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 拓けたそこから見上げる空はどこまでも青く澄み渡り、降り注ぐ日差しはどこまでも暖かだ。


「あぁ、こういう日はどっかでのんびり昼寝でもすれば気持ちいいんだろうな」


 緑の匂い香る空気を胸一杯吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。


「東京と違って空気も旨い」


「何をしとるんじゃ、さっさと周囲の探索にいくぞ」


 が、そんな時間も長々と続くことは無く少々ご機嫌斜めな様子の桜歌に声をかけられ現実へと戻されるのだった。


「了解……………………」


 腰にベルトに刀を差し、同じくベルトに提げた革袋に入っている鉄球を確認する。


「装備はこれで大丈夫だな」


 昼食用の果物が入った革の鞄を背負い、森の側で待つ桜歌の元へと駆け寄っていく。


「お待たせ」


「まったくじゃ、行くぞ」


 そっけない返事の後、踵を返して歩き始める桜歌の後ろを健司が歩く。人の手の入っていない森や山を歩いた経験が無いためだ。

 右肩の傷がまだ癒えておらず慣れない左手で鉈を操り邪魔になる木の枝などを切り払って行く桜歌を背後から眺めていた健司だったが、流石にその様子をいつまでも眺めているだけというのは気が咎めたようだった。


「なぁ、やっぱり先頭代わった方がいいんじゃないか?」


「必要ない」


 即答だった。


「いや、でもさっきから大変そうじゃねぇか」


「この程度、どうと言うことはない」


「嘘つけ、現に今だって鉈の刃筋がずれてんじゃねぇか」


 会話しながらだった故か、枝にたいして刃が斜めに振るわれてしまったのを見て呆れたような声を上げる。指摘されて忌々しげに睨み上げてくる桜歌を無視して手にした鉈を取り上げて彼女の前に出ると、一降りで桜歌が何度も鉈を降るって切り払おうとしていた枝を切断した。


「何をする!」


「このままじゃ時間がかかるから俺が前に出るよ」


「……………………馬鹿か貴様は。この森の中で方角を間違えずに進むことができるか?

 道を記憶することは?獣道の見つけることは?地図の作成は?」


「いや、それは無理だけどよ、方角はお前がわかるんだろ?なら俺が間違えそうなときに教えてくれればいいだろ。道の記憶とか地図に関しても俺には確かに無理だけどよ、こう言う肉体労働くらい任せてくれよ」


「嫌じゃ、面倒くさい。一々口を出すくらいなら自分でやった方がマシじゃ」


 言うだけ言って健司の手から鉈を取り戻そうとする桜歌だが、健司とて易々と取り上げられるつもりはない。もとより身長に差がある二人だ、健司はそれを利用して鉈を高く掲げて桜歌の手から逃れる。


「く、鉈を、返さんかっ」


 頭上高く掲げられた鉈を取り戻そうとするぴょんぴょんと跳び跳ねる姿に、猫じゃらしにじゃれる猫を幻視する健司。「あ、かわいいな」などと思いながらいつまでもこうしてる訳にもいかないかと遊ぶのは自重することにした。


「方角を教えるくらい慣れない手で枝を払うより楽だろう。とにかくこれは決定事項」


「あ、こら、待たんか!」


 言うだけ言って踵を返した健司の背を桜歌が追いかける。


「自分で、できると、言うとるじゃろうが!」


「あ、方角こっちであってるよな?」


「あっておるが、人の話を聞かんか!」


 健司の背後で文句を言い続けながらも問いにはきちんと答える彼女に、ただ毛嫌いされての反応では無さそうだと内心安堵するものの、いったい何が彼女をここまで意固地にさせているのかと首を傾げる。


 その疑問の答えは彼女のこれまでの生き方にあった。幼き日に両親を喪った彼女はこれまでたった一人で生きてきた。長い長い逃亡生活、どこかの町によることもあれば森の中に潜み暮らしたこともある。逃亡から逃亡、流れに流れる間自分のことは常に彼女一人でこなしてきた。彼女にとって自分でこなせることを自分で行うことは当然のことであり、ある主のプライドのようなものになっているのだ。

 また、幼い頃は他者を信じようとしては裏切られることを繰り返しており「他者の手を借りる」「任せる」という行為に強い忌避感を感じてもいる。

 それらが合間って彼女はこれほどまでに自分の手で行うことに拘っているのだ。


 それは彼女自身も自覚していない事実。あのとき健司の差し出した手を取り、逃がしてもらったという事実との矛盾を、自覚していなくとも無意識に感じとり、それが彼女を不機嫌にさせていた。


 鉈を返せと言う桜歌の声を聞き流し、時折届く進む先を指示する声に従い、また木に鉈を振るって標を残しながら、二人は先程までよりも早いペースで森の中を進んでいく。行く道の途中で食べられる野草等を見つけては摘み取ってとを繰り返し、短い時間で採集用の袋はその半分が埋まっていた。


「すごいな、本当に食うもんが豊富だな」


「うむ、この調子なら結構な数を養うことが可能じゃろうな」


 頭上の枝に生っていた林檎に似た果物をもぎ取りながら健司が呟き、桜歌の同意の言葉が続く。


「薬効のある植物も多い、治癒、毒消し、鎮痛剤等の各種ポーションの材料か。薬師等は狂喜乱舞しそうじゃな」


 言いながら自然治癒能力を促進させる効果のある葉を採取し、きれいな布に挟んで懐にしまう桜歌。

 彼女の言葉を聞いて健司も近くの草花を眺めるも、どれが薬草なのかは全くわからなかった。


「保護する中に早い段階で薬師の技能があるやつが居てくれると助かるんだけどな」


 早即に薬草を探すのを諦めて周囲を軽く見回した健司は、少し先ある木に何かがあることに気づき近づいていった。


「こいつ、は」


 それは傷跡だった。太い木の幹に刻まれたかきむしったような跡。それが彼の目線よりも高い位置にある。


「爪、痕?それがこんな位置にあるってことは」


 それだけ大きな体と鋭い爪を持つ存在が付近に存在していると言うことだ……………………。


(気が緩んでた!)


 獲物が豊富であると聞いていた。獲物と聞いて自身が狩るものだと思っていた、無意識にだ。だがそんなことがあるのか、例え相手が草食動物だったりしても反撃を食らえば怪我をする、そしてそれが熊などの肉食動物だったら?

 急ぎ周囲の気配を探ろうとその探知範囲を伸ばそうとして、それが遅かったことに気づいた。


 ベキベキ、と枝の折れる音が頭上から響いた。同時に落下してくる木屑を気にする暇もなく、健司は突然のことに驚く桜歌に飛び付いていた。


「きゃっ!?」


 初めて聴く桜歌の可愛らしい悲鳴が耳に届くが、そんなことを気にしている暇はなかった。彼女を抱きしめてその場を飛び退いた直後、つい今まで桜歌のいた場所に黒く巨大な塊が落下してきたのだ。


「ぐるるるるるるるるっっ……………………」


 黒い塊から響く唸り声。

 それは獲物を逃したことに対する苛立ちの声か。二人を探して振り返り、後ろ足で立ち上がったそれは、全長4mはありそうな巨大な熊だった。


「間一髪、だな。気づいてよかった」


「……………………すまぬ、助かった」


 助けられたことに素直に礼を述べる彼女に笑みを浮かべて、健司は抱き抱えていた桜歌をそっと下ろした。


「熊?熊の魔物か?」


「いや、違うじゃろうな魔物はすべからく邪気を纏うがあれにそれはない」


「つまり普通の熊か」


「下手な魔物よりもよっぽど脅威じゃろうがな」


「だろうな、昨日の連中よりよっぽど手強そうだ」


 そんな軽いやり取りを交わして健司が前に出る。怪我の直っていない桜歌を庇うように前に出た彼に熊の怒声が叩きつけられる。


「餌と見ているのか、縄張りに侵入されたことに怒ってるのか、さてどちらだか。

 悪いがどっちにしてもこっちの対応は変わらないんだけどな」


 拳を握り軽く肩を回して筋肉を解して、威嚇するように両腕を上げる熊を睨み返す。


 熊が咆哮を上げるのと同時に地面を蹴ってその距離を詰め、熊の巨腕頭上から振り下ろされた。


「いやいや、それは無理があるじゃろ」


 桜歌が見た光景。それは少々信じられない光景だった。健司の二倍は大きい巨熊が頭上より振り下ろした一撃を彼はなんと片手で受け止めて見せたのだ。そんな事態は巨熊の方も想像だにしていなかったのだろう。慌てた様子でもう片方の腕を横薙ぎに振るうもそれすらも受け止められる。おまけに捕まれた腕を振り上げようとするもピクリとも動かない。ならばとばかりに噛みつこうとするが、今度は健司が腕を掴んだまま交差させたことで自分の邪魔になって噛みつくことすら失敗する、というか自分の腕に噛みつかされてしまう始末だ。


「今度は、こっちの番だ」


 不適に笑って早宣言した健司は腕を掴んだままに体を半身にし、熊の腹部に協力な蹴りを放つ。

 巨熊の悲鳴が周囲に響くが、勿論そんなことは気にしない。腹部を蹴られて健司に覆い被さるかのように前のめりになった鼻の頭を鷲掴みにすれば、両腕を解放されたことで歓喜し再び攻撃に移ろうとするが時すでに遅し、健司は熊の胸ぐらを掴み、力任せに投げ飛ばした。


「まぁ、所詮は熊だな」


 大木に頭を打って目を回す熊に近づいてこれが当然とばかりに笑みを浮かべる健司だったが、すぐに腕を組んで首を傾げた。


「まったく、滅茶苦茶な奴じゃな。あんな巨体の熊を投げ飛ばすなど……………………。

 で、どうしたんじゃ?」


「ん、あぁ。こいつどうしよう?」


「ぬ?」


「いやさ、今こいつ気絶してるけど止め刺すべきかな?」


「刺せばよいじゃろう?」


 何を言ってるんだ?と呆れたような様子の桜歌だが、健司は気絶している熊の巨碗を持ち上げると困ったように笑みを浮かべた。


「俺捌き方分からないんだよ。

 ほらこいつ、でかいじゃん?てことは立派な毛皮もとれるはずだけど、捌き方も分からず手を出してボロボロにしちゃったら勿体ないだろ。それなら一度リリースして捌ける奴を連れてきてから改めて、って方がいいかなと。桜歌は捌き方分かるか?」


「確かにそれは勿体ないのぉ。しかし儂もやったことが無いので分からん。肉など半年以上食うておらんし、その時とて行商人から購入した干し肉じゃったからな。

 魚の捌き方ならわかるんじゃが……………………。

 まぁそれは置いておくとして、だからと言ってこのまま逃すわけにもゆくまい。逃がしてまた遭遇できるとも限らんし、できたとしてその時貴様が側にいるとも分からん。こやつが今回のことを根に持ちでもすれば、今後ここに連れてくる者の中から犠牲者が出るやもしれぬ」


「あぁそうなるか。というか犠牲者が出るとか考えると、この大きさの熊がこいつだけとも限らないんだよな、となると気楽に森の中を出歩くことも出来なくなるし……………………。

 そうだ、こいつを眷属にしちまうか」


 名案を閃いたとばかりに指をならす健司だが、意見を交わしていた桜歌からしてみればその案は些か突拍子が無さすぎた。


「いや、何でそうなるんじゃ」


「こいつをここで仕留めても桜歌が言うような可能性はどうしても残るからな。連れてくる奴が自衛の手段を持っているならいいけどそうとも限らないし、かといって俺が自衛手段のない奴を常に守ることもできないだろうしな。ならそういうやつらを守る手段を考える必要がある。

 でだ、こいつのこの巨体なら相当な強さがあることは想像に固くない」


「貴様には瞬殺されたがの」


「そりゃ俺が強すぎるからな。まぁそんなこいつを眷属にできれば、こいつの強さはさらに増すだろ。こいつだけじゃなく他にも色々と眷属を増やして護衛に使えば危険も大分減ると思うんだよな」


「まぁ、確かにそうじゃろうが。捌く捌かないの話からどうしたらそう話を飛躍させることができるんじゃ?」


 と戸惑う桜歌に肩を竦め、健司はさっそく目の前の巨熊を自身の眷属とすべく行動を開始した。


「えぇと、詠唱めんどくさいから魔法陣で代行だな。その方が楽だ」


 がいきなり馬鹿なことを言い出す健司に桜歌は「は?」と間抜けな顔を晒す。彼女にとって幸いなことにその表情を健司に見られることは無かったが、彼女がそんなことをしている間に健司の作業進めていく。


 健司が熊に向けてかざした掌の上に目に見えるほどの濃度を持った魔力が集められて行く。空間の歪みのようにも見える魔力の塊がメロンほどの大きさに成長したところで、健司はその魔力塊を握り潰した。

 握り潰された魔力が弾け飛び、それが熊の周囲に飛び散って行く。地に触れた魔力は霧散することなく飛び散った魔力同士で繋がりあい、瞬く間に光輝く巨大な魔法陣を形成して見せる。


「ん、これじゃちょっとあれか」


 主語の抜けた呟きを漏らしながらオーケストラの指揮者のごとく腕を振るい、魔法陣の上にさらに魔力の起点が産み出されてさらにそれらが結びつくことで立体型の魔法陣が完成する。

 最初は白かった魔力光が次第に黄色いものへと変化していき、巨熊の身体をすっぽりと多い尽くしてしまう。


「な、なんじゃこれは……………………」


「ん?魔力操作を応用したただの立体型魔法陣だけど?」


「知らんぞ、こんなもの。魔術に関しては相応に身に付けておると自負しておるが、こんなもの見たことも聞いたこともない……………………。

 そもそも魔法陣というものは触媒を溶かした溶液や墨で描くものじゃ、それを魔力光で、しかも立体的に組み上げるなど……………………」


 驚愕に目玉が飛び出しかねんほどに目を見開いた桜歌に、健司はこれまた肩を竦めて魔法陣の中に収まった巨熊へと視線を向ける。今だ気絶したままに相手に笑みを浮かべると、再度掌に魔力を集めてそれを一気に立体型魔法陣へと流し込んだ。


 一気に魔力を流し込まれたことで、それまで淡い光を放っていた魔法陣が一斉に強い光を放ち始める。周囲の暗がりを消し去る黄色い光に桜歌は思わず手を翳して顔を庇っていた。


 光はどれくらいの時間輝いていたのか。唐突に光が消え、手を翳して庇っていたはずだと言うのにチカチカする目を瞬かせて、桜歌は健司へと視線を向けた。


「目が、目がぁぁぁぁぁぁっ」


「……………………何をやっとるんじゃ、貴様は」


 どうやら自分で魔法陣起動していたくせに、その時光で目が眩んだらしい。目元を押さえた指の合間から流れる涙が、あの聞いたこともないような技術を披露した姿とのギャップを頭が痛くなるほどに感じさせていた。


「符は残り少ないんじゃが、仕方ないか。

 静にせんか」


 全身を襲う倦怠感と戦いながら袖口より一枚の符を引き抜き、魔力を込めて健司の額へと張り付ける。


「っっっぅぅぅっ?

 あれ、痛みが退いてきた」


「治癒術じゃ。直ぐに痛みも退くからいつまでも喚いておるでない」


「うぅぅっ、すまん、桜歌」


「まったくじゃ。あれだけの事を成しておきながら……………………、最後までビシッと決めることは出来んのか」


「わざとじゃないんだが……………………」


「ふん、そんなことより眷属化は成功したのか?

 したようじゃな」


 言われて確認したのを読み取ったのか、視線を気絶したままの巨熊へと向ける。


 黒い毛皮で身を包んでいた巨熊。模様らしきものの見えなかったその毛皮には、今では黄土色のラインが頭部の一対の耳から後頭部、首筋、背と走り尾に至るまで伸びている。外見的な変化はその程度だ。


「あぁ、ひどい目に遭った。次からは遮光結界でも用意しとくか」


「まったく、自分でやったことじゃろうが」


「あんなすごい光が発するなんて思わなかったんだよ」


 ようやく痛みが退いたらしい健司が視線を巨熊へと向ける。一つ頷き近づいてゆくと巨熊の前で片膝をついてその頭を撫でる。


「お、触り心地がいいな。それでいて一本一本の毛が硬いな。柔軟性と強固さとあわせ持った毛ってことか」


 防御力が高そうだと呟くのとほぼ同じくして巨熊が僅かに身じろぎした。それに気づいた健司が立ち上がり距離を放すと、巨熊は閉じていた目を開いてまるで寝起きのように軽く頭を振って面を上げた。


「よぉ、目が覚めたか?」


 その問いが耳にとどき、巨熊は健司の方へと顔を向けて目が合った。その瞬間巨熊は弾かれたように四本足で立ち上がり健司へと向けて頭を垂れた。


「成功成功、眷属化はうまくいってと。最低限の忠誠心も刷り込み完了。そうなると名前を決める必要があるな」


 どうしたものかと少々思考する。一人あーだこーだと頭を捻り、しばらくしてようやく何か思い付いたらしい。ちなみに彼が頭を捻っている間桜歌は呆れた様子で、巨熊はいつの間にか尻餅をつき首を傾げて健司の事を見下ろしていた。


「黄色いラインは眷属化の際に土の魔力を獲得したからか、でかいしここで人を護る役を任せるんだし。そうだな、ヘカトンケイル。

 お前の名前はヘカトンケイルだ」


「ぐぅるるるぅぅぅぅぉぉぉぉおぉぉおおおおん」


 健司が名付けると同時に巨熊、ヘカトンケイルが空に向かって咆哮を上げる。名は体を表すと言わんばかりに、咆哮に応じるように周囲の地面が盛り上がり、そこから無数の土でできた腕が生えてきて歓喜にうち震えるかのように天へ向かって拳が突き上げられる。


「どうよ?」


「貴様は本当に分からん奴じゃな。普通でないことを平然やってのけるかと思えば、間抜けな姿を晒しおる。どっちが貴様の本当の姿なのじゃ?」


「そんなの格好よくて凄い方に決まってるだろ」


 ふふん、と胸を張り勝ち誇るように言う健司だが、桜歌は「間抜けが地じゃな」と思いながら溜め息を吐いた。


「さて、食糧の心配は解消されて思わぬ護衛も手に入った。後は飲み水の確保か」


「そうじゃな。川かそれか湧水でもあればいいんじゃが」


 今回の探索で目標としていた項目の内片方はなんとかなった。残る問題を解決するため動こうとする二人の前をヘカトンケイルが歩き始める。


「ぐぅぉぉぉん」


「……………………着いて来いだってさ」


「……………………そうか」


 二人に顔を向けて小さく声を出すヘカトンケイルに二人は顔を見合わせ、もともとこの地にいた存在だしとその後を着いていくことに決める。


 何度も往き来していたのか無用な枝葉が無くなりできた獣道。前を行くヘカトンケイルの巨体のお陰で道を拓くために振るう必要の無くなった鉈で、目印として木の幹に傷を付けながらその後を追っていくと、やがて二人の耳に水の流れる静な音が届き始める。


「この音は……………………」


 二人の歩く速度が僅かに上がり、それに急かされるようにヘカトンケイルの歩みも速くなる。そうして森の中を突っ切ると目の前に穏やかに流れる小さな小川が姿を表した。


「おぉ、ヘカトンケイルよくやった」


 労い首筋を些か乱暴に撫でてやり健司は小川へと駆け寄って行く。澄んだ水色をした小川は降り注ぐ陽光に揺らめき、時折魚の鱗が反射した光を交えてきらきらと輝いている。


 石川原に膝をついて小川の中に両手を差し込むと、その冷たさに一瞬背筋が震えるが、それも直ぐに心地よい冷たさに代わる。


 先まで果物で潤していた喉の乾きが主張を始める。となればと小川の水を掬いあげて、それに口をつけた。


「んく、んく、んくぅ。ぷっはぁぁぁぁ。

 冷たい、それに美味いな」


「小屋とは少々距離があるが、水場を得られたのは幸いじゃな」


「だな、最悪転移でどこからか汲んでくることも考えてたけど、水は嵩張るし助かったな」


「森を切り拓くとき、この小川に向かうようにするべきじゃな。距離についてはそれで少しはマシになるじゃろう」


「よし、目的は達した。今日はもう昼飯食って小屋に戻るか」


 桜歌が頷き同意するのを確認して、健司は荷物をその場に下ろす。川には種類は分からないが魚が泳いでいる。

 久しぶりに魚を食べれると、健司は喜び勇んで小川へと飛び込んでいった。






 結界魚は逃げ去り果物で昼食をとることになるのだった。





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