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蝶の紅涙  作者: 佐伯 梓
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今日もまた電車に揺られている。彼女がくるのを立って待っている。彼女のお気に入りの席と逆側に。座っている人から、なんでこいつは座らないんだろう。と思われているかもしれないが、それにはちゃんとした理由がある。席を譲るのが嫌いなのだ。座りたいから、とかじゃなくて席を譲るということは、なにかしら注目を浴びることになる。偽善だ、とかいい奴だとか、そんなくだらないことで認知されたくない。

「席を代わってくれ」と頼まれたのならいざ知らず、自ら言い出すなんて僕には出来ない。それに僕が座らなければ他の誰かが席に座る。

まあ。こんなのは建前で、ここからなら彼女を観ていてもなんとなくバレにくい気がするからだ。

「桜南駅〜桜南駅〜」

彼女が乗ってきた。いつもの席に座り、本を読み始める。ブックカバーのせいでなに読んでいるのか分からなかったが、彼女が読んでいるのはオスカー・ワイルドというイギリスの作家の本らしい。SNSに自分で買ったと載せていた。

その作家のことはぜんぜん知らないが、文学部というだけあって、難しそうな本を読んでいる。

彼女の前を杖をついたおばあさんが通る。彼女はすかさず、読んでいた本を閉じ、

「よかったらここ、どうぞ」

と声をかける。愛おしいその声でおばあさんに声を。その声が僕に少し聞こえただけでこの電車内に華が咲いたようだ。心までもが美しい。

席を譲らない外道共とは、大違いだ。慈愛の心に満ちている。おばあさんは申し訳なさそうに彼女の座っていた席に座る。彼女の体温を椅子越しに感じられるのは羨ましい。関節的に尻と尻がくっつくのは羨ましすぎる。彼女は少しすると、自分の降りる駅で降りて行ってしまった。



「今日はここまでにします、来週も資料持ってきてください」

教授がそう言うと、みな一斉に立ち上がってガヤガヤとドアの方へ流れていく。

「お疲れ」

隣に座っていた北村が言う。しかし、立ち上がる様子はない。

「どうした?帰らないのか?」

「俺さあ彼女出来たんだけどさ、みたい?」

「は?まじ?てか、質問の答えになってないぞ」

「お前もな」

北村は携帯をいじりながら立ち上がる。

「見てみ、まじカワイイから」

続けて北村は言う。

差し出されたスマホの画面を見ると、可愛らしい女の子が二人写っている。

「こう言う時は普通ツーショットじゃね?」

「これが1番うまく撮れたって言ってたんだよ、で?どう?かわいかろ?」

まあ、確かに可愛いが、どこかで見たことある顔だ。写真で見た。

「確かに美人だわ、でもなんかこの子見覚えあるわ」

「こんな絶世の美女は1人しかいないぞ?」

「ゾッコンかよ、この子、同じ大学?」

「いや、隣の国立の子、この前合コンで会ったんだ」

国立……彼女と同じ、そうか彼女がイシュメルであげてた写真に写っていた子だ。

「合コンかよ、同い年?」

「おう、文学部でテニスサークル入ってるはず」

「ふーん、今度さ、その子の友達とかと合コンできないかな」

「なに、合コン、したいの?前と言ってること違うじゃんかよ」

「いいじゃんか、セッティングしろよ」

「ふーん、まあ、頼んでやってもいいけど」

これでもしかしたら彼女と接点を持てるかもしれない。

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