013,「檸檬茶」
「好翔が気を失ってからすぐだったかな。きーちゃんが私達の所に来たのは」
心優莉は、あの日のことを思い出すようにお弁当を頬張りつつ語り出した。
「さっき好翔が言っていた通り、きーちゃんはあの日、全部見ていたみたいなんだよね」
全部。
その二語が示す通りに、絆愛が見たものは、あの日の全ての光景。
俺が死神であり、心優莉が天使であることの始終を彼女は全て見ていたのだ。
そして、死神の姿もはっきりと認識出来ていた。
「好翔のことをおぶって帰ったってお話、実はきーちゃんにも手伝って貰ってね」
「え?そうなのか?」
「うん。あの時、好翔を送ったのは、私だとは言わなかったでしょ? 私ときーちゃんだから、私も送ったことにはなるんだろうけれども」
「本当のことを言ってなくても嘘をついた訳でもないってわけか。それじゃあ、ボロが出ねぇ訳だ」
嘘を付くのが苦手な彼女が、俺に嘘を貫き通せたのは、そんな所だろう。
「あはは。きーちゃんもいたんだよって、やっぱり言いそうにもなったけどね」
「そうだとした、なんで黙っていたんだよ?」
「何だか少しややこしくなっちゃうんじゃないかなって思ってね。ほら、私、人に何かを説明するのって苦手だから」
それは否定しない。
「それでもお前が、何か隠し事ってのも珍しいよな」
「あの日のことは事情が事情だったから」
「まぁ、そうだな」
心優莉と俺は飛行機の音につられて、真っ直ぐに線を描いた雲を眺めた。
「それで、きーちゃんはやっぱり私に色々訊いて来る訳なんだけど、私もどこをどう説明したらいいか分からなくなっちゃって、だからね、今度好翔にでも訊いてみて!って」
「おいおいおいおい」
俺は食い気味で閑話休題へと持ち込んだ。
「ん?」
「ん?じゃねぇよっ!確信犯かよ!」
漫画みたいにキョトンする心優莉。
「いや、だって好翔の方がこういうの説明したりするのも得意だし」
「だから、アイツわざわざ、俺に訊いて来たんだな……。そうだよ、普通お前に訊きゃいいんだもんな。姉妹なんだから」
結局、俺に訊くよう仕向けたのなら、心優莉がした俺に対しての小さな隠し事も全くの無意味でしかないじゃないか。
やはりコイツは阿保なのか。
「きーちゃんの口からこの話題が出そうになったら、直ぐに森山直太朗のさくらを独唱しました!」
「いや、何故?そしてチョイス?」
「あ、お姉ちゃん卒業式の練習してるのかな?って思い込んでくれるだろうと思ってね!きーちゃんも例によって私が歌い出すとそっとしてくれたし」
「……察したんだよ」
何故、まだ六月なのに?何故まだ二年生なのに?とか、そういう突っ込みは彼女には通用しないことは何年も前から理解しているので、今日も今日とて心の中だけで突っ込ませて貰う。
「何気に意地悪だよな、お前」
「ん!そうだったかもしれない……」
今更になって悪いことしたかも、みたいな顔をしないで欲しい。彼女の純粋さがある意味怖い。
「したらさっきの憂鬱そうな顔はなんだったんだよ」
「いや〜、私から説明こそしなかったけれど、やっぱり、きーちゃんに怖い思いさせちゃったなって。思い出したらね」
自然と笑顔を浮かべようとする表情の中にも動揺の色が浮かび、心優莉は何とも複雑な表情をしていた。
「……間接的とは言え、あんなの見ちまったらな。そりゃそうか。身内があんな目に遭ってるの目撃したらな」
結局は妹想いな心優莉。姉として満点なのは俺もよく知っている。幼馴染として満点なのも、俺はよく知っている。天然な所を除けばなんだけれどもな。
「けど、きーちゃんが何なのか、心あたりがあるにはあるんだよね、私」
「え?」
絆愛について、何か思い当たる節があるかように感じたのは、俺の思い違いではなかったと言うのだろうか。
「妖精。訊いたことあるでしょ?」
「あ、あぁ。絵本とかでよく出て来るよな。ピーターパンとかティンカーベルとか。もしかして、絆愛が、妖精だとでも?」
「天使とか死神とか、そんな存在が本当にあるんだって、知らなきゃ気にもしたことのない話だったんだけれどね」
心優莉は、お弁当箱を水玉の風呂敷に包むと、水筒を手に取り、蓋の役割もしていたカップにレモンティーを注ぐと、食後の喉を潤した。
「つまり、絆愛が妖精だと思わせる何かが、あるってことだろ?」
心優莉は頷くこともせず、素直に俺の目を見ていた。
「きーちゃんね、昔から植物、木や草やお花と、お話出来たみたいなんだよねって言ったら、信じてくれる?」
「それが、絆愛が妖精であるかもしれない根拠だとでも?」
「そう。大体の人は信じてくれないみたいなんだけれどね。そんな馬鹿なって。でも私は信じてるよ。お姉ちゃんが信じなきゃ誰が信じてあげるんだ!ってね。それに、メルヘンチックで凄く素敵じゃない」
「妹だからとかじゃなくても、お前が誰かを否定することなんてないだろ」
「好翔も、でしょ?」
優しく笑いかける心優莉は、俺のことも妹のことも本当に大事に思ってくれているんだと、信用してくれているんだと、そんな彼女の顔を見るたびに胸が温かくなる。
「今更、何を否定しろってんだよ。死神なんだぜ?俺」
自虐的な冗談を交えて、俺も素直に笑い返す。
「私は天使だしね」
何だかとても変な会話だ。しかし俺と彼女だけが分かり合える話題。嬉しかった。
「そうと決まれば、確かめる必要があるな。絆愛のこと」
「本当に妖精だったらどうしようか」
「満面の笑みで言うなよ……」
めちゃくちゃ楽しそうに。
「そしたら、今日の放課後、三人で集合だね!」
「遊ぶ訳じゃねぇんだぞ」
呆れ笑う俺を横目に、心優莉はご機嫌に鼻歌を歌いながら、絆愛にメールを入れているようだった。桜も散り、これから夏になろうと言うのに、彼女の奏でるメロディーには、さくらが咲き誇ったいた。




