見ていた。


『ち、違う……!わたしは、本当によしとくんと』


『んなの、綺麗事だよ』


俺は、どれだけ冷たい目で彼女を見下したのだろうか。


『二度と話しかけんな。』


その言葉を彼女に言い残して、この日は教室に顔を見せることはなかった。

帰る気にもならず、俺は学校近くの土手で一人、空を眺めていた。


『いたいた!』


聴き覚えのあるその声に、仰向けに寝ていた俺は起き上がり、振り返った。


『ほら、ランドセル!置いていったでしょう』


彼女は、ヘラヘラと笑っている。さっき俺が散々に言ったはずなのに。本当に馬鹿なのかもしれない。


『お隣同士になっちゃったからには、嫌でも話すことになるのだから』


俺もようやく口を開く。


『それとこれとは』


『それに、よしとくんと仲良くなりたいのは、本当だから』


笑顔だけで作られていたと思っていた彼女の顔。しかし、俺はこの時初めて、彼女が泣いていたことを知った。よく見ると目元が少し浮腫んでいた。ちょっとやそっと泣いたくらいじゃ付かない跡だ。


『あ、泣いてたんじゃないよ!今日の給食ね、玉ねぎもあってね!それで』


彼女は必死にらしくもない言い訳をする。多分、嘘を付けない人間なんだと思った。


『お前も、泣くんだな。』


下手な誤魔化しを見破られるや、彼女は少しの沈黙を見せ


『人間だから、ね』


にヘラと笑って、彼女は言った。


『人間だから、嬉しい時は笑うし、楽しい時も笑う。良いことがあればあるだけ笑顔になる!

けれど、悲しかったり辛い時は泣いちゃうこともあって、怒る時だって。そういう感情があるから人間なんだって』


今度は胸の前で握った自分の手を見つめながら、彼女は語り出した。


『だったら俺は人間じゃない。皆んなには見えないものが視える。皆んなにはないような馬鹿力を持っている。人を殺した』


『人殺しじゃないよ。あの子、ちゃんと生きてる。今はまだ入院中だけれど、夏休み前にはまた学校に来るんだって』


『生き……てる?』


俺がずっと殺してしまったと思っていたその子は、生きていたのだ。その言葉を聞いて俺は、只々驚いた。

俺は人を殺していなかった。けど。


『大丈夫だよ。もしその子が帰ってきて、貴方がまた、どんなに責められることがあっても、その時はわたしが貴方の味方になるから』


俺の思っていたことを見透かしたように出たその言葉。味方になる。そんなことは初めて言われた言葉だった。


『けど、俺と一緒にいたら、俺なんかの味方になったら、お前も俺みたいに、学校の奴らに嫌われちまう』


『大丈夫!わたしが皆んなを大好きでいる限り、皆んなもきっとわたしが大好きだから!』


彼女は多分、本当に馬鹿なのかもしれない。

けれど、その目は誰よりも真っ直ぐで、愛に溢れていた。だからこそ、彼女は人気者なんだろう。


『だから、大丈夫だよ。よしとくん』



「大丈夫だよ、よしと」


前の方から聞こえたその声に、死神は振り返り、俺は、そのまま目線を向けた。


「馬鹿な。何故、立てる?」


冷静な声色のままで、不思議がる死神。


「心優莉……?」


俺は、掠れた声で、彼女に問いかけた。


——◆◆◇006


彼女は翼を広げる。


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