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考えなし

 駆ける、駆ける、駆ける……………………。


 漆黒に夜空に浮かぶ大地を照らす二つの丸い月。


 駆ける、駆ける、駆ける……………………。


 夜空を彩る運河のごとき星々。


 駆ける、駆ける、駆ける……………………。


 馴れたものであればそれだけで十分な夜の明かり達。


 駆ける、駆ける、駆ける……………………。


 そんな僅かな光さえも遮られた深い森の中を音もなく影が駆け抜ける。


 速きこと風の如く、暗闇に支配された森の中、不規則に並ぶ木々の間を縫うように、静かに獲物の背後に忍び寄る蛇のように音も無く駆け抜ける。


 木々の間を縫うように駆けていたのが急にその足先を変えた。太い木の幹に足をかけ垂直に駆け登る。そして幹から枝へと移り、跳ぶ。


 木々の間を駆け抜けた影は今や樹上の人となり暗い森の中を枝から枝へと、まるで宙を駆けるかのように音も無く駆け抜ける。


 その樹上を駆ける姿の静かなることまさに無音。自然に吹く風以外にこの闇の中で音を立てるものは他に無く、まさしく無音。


 樹上を駆け始めてどれくらいが過ぎたか。その前方にうっすらと光が見えてくると影は徐々に駆ける速度を落とし、光が届くか否かというギリギリの場所でピタリと音も無く止まった。


 森の中に突如として現れた光源。それは森を切り開きできた広場に焚かれた篝火の物だった。明々と光を放つそれに照らされているのは幾つもの天幕とその間で周囲に目を光らせる何人もの兵士達。


 光と影の境からそれを観察する影。僅かに届く光がうっすらとその容姿を露にする。と言っても目元以外の全身を黒い装束で身を包んだその姿に特徴らしい特徴を見つけ出すのは難しいだろう。精々が身体の線が浮き上がるようなピッチリとした服装故にわかる女性らしい膨らみと、広場から届く光を反射する鋭い眼光を放つ切れ長の眼とその目尻にて同じように光を反射する鱗のようなものか。


 天幕の並ぶ夜営地を見回した彼女は懐から小指大の筒を懐から取りだしマスクに隠された口許に運ぶと、マスクに隠された小さな切れ目から1対の純白の牙が僅かに姿を現した。その牙の先端からうっすらと無色の液体が滲み出て雫を産み出すと、彼女は牙に筒の先端を押し付けその中に液体を溜め込んで行く。


 一定量の液体を筒に貯めてそれを離し素早く牙をしまった彼女は、その筒を腰のベルトに設けられた小さな箱にそれを嵌めると、箱から延びるチューブを通って中に納められた液体が腰に差した短剣の柄へと注がれていく。


 それを見もせずに視線を夜営地に向けていた彼女は枝の上で身を屈ませ、その枝をしならせその反動で宙に舞った。


 このとき初めてガサリと音が鳴り、篝火の中で薪の燃える落としかなかった周囲にその音が必要以上に響いた。それに気付いた近くにいた一部の兵士達が視線を向けるも、そこにあるのは僅かに揺れる枝が1つ。黒装束の女の影はほぼ全ての兵士達の死角である頭上にあり、誰にもその姿を見られること無く積み上げられた物資の影へと音も無く着地した。


 着地すると同時に女は駆ける。再び影となり篝火の灯りが届かぬ闇の中を駆け抜け、夜営地の中央にある一番大きな天幕へと到達する。自身の姿を見れる範囲に誰もいないことを確認し彼女は瞼を閉じた。視界を閉ざし顔を天幕へと向けて何かを探るように首を動かす。


 瞼を閉じた女の目には当然なにも映らない。しかし彼女の知界には映っていた。その天幕の中にいる者の体温が。


 女の目が開かれ、腰に差した鞘から短剣が引き抜かれる。夜闇の中にありながら刃の表面に塗られた何かによりうっすらと輝く刀身。それを一別し女は動いた。


 真っ直ぐに、真っ直ぐに天幕へと駆け右手を一閃天幕の布に彼女が入り込めるだけの切れ目が出来上がると同時に音も無くその中へと侵入を果たす。天幕の中には全裸で鼾をかく髭面の男と、その情婦かその身にシーツを巻き付けただけの女が寄り添うようにして眠っていた。


 情事の後なのだろう特有の臭いに僅かに目元をしかめるも、女は素早く短剣を鞘に戻して再び引き抜いた。再び引き抜かれた短剣を逆手に持ち素早く静かに男に近づき、彼女はそれを男の胸に突き立てた。


「むぐっ……………………」


 もう片方の手で口元うぃ押さえていたために周囲に気付かれるような悲鳴を上げること無く男は息絶えた。突き刺したときに目覚めたのか前回に開かれた目を閉ざしてやり女は踵を反し、自分で切った天幕の切れ目から外へと飛び出した。


 この闇の中で彼女の空けた穴に気付く者はいないだろう。


 天幕を飛び出し再び影となった彼女は闇に紛れて夜営地から離脱して行く。






 この夜この夜営地で何が起こったのか。それを正確に知る者はいない。











 森の中に響く打音。空気を打ち抜く音とそれを受け止める音。


 音に合わせて二つの銀が絡み舞う。


「ちっ、ちょこまかと小賢しい!」


 方や引き締まった筋肉を革の胴着で包んだ長身の男。適当に短く切り揃えただけで特に手入れもされていないざっくばらんとした銀髪が、自身の動きによって巻き踊る風に吹き付けられて逆立っている。

 轟と音が聞こえんばかりに拳が振るわれるが、それが標的を捉えることは無かった。


「そういう兄上は、相変わらず力任せにすぎるのでは?」


 対するは風を巻き込み振るわれる拳を僅かに体を動かすだけで回避し、荒れる風に煌めく銀糸のごとき髪をたなびかせる女性。しなやかな四肢が踊る度に相手の攻撃の力点をずらし、僅かな動作での回避を可能としている。


「ぬかせ!」


「ぬかしますとも」


 上段回し蹴りを身を屈ませて回避した女性は地に手を突き体を捻り、その捻転によって振るった足に生じた力の全てを込めて叩きつける。


「ぬるい!」


 しかし男は防御の姿勢を取ることもなく全身に力を込めてそれを受け、何事もなかったかのように天地逆さまとなった女性へと腕を降り下ろした。


「お得意の鋼体業か!」


 腕のをバネのようにしてその場を飛びすさり敵の攻撃を回避すると、女性は着地と同時に地を蹴り再度男に飛びかかった。地面を叩く前に手を止め身体を起こそうとしていた男の頭上へととんだ彼女は、相手の頭部を掴み全身の力と相手の起き上がろうとする力をも利用して投げ飛ばした。


「う、おぉぉぉらぁぁぁっ」


 が、男の方もされるがままではなく、空中で体勢を整えて自身が叩きつけられようとしていた木に両足をついて着地し、跳躍。自分の身体を投げた相手へと飛び蹴り放つ。


「ちっ!」


 地に足がつくとともに地面を転がり攻撃を避けた女性は転がった勢いのままに跳躍して男と距離を取った。


「そこまでじゃ」


 再び二人が距離を詰めようとした瞬間制止の声がかけられる。


 声の主は二人よりも色素の抜けた銀髪を後ろで束ねた初老の男性だ。二人同様に胴着を身に付けたその男性は静かな足取りで二人の間に立つと、二人は同時にひざまずき頭を垂れる。


「二人とも腕を上げたな」


 好好爺然とした笑みを浮かべた彼の言葉に頭垂れた二人は僅かに笑みを浮かべ、頭上にある一対の耳もピクピクと嬉しそうに動いている。


「二人が鍛え上げたその腕、もしやすると存分に振るって貰うやもしれぬ」


 が一転して真剣な声色に変わり、二人は思わず顔を上げていた。


「それは、人間どもにこの場所がバレたと言うことか」


 まるで睨み付けるように視線を鋭くした男の言葉に老人は静かに首を振るった。視線を回せば周囲には目の前の二人と同じようにひざまずいた人々が老若男女関係なく真剣な表情で彼に顔を向けていた。

 それを確認して頷いた男性は自分達の崇める神、獣神ハウル・ヘッグの印を結び口を開いた。


「ハウル・ヘッグ様より直々に神託を授かった」


 そう言った瞬間、静かに彼の言葉を待っていた一同が驚きも顕にざわめいた。目の前の二人は騒いでこそいないものの表情は驚愕に固まっており、話の続きをとばかりに視線を向けてきている。


「父祖神様がお力をふるわれたそうだ」


 ざわめきが一段落するのを待って男性は再び口を開く。視線を向けたるははるか東。逆神により力を奪われた父祖神が残り少ない力を振るった場所がある方角だ。


「父祖神様はこの世界に異界の人間を召喚されたらしい」


「な、人間をこの世界に?」


「兄上、止めろ……………………!」


 立ち上がり男性に詰め寄ろうとするのを先程まで拳を交えていた女性が制止する。感情的になっての行動だったのか、女性の言葉にハッとした男は一言詫びの言葉を吐いて再びひざまずいた。


「グァルの気持ちも分からんでもない。私も最初はなぜに人間をと思った。

 その心意についてはハウル・ヘッグ様は何も仰られなかった。だが一つ、『見極めよ』と。

 その人間は父祖神様より人間に虐げられている者達の助けになるよう仰せつかっているらしい。だが、お前達の懸念通りその者は人間だ。故に見極めよと。その人間が、本当にその助けとなるか、新たな脅威となるか。

 我らの目と鼻をもって見極めよと」


「相手は、人間なんだろう?

 なら見極めるまでもないだろう!」


 怒り心頭とばかりに表情を歪めて叫ぶ彼に、周囲の人々もその半数近くが同意の声を上げる。地につけた拳を強く握りしめた彼に冷静な声を上げるのは、やはり先程まで拳を交えていた女性だった。


「だがハウル・ヘッグ様がわざわざ神託まで下された。その事実は重いぞ、兄上」


 彼女の言葉に同意する冷静な声が各所より上がる。その数は先の男に同意した声よりも些か多いだろうか。


「相手は人間だ!ハウル・ヘッグ様とて父祖神様を慮ってそう言ってるにすぎん!」


「何を言っている、兄上。人たる我らに天上に在られる神の御心を決めるつけるなど、不敬にもほどがあるだろう!」


 先程までは互いの技を錬磨せんと拳を交えていた二人だったが、今は互いに険悪な気配を纏っていた。それを察した男性は二人の視線を遮るように手を上げる。


「静まれ。グァル、今のはフェンが正しい。地上にある我らに天上に在られる神の御心を決めることはできぬ。

 よしんばハウル・ヘッグ様の御気持ちがお前の言う通りのものだったとしても、神託は『見極める』こと。そのように下った以上我らはそれに従うのみだ」


 その言葉に男が悔しそうに頭を垂れるのを見て皆もいいな、と周囲に声をかける。不満そうな気配は残るが一応はこれで安心かと判断した男性は皆に立つように声をかける。


「皆支度を。東へ向かうぞ」
















 ある森の中にある小屋の前、そこに書かれた魔法陣に光が生まれる。光は徐々に大きくなり、やがて四方に弾けて消えるとともに健司と桜歌の二人がその場に立っていた。


「よいしょ、到着」


「これが、転移か。なんと言うかこの落下感?と言うべきかこれはどうにかならんのか」 


 転移の感覚に文句を告げる桜歌に肩をすくめた健司は、少なくとも今は無理と告げて魔法陣の上から降りると桜歌もそれに続いた。視線を巡らせて周囲の森と目の前に乱雑に倒れ付した木々を目にすると表情をひきつらせた。


「おい、なんじゃこれは」


「いやぁ、この世界に来て最初にちょっと、浮かれて力を振るったらこうなりました。

 あはははははははっ……………………」


「あははははははは、じゃないわ!」


 反省した様子もなく高笑いを上げる健司の後頭部をひっぱたき、思わず右手を使ってしまった故に痛みに顔をしかめる。


「いやぁ、俺もやり過ぎたとは思ってるんだよ。

 一応保護する上で住む場所を作る必要があるし、そのために森を拓かなきゃと思ってやったことではあるんだよ」


「じゃとしてもやりすぎじゃ」


「多少は処理したんだけど、一人じゃ大変でさ。桜歌のことを助けた時も実際は人手を求めて、って理由もあったんだ」


「言っておくが、木材の加工なんぞ儂には無理じゃぞ」


 小屋の脇に置かれた木材を見て桜歌が溜め息混じりにそうぼやく。


「知ってる」


 桜歌の代わりに担いでいた荷物を小屋の中に置いた健司は、食料をしまった篭の中から林檎によく似た果物を取りだしてそれを適当な切り株に腰かけていた彼女に投げ渡した。


「あるのは小屋が一つ、か。

 食料はどうしてるのじゃ。畑も何も見当たらんが」


「ん、俺こに世界に来てまだ数日だから、アーサ・ヌァザ様が用意しておいてくれたのしか食ってないな。俺一人でも一月分くらいか」


「……………………貴様人が増えた際の食料はどうするつもりじゃったんじゃ?」


「アーサ・ヌァザ様の話だとこの森って食料が抱負らしいよ。果物とか獲物とか」


「……………………その確認は?」


「え、食料まだあるししてないよ」


「そう言う大事なことは先にせんかこのたわけーっ!」


 果物を受けとり色々と質問を始めた桜歌だったが、健司から返ってくる返事を聞くたびにその声色は低いものへと変わってっいく。それに気づいてないのか自分の分の果物にかじりついては、咀嚼しながら返事を繰り返す健司に、桜歌は叫び声を上げていた。


 どこか遠くで鳥の飛びたつ音を聞きながら目を丸くした健司の胸ぐらを掴み、桜歌はブンブンと音が聞こえそうなほどに前後に振り回した。


「たとえ父祖神様のお言葉とはいえ確認くらいせんか!相手は偉大なる父祖神様じゃぞ、感覚が儂らとずれとる可能性だってある。父祖神様にとってはただの獲物でも儂らでは仕留めるのが難しい相手の場合もある、果物のだって離れた場所にある可能性もあるじゃろうが!簡単に手に入らないかも知れん。そう言う確認は真っ先にすべきじゃろう!それに水は!?井戸が見当たらんが近くに川があるのかっ!?」


「あ、えぇと、ある、らしいよ?」


「それも確認しとらんのかぁぁぁっ!?」


 喉が渇いたときはどこぞの拳魔邪○のごとく果物で渇きを癒していた健司。ひっくり返したバケツのごとく言い詰める桜歌に気圧され、しかし正直に話すと本日最大級の叫びが彼の鼓膜を直撃した。


「あ~う~」


 桜歌の超音波攻撃(違う)を受けて目を白黒させる健司。息継ぎもなしに全てを言いきった桜歌は彼の胸ぐらから手を放し肩で息をしながら蹲っていた。


「計画性はまるで、なしか。儂はこんなやつに助けられたのか……………………」


「ま、まぁ元気出せ」


 落ち込む彼女に思わずそんな言葉を投げ掛けるが、返ってくるのは誰のせいで、と言わんばかり鋭い眼光。


「この考え無しは……………………」


 睨まれて息を飲んだ健司は下手くそな口笛を吹きながら視線を逸らすが、それが余計に桜歌を苛立たせていることに気づいていない。


「……………………はぁ、その考え無しに助けられたのじゃ、今は置いておくとしよう。腹立たしい限りじゃが。

 健司、まずは食料と水の確保じゃ。人を増やすにしてもそれを確りとせねば待っているのは飢え死にじゃ。今日はもう仕方がないが、明日は朝から周囲を探索するぞ」


「……………………了解」


 すっかり立場が逆転してしまっている事実に首を傾げながら了承する健司。

 桜歌は無駄に疲れたとばかりに溜め息を吐いて手にした果物を口にした。その果物が美味しいのが無性に悔しい彼女だった。








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