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8.祈り

 スパイラル・ダイブ、急降下。直線で並んだ。すかさず減速する。


 聞こえているか、5番機。

俺はここにいるぞ。


 どこにいるんだ。


 あの、白い霧の彼方か。


 リュトー・ハロウズ。

リュトーはどこへ











 目を覚ました。

覚醒した。


 重い鎧を脱ぎ捨てたかのようだ。

もう一度寝転がる。











 隣に誰かが腰掛けていた。

女だと気付いた。


 手を伸ばして、彼女に触れた。

彼女の頬は柔らかい。






 そろそろ

起きなければならないか


 この夢から。






 生きた心地がしない夢だ。

誰なんだ。


 俺を引き入れたのは

ここへ。


 ここは来たことがある。

優しいけれど、死の臭いが付き纏う世界。

 一歩でも足を踏み出せば途端に、死に連れ込まれてしまうそんな世界。


ここはそらのうえ



 そして俺は

戦闘機乗り











 白い部屋で、彼女と向かい合っていた。

彼女は、カレキナは組んでいた足を崩した。

「どこに行きたいとか、ないの」

「俺に聞くのか」

「リュトー以外に誰がいるのよ」

「俺は」

「リュトー・ハロウズ」


 カレキナはいった。

「私はリュトーと一緒ならどこへでも行けると信じてる」

 彼女はどこまでも清らかで純粋で、そして美しいのだ。

俺はどこまで残酷になれるのだろう。


「なら私が決める」

 初めて気付いた。

テーブルクロスの上には一皿の料理が置かれていた。


「誰が作ったんだ」

「私」

「できたんだな、料理」


 俺は脂ぎったチキンを口に運んだ。

筋張った肉を噛み千切り、喉を上下させて無理矢理胃に押し込んだ。


「おいしくない?」

「いや」

「そう見えたけど」

「お前がそう感じただけだ」いった。「食欲が湧かない」


「食べて」

 カレキナがチキンを手に取った。

俺はそんなことをしたら吐いてしまう、といった。











 カレキナが小さな車に乗って手招きしている

俺は覚束ない足取りでそこまでたどり着いた。


「次の街を見つけるまで」

「えっ、何」

「次に街が見つかるまで走ろう」


 カレキナが運転する。

俺は助手席にゆったりと腰かける。


 カレキナが音楽を流し始めた。

古い歌だった。聞いたこともない、民謡のようなメロディラインが車内に響き渡った。

「リュトーこれ」


 カレキナがサングラスを手渡してくれた。

俺は黒いサングラスをかけた。

「似合ってるよ」

「そう」

「嬉しくないの」

「別に」

「これね、ウラジリっていうの」

「何が?」

「口承によって受け継がれた国の民謡を集めて再構築してる、アーティスト集団」

「好きなのか」

「うん」眉がぴくりと、動いた。「遥か昔に作られた知の遺産をこうやって分かち合えるなんて」続けた。「凄いことだと思わない」


 車は街のメインストリートを通り過ぎ、郊外へと足を向けていた。

「こんなにたくさん人がいるのに、皆別々のことを考えてる」

「そうだな」

「人の心が知れたらいいのに」

「知ってどうする」

「共有できる。悩みも苦しみも分かち合える。人は進化できる」

「言葉があるじゃないか」


 俺は続けた。

「言葉を使えば、簡単じゃないかそんなこと」

「言葉は無力よ」

「なぜそう思った」

「意志がない、愛がない。みんなの口から発された言葉には真実なんてこれっぽっちも籠っちゃ、いない」

「分かり合えないのか」

「私たちはね、永遠に」


 しばらく窓外を眺めた。

いつの間にか、緑の海にいた。草が風を切って分解され、また新しい形が構築されていく。


「生きるのは辛いことなのか」

「その人の、意志だと思う。重要なのは」

「俺は生きていたいと思ってる」

「リュトーがあのままあそこにいたら、命を削ってでも生きようとしていた」

「だから俺を救ったのか」

「リュトー」


 カレキナは絞り出すようなか細い声でいった。

「私はあなたといたいけれど、あなたは私といたいの?」

「レルムだ」

「何、いきなり」

「あいつのせいだ」俺はいった。「あいつが怖かった」

「だから逃げ出したの」

「俺が閉じこもる場所っていや、あの博物館くらいしかないだろ」


「あなたの意思が、あなたの考えていることが」カレキナはいった。「私にはわからない」

「俺の友達にイーセルトって奴がいたそいつは」

  

 一瞬の間、静寂。

続けた。


「自分のままでいたくなかった、らしい」

「だから道化を選んだの」

「そうだ」


 俺はいった。

「俺は、もうリュトーであることを捨てた」

「今のあなたは何なの」

「俺は失った、全てを。だからカレキナ、お前から貰いたい」


 カレキナはくすりと笑った。

「私にあげられるものなんて、たかが知れてるわよ」

 

 ハイウェイは彼方水平線まで続いている。


「夏は二色で表せる」

「え?」

「空の白と、地上の黒だ」


 続けた。


「そこに境目は、グレーはない」


 青い空とどこまでも続く草原と、俺たち2人。

誰が、2人を許すのだろう。誰が、2人に罰を与えるのだろう。誰が物事の一切を決めてくれるのだろう。


 子供の俺には、わからない。

それが子供であるということなのだろう。きっと。






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