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召喚

 桜磨 健司が目を開くと、そこは木々の生い茂る森の中だった。周囲を見回してみれば当面の寝床である小さな小屋がぽつねんと建っており、彼の手には一振りの刀が握られていた。


「事前に聞いていた通りか」


 おっさんことことも違うとある異世界の神カキゥーラとこの世界の創造神アーサ・ヌァザとの邂逅よりどれくらい時間が経っただろうか。

 力を失ったアーサ・ヌァザには健司に望む力を、所謂チート能力与えることはできなかった。その代わりに彼は数多の世界神々が協力して作り上げた空間へと贈られ、そこで時間を掛けて望む力を得てようやくアーサ・ヌァザの創世した世界へとやって来たのだ。


「さて、まずは向こうで手に入れたものがちゃんとあるか、チェックだな」


 小屋へと入ればそこは、小屋の外見宜し質素な空間だった。外壁と兼ねられた部屋の壁に、張りが剥き出しの天井。電気は当然としてランプの類いもなく、あるのは囲炉裏や竈、粗末な棚。

 どこからどう見ても"魔王"となるには不似合いな場所だった。


「アーサ・ヌァザ様も干渉できないとか言ってたし、これだけ準備されてるだけでも感謝するべきなんだろうな」


 土間で靴を脱いだ健司は部屋の奥に置かれた質素な家具が並ぶなかで唯一確りとした作りの鉄製の箱へと近づきそれに手をかざした。


 翳した手にうっすらと魔力が膜を張り、箱こと魔力を帯びた金属で作られた特殊な金庫の蓋が開いた。


 特殊な魔法を掛けられたこの金庫は中の空間が圧縮されており、開いた箱の中からは外見以上の大きさの棚が展開される。その棚に納められているには無数の本。修行した空間で手に入れた代物で、彼の元いた世界の書物達だ。


 健司はその中の一冊手に取りざっと流し読みをする。先程までいた空間で何度も読み内容を覚えていたが、この世界に来る際に何処かしかに異変があったりしないかどうか確認するためだ。


「特に異常は無さそうだな。チート能力は強いけど、魔王となるとなるとな。虐げられている者達の保護つっても数が増えれば俺だけで守れる訳もないし、保護した連中にも力をつけてもらう必要があるからな」


 それはとある剣術について書かれた本であった。棚にはその本の他にも槍術や弓術、格闘術について書かれたものや、農業、建築、工業等、果ては小学校から高校に至るまでの各教科の教科書まで納められていた。


「知識は力なり、ってな。向こうで考えられる限りの本は手に入れたしうまく活用していこう」


 本を棚に戻して棚ごと金庫の中に収納した健司は、脇においていた刀を手に取って再び小屋の外へと戻ってきた。


「アーサ・ヌァザ様に聞いた話だとここって人里から相当離れてる、というか完全に未開の地らしいんだよな。となると移動は転移魔法に頼ることになる。

 とりあえずここに"マーキング"しておくか」


 小屋の前そっと目をつぶり、掌を下にそっと腕を上げる。先程金庫を開けたときよりも多くの魔力が彼の手に集まり、力強く握りしめると共に地面に魔力が走り魔法陣が描かれる。


「彼方より此方、此方より彼方へ

 ここに開くは遥かを望む門

 無限の彼方を超越する門なり」


 呪文を唱え終えると同時に魔力が収まり、そこには魔力で焼き付けられた魔法陣が残っていた。


「よし、これで戻ってくる分には問題はなくなったな。

 行きは手間がかかるけど手動で転移するしかないか」


 次はどうするかと周囲を見回した健司だったが、そこは鬱蒼と生い茂る森の中。農業の本もあるが畑を作るにはまず最低限森を切り開く必要があるだろう。


「というか切り開かなきゃいけないよな。保護した連中を住まわせるためにも場所は必要だし」


 一歩前に進み出て刀の柄に手を伸ばす。向こうで手に入れた無銘の刀に魔力を通わせて、彼は抜刀する。


 抜刀し、刃が走った奇跡に沿って魔力が変質する。風を司る魔力へと変貌し真空を作り出し拡大する。


 過去空間で修行し得た技術『魔刀技』。

 力を失ったためにチートを与えられなかった健司は今ではそれで本当によかったと思っていた。チート能力を得るためにかの空間へと送られた。その空間では望む能力を得ることができる代わりに、得る能力に応じた修行が課せられた。そんな修行の中で編み出した技術の一つが『魔刀技』であえる。

 彼が元いた世界で流行っていた『異世界でチート能力をもって無双する』類いの小説なら、この程度の能力などそれこそ別の何かの能力の付属品のように簡単に得ることができただろう。だが、そうして得た能力を万全に使いこなすことができるのだろうか?

 ぽん、と完成品だけを渡されたに等しいそれと、一から自分で組み上げ編み出してきた技術。どちらがそれについて詳しく知ることができるのだろうか?


 健司は思う。そんなものはどう考えても後者に決まっていると。一から身に付けていった技術だからこそ、まるで手足のようにそれを操ることができるのだと。


 刀が鞘に納められる鍔鳴りの音。それと同時に広範囲に渡って森の木々が倒れ伏す。


「『魔刀技・真空斬り』

 ま、こんなもんか。とりあえずぼちぼち枝を落としながら退けてやれば、木材と土地の両方が確保できるだろ。当面の飯の心配もないし、まだ俺以外居るわけでもないからのんびりやっていけばいいさ」


 最近独り言多くなったなと思いながら、彼は早速一本目の処理に取りかかるのだった。










 健司がこの世界にやって来て三日目。初日に斬り倒した樹木の処理は順調に、終わるはずもなかった。広範囲に渡って斬り倒された樹木、たった一人では三日経ってもその一割とて終わっておらず、一人で木材の加工行う愚噛み締めていた。


「木材加工甘く見てた……………………」


 延々と一人で同じ作業を繰り返していた健司は、もう限界とばかりに地面い身を投げ出した。


「あぁ、ダメだこりゃ。俺だけでこれ処理してたらどれだけ時間がかかるか分かったもんじゃねぇ」


 起き上がり大量に転がる樹木の山に盛大なため息を吐くと、ここ2、3日木工道具と化していた刀を手に取り、初日に準備した魔法陣の下へと向かう。


「とりあえず、虐げられてる連中を探してくるか

 人手さえ手に入ればこの作業の効率も上がるはずだ」


 ドワーフのような物造りに長けたのが見つかるといいな、などと考えながら健司は遥か彼方の地へと至るための門を開いた。










・ouka


 降り下ろした鍬が畑の土にささる。儂の細腕ではこの程度でも掘り返すのに相応の力が必要となるが、そこはそれ、現実を覆す方法と言うものはえてして存在する。

 全身に張り巡らせるように展開した魔力が筋力を強化し、畑の土を掘り返し土を柔らかくする。後はこれの繰り返しで畑を耕すことができる。これのポイントは土を起こす瞬間に魔力を込めることじゃ。要所要所で力を奮うことでより長時間効率よく仕事を続けることが可能となる。


 今までも何度も繰り返してきた作業だ。振りかぶり、降り下ろし、土を耕す。繰り返し繰り返し、そして瞬く間に畝が出来上がる。この調子ならば今日中に畑を2面ほど耕すことができるじゃろう。


 一度手を止めて周囲を見回す。所々補修が必要な箇所があるものの、雨風を凌ぐには十分な小屋。崩れた井戸。荒れた田畑。それらを囲うように東西南北に置かれた灯籠。

 幼き日に見たままの光景じゃ。


 父様と母様と共に暮らした地。幼き日の安住の地。今も目を瞑ればあの頃の光景を思い出すことができる。


 懐かしい、本当に懐かしい。生きてまたこの地にこれるなど思っても見なかった。


 じゃが、今ここに居るのは儂一人じゃ。儂の横に両親の姿は無く、常に恵みを与えてくれた田畑も今や無惨な姿を晒しておる。想い出の残る家屋も長年の風雨で最低限の機能を残すのみ。


 悔しく、そして寂しい話じゃ。

 儂らはただ静かに暮らしていたかっただけじゃというのに。


 いかんな、物思いに耽っていては仕事が進まなくなってしまう。


 儂は再度手にした鍬を振りかぶり、畑を耕すのを再開する。今ある食糧は持って一週間ほど、今日中に最低限畑を耕して種を蒔かなくては食糧が尽きるまでに収穫が出来なくなる。


 それから数度鍬を振りかぶり畑を耕していたのじゃが……………………、儂の感覚の網に何者かが引っ掛かる。どうやら、望まれざる客人が現れたようじゃ。


「くっ、もう嗅ぎつかれた?まだ二日じゃぞ……………………」


 鍬を放棄して袖を纏めていたたすきをほどくと、母様から譲られた儂の名の元となった花の模様を施された袖がそっと風に靡く。


 頭巾を外して父様と同じ深い黒色の髪を開放し、小屋の前に置かれた荷物に意識を向ける。

 大きく継ぎ接ぎだらけとなった袋が一人でに蠢き、その口から小さな杵が飛び出してくる。


 遥か南の地で儂らの祖先を守護して下さった今は亡き神アーデン・ファンカス様。その寝所たる神殿の警護を任された一族だったと言う父様。すでに護る地は無くともお仕えした神より与えられた神具であり、その証である武具。


 両端に花弁のように施された五つの爪とその中央から延びる槍状の穂先。反対側には魔を払う聖鈴が三つ、柄に施されたアーデン・ファンカス様とその兄弟神であり、共に軍神たる五柱の神々の詔が施されたこれの名を『奏鈴杵』


 荷物の中から飛び出してきた奏鈴杵を手に取り、袖の中に常に忍ばせている苻を確認する。

 些か心許ない枚数しかないけれど、仕方あるまい。新しい苻用意する時間もなかったのじゃからな。他の武器もちゃんとある。問題はあるまい。


 本当ならば今すぐ逃げ出すのが正解なのじゃろう。しかしそうすればこの招かれざる客人たちはこの場所へとたどり着き、この場所を徹底的に捜索することのは想像に難くない。

 今は亡き家族との少ない想い出の場所を不粋な連中に荒らされたくない。なんとも青い考えではあるが、そうと分かっていてもそれだけは我慢ならんのじゃ。


 じゃから、今はとかく招かれざる客人を撃退し、その上でこの地を去る。それが儂に許された唯一の意地というものじゃ。






「この先には何もないぞ、お主らいったい何用じゃ」


 かの場所から離れた山道にて、儂は件に客人たちの姿を捉えた。そこにいたのは五人の男たち。種族は人間、剣を持った者が二人に短剣を帯びた盗賊風が一人。斧と弓が一人ずつ。


 身に付けた装備はどれも魔力を帯びており、どうやら耐魔に秀でた物であるようじゃ。なんとも口惜しい話じゃが。


(黒いインデ・パング風の衣装、腰まである黒髪、蒼い目、褐色の肌)


(袖に描かれているのは桜って花みたいだな)


(身体的特徴は一致している)


 儂の問には応えず念話で内緒話か、小賢しい……………………。儂には筒抜けじゃというのに……………………。

 じゃがこれでこやつらの目的が儂であることは分かった。ならば奴等がとる行動は……………………。


「儂を(仕留めるぞ)じゃな」


 男達が散開すると同時に放たれる矢を袖の中から引き抜いた鉄扇を開いて盾として防ぎ、散開した連中に回り込まれないよう後退する。鉄扇を手放した手で苻を放ち、無数の雷蝶を産み出し広範囲に展開する。触れれば容赦なく敵を感電死させる電気の蝶じゃ。耐魔の防具に身を固めているゆえそこまでは望めぬが、彼奴らとて好んで触れたくもあるまい。


(触れるな、雷系統の苻術だ!動きが鈍ることになるぞ!)


 中々に博識なのがいるようじゃな。儂の思惑通りじゃ。

 これである程度は動きを誘導できるはず。後はうまく一人一人行動不能にすることができれば……………………。


「人の問いに応えず武器を振るうか。なんとも野蛮な連中じゃな」


「なに、化物風情が……………………!」


 特に効果の期待できない挑発のつもりだったのじゃが、思いの外効果のある相手もいたようじゃな。剣を手にした片割れが端正のとれた顔を醜く歪め、怒気も顕に睨み付けてくる。


 彼奴らめの中でも特に身なりのいい男じゃな。武具の装飾も凝っており、かの逆神の印が見てとれる。奴らにとっての異端たる儂の挑発にあれだけ反応するところ見るに中々に熱心な信徒であるようじゃな。


 怒りに身を任せ突出するのはこちらとしても都合がいいのじゃが、展開した雷蝶を巧みに避けて突き進んでくるのは相応の実力者である証拠。面倒な話じゃ。


「馬鹿、熱くなるな!」


 男の援護に放たれた矢を、紐で繋いでいた鉄扇を素早く手元に戻して再度開いて盾とすることで防ぐ。


 鉄扇を握って閉じればそれは鉄の撥と同等となる。雷蝶を抜けてきた男の剣を鉄扇で受けとめ、鍔迫り合いとなる前に奏鈴杵を突きだし間合いを離させる。


 接近戦での実力は完全に向こうの方が上じゃな。儂の能力のお陰でそれでも対等にやりあうことはできようが……………………。

 左右の武器を素早く動かし敵の攻撃を防ぐ。離れた隙をついて苻を放とうとするもそれを矢に阻まれる。


 これは、選択を誤ったようじゃな。感情を優先せずにさっさと尻尾を巻くべきじゃったか。

 雷蝶を展開した向こう側で残る輩が逃げ道を塞ぐように動いておる。一か八かで動かんと完全に手遅れになるじゃろうな。


 意を決した儂は薙ぎ払うように振るわれた敵の攻撃を奏鈴杵と鉄扇を交差させて受け、力に逆らわずその力を利用することで距離をとることに成功する。いかんせん僅かに手が痺れているがそんなことを気にしている余裕は無い。奏鈴杵と鉄扇手放して両手に苻を抜いて即座に放つ。扱う術は先と同じ雷蝶の術。男との間に先程よりも厚い雷蝶の群れが呼び出される。


「キール、援護しろ!」

(道を開く、ジンが駆け抜けろ!)


 声と念話とよくもまぁ同時に別のことを伝えられるものじゃ。その器用さには感心するわ。

 撹乱のつもりじゃろうが念話が筒抜けな以上儂には意味がないがの。


 左手に新たな苻を引き抜き、手放した奏鈴杵を呼び戻してそれを振るう。シャン、と鈴の奏でる音が魔力を帯びて共鳴し、一時的にではあるが周囲の魔力を活性化させ増大させる。


 男が大上段に剣を構えてそこに魔力を集中させるのを感じるが、その攻撃を待ってやるほど儂はお人好しではない。


「遅いんじゃよ。

『共鳴式・雷網陣』」


 放った苻を奏鈴杵の穂先で突き刺し術を開放。電撃がすぐ近くの雷蝶へと走りそこから雷蝶から別の雷蝶へと次々に連鎖反応を起こして巨大な雷の檻を作り出す。

 大規模化攻勢術式、共鳴式・雷網陣は儂にとって取って置きの切り札じゃ何度も連発することはかなわないが、これならあの耐魔付与の鎧の上からでも致命傷を与えることができるはずじゃ。


 まさしく雷のごとき光と轟音が周囲を駆けるがそれはごく一瞬のこと。それが収まった後には黒焦げになった男が一人倒れ付しており、その死は一目瞭然じゃろう。おまけに幸いなことに短剣使いもその余波を受けたのか、まだ息はあれど身体が痺れて動けなくなっているようじゃ。


「キーラ!ジン!」


 弓の男の悲鳴を耳にしながら儂は踵を返して走り出す。雷網陣を使用した以上残っている雷蝶も長くはもたない。急ぎこの場を離れねば逃げ切れない。


「貴様ぁぁぁっ!」


 弓の男の絶叫、それと同時に攻撃が放たれたことを察して、儂は唇を噛んだ。


 背後から迫る攻撃は弓使いの放った渾身の一矢と、大きく弧を描いて降りかからんとする巨大な斧。

 本来ならば適さないはずの投擲された斧は、儂にとって最悪なことに矢からの逃げ道を塞ぐ軌道を描いていることじゃ。


 矢か、斧か。何れかを受けなければならない状況。選択は一瞬。それを逃せばそのどちらもをうけることになる。


 儂が選択したのは矢を受けることだった。


 ある意味当然と言えば当然の選択じゃ。あんなでかい斧が相手ではどこに当たっても致命傷、矢なら場所さえ選べばまだ逃げ切ることもできる。


 じゃから儂はとっさに身を捻り急所に矢を受けることだけは回避しようとした。結果その矢は右肩を貫き儂は苦悶に表情を歪めた、じゃが……………………。直後側頭部に受けた衝撃視界が揺れる。


 脳が激しく揺れたか一気に飛びそうになるのを必死に堪えながら、僅かな血の渋きを撒き飛んでいく斧の姿に何が起きたのか理解する。


 矢を受けるところをコントロールしようとして僅かに斧の軌道に頭が入ってしまったようじゃ。幸いと言うべきか、接触したのは刃の部分ではなく勢いよく回転する太い柄の方だったようで頭がカチ割られることはなかったが、それでも血が出るほどの傷をおったようじゃ。


 漠然とそんなことを思いながら、儂の体は吹き飛ばされ、地面の上を転がっていった。




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