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2:カレキナ

 サンウェルト基地は街の南にぽつりと立っている。

今も縦横に走る滑走路から1機のグリフィンが離陸したところだった。俺は目を細めながらそれを見やった。窓ガラスについた埃を指で拭い、服にこすりつける。部屋には俺以外に誰もいなかった。俺は煙草をくゆらせながらベージュ色の床に腰をおろした。部屋中に漂う観葉植物の香りが俺の鼻をくすぐると共に、油のクリームを顔に塗りたくられているかのような気持ちの悪い息苦しさを感じた。


 俺_リュトー・ハロウズはここに所属する戦闘機のパイロット、のはずだ。第14期生として配属された初年兵。ここに漂う一種の閉塞感、それを生み出しているのはやはりこの無機質で殺風景な空間なのだと俺は思う。クリーム色の白で統一された基地内は俺たち初年兵によって毎日一つの埃も残すことなく磨き上げられている。また先輩たちの態度は最悪だった。配属された初日リュトーたちはホールに呼び出され、長ったらしい演説を立ったまま延々と聞かされた。当人によれば新人たちの士気を高めるため、とのことだが俺は冗談じゃないと心の中で憤慨していたものだ。

 それからも先輩共のしごきは続いた。

初年兵の中には基地を脱退する者も多々現れた。無理矢理マリファナを売り付けられた者もいるらしい。皆奴らは気が狂ってる、人間じゃないと口を揃えていっていた。それでもここに残ったのは、やはり空を飛ぶという夢があるからだろう。グランののろまパイロット共の脳天に風穴を開けてやれという鼓舞に対しては全員が力強く頷いていたのを覚えている。


「ああ、リュトー。ここにいたんだ。」

 声がしたので振り向くと、部屋のドアを開けたカレキナが中を覗き込むかのような体勢で突っ立っていた。俺はおう、と頷いた。「何か用か。」

「整備士が呼んでた。何だっけ、名前。忘れちゃったけど。とにかく来て。」

 追い立てられるようにして立った。カレキナの細い指が俺の手首をぐい、と掴み、部屋の外へと連れ出した。向かい側には壁。ここと同じくドアが張り付くようにして鎮座している。

「リュトー、何だか今日は顔色悪いよ。大丈夫?」カレキナはさも心配そうにいったが俺は別段具合が悪い訳でもなかったので適当に相槌を打っておいた。

「ねぇ、もしかして薬か何かやってたりするの?」

「やってねえよ、そんなの。」

「……ううん、でも、怖いよね。うちの寮にも売り歩いてる人がいるんだ。上官に見つからないように偽装して。」

「ここまで来といて怖いも糞もねえ、だろうが。カレキナ。今俺と喋ってるお前、お前だって明日には忽然と消えていなくなっちまうかもしれないんだぜ。」

「変なこといわないでよ、もう。」


 冗談めかしていったつもりだったのだが、素っ気ない態度をとられてしまった。俺は若干傷ついたが口には出さなかった。カレキナと俺との関係はいわゆる幼馴染という奴で、小さい頃はよく二人で遊んでいたらしい。進学と共に離れたのち、ここサンウェルト基地にてばったりと鉢合わせした時には驚いたものだ。軍の規定で定められたとはいえ、女性のパイロットの数はまだまだ少ない。彼女の苦労は相当なものなのだろう。


「今度の作戦には初年兵組が出るらしいな。」

「あ、知ってるよ。安値でエスモを仕入れてきたんだってね。」

 俺は思い返した。エスモ_戦争が始まった当初に製造されていた試作機だ。性能はお世辞にもいいとはいい難い。全体的にずんぐりしたボディ、丸まったレドーム。それに、エンジンノズルに張り付くように鎮座している小ぢんまりとした水平尾翼。キャノピの後方は盛り上がっておりそこから突き出た両翼がどうにも不格好な印象を抱かせる、そんな機だった。

「おんぼろの旧エスモにどこまで出来るかは見ものだけどな。グランのノーティスと比べりゃその格闘性能には歴然の差がある。後ろをとられればもうそれで、終わりだ。」

「ちょっと。自分のことでしょう。」

「え?」

「リュトーだって飛ぶんでしょうが、っていってるのよ。」

「ああ、そうか。」俺はいった。カレキナは勘ぐるように俺を見ている。

「ここで死ぬような奴は、所詮その程度の奴だったってだけ、さ。」

「リュトーはこわくないの?」

「ああ。」

「どうして?」

「別に。俺一人が死んだところでこの世界は何も変わらないんだ。これからも馬鹿みたいに殺し合って皆みんな手を繋ぎ合って死んでいく。」

「……リュトー、何か変わったね。」

「そうなのかな。」

「そうだよ。」

「うん、そうなのかもしれないな。」

「何それ。」

「え?」

「いいよ、もう別に。ほら。」

 

 カレキナは歯切れ悪そうにそういい切った。カレキナからしてみれば俺の言動はやはりおかしかったのだろうか。俺はそれを確かめることができないし、結局は誰にもわからない。俺は俺が死ぬことについて何ら感情を抱いていないのかもしれない。カレキナは俺のことを変わったといったが、俺には今の俺と変わる前の俺_そのどちらも想像することができなかった。

 俺は寮の突き当りでカレキナと別れ、整備士のじいさんの元へ向かった。じいさんによれば、俺の乗る予定のエスモのエンジンに不具合が見つかったとのことだった。修理にはもって1週間、出撃には意地でも間に合わせる、と勢いづいていた。俺は灰色の格納庫にずらりと並ぶエスモの影を横目に、煙草を吸った。じいさんは迷惑そうな顔をしていたが、何もいわなかった。

「…………おい、整備士のおじさん。」

「ん。」

「もし俺が戻ってこなかったら1機も墜とせなかったら、無駄になるんだな。」

「何がだ。」

「いくら、あくせく点検しようとも、な。結局こいつの行末はスクラップになるだけなんだよ。」

 俺は衝動的にエスモの腹に蹴りを入れた。

がん、という鈍い音。何も残らなかった。残ったのは、痛み。俺の足に押し潰されたような痛み。

「どうした、落ち着け。」

「そうさ、皆いつかそうなるんじゃないか。じゃあ最初から_」


 じいさんが落ち窪んだ目で俺を見上げていた。俺は急に気恥ずかしくなり、口をつぐんだ。格納庫の床_歪んだ俺とじいさんの影が揺らめいている。

「お前はまだ若いんだから、そうやけになるな。」

「やけになんか、なってないよ。」

 俺は煙草を投げ捨て、足でぐりぐりと踏み潰した。

「なぜ俺たちは空で戦う?何のために生まれて、何のために死ぬ。こいつも、俺も、皆みんな敵に撃たれてくたばるために生まれてきたってのか、ええ?」

「うるさいな、少し黙ってろ。」じいさんは顔を顰めていった。「そんなこと誰も知らない。」

「……わかってるんだよ、俺だって。こんなこと、誰でも一度は考える。心の中にしまっておくことかもしれない。でも俺は違うんだ、わからないと気が狂いそうなんだ。」

「いいじゃねえか、わかんなくたって。」


 じいさんはそれっきり一言も喋らなかった。

俺は格納庫を出た。昼下がり、庭では皆が駄弁っていた。俺は脇目も振らずに基地を出た。行く場所は決まっている。彼なら、この問いに答を出せるかもしれない_








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