一騎討ち
それはまさに晴天の霹靂とでも言うべき事態だった。街道を巡回している騎士隊の元へ届いた雷鳴の音と、まさか丘の向こうから天へと駆け昇る雷光。どう考えても異常な事態だった。
「イーリアス様、あれは、いったい……………………?」
「分からん。だがどう考えても何かが起こったとしか考えられん。相当距離が離れているようだがここからでも魔力の動きが感知できるのだからな」
「では?」
「あぁ、雷鳴の昇った場所へ向かうぞ。間違いなく戦いになるだろう。お前達の奮戦に期待する」
「「「おぉっ!!」」」
イーリアス王子の檄に騎士達の勇ましい声が返り、王子の顔に笑みが浮かぶ。
「行くぞ!」
その短い号令と共に馬に鞭を入れて走り出す騎馬の集団。雷の登った場所を目指して街道を駆け抜ける。
「しかし、あの場所でいったい何が?」
「分からんが少なくとも魔力を操る何者かが居ることは間違いないだろうさ」
「幻影旅団でしょうか?」
「分からんが、その可能性も視野にいれておくべきか」
「幻影旅団があのような魔術を扱うという話は聞いたことがありませんが……………………」
「聞いたことがなくとも関係あるまい。幻影旅団だろうとそうでなかろうと、この国で好き勝手はさせぬ」
決意を胸に速度を上げたイーリアス王子を騎士団員が追いかける。甲冑の面覆いを降ろし油断なく周囲を見回している。
「殿下、あれを」
斥候代りに先行し見晴らしのいい丘の上に登った騎士から声が駆けられる。何か見つかったのかと街道を外れ丘の上に駆け上ると、彼らの進んでいた街道の上に何かが一塊になっているのが見えた。
「あれは……………………」
一度馬の足を止めさせて兜に手を添えて魔力を流す。イーリアス王子の被る兜は騎士の中でも指揮を行う者に与えられる特別なもの。一度止まって魔力を通せば遠方を見渡すことができるようになる魔術が込められている。その効果により騎士の見つけた物を確認したイーリアスの表情が曇る。
「休息地でもないのに馬車が纏まって停まっているな。あの馬車の紋は、タクラマ商会の物だ」
「あの人食い豚の馬車ですか」
イーリアスの口から漏れた名称に副官の騎士の嫌そうな声が返る。食糧、武器防具に日用品と手広く商いを行い富を蓄えてきた老舗の商会で、今代の商会長はは中でも人身売買に力を入れている。おまけに貴族へのおべっかも歴代以上であり、プライドばかりが高い貴族ならともかく騎士達からは実力主義の騎士達からは嫌われている存在である。ただおべっかばかりかと言えばそう言うことはなく、確かな商才を持っており騎士や兵士となった者の一部は実家が商売でタクラマ商会に敗れその道を進むしかなくなってしまった者もおり、それが余計にタクラマ商会を、ゴランデルを豚と呼んで毛嫌いする原因にもなっている。
「あぁ、だが様子がおかしい」
イーリアスの視界に映ったのは馬車に描かれた紋章だけではない。散らばる血痕、転がる首、護衛と思わしき冒険者の死体……………………。
「っ!?
……………………あの商隊は、既に全滅しているかもしれん」
真新しい血痕と破損した生首に食い縛った歯がギシリ、と鳴る。
「なんですって!?
タクラマ商会の商隊と言えば護衛についているのは引退した者でも2位階以上の冒険者のはず、それが護衛についていて全滅したと仰られるのですか?」
「そうだ、俄には信じられんが、馬車の数は6台、ならば護衛についていた冒険者も2、3パーティー分はいたはずだが、馬車の周囲には人影がない。あるには血痕と、撥ね飛ばされた首だけだ。
いや、ちょっと待て!」
信じがたい事態に声が重くなっていたイーリアスだったが、彼らから馬車の影となって見えなかった場所で何かが動くのを捉えた。意識をそこに集中させて視界を拡大すると、破損してはいるものの見知った者の首が転がり出てきたのだ。
「ゴランデル!?」
それはレイズローグ大陸北方に君臨するアルカネデアス王国を含む列強三國を股に駆けて商売を営む商会の長、ゴランデル・タクラマの生首だった。そしてその生首を追うようにして馬車の影から姿を現す岩鎧に身を包む巨大な熊の姿にイーリアスは戦慄する。
「なんだあの化け物は、あれが商隊と襲った者の正体か!?」
「敵ですか?」
「敵だ!」
副官の問に間髪いれずに答えるとイーリアスは魔剣を引き抜き馬車の影から現れた化け物を睨み付ける
「お前達よく聞け。タクラマ商会の商隊は全滅、その長ゴランデルも殺された。
ゴランデルがあの商隊にいたとあればその護衛の質もひとしおの存在だったはず。そんな存在を退けゴランデルを殺すことのできる相手となればその強さは相当なものだろう」
「退きますか?」
「……………………否。そんな存在を我が国にいつまでものさばらせておくわけにはいかん。
皆武器を取れ。これより商隊を襲いし敵を排除する。
覚悟してかかれよ、敵の力は未知数。岩の鎧を纏いし化け物だ。恐らくはあの化け物の固有魔術かなにかだろうが、恐れるなよ、例えどんなに強固な鎧であろうとそれが魔に基づく物であれば、我が魔剣の前では紙に等しいことお前たちにも見せてくれよう。
いざ、突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
イーリアスの号令と共に騎馬が駆ける。遠くに見える馬車の影目掛けて丘を駆け下りる。
その数10組もの蹄が地面を蹴りつける音はまるで地鳴りの如く。人も騎馬も完全武装であるならばそれもまた当然のものであろう。
「殿下、まずは我らに一番槍の栄誉を!」
「よし、許す」
騎乗槍を手にした3騎の騎馬が集団の前へと進み出て、突撃の力を全て乗せんと巨大なランスを脇に抱え込む。
「化け物よ、我らが一撃を受けてみるがいい!」
怒号とともに駆け下りる騎馬のランスチャージ。魔力にて強化された騎乗槍による突撃となれば例え岩に鎧といえど突き破ることができるはず。その思いと自信を乗せて3騎の騎馬は一丸となって化け物へと突撃して行く。
が、しかし……………………。
兜の魔術は突撃を開始した時点で既に途切れている。だが、それでもかの化け物を肉眼で捉えられる場所まで近づいたところでその背後から人影が飛び出してきた。
生き残りかと思うにと同時に傷を負った様子もないこと、化け物を庇うように飛び出してきたことからその考えを否定する。ならばこの相手は化け物の仲間か、いや化け物を使役するものであるとイーリアスは直感的に理解できた。
その人影は胸部や喉回りに装甲による補強を施した漆黒のロングコートを見に纏う男だった。主に大陸南部やその先の島国に多い鼻の低い潰れたような顔をしており、髪は黒く烏の羽のようだった。腰に下げた二振りの剣はどちらも非常に細身であり大小とサイズが違った。片刃なのか反りの入った剣で、これも近隣の国では見られない武器だ。
化け物の前へと飛び出してきた男が腰の剣に手を伸ばす。突撃を駆ける自分達を迎撃しようとでも言うのだろうか?そう思うと同時に馬鹿かと嘲笑を浮かべる。そんな細い武器で騎馬による突撃を、それも丘の斜面を駆け降りながらのそれを受け止められる筈がないと、彼の常識とその威力を知るがゆえの自信をもって断言しようとして……………………、腰を落として武器の柄に手を添えると言う剣を抜く直前の姿で一度動きを止める的に姿に、イーリアスも本能が最大限の警鐘を鳴らした。
鞘に収まったままの剣に魔力が込められるにが分かる。大きな魔力が素早く丁寧に収束されていくのだ。それはまるで彼も耳にしたことしかない剣技と魔術を極めた者が扱うという奥義のそれに似て……………………。
「っつ!散開せよ!!」
煩いほどに鳴り響く、警鐘に従ってイーリアスは叫んでいた。
その焦りの混じった指揮に配下の騎士たちも疑問を返したりもせず、ランスチャージを敢行しようとしていた騎士たちも含め即座に散開しようとする、が。
それはわずかに遅かった。
化け物の前に立った男が腰の剣を抜刀する。大小の内大きい方の剣だ。
それはただ剣を抜き放つ動きではなく、抜刀と共に標的を切り捨てんとする異質な動きだった。ほとんどの水平に振るわれる、抜刀と一体となった斬撃。その斬撃に添って拡散する鋭い魔力の波動が先を駆ける騎士たちに到達する。
それはもう無意識化での行動だった。手にしていた魔剣を愛馬の前方へと突き出すのと同時に、魔力の波動に触れた騎士達が愛馬と共に真っ二つに切断されていく。背筋を流れ落ちる冷たい汗。死を覚悟したイーリアス魔剣が魔力の波動が接触し、そこを基点に魔力に波動が切り裂かれていく。
剣を抜き放った男の驚愕する顔がその目に映るが、それを見るイーリアスもまた恐怖で表情が歪んでいることだろう。兜を被っているために相手にそれは確認できないだろうが、そんなことはなんの慰めにもならない。
「はっ!」
片手で手綱を操り合場を跳躍させる。身体能力を上昇させる馬具の効果で高々と跳躍した彼の愛馬は馬車を飛び越えその向こう側へと着地する。それに続く複数の着地音。それに視線を向ければそれは彼の背後を駆けていた3騎の騎士であることが分かる。
「サウセス達は!?」
「殿下の後ろにいた我らだけです!他は、く、今の攻撃で!」
前を駆けていた3騎が真っ二つにされるのはイーリアスも確認していた。だが、彼の左右を固めていた副官達も今の一撃で、たったの一撃で殺されたというのか。
そんな思いがそれを行った敵と、それに恐怖した自信に対する怒りとなって沸き上がってくる。
幼き日より護衛として遣えてきた副官と、共に辛い修練を乗り越えてきた友とも呼べる騎士達がこうもあっさりと殺されてしまって良いのか?そんなことを行った敵に恐怖していて良いのか?
否、断じてそのようなことはない。断じてそのようなこと許していいはずがない。彼らの無念、国を守らんと騎士となった彼らの想いがこうも簡単に無き物とされていいはずがない。
「一同反転、私の前に出るなよ!」
「退かないのでありますか!?」
「あんなことを行える者を野放しになどできるものか!我らはこの国を、国の民を護る騎士だ!それが敵が強いからと逃げ出してしまってどうする。そんなんで死んでいってしまったあいつらに顔向けができるものか!!」
「はっ、我らも思いは同じ、どこまでもお供します!」
「その意気や良し!」
騎馬の速度を落とすことなく騎首を反転させたイーリアス達は彼を先頭に菱形の陣をとる。この陣形ならば例え相手が同じ方法で攻撃してきたとしても、波動を魔剣で切り裂くことで背後の騎士を護ることのできる体制だ。騎馬の速度ゆえにイーリアスは防御に専念しなくてはならなくなるが、すれ違い様に背後の騎士が敵を攻撃することができるはずである。
「行くぞ!先ずはあの男だ!化け物の方は無視して構わん!」
「「「おうっ!」」」
馬車の回りを迂回して先の場所を視界に捉えると、相手もまたイーリアス達を捉えていた。抜き身の反りのある片刃の剣を構え、その刀身には先ほどと同等の魔力を纏っている。
「来るか!」
イーリアスは先のそれと同じ攻撃が来ると考えていた。それゆえに目を凝らしいつでも剣を振れるようにと振りかぶっていた。だが……………………、魔力に斬撃が放たれることは無かった。
敵がとった行動は剣を振るうではなく、前へ出るということ。気付けば刀身だけではなく足にも纏っていた魔力を爆発させるように前へ飛び出してきた敵をイーリアスは見失っていた。慌てて魔力だのみで位置を特定して魔剣を振るうが、すれ違い様に振るわれた剣を敵は跳躍して回避し馬車の壁を蹴って軌道を修正、その軌道を修正した先にいた騎士も慌ててそれを迎撃しようとするが、男の振るう刃は迎撃のために振るわれた剣をもろともせずにそれごと騎士の体を切り裂いて見せたのだ。
切り裂かれた騎士の身体が勢いよく地面を転がって行く。軽い音と共に着地した男が、着地音とは逆に大きな音を立てて地面を蹴ったの耳でもって確認する。敵は背後、振り返る暇はない。
イーリアスはとっさの判断で手綱を手離し、脳裏で感じ取った魔力の動きに合わせて剣を振るいながら愛馬から飛び降りる。
愛馬から飛び降りながら彼が目にしたのは、背後から放たれたあの斬撃に騎馬もろとも切り裂かれる騎士達と、彼が幼き頃から手塩にかけてきた愛馬が無惨に切り殺されていく姿であった。
「くっ、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」
怒りに頭が沸騰しそうだった。苦楽を共にした仲間達を、家族も同然だった愛馬を殺され怒りが湧かぬ筈がない。
最初は岩鎧を身に纏う巨熊こそを化け物だと思った。だが実際はどうだ?巨熊がなにかをするところを目にしていないためその強さは分からぬが、目の前の男こそは正真正銘の化け物だった。
転がった地面から立ち上がると同時に地を蹴り距離をとる。巨熊に黒衣の男、対するは仲間を喪ったイーリアスただ一人。
「くっ、これでは邪魔なだけか」
敵の動きを目で追うことができず、格子状の覆い越しという狭い視界ではまずいと判断して兜を脱ぎ捨てる。
兜を脱ぎ捨てて広がった視界に死した仲間達の姿が改めて映り、怒りと悔しさに表情が歪む。
(勝てぬな。あの男だけでも敵いそうにないというのにあの熊の魔物。このまま戦っても敗けは必定か)
かといって逃げようと相手から視線を外せば、その瞬間彼の命はは無くなっているだろう。前に進もうと後ろに進もうとどちらに進もうとも待っているのは確実な死。ならば、アルカネデアスの騎士として、王族として今できる最善の行動とは何か?
視線を外すだけでも命を失うこの状況で、イーリアスは静かに目を閉じた。彼の視界から敵の姿が居なくなるが、不思議とこれで終わる予感はない。瞼を閉じて深呼吸を行い心を落ち着けたイーリアスは改めて瞼を開いて眼前の敵を睨み付けた。
「我が名はアルカネデアス王国第一王子イーリアス・フェルト・グル・アルカネデアス。黒衣の剣士よ、貴公に一対一の決闘を申し込む」
剣を眼前に構えてまっすぐに黒衣の男を見据え、堂々とした様子で決闘を申し込むイーリアスに、男は驚いたように動きを止めた。
(この者共、このままいけば必ずや我が国に仇なす存在となる。だが現状私ではこの男と魔物を相手に勝てる気がしない。が、奴が決闘に応じるならば、一対一ならば我が身命を賭してでもこの男だけでも、倒して見せる。
魔物がどれ程の強さかは分からぬが、どちらか片方だけならば……………………。我が軍が何とかして見せるはず。だから、今の私にできることはこれだけだ!)
二対一という相手に有利なこの状況でこの決闘の申し出を受けてくれる可能性は低い。だが大切な祖国のためにも将来障害となるだろう存在のその片方だけでも排除できる可能性のある唯一の道。イーリアスはその決意を込めた目で黒衣の男を睨み付けた。
「桜磨 健司」
短い返答共に黒衣の男、桜磨健司が細身の剣を構える。両手で持った片刃の剣で正中線を隠すように構えられ、その瞳は真正面からイーリアスの視線を受け止めていた。
「こちらの申し出を受けてくれたこと、礼を言う」
健司の名乗り返しに礼をのべてイーリアスも剣を構える。
これで今考えうる最上の条件は整った。ならば後は相討ちでもいい、この男を倒し将来の障害を取り除くまで、とイーリアスは目の前の敵へと飛び出した。
「ハァァァァアアアアアアアアッ、ハァッ!」
地を蹴り飛び込みながら相手の存在を五感と第六感に至る全ての感覚でもって認識し、イーリアスは魔剣を振るう。まずは小手調べ、しかしあわよくばこの一刀でと振るわれた大上段からの斬撃を、健司は片刃の剣の反りを持つと言う特徴的な形状利用し受け止めるのではなく身体の横へと逸らし受け流して見せる。
受け止められることは想定していても受け流されると思っていなかったイーリアスは、思っていた以上に手応えのない感触に慌てて勢いのままに身体の体勢が崩れるのを阻止する。
敵の前で無防備な姿を晒すわけにはと地面を蹴り全力で相手との距離を取ると、今まで彼がいた場所を鋭く速い斬光が走る。イーリアスの斬撃を受け流した刃を翻しての一瞬の反撃に全身から冷や汗が溢れる。
相手との実力の差が大きいこと自覚しながら、イーリアスは即座に前に出る。相手は得物を空振りさせた直後、恐ろしく緻密な重心移動により空振りしたと言うのに微塵も体勢を崩していない。そんな相手の力量に畏れ懐くも、今は邪魔だと心の脇にそれを追いやり、敵の間合いの内から斬撃を放つ。
(この位置、捉えた!)
長剣その長さからは考えられないような間合いから健司の首を目掛けて振り上げる。敵は得物を空振ったばかりで受けに回るには遅すぎる。千載一遇のチャンスとばかりに振るわれた魔剣はしかし、片刃の剣から片手を離し腰に指していたもう一本の小剣を引き抜いた健司に阻まれることとなる。
二人の間合いは互いの獲物にとって狭すぎるものだった。だが健司が新たに抜いた得物はむしろこの間合いこそが真骨頂。片刃の剣同じく反り持ったその剣でイーリアスの斬撃をいなした健司は、魔剣の刃の上を滑らせるように小剣を走らせて武器を持つ手を狙う。
「くっ!」
力任せに魔剣の刃上を走る小剣を弾き返し、イーリアス急いでその間合いから脱出する。一区切りと大きく後退した彼を今度は健司が前に出て追いかける。
小剣を手にしたまま片手で振るわれる片刃の刃。両手で振るっていたときよりも速度が無いため回避はしやすくなったが、それを掻い潜って近寄ろうとすると小剣がそれを牽制しと、間合いが内へと広くなり切り崩すのが余計難しくなった。
(長い方で攻撃、短い方で防御。所謂剣と盾の関係だが、あの小剣は盾と言うには攻撃力が高すぎるな)
冷静に分析しながら刃を交え、分かっていたとはいえ相手の力量を改めて思い知らされて悔しさに表情が歪む。
「……………………向こうの剣は簡単に切り飛ばせたんだが、向こうがなまくらだったのか、こっちが名剣なのか、それとも他に理由があるのかどれだろうな」
ぼそりと呟かれた健司の言葉に怒りが沸き起こる。
騎士の使う剣はそれぞれが国王より下賜され、それをその者に合わせて城付きの鍛冶師の手で調整されたものであり、それがなまくらであるはずがない。そのような言葉はアルカネデアス王国に対する侮辱に等しい代物だ。
ちょうど後退したところだったイーリアスに向けて炎の矢が放たれる。隙をついて放たれたその攻撃を彼は魔剣を振るうことで撃退、魔法を切り裂いて見せる。
「まただ、先の攻撃といい今の魔法といい、そう簡単に破られるはずの無い攻撃なんだが、それはお前の能力と剣の能力、どっちが正解なんだ?」
「敵に手の内を晒すわけにはいかないのでな」
呼吸を整える時間を得るために軽口で返し、相手の一挙手一投足に意識を集中して敵の隙うを探る。
「まぁそりゃそうだわな。簡単に自分の戦力をばらすはずもないか
で、実際のところどうなんだか分かったか?」
イーリアスの言葉に対する反応は、彼へのものではなかった。視線をイーリアスから外して熊の魔物の方へと向けて口にした言葉、あの魔物に話しかけているのかとイーリアスもそちらを確認すると、件の魔物そばに布で顔を隠した見知らぬ女いつの間にか立っていた。
「……………………貴様の魔術や魔闘術を防いだのはその剣の力のようじゃ。
『魔を裂く者』、魔力を感知しその流れを断ち切る魔剣か。噂には聞いておったが実際に目にすることがあるとは思わんかったのぉ」
アルカネデアス王国第一王子であるイーリアスが魔剣『魔を裂く者』を所持していることは近隣諸国で有名なことであるため、剣の名前を知られているのはそう驚くことではない。だが一般的に『魔を裂く者』の効果として知られているのは『魔力を切る』という能力であり、より正確な『魔力を感知しその流れを断ち切る』という能力を知る者はわずかしかいない。そのほぼ知られていないはずの正確な能力を言い当てられ、イーリアスの表情が強ばる。
なぜこの女が能力を正確に把握しているのか?元々知っていた可能性もあるがそれはあまりにも低い。では何故か?魔法具の解析と鑑定に特化した能力という者も存在するらしいが、そのような能力を持つのはよほど高位の術師であるか特殊な種族の者以外にいない。そして目の前にいる彼女はそのどちらにも当てはまりそうな気がしない。
「それと、大丈夫じゃとは思うがその男は相討ち覚悟で戦っておる。生きて帰る気は毛頭無いようじゃ」
「なっ!?」
まるで心を読まれたかのような言葉に息を飲む。だが同時に合点もいく。もしも本当に心を読む力を持っているのならば、ほとんど知られていなかった魔剣の正確な能力を言い当てられたことにも納得がいく。なにせここには能力を正確に知る彼自身がいるのだから、その彼自身から能力について読み取ればいいのだから。
脅威の一言だった。今だ能力の分からぬ岩鎧の魔物を除いても、今彼が戦う健司という男と心を読む女。この二人が揃うだけで、その敵意を向けられた相手がどれだけの被害を被ることか。そして現状その矛先を向けられる可能性がもっとも高いのがアルカネデアス王国だとイーリアスは考えている。そしてそれそう遠くない未来に現実の物になるだろうことも予感していた。
そうなればなおさら目の前の男を……………………。
「……………………生かしておく訳にはいかぬ、だそうじゃよ」
「問題ないよ。魔力のこもった攻撃を防いでたのが個人の能力じゃないことが分かればそれで十分。こいつを倒して武器を回収しておけばそれでいい。
まぁそういう能力を持つのがいないとは限らないが、少なくともこいつの知る限りはいないんじゃないのか?」
「そのようじゃな。まぁ儂もそのような能力は聞いたことがない。あったとしても非常に希少な能力じゃろうし、深く考える必要もないじゃろう」
「OK、それじゃもう手加減して情報を抜き取る時間を作る必要も無いわけだ」
その言葉を聞いたイーリアスは一瞬で意識を健司へと集中させる。なにかを見落とせばそれが自分の最期であると。
そして健司の脚に魔力が集まった直後、その姿が掻き消えた。
何が起きたのかと思う間もなく視界が回る。上下左右無秩序出鱈目に視界が回る。回る視界の中に見覚えのある鎧を来た首の無い身体と、その背後に立ち片刃の剣を振り切った健司の姿を見つけ、しかしそれがどう意味を持つのかそれを理解する前に、彼の意識は二度と出ることの叶わない闇の底へと急速に沈んでいった。