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追憶の天使   作者: 小河 太郎
其ノ壱「みゆり≒天使」
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004,「屠所之羊」


()()が視えたのは、物心がついた頃だった。


最初は皆んな、誰しもが視えるものだろうと、気にすることもなかった。

けれど、幼稚園に入るとすぐに俺にしか視えないと気付かされた。それでも()()が何を意味してるかは分からなかった。

ある人に突然取り憑いたように現れる()()は、寧ろ視る方が珍しいものでもあったし、視ることの方が少なかった。

()()が何なのか、初めはきっと幽霊の類なんだと、勝手に思い込んでいた。自分に害を成すこともないし、視た所で俺には関係ない人達だったし、深く考えることもなかった。


それも、母親が死ぬまでは、の話だが。


——◆◆◇004


「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者のことだ。」


「ナイチンゲールの名言だったっけか?」


「流石、好翔!そうそう!人生を人の看護に捧げるだなんて、本当に凄いよね」


目をキラキラさせながら、心優莉は図書室の本を手に取り、立ち読んでいるようだった。


「好翔も一緒に読もうよ〜、ナッチャン本当に惚れ惚れしちゃうんだから!プロポーズを三回も断るだなんて本当——」


「はいはい、図書室では静かにしような」


てか、ナッチャンて……。白衣の天使をそんな風に言ってやるな。


「私と好翔しかいないんだからいいじゃないの〜」


「何のために、ここに来たと思ってんだよ。勉強するためだろう?」


結局、心優莉は教科書を借り損ね、先生に追加課題を出されてしまい、教室は日直がせっせかと掃除中なので、図書室にて心優莉の追加課題を終わらせるためにやって来た、という経緯だ。


「お前が、一人じゃ明日の朝までに終わらない〜とか言うから付き合ってやってんだからな。」


心優莉は本を棚に戻し、机を挟み俺の向かい側に腰かけた。


「日本史なんて全然分からないもの……。年号とか千何ちゃらばかりだし、漢字ばっかだし。」


日本の歴史だから千何ちゃらだし、漢字は仕方ないし、それを言ったらそれまでだ。


「まぁ、日本史なんて暗記だからな。寝る前とかに副読しとくだけで違うぞ」


「アンキパンを出してください。」


「あいにく俺のポケットは四次元空間じゃないんだよ。」


「よしえもーん!!」


「まるであやとりと射的だけが取り柄の眼鏡坊主のようにどら焼き好きのネコ型ロボット風に俺の名を呼ぶな。」


今日はやけに、ツッコミにキレがありますなぁ。とか関心された所で、俺に利益は何一つなかった。


「ナイチンゲールの本は、あんなに真剣に読んでたろう……。あの集中力を勉強にもだな」


「それが出来てたら苦労してません!」


ごもっともだ。しかし威張るな。


「ま、神様にお祈りしておけば、こんなプリントなんか明日の朝には……!」


「なわけがあるか。」


ですよね〜と、照れ笑いを浮かべる心優莉。

プリント一枚にこのザマだ。よく進級出来たものだ。


「昔からお前は神様、神様って……。昨日の帰りだってそんなこと言ってたろ」


心優莉は時々、口癖のように神様という単語を口にする。


昔からそうだった。学校帰りには何度か近くの神社への御参りに付き合わされ、何かとつけては、「どちらにしようかな天の神様の言う通り」と指を左右に行ったり来たりさせていた。

別に宗教とかそういうのは一切無いようではあったが、人より神様に対しては、一つ多いような気がした。


「うーん。自分でもよく分からないのだけれど、神様にお願いすれば、きっと何でも何とかしてくれるんじゃないかなって」


「理由が理由になってねぇよ。ただお前が怠惰なだけだ。神なんかいないって言って——」


——僕は死神さ。そして君もね。


昨日のそれが、脳裏をよぎった。


「どうしたの、好翔?」


「いや、なんでもねぇ」


本当にあいつが死神だったなら。

本当に俺が死神だったなら。

神がいたって変でもないし、天使だって——言ったらキリがない。


「うむ、熱はなさそうですな」


「う、うわっ⁈」


思わず、椅子からひっくり返った。


「そ、そんなに驚かないでも……」


俺がぼーっとしている間に横の椅子に座ったらしく。自他の前髪をあげ、体温を測るようにくっつけたのだ。


「現実にそんな測り方する奴がいるか!」


「きーちゃんが熱出た時はいつもこんな風だけれど?」


「妹と一緒にすんな……」


この純粋さんが。

二人きりの図書室で、こんなことされたら、寧ろこの行為のせいで熱が出かねないものだ。


「図書室では静かに、でしょ、好翔」


「……あのなぁ……」


さっきまでのキョトンとしていた彼女の表情は思い付いたようにしてやったり顔になっていた。

それでも心優莉の瞳の奥には、悪意なんかなくて、混じり気のない純粋なものだった。人を傷つけることなんてしたことないのだろう。

優しい眼差しだ。


「……プリント、終わらせるぞ」


尻餅をついたままの俺が言うと、途端に心優莉はふふ、と口元を緩め微笑んだ。


「おー!頑張るぞー!」


「返事だけはいつも良いんだから。」


また、自分の大切な人に()()が視える日がこんなにも早く来るだなんて……。


最初に視えたのは母さんの時だった。

()()即ち『ドクロ』の顔のようなものが母さんの頭に浮かび、そのモヤの顎から伸びた手が、今にも首を締めようとするのだ。

俺がこれまでに視て来たものと全く同じだった。

気にしたこともなかったドクロ。しかし母さんの時ばかりは妙に胸騒ぎがし、よくないことが起きるんじゃないかと、初めてそれに恐怖感を抱いた。


『母さんはその五日後に死んだ』


心優莉にもそれと全く同じものが今、まさに視えている。死神が現れてから、現れた。

俺は確信しているのだ。このモヤ、ドクロこそが、


死を間近にした人間に視える——


『死期』『死相』なんだと。


母さんが死んだあの日、俺は初めて()()の意味を知った。


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