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蝶の紅涙  作者: 佐伯 梓
2/11

彼女はお気に入りのレモンティーを手に持ち、座って本を読んでいる。電車内なのでレモンティーを飲みはしないが、よく手に持っている。いつもと同じ車両に乗ってきていつもの席に座る。そして本を開く。どんな本を読んでいるのだろう、僕も知っている作品だろうか。本に触れる指の一本一本がなんて美しいんだ。あの指で撫でられたい、触れられたい。生まれてこのかた、今この瞬間ほど、自分が本になりたいと思ったことはなかった。扉の側で僕は立って横目で彼女を見る。最近気がついたことは電車の中では皆自分の世界に入り込んでいる。つまり僕がどこを見ているか、なんて気にする人はほぼいない。とはいえ、見すぎると本人に気づかれるかもしれないというのが難点だ。まあ、本人が気づいて目があったりするのは嬉しいのだけれども。電車でジロジロ見てくるただの変態ぐらいのイメージになるだろうし、電車や車両を変えられては元も子もない。気づかれないようチラチラと眺めるだけだった。彼女が降りると僕は、スマホで適当にニュースを見た。




大学では代わり映えのないつまらない授業を終えて、北村と学校近くのカラオケにやってきた。男2人でカラオケ、気楽で楽しいものだ。別に下手でも何でも構わないのだから。好きな曲も歌えるし、気をあまり使わなくてもいいというのは嬉しい。

「よっしゃ、俺歌うわ」

北村がデンモクをピッピといじり、流行りのEDMをいれる。ズンズンズンと曲が流れリズムに乗り始める北村。楽しそうに歌っている。かなり上手い。思っていたよりもかなり上手い。僕は適当な曲をいれて2人でしばらくカラオケを楽しんだ。




いつもと違う電車に乗って僕は家に向かっていた。すると彼女が途中から乗ってきた。帰りに彼女を見るのは初めてだ。時計を見ると針は21時頃を指していた。こんな時間に帰宅していたのか、そりゃあ会わないわけだ。何かサークルにでも入っているのだろうか。今思うと、僕は彼女の年齢も知らない。多分大学生だろうと、予想はしているが、1回生なのか2回生なのか3回生なのかもわからない。いつもの席が空いていなかったのか、僕の座っている席の真ん前の席に彼女は座った。僕は唾をゴクリと飲んだ。自分でも緊張しているのが分かった。眺めているのがバレたら、という気持ちだけではない。ドキドキと鼓動で胸が張り裂けそうだった。ただ前に座っただけなのに。目の前にいるといつもみたいに見ることができない。あぁ、これは重症だ。電車の席の反対側にいるだけの、1、2メートルほどの距離が、無限のように感じている。前にいる幸せな時間も数分ほどで終わり、彼女はこちらを一度も見ることなく、いつもの駅で降りていった。

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