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慎重

 アルカネデアス王国オーデット街道。アルカネデアス初代国王オーデット・アルカネデアスが邪悪なる亜人を討伐し建国した際に進軍に用いられたとされ、国の中心たる王都から東西南北の国境へと向かって伸びるその街道は、今ではアルカネデアス王国の主要都市を繋ぐ流通の要として用いられていた。それ故にアルカネデアスでは常に複数の騎士隊を行軍演習をかねて巡回させており、周辺国家でも随一の安全を誇っていた。


 とはいえ、それで盗賊の類いが完全に排除されているわけではなく、街道を使う商人達も小飼なり雇いなりの護衛を用意しているのだが、その護衛たちが力を振るう機会など1年に1度あるかないかといった具合であり、今日も道を行く商隊の護衛たちは周囲に気を配りながらも些か退屈そうな表情で警戒を続けていた。


「そういえば、前の町で聞いたんだがよ」


「どうした?」


「この国の第一王子様、なんつったっけ?」


「おいおい、この国に住んでてそれは、下手すりゃ不敬罪で打ち首だぞ」


 自国の王族の名を思い出せず首を傾げる同僚に、弓を持った冒険者は呆れた様子でその頭を叩いた。


「痛っ。

 しかたねぇだろ、王子様なんざ天上人なんて、俺らなんかじゃ一生かかっても縁がねぇんだ。それならもっと有益なメシネタを覚えることに努力してんだよ」


「アホか、人の名前を、国のトップのお名前を覚えることぐらいしとけっての。同じパーティだからって連座で首跳ねられたらどうするつもりなんだよ!」


「あぁあぁ、分かった分かった、今後はちゃんと覚えて奥から」


「全く頼むぞ。

 それで、第一王子、イーリアス王子がどうかしたのか?」


「名前を覚えてなかった俺も大概だけどよ、敬称付けないのも立派な不敬罪に当たるんじゃないのか?

 はぁ、まぁいいか。そのイーリアス王子様が今度巡回騎士隊の一つを率いることになったらしいぞ」


 どっちもどっちな仲間の言葉に溜め息を吐きながら、とりあえずそれを横に置いて前の町で聞いたという話を告げる。それを聞いた仲間たちは皆同じように驚いた表情で振り返り、それを見てこの話を聞いたときの自分も同じような表情をしていたのだろうな、と頭をかいた。


「ほら、アルカネデアス国王も結構お歳だろ。それで御上の方じゃ後継者問題がちらほらと出始めてきてるらしい」


「あぁ、戦争の兆しも無いし武に傾倒したイーリアス王子が功を上げる機会が無いからな。第二王子は文官肌で幾つか献策したりしてるって言うし、どんなものでもいいから何かしら目に見える功績が欲しいんだろうな」


 容易に想像できる理由に溜め息を吐き、弓持ちの冒険者は空を仰いだ。


「下手すりゃ街道でばったりか。それとわかる格好をしてくれてればいいけど、知らずに不敬を働いたりしたら一発アウトか」


「だよな。この話他子連中にもした方がいいよな?」


「そりゃな。無いとは思うけど誰かの罪で連帯責任って商隊全員皆殺しなんて……………………」


「ゾッとしないな。まぁそんな無茶苦茶な王子様じゃないだろうとは思うけど、人気はあるし。可能性はゼロじゃないからなぁ」


「だな。俺ちょっと他の連中とこ行ってくるわ」


「おう、こっちは俺に任せていってこい」


「あいよ」


 仲間が駆け去っていくのを見送って、彼は再び天を仰いだ。

 無いとは思うが可能性はゼロではない。かつて参加していたパーティのリーダーだった男の口癖だった。どんなことにも常に慎重で、結婚を期に冒険者を引退するまでの7年間、一人の脱落者も出さずに自分達を導いてくれた彼の言葉を思い出し、それが脳裏から離れない。


「なんだろうな、何がなんだか分かんねぇが嫌な予感がしやがるな」


 彼のその呟きは誰の耳に届くこともなく、青い空へと消えていった。






 冒険者達が護る商隊からそれほど離れていない場所で、彼らは騎馬を歩かせていた。白銀色に輝く甲冑に身を包み、王国騎士団を表す赤地に金の『獅子と剣』の旗を掲げ、同時に濃い紺色に金と銀で描かれた騎士と八脚馬のアルカネデアス王家の紋章旗が翻っている。


「幻影旅団、だったか?件の盗賊団というのは」


 すぐ近くの騎士にそう尋ねるのは、騎士たちの中でも白銀の甲冑に真紅の房飾りと王家の紋章が刻まれた盾を持った男だった。兜の面覆いを跳ね上げ晒された顔は非常に整っており、町を歩けば黄色い声が上がること請け負いであろう美男子であった。


 彼に尋ねられた騎士はすぐ横に馬を付け、一礼した後口を開いた。


「は、盗賊でありながら魔術を操り、中でも幻影の魔術の腕は他の追随を許さないとか。

 襲撃時、撤退時どちらにおいてもその幻術を駆使することで周辺諸国の騎士団も翻弄されているとの話です」


「そのような輩が我が国に、か。

 汚い足で我が国土に踏み入れるとは、許せんな」


 苛立たしげにそう呟いた彼は腰に下げられた剣の柄を叩くと、そう思うだろうと周囲の騎士たちに視線を向ける。その場にいるのは彼を含めて20人もの騎士。誰もが屈強な軍馬に跨がり、その周囲が彼を護るように陣形を調えている。


「殿下、油断だけはなされぬよう。

 例え殿下の持つ魔剣が魔を切り裂けどそれは完全では無いのです。一瞬の隙、一瞬の油断が御命を喪われる原因となり得ます」


「あぁ、そうだな」


 横に付けた騎士にそうたしなめられ静かに目を閉じた彼、アルカネデアス王国第一王子イーリアスは逸る心を落ち着けてから瞼を開いた。

 彼の持つ魔剣、『魔を裂く者』と呼ばれるその魔剣は、持つものに魔を関知する能力を与え、あらゆる魔力の流れを切り裂くという。故に幻影魔術を操るかの盗賊団を相手に絶対なる優位を持っていると彼は考えていたが、それが油断以外の何者でもないと気付き小さく溜め息を吐いた。


「やつらが最後に出没したのは?」


「西のキルゼム王国です。やつらの行動パターンからして恐らく半月以内に行動を起こすかと」


「そうか。

 よし、西部街道を重点的に巡回する。他部隊との連絡は密にとれ、少しでも気になる点があれば即座に報告をしろ」


「「「はっ!」」」


「よし、では行くぞ!」


 イーリアス王子の号令と共に騎士たちは走り始める。祖国に仇なす者を刈るために。その先に何が待っているのかも知らずに。
















 パチパチと焚き火の中で生木がはぜる音が響く中、健司は焚き火の回りに刺さった串を手に取り芳ばしい匂いを周囲に振り撒く魚にかぶりついた。


「うん、美味いなやっぱり」


 同じように小川で(ヘカトンケイルが)捕った川魚に口を付ける桜歌へと視線を向ければ彼女も僅かに相貌を崩しており、それを見られていることに気づくと眉間に皺を寄せて健司のことを睨み付けた。


「人が食事しているところをそうジロジロと見る出ない」


「えぇ、いいじゃん別に害があるわけでもなし」


「害ならあるじゃろうが。食べづらいわ」


「ブーブー」


 子供じみた文句を言いながら川魚に視線を落としもう一度かぶりついたところで、彼は何か思い出した様子で串を地面に刺して革袋の中から果物を取り出した。取り出した果物は直径5センチほどの僅かに潰れた球状でうす緑色。厚く些か硬い皮に覆われたその実からはまだ皮を剥いていないにも拘わらず僅かな酸味のある匂いを漂わせている。


「む、ボイズの実か」


「あ、これそんな名前なんだ」


「うむ、多少の甘味はあるがそれ以上に酸味の強い実で大分好みの別れる実じゃな」


「あぁそれはたしかに。この前一つ食べたけどかなり酸っぱかったし」


 味を思い出したのか苦笑いをする健司だがそう言いながらもボイズの実を手放す様子はなく、そのまま腰の刀を引き抜いてそれで実を真っ二つにする。


「でもそれがいいんだよな」


 真っ二つにしたボイズの実を指で挟み、再び川魚を手に取れば今しがた口を付けた辺りにボイズの絞り汁を振りかけていく。


「ん~、思った通りだ。すだちとかかぼすに似てると思ってたけど魚とよく合うわ。

 桜歌もどうだ?」


 ボイズの実の残り半分を差し出され桜歌は一瞬の躊躇したものの健司が本当にそれを旨しと食べていることを読み取ったのか、恐る恐るとそれを手に取り同じように自分の川魚少量の汁を振りかけた。


「む、これは……………………」


「旨いだろ」


「うむ、まさかボイズの実がこんなにも魚と合うとは知らなんだ」


 ちょびちょびとではあるが繰り返しボイズの絞り汁をかけながら川魚を食べる桜歌に満足して、健司も食事を再開する。


 それからしばらく無言で食事を続けた二人だったが、捕った魚も食べ終わり共に一息ついたところで桜歌が口を開いた。


「これで衣食住の内食については問題も解決した訳じゃが、貴様はこの後のことは考えておるのか?」


「一応。まぁ先と変わりはないよ。しばらくは人手も足りないし保護できる奴を保護して回ることかな。

 ぶっちゃけ調べれば家なんかの建て方とかも分かるけど、実際に作ろうとしたら俺じゃ無理だろうしそう言ったことに経験のある奴を保護できればなと思ってる。まぁそこは運次第か。今はまだ逆神を信仰してる連中に俺たちの存在を知られるわけにもいかないし、なるべく足がつかないよう気を付けるべきだろうな」


「ふむ、儂らだけなら最悪この場所がばれても逃げるのも容易い、儂にとっては元の生活に戻るだけじゃしな

 じゃが数が増えればそれも難しくなる。保護したとして戦える者ばかりではないじゃろうし、我らの存在が表沙汰にされる訳にもいかぬか」


「そ、問題はこの森が大陸のどこにあるかだ。一番近い国がどこでどれぐらい離れてるかも分からないしな。

 だからまずはある程度仲間を増やして周辺の探索。ここがどこにある森なのかを調べる。ついでに大勢で暮らすのに向いた場所がないかの確認、あればそっちに移り住むべきだろうな」


「なんじゃ、貴様ここがどこか知らんかったのか?」


 まさか自分達のいる場所が分からないなどとは思っても見なかったらしく、呆れた様子の桜歌に何故か照れたように頭をかく。


「いや、誉めとらんぞ」


「ははは、まぁそう言うわけだ。

 でだ、まぁ方針としては仲間集めと周囲に探索。けど仲間を集めたとしても食い物はあっても住む場所と着るものが無い。それらを作ろうにもその道具もないからまずは仲間集めと平行して金集め。集めた金で道具や衣類を購入してくる。

 仲間や道具が集まればその内自分達でそれら作ることもできるようになるだろうし、それまでは続けてくつもりだ」


「……………………一応考えてはおるようじゃな。その割には食料の問題も放置したまま儂を助けに跳んできたようじゃが」


「ぶっちゃけ今回桜歌に言われてあれこれと考えた。

 いやぁ、俺って本当に無計画だったよね」


 あははははは、と笑い声を上げるが、そんなかれに向けられる視線は冷たい。が、それも当然だろう。


「笑い事ではないわ。

 くっ、儂はなんでこんな奴を頼ってしまったんじゃ」


「惚れてください、お願いします」


「意味が分からん……………………」











「慎重に行動すると聞いた覚えがあるんじゃがな?」


 丘の上から眼下を進む商隊を見下ろした桜歌から呆れた声が溢れる。まるで「頭痛が痛い」とでも言いたげな様子で額を押さえる彼女とは対照的に、健司は真剣な表情で件の商隊の様子を観察していた。


「そう言ったね。けどなんで?」


「何でもなにも、言って半日と経たずに商隊を襲うなど言われれば誰だってこうなるわ!」


「しっ、静かに……………………!」


 小声で注意されて釈然としないものを感じながらも言われたとおり口を閉ざす。商隊を観察していた健司は一つ頷くと桜歌を連れて丘の反対側へ隠れるように移動していった。


「で、慎重に行動すると言っておきながらどう言うことじゃ?」


「ん、何でって何が?」


「商隊を襲うなど目立つに決まっておるじゃろうが。まさかそんなこともわからないと言う訳じゃ無かろうな?」


「あぁそういうことね。

 逆に聞くけどさ、事件ってのは他者にばれなきゃ事故じゃないんだよ」


 にやり方頬持ち上げての健司の答えは遠回り過ぎて桜歌には伝わらなかったが、桜歌は溜め息を突きながら健司の心を読み解き目を丸くして驚愕する。


「やつらを皆殺しにすると言うのか……………………!?」


「正解。連中は奴隷商人の商隊だ。馬車の荷物も亜人の奴隷ばかり。

 これを救出して金目の物は尽く頂戴していく。目撃者も残さなければ騒ぎにはなるだろうが俺達に行き着くことはほぼ不可能。一箇所に留まらず広い範囲でこの襲撃を繰り返して仲間を増やす。

 慎重にされど大胆にだ」


「大胆すぎるじゃろ」


 健司のやろうとしていることに呆れ混じりの言葉を溢すが、桜歌もすぐに真剣な表情で得物である鉄扇と奏鈴杵を確認する。


「それで、どう仕掛けるのじゃ?」


「ん、最初は真っ正面から近づく」


「なんじゃと?」


 返ってきた答えに再び桜歌が目を丸くするが、健司はそれを気にした様子もなく言葉を続けていく。


「俺は普通に人間だし桜歌も見た目は人間と変わらないからな。旅人を装って前から近づいて普通に挨拶を交わす。で、そのまま横を通って最後尾まで行ったところで、一番後ろの見張りからなるべく静かに殺す。

 そのまま気づかれないようならこれを繰り返して気づかれるまで続ける。これは俺がやるから桜歌は気づかれたときにいつでも魔術を放てるように準備しておいてくれ。使う術はなるべく目眩ましになる奴でいい。馬車に被害が出たら不味いからな」


 利にかなっている、とはお世辞には言えないだろう。だがたったこれだけの手勢だ取れる手段など限られている。

 この策ならば一度は何事もなくすれ違うのだ、すれ違うときは警戒もされるだろうがその直後ならば油断を誘う可能性も低くはないだろう。


「確かに芽のありそうな策ではあるの。じゃが、そう上手く事が運ぶかどうかじゃな」



 目をとじ思案する彼女をよそに健司は飄々とした様子で肩をすくめると、耳を疑うようなことを口走る。


「いや、穴だらけだし失敗するだろ」


「はぁっ!?」


 発案者本人から息なりに全否定に耳を疑った彼女は即座に健司の心を読み、その言葉が本心であることを知ると目元をひきつらせながら天を仰いだ。


「けど成功するかもしれない」


 この言葉も本心からのものだった。こいつはいったい何を考えているのか、一度頭を割ち和って覗いておいた良いのではないだろうかと本気で考える桜歌から視線を外した健司は、不適な笑みを浮かべると丘の向こうを進んでいるだろう商隊の方へと顔を向けた。


「まぁあれだ、どんなに優れた策だろうと失敗するときは失敗するんだし、逆に稚拙な策だって成功するときは成功する。策に成否は実際に成してみなけりゃわからないんだ。俺らに取れる手段が少ない以上どんな策だろうが危険は一緒。それなら成功したとき一番実入りの大きくなりそうな策に掛けてみても問題はないだろ。

 それに最初っから失敗する可能性の濃厚な策だ、そう思えば多少は気も楽になる。気が楽になればリラックスもできる、リラックスできれば策も成りやすくなろうってもんだ」


 楽観と言えばそれまでな言葉に唖然とする桜歌。だが不思議と彼の言うことも納得いくことに釈然としないものを感じながら、元より駄目で元々ならばと肩の力を抜くことができた。


「道はちょうどこの丘を迂回するように敷かれている。

 丘の影から道に入ろう」


 二人は互いに頷き街道へと出る。途中桜歌は懐から取り出した手拭いを被り顔を隠す。旅の女性が顔を隠すのはよくあることなので、これで疑われるということはないだろう。むしろ隠さない方が余計な視線を集める可能性すらある。


「初めからどうするか分かっていれば笠を用意してきたのじゃがな」


「あぁ、それはすまなかった。

 けどこの策は今後も使うだろうし次からで大丈夫だろ。それより今は」


 二人の視線が丘の向こうにいるだろう商隊へと向けられる。


 上手くいくかどうかは運次第。健司は緊張した様子もなく自然な感じで歩き始めた。










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