奇襲
・Ouka
健司がどこからともなく取り出したなんのへんてつもない杖を片手に、儂は彼の差し出した手を捕った。それは端から見れば儂の故郷にて姫君をエスコートする図にも見えたことじゃろう。その場合姫君は儂と言うことになるのじゃが、柄でもない想像に苦笑が漏れる。
「足下にご注意を、姫様」
そこにまるで儂の心を読んだかのような言葉をかけられ、思わず吹き出しそうになる。内心では慌てながら平静を装うも、その言動が様になっている目の前の男とほんの少しでもドキリとしてしまった自分自身に苛立ちが沸き起こる。
「ふん」
だからせめてもといつも通りに見えるよう、方眉を持ち上げ無言で健司から視線を前へと移す。
「あぁ、そうだ。ヘカトンケイルは丘の陰で待機な。相手にばれたら合図するからその時はお前も戦闘に参加しろ」
儂らの後ろをついてこようとしていたヘカトンケイルにそう言いつければ、彼は直ぐ様頷いて街道からは見えづらい場所へと駆け込んでいく。それを見送り、儂らもまた街道を商隊へと向けて歩き始めた。
健司と襲撃について話している間に商隊は結構な距離にまで近づいてきていたようじゃった。街道を歩き始めて5分ほどで商隊の先頭とは数メートルの距離に近づいていた。知らず緊張に身が強張るのを感じる。今まで襲撃されることはあっても、こちらから仕掛けることは終ぞなかった。反撃のための先手ならば兎角、襲うための奇襲、完全に初の試みじゃ。この緊張も致し方のないものか……………………。
そんな様子に気付いたのか、儂の手を握る健司の手がが優しくそっと握り返してくる。その優しげな手に緊張がほぐれホッと笑みがこぼれてしまいそうになるが、この男にそう言う様子を見られるも感どられるのも面白くないので、それを必死に押し殺し再び彼の手を強く握り返してしまう。
「どうもご苦労さんです」
が、そこで護衛に付いていた冒険者風の男の一人が儂らに声をかけてきた。まさか向こうから声を掛けられるとは思っていなかった儂は、迂闊にも再び身体を強張らせてしまい歩みを乱してしまう。
これは、ばれてしもうたか……………………?
「いえ、そちらこそお仕事精が出ますね」
別の護衛に目配せして近づいてくる男に警戒心を強める儂の前に健司が進み出て受け答えする。その様子はまるで緊張している様子もなく自然体で、あたかも道端で知り合いに出会ったかのような気安さだ。
「はは、これが俺らの仕事何でね。
あんたらは旅かい?どちらまで?」
「見聞を広めるため当ての無い旅路でね。
そちらは見たところ冒険者のようだけど?」
「ん、まぁ確かに冒険者だがこの商隊に専属で雇われててね。商品の護送に幾つかの街を往復する毎日さ」
儂らに探るような視線を向けてくる冒険者はそれなりに歴も長いのだろう。健司の陰に隠れるようにして顔すらも隠す儂の緊張に気付いたようで、より探るような視線が強くなる。
がその視線を苦笑した健司が遮った。
「すまない、彼女は人見知りが激しいんだ。特に男が相手だと馴れてないのもあって、な」
「あぁそういう。の割にはあんたは男だけど平気なのな」
「ふ、そこは付き合いも長いしなにより、恋人にそう思われてたら世話無いだろ」
「く、違いない」
フォローなのは分かるが、勝手に人見知りにされた上に恋人じゃと?頬が紅くなるのを感じながら顔を隠した手拭いの下から健司を睨み付け、背中を摘まんでやる。
背中をつままれても変わらぬ様子で護衛の男と話す健司じゃが、心を読めば痛みを我慢していることが分かるのでそれで溜飲を下げる。
(特に怪しいところはない、か。できることなら女の方の顔も確認しておきたかったが……………………。無理強いは駄目だな。これで商隊の顔に泥を塗っちまうと後が不味い)
やはり儂らを疑っておったか。腹立たしいが健司の咄嗟の判断が功を制しておるようじゃな。本当に腹立たしい限りじゃが。
適当なところで会話も打ち切られ、男は先に進んでしまった商隊の先頭に駆け去ってゆき途中で他の護衛にも二言三言と言葉を交わしていく。去り際に会釈する相手に儂も軽い会釈程度は返してやった。
そして再び健司に手を取られ商隊の最後尾を目指して歩き始めたのじゃ。
途中他の護衛とも挨拶を交わしながらようやく商隊の最後尾に辿り着く。最後の護衛に会釈し、馬車とすれ違ったところで互いに足を止めた。
(始めるぞ)
儂が心を読んでいることに気付いていた健司から声に出さずにその合図が送られてくる。
頷き今しがたすれ違った馬車へと振り返り、手を離した健司が馬車の右手についた護衛の背後に音もなく近づいていった。
・Side out
健司は腰に差した二振り目の刀、脇差しを逆手に引き抜いて馬車の右手についている護衛の冒険者の背後に忍び寄ると、背後から口許を押さえると同時に鎧の隙間から脇差しを突き刺して心臓を貫いた。
抑えた口から僅かに呻き声が聞こえるがそれは日本の道路のように整備を行われていない街道を行く馬車の立てる音にかき消されてしまう程度のもの。一撃で仕留めた相手を投げ捨てると同時に馬車の下へと飛び込み、車輪の間を転がり抜けて反対側へ。
突如現れた彼にもう一人の護衛が驚きの声を上げるより早く立ち上がり、立ち上がりざまに相撲で言う喉輪攻めのように突きを放ち相手の声を封じることに成功、喉を突かれえずき下げられた頭を掴み力任せに捻折った。
どさりと少々思い音を立てて倒れ伏す護衛。さすがに今回は御者には音が届いたらしく不信気な様子で顔を覗かせてくる。が、健司はそれに気付いていたのか革袋の中から取り出した小さな鉄球を魔法で発生させた磁力を用いて射出して、御者の眉間に風穴を空ける。
御者台の上から崩れ落ちる御者と入れ替わるようにその上に飛び乗った健司は直ぐ様手綱を握って馬車を停止させた。
「うぉ、まさかここまで上手くいくとは。前とは少し距離が離れてるし、これ繰り返せば上手くいくんじゃないか?」
前方を行く残り5台の馬車を眺めて不適な笑みを浮かべた健司は御者台を飛び降り、桜歌が駆け寄ってくるのを確認して次の馬車へと向かう。
「次は、これで」
再び右手の護衛の背後に忍び寄り、今度は脇差しではなく刀の柄を握り護衛を追い抜きながら抜刀、その首を撥ね飛ばした。さらに馬車の壁を蹴って反対側へと飛び出し、突如出来た影に頭上を見上げた護衛の上に飛び降りながらその首を再び撥ね飛ばす。そしてその首無し死体となった護衛が崩れ落ちるより早く御者台に飛び乗った。
「は、なんだお前……………………?」
突如乗り込んできた相手に理解が追い付かない様子の御者に問いの答えではなく刃を返した健司。手綱を握って馬車を停車させ次の馬車へと視線を向けたところで、次の馬車の護衛の驚きに満ちた視線と目が合った。
「て、敵d……………………!?」
驚きながらも責務を真っ当せんとする護衛に無数の礫が襲いかかる。健司が咄嗟に革袋から掴み取りそのまま撃ち放った鉄球が散弾となってその男の首から上を言葉半ばに吹き飛ばした。
「この方法で2台も成功してれば儲け物だな」
言葉を途中で遮ったとは言え、異常は商隊全体へと伝わってしまったようだった。どこで何が起こったのかまでは把握仕切れていないようではあるがそれも時間の問題だ。
馬車の反対側で仲間の最後の声を聞いた護衛が背後に振り返ろうとしているのを確認し、再度鉄球の散弾を放って始末する。
「ここまでは予想の範囲内、あとはできるだけ素早く始末するだけだ」
遠く前方で先頭の馬車が加速し始めているのに気付き、健司はヘカトンケイルへと合図を送る。駆け出しながら掌に発生させた雷球を自分に気づき武器を構えた護衛へと向けて放つ。雷光の速度で宙を駆けるその攻撃を避けることは不可能だった。護衛の男へと直撃すると同時に轟音が発せられ、それに怯えた馬達が暴れだした。
「魔術は得意ではないのじゃが、な!」
桜歌の放った風の刃は丘に沿って曲がった道の先で馬に鞭をいれようとした御者の男の首を撥ね飛ばした。
「敵は後ろだ!馬車を走らせろ!」
前方から聞こえてくるその指示を出すのは先ほど二人に話しかけて来た冒険者の男だった。新たに護衛の一人を切り殺した健司と冒険者の男の視線が交差する。
悔しさと羞恥に染まる表情と、それを見て笑みを深くする健司。健司は街道を飛び出し丘を突っ切って先頭の馬車へと駆けた。
「やはりあの男がリーダーのようじゃな。ならそれをまず潰すのが一番、じゃな」
駆け出した健司の背中を見送って、桜歌は暴れる馬を宥めようと馬車を走らせることすらできていない御者へと駆け寄り、自身に気付いて驚く御者の顔面に閉じた鉄扇を振り抜いた。
鉄扇から伝わる肉のつぶれる感触に眉を潜めながら奏鈴杵心臓に突き立てて止めを指す。奏鈴杵を引き抜き御者を蹴り落として手綱を握り今だ暴れる馬へと声を駆ける。
「落ち着け、落ち着くのじゃ」
駆けた言葉はあまりにもありきたりなもの。しかし言葉と共に奏鈴杵を鳴らし、澄んだ鈴の音が桜歌の言葉を言霊へと昇華する。2度3度と言霊を贈ってやれば、馬もようやく落ち着きを取り戻し、彼女の指示に従って馬車を停車させる。
「いい子じゃな。そのまま大人しく待っておれ」
御者台を飛び降りて視線を次の馬車へと向けると、その馬車にはヘカトンケイルが飛びかかるところだった。
槍を振るう護衛のことなど気にした様子もなく馬車へと駆け寄るヘカトンケイルの巨体は今や分厚い岩に覆われている。健司の眷属となり地属性に目覚めたヘカトンケイルは大地の精霊の力を借りることのできる存在となった。彼の身体を覆う岩も大地の精霊の力を借りて作り出した岩の鎧だ。
この岩鎧が相手では護衛の武器は効果を出すことも出来ず、それでも馬車を守ろうとした護衛はヘカトンケイルの振るう爪にかかってその生を終える。それぞれ一撃のもとに護衛を下したヘカトンケイルが馬車御者台へと飛びかかる。その結果は火を見るより明らかで、桜歌は先頭の馬車へと駆けた健司の姿を捜して周囲を見回した。
「く、お前かっ!」
冒険者の苦渋に満ちた表情、それは自身の誤った判断に対するもの。先ほど話したときもっとしっかりと注意するべきだったと心のそこから悔やみ、殺された仲間の仇を睨み付ける。手にした剣の切っ先を迫る健司へと向け間合いにはいると共に突きを放つ。
その突きは熟練者の槍が放つ突きのように鋭い一撃だった。長剣から放たれる槍のごとき一突きは空気穿つかのごとく健司へと迫り、敵に届くことはなかった。
自身目掛けて迫る剣の切っ先に慌てることなく健司は刀をそっと動かす。剣の切っ先と刀の切っ先が触れあい、刀が優しく、そっと揺れる。
たったそれだけで力の均衡は崩れ、力点をずらされた剣先は刀に誘導されるがままに横に逸れ、誰もいない空間を穿った。
「邪魔だ」
擦れ違いざまに逆袈裟に振るわれる刃が、冒険者の左肘と首を同時に切り飛ばす。その時の健司の言葉が彼に届いたかどうかは定かではないが、宙を舞う彼の首は悔しさに歪んでいた。
健司の足下で風が爆ぜ、それを利用して加速して走り出した馬車へと追いつき跳躍しその屋根の上に飛び乗った。
「させるか!」
馬車の屋根に飛び乗った彼に向けて放たれた矢を切り払い、弓に次の矢をつがえようとするもう一人の護衛に、健司は切り払った矢の矢尻を掴み鉄球を放つのと同じ要領でそれを放って首から上を吹き飛ばした。
「よっと」
軽い声と共に御者台に飛び降りた健司は、表情を恐怖に歪めた御者へと刀を向ける。
「ひっ、た、頼む、命だけは……………………」
青ざめた表情で懇願する御者だったが、健司は無言で刀を振るって首を撥ねて力の抜けた手からこぼれた手綱を拾い上げて馬車の進路を変えさせる。
「ようし、そのまま仲間のところにお戻り」
とそれだけ指示をだして馬車を飛び降りると、自分が殺した護衛たちを馬車の御者台に放り込み始める。
「長剣に弓矢、鎧は革と。
あぁ、桜歌助けたときの冒険者の装備も回収するべきだったなぁ」
馬車を連れた健司が桜歌の元に戻れば彼女のそばには残る馬車も集められており、さらにヘカトンケイルが仕留めた護衛たちを運んでくるところだった。
「な、な、な、な、なんなんだ貴様らはぁっ、ワ、ワシが誰か知っていての狼藉かぁっ、!?」
唾を飛ばしわめきたてるのは桜歌が制圧した馬車に乗っていた丸々と肥え太ったいかにも暑苦しそうな男だった。派手な色合いの服ははち切れんばかりに膨れ上がり、首もとには色彩鮮やかな数々の宝石を繋いだネックレス、被った帽子は仕立てが非常にいいのがそういうことに知識がない健司にも見てとれ、そこに刺さった朱色の羽は強く神聖な魔力を帯びており、それが神鳥聖鳥の類いのものであることが一目で察せられた。ソーセージのような指にはどれにも強い魔力を秘めた指輪が嵌められており、この男一人が身に付けている物だけでいったいどれだけの価値があるのか。
少なくとも男が相応の財力を持っていることだけは簡単に察することが出来た。
「いや、豚男の素性なんて興味ないから」
「ぶ、ぶたぁ!?」
少なくとも今までは面と向かって豚呼ばわりされたことは無かったのだろう。目を白黒させて絶句する男を無視して、ごみを見るような目で男を見下ろしている桜歌の全身を確認する。
「怪我は、無いみたいだな」
「奇襲がうまくいってくれたおかげじゃ。ただ、できることならこういう方法は今後控えたいところじゃな」
「それは人手に余裕が出てきてからだな。戦闘できる人数が少ないうちはこんな戦いの繰り返しだろう」
予想通りに答えに桜歌が嘆息する。
「き、貴様らぁ、ワシを無視するなぁっ!」
絶体絶命の状況に恐怖しながらも、こうも無視され続けることはプライドが許さなかったのか男が再び大声でわめきたてる。
「ワシは北方列強三國を股にかける大商人、ゴランデル・タクラマ様だぞ、そ、それをこんな、こんな扱い、貴様らただでは済まさんぞぉ!!」
「知るか、ボケ」
無視してすぐそばの馬車の幌を捲って中を見れば、幌の中には複数の檻が置かれており、そに檻それぞれに2、3人の人の姿があった。
「奴隷売買何てしてる時点でろくでなし確定だろ。というかさっきの豚発言は豚に失礼すぎだったな。豚もこんなのと一緒にされたくはないか」
「い、卑しい亜人をどう扱おうと問題ないだろう!?」
「黙らんか、この下衆が!」
「ひぃっ……………………」
桜歌の一喝を受けて情けなく縮こまる男にため息をつき、健司はゴランデルの背を蹴り飛ばした。
「ふぎぃっ……………………」
「さて、死にたくなかったらよく考えて口を開けよ。
お前のところで扱ってる奴隷はこれだけか?」
周囲の馬車を一瞥して問いかけると、ゴランデルも健司の視線を追って周囲の馬車を見回し、突きつけられた切っ先震えながら首を横に振った。
「他の奴隷は今どこにいる?」
「ど、奴隷どもは、く、クライアの都市と、パネンテルの都市だ」
「それぞれどれくらいの奴隷がいる?」
「さ、最低でもさ、三十人は常に確保してある!
な、なんだ、あんなこと言っておきながら貴様も奴隷が欲しいんじゃないかぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
質問の意味を勘違いして賎しい笑みを浮かべたゴランデルの手の甲に、無表情で突きだされた刃が突き刺さる。痛みにみっともない悲鳴をあげるデブを見下ろしながら、健司は刀を引き抜き振るって付着していたわずかな血糊を払う。
「クライアにパネンテルね。そこに置いてるお前の戦力は?いるんだろ、こいつらみたいな護衛がさ」
頸の一つを拾い上げ、虚ろな瞳で虚空を見つめるそれをゴランデルの目の前に突きつければひきつった悲鳴が上がる。
「い、いる、高ランクの冒険者崩れが用心棒として置かれている!一時は周辺都市にまで名の売れていた連中だ!」
「人数は?」
「そ、それぞれ5人のパーティーが二つずつと、クライアには竜殺しのケートという冒険者だ!」
「とか言ってるけど本当かな」
助かりたい一存でとにかくデタラメを口にしている可能性もある。いっていることは真実かと視線で桜歌に問いかけると、ゴランデルを見下ろしていた桜歌は視線を外して頷いた。
「これの言うことに嘘はないようじゃ。亜人に対する言動も含めての」
「そっか、奴隷の居場所とそこの戦力が分かれば他は問題ないかな」
もうお前に用はないよ、と刀を鞘に納めるのを見て、ゴランデルが安堵の息を吐く。そして二人して彼に背を抜けているのを見てその瞳に憎悪を満ちさせるが、そんな彼に影がかかる。
「?」
何かと影を落とすものの正体を見て彼の表情は再び恐怖に染まる。健司と桜歌に向けていた憎悪など一瞬で霧散してしまっている。
「死にたくなければ、って言ったけど。誰も助けるとは言ってないぜ」
「そ、そんn……………………」
影の正体、腕を高く振り上げたヘカトンケイルの姿に歯の根が合わなくなったかのようにガチガチとならして震えるゴランデルに、健司の冷たい台詞が届いた。
やれ、と短く指示の声が飛び、ヘカトンケイルの爪がゴランデルの首を撥ね飛ばした。