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9.碧霄

星が瞬いて、落っこちた。燃え尽きて、塵になった。


 ベーコンを一切れ手に取って、口に咥えた。

ゆっくりと噛み砕く。油が歯の間に沁み込んでいった。豆みたいな味がした。


 ここがどこで俺が誰なのかなどもはやどうでもよく、大事なのは俺が今を生きているということなのだ。俺たちは、いつか燃え尽きる火種を持って右も左もわからぬ暗闇の中をさ迷い歩く。


 いつから自分がレールを外れたのか、俺は憶えている、知っている。

俺はガキの頃から周りと馬が合わなかった。些細なことでかっとなって、あとはもう知らない。気付いた時には一方的に相手を半殺しにしているような、奴だった。

 だから皆俺を恐れた。

俺に畏れだけでなく憧れの念をも抱いていた奴もいたそうだが、俺からしてみればそいつの方こそ羨ましいくらいだった。使い所のない力など無意味だ。ひどく不釣り合いなのだ、俺には。


 15の歳に、施設に連行された。

頭のいかれたガキ共と馴れ合うのは癪だった。俺はそこでも騒動を起こし、完全に見限られた。親も俺を見放し、基地に入れられることになった。

 

 基地に行って驚いたことといえば、皆一見すれば普通そうな奴だったことだ。

とても問題を起こして収容されたような奴には見えなかった。一様に、感情のない目で戦闘機のマニューバの授業を受けた。

 

 それから毎日が始まった。


 空と

地上とを

行き来する毎日


 物足りなさを覚えた

当然だったかもしれない。

 なぜならこいつらは皆他の奴を信用していないのだから。

ただ自分だけを信じて、耳をかさず目もくれずここまで来た。だから付き合い方を知らない。中途半端に、心に入ってこられるのを恐れる。


 基地から見上げる街は、ひどく大きく見えた。

自分が異端であることをまざまざと認識させられた。











 晴れ渡る碧霄の空に、たくさんの戦闘機が隊列をなして飛んでいる。

そこに俺の姿はない。


 そこで、気付いた。

上の方に昇っているあの黒い煙、あれは俺の機が撃墜された痕なのだと。


 視点がぐるぐると回る。

煙をまいて落下していく。


 後悔するが、もう遅い。

それはよくわかっている。


 あそこでしくじらなければ、あそこで踏み込んでいれば、こんなことにはならなかった。

わかっていても、悔やむ。

















 暗い室内に、ぱっと四角い電灯の光がついた。

枕元の電灯は正方形の薄い台座で支えられており、そこから伸びたコードが床に影を落としていた。また木組みの壁に沿うようにして一対のテーブルと椅子が並べられていた。

 部屋の西側には調度品の置かれた棚が並んでおり、脇には冷蔵庫とトースター、それに戸棚があった。フローリングの床はよく磨かれているのかぴかぴかと輝いていた。


 俺の横たわるベッドにはくすんだ緑色の毛布と2つの枕が立てかけてあった。

後ろを振り向くと小さな窓がいくつかあり、植木鉢が並んでいる。部屋はベッドルームと居間とで区切られており、テーブルの置かれた居間はここよりも位置が高かった。どうやら段差があるらしい。


 俺はゆっくりと、立ち上がった。

毛布にしわが発生し、やがてある形に落ち着くとそれきり動かなくなる。俺は冷蔵庫に近寄り、中のシンハービールを手に取ると、瓶の蓋を開けた。

 戸棚からグラスを出した。

瓶を片手で押さえながら、中身を透明のグラスに注ぎこんだ。茶褐色の液体が縁近くまで貯まったところで注ぐのをやめ、瓶を冷蔵庫に戻した。


 椅子を引いて、座った。

グラスを手に取り、口に運ぶ。何も感じない。無味乾燥。水を飲んでいるようだった。


 それでも最後まで、一息で飲み干した。

腹の中に紙が詰まっているようだった。どうも気分が悪い、落ち着かない。気を紛らわせるためにもう一杯ビールを飲んだが、余計頭が痛くなっただけだった。

 俺は窓に目をやった。

黒い森。穏やかに流れる川。ガラス越しの風景は美しかった。ふいに外に出てみようと思った。


 俺はシャツの袂を整えると、古びて錆びたドアを開けた。廊下はしんと静まり返っており、誰の気配も感じられなかった。廊下を歩くと、板の軋むぎしぎしという音が響く。いくつか部屋の前を通り過ぎ、階段の前に差し掛かった。

 踊り場には彼女がいた。

俺に気付くと、彼女は声をあげた。


「起きたの?」

「ああ」


 1階に降りた。

ロビーには誰もいなかった。革張りのソファが所在なさ気に佇んでいる。


「俺たちの国が、死んだんだ」

「知ってる」彼女はいった。「ニュースで見た」


 俺はホールを通り、玄関に出た。

部屋靴を履きかえると金属のドアノブに手を伸ばす。

「どこへ行くの」

「どこにも」

「いなくなっちゃうの」

「そんな訳ないだろ」


 心配だったらしく、彼女は黙ってついて来た。

外は温かかった。さんさんと輝く太陽が辺りを白い光に染めていた。


「ぽかぽかするね」

「そうだな」


 彼女と連れだって、近くの小高い丘まで行った。夢に見た碧霄の空が視界いっぱいに広がっている。


「友達のこと」


 ふいに彼女がいった。


「いいの?約束があるんでしょ」

「別に」俺はいった。「大したことないさ」


 そのまま日が暮れるまで、彼女と話していた。

平穏が俺の心を満たしていく。


 らしくないな、と思った。

微かな違和感がそこにはあった。


 でもそれでも、いいんじゃないのか。


 俺の人生の俺らしさなんて、一体誰が決めてくれるんだ。


 俺は俺なりに考えて、生きて、そしてここまで辿り着いた。


 それは、いけないことなのだろうか。


 俺は掟を破ったのか。


 俺だけが幸せになっては、いけないのか。


 みんなと一緒に、歩幅を合わせて歩く。


 それが幸せなのか。


 俺は、そうは思わない。思えない。


 いやだ。


 俺は白痴のレルムのようにはならない。


 与えられた環境で、与えられた偽りの自由に幸せを見出すことなど俺にはできやしない。


 もう一度、全部やり直せるだろうか。

まだ遅くないのだろうか。


 彼女―カレキナの髪を優しく撫でた。

カレキナは俺を信じてくれた。

 だから俺も、彼女を幸せにしてやらなくてはならない。


 そう決めた。

初めて俺が、俺自身が自分の意志で決めた。


 人に委ねるのは楽だが、見ぬふりをしている間にいつの間にか降り積もっていってしまう。

俺は今からその全てを清算するのだ。


「行こう」


 俺はいった。


「カレキナ行こう。会いたい人がいる。会わなくちゃならない人が、いる」




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